今、俺の前には2人の長門有希がいる。

2人は、何もかもが一緒でまったく見分けが・・・いや、1つだけ違うところがあった。
今さっき玄関から入ってきた長門は、眼鏡をかけている。
つまり、普段は眼鏡をかけていない宇宙人長門が、眼鏡をかけていて、普段は眼鏡をかけている普通人長門が、今は眼鏡をかけていないというわけだ。
ああ、ややこしい・・・・・・。
 
俺は、2人の長門の顔を見比べた。
 
眼鏡っ娘長門は、あいかわらず、雪解け水のような冷たい無表情をしている。昔は、液体窒素ぐらいだったな。それに比べると、だいぶ暖かくなったもんだよ。
 
一方、さっきまで、俺と行動を共にしていた方の長門はというと、俺と目があうと、すぐに目をそらした。そればかりか全身から、こっちを見んな的なオーラを発している。
何だ?やっぱり、さっきの事を気にしているのか?
 
俺自身も、さっきのタイミングで何故あんな話をしたのか、いまいちよく分からなかった。
長門との間の沈黙を断ち切ろうと話をしたら、あのような話になってしまったのだ。
 
いっておくが、先ほどの話は、俺の単なる願望だ。ただ、俺の理想の長門っていうもんを話しただけだ。長門が、明るく社交的な女の子になったら、俺は、ひょっとしたら、惚れてしまうかもしれない。
 
しかし、ひょっとしたらこの話は長門にとっては酷な物だったのかもしれん。
そりゃそうだろ。いきなり、目の前の奴に毎日が楽しいかって聞かれても、わけが分かんないだろうし、もっと性格を変えろなんて言われても、無理な話だろう。それがもし簡単なことだったら、俺はまっさきにハルヒの性格を変えるね。
 
それに、俺は長門の毎日を面白くないものだって勝手に考えていたが、それは俺が読書っていうもんを好きではないからだ。
もしかすると、長門は、何をするのよりも読書が好きなのかもしれない。シャミセンが3度の飯より寝るのが好きなのと同じだ。好きなことをいつもやっていれる、そんな楽しい毎日は他にはないだろう。
それを、こんな平凡な人生を送っている男に否定されたんじゃ、そりゃ、ショックを受けるわ。
 
今頃になって、後悔の念が俺を蝕む。
あ~あ、何してんだろうね俺は・・・・・・。
 
 
 
 
「どうしたの?」
その、宇宙人の一言で俺は我に帰った。
目の前では、長門が1ミリリットルだけ心配の感情が混ざった目線を眼鏡越しに俺に送っている。
 
いけねぇ、ちょっとぼーっとしちまった。せっかく2人の長門が揃ってるんだ。
何が起こっているのか、きっちり説明してもらわないとな。反省するのは、その後でもいいだろう。
 
「すまん、少し考え事をしていた。まあ、気にしないでくれ。で、俺をここに呼んだのには何か理由があるんだろうな。」
すると、小型アンドロイドは、もうすっかり聞きなれた淡々とした口調で話し始めた。
 
 
「あなたには、今回の出来事について話しておきたいことがある。事の発端は3ヶ月前。そのころ、この空間と別の時空にある2年前に私が構築した世界からごく微量の情報爆発が観測された。」
 
「何だと?あの世界は、そういうことが起こらないような所じゃなかったのか?」
 
「少なくとも3ヶ月前の時点ではそうだった。しかし、3ヶ月前のある日を堺にそうではなくなった。」
 
「3ヶ月前のある日?」
 
「そう。3ヶ月前の12月20日。2年前、あなたがあの世界から、こちらの世界へと帰ってきた日。」
 
俺の頭の中で、旧型パソコンのディスプレイが浮かび上がる。あの時、俺は、あのパソコンのエンターキーを押し込んでこっちの世界に返ってきた。まあ、正確に言えば、5年前の七夕の日にだったがな。
 
「あの日から、向こうの世界の涼宮ハルヒからごくわずかだが情報の奔流が観測され始めた。そして、その情報は今、1つの有機生命体を構築しようとしている。」
 
「それは誰なんだ?」
 
「それはあなた。涼宮ハルヒの脳内では『ジョン・スミス』と認識されている人。彼女は、あなたに会いたいという一念から自らの力で環境を操作する力を微弱ながら手に入れた。」
 
「なんだ、つまり、そのハルヒは新しい力を生み出したってわけか?」
 
「正確に言えばそうではない。詳しい観測データがないので推測の域を出ないが、おそらく、こちらの世界の涼宮ハルヒの力の一部が移動したものだと考えられる。最近、こちらの涼宮ハルヒの力は衰えつつあった。しかし、使用されなくなった力は消失することなく、時空空間を彷徨った。それらの力の一部が何らかのきっかけを元に、私が構築した世界へと流出し、涼宮ハルヒへと移った。」
 
俺は、頭の中で話の内容を整理した。つまり、簡単に言えば、あの長い髪をしたハルヒにも、わけの分からない力が備わったってわけか。
しかも、それを使って、作り出そうとしているが俺だと?
俺に会いたいから?
確かに、あいつにとっては、俺は正体不明の不思議満載の人物かもしれないが・・・・・・。
 
「私は、この事実を3ヶ月前から知っていた。しかし、その力は徐々に減少していき、最終的に消滅すると予測されていた。ところが、昨日、その力が急激に高まったと情報統合思念体によって報告された。私は、彼女の力を抑えるべく、時空間同士をつなぐルートを構築した。一般的に『パラレルゲート』と呼ばれる。」
 
「時空を移動したいのなら、朝比奈さんに頼めばいいじゃないか?」
 
「そうも考えた。しかし、出来なかった。あの世界では、超常現象や怪奇現象など非日常的な出来事は存在してはならない。私が、そう構築したから。つまり、同一空間上に同一人物が存在することもあってはならない。だから、彼女をこちらの世界に移動させた。」
 
そういって長門は、ぽかんと口をあけて意識が飛んでいるようなもう1人の長門に目を向けた。
そりゃ、驚くだろう。自分の暮らしている世界を作った奴が、今、隣に座っているんだからな。
 
「朝比奈みくるの助けを借りて時空移動するなら、向こうの世界の朝比奈みくるもこちらに移動させなければならない。しかし、あの世界の朝比奈みくるはあなたに強大な恐怖心を抱いていた。よって、こちらの世界に適応する事は不可能だと、私が判断した。」
 
俺の顔面が今更ながら、痛み出す。あの右ストレートは痛かったな、身も心も・・・・・・。
つまり、長門は俺のせいでいらぬ苦労を強いられているわけだ。すまなかったな。
 
「謝る必要はない。全て、私の責任。私は、1日かけてパラレルゲートを完成させた。しかし、こちらの世界と向こうの世界が遮断されてすでに2年もの歳月が経過していたため、作成するのに、大きな情報改竄技術を要した。だから、向こうの世界の『長門有希』をこちらに移動させ終わった後、私の中の情報操作能力がオーバーヒートを起こし一時的に停止した。」
 
なるほどな、玄関から登場というやけに普通すぎる展開だと思ったよ。
さっき、異世界の長門から聞いた話によると、こいつはいきなり部屋の中に現れたらしい。
宇宙人の登場はそれぐらい派手じゃないとな。
 
「それで、いつになったら使えるようになるんだ。」
 
「普段の私だと、情報統合思念体に干渉することですぐに回復することができる。しかし、あの世界には情報統合思念体が存在しない。よって自己再生をすることになるので、かなりの時間を要する。」
 
「今、その情報統合思念体とやらに干渉すればいいじゃないか。」
 
「それはできない。あの世界は常識をあまりにも逸脱した能力や現象を受け入れないようになっている。よって、現在、情報操作能力を回復してもある一定以上の力をもっていると、パラレルゲートを通過できない。私が、先ほど通過できたのは、その力が著しく低下していたから。しかし、涼宮ハルヒの力を抑えるには、ある程度強大な力が必要。だから、今の私に出来ることは、この世界で情報統合思念体から得た、規定ぎりぎりの力を向こうの世界で自己増殖させることだけ。」
 
「なるほど、大体だか理解した。で、どれくらいしたらこっちに戻ってこられるんだ?」
 
「それが問題。私が涼宮ハルヒの力を抑制できるほどの力を得るためにかかる時間は明日から数えて3日間。しかし、パラレルゲートが2つの時空を繋いでいられるのは今日を含めて5日間。つまり私は、1日間で涼宮ハルヒから力を消滅させなければならない。」
 
「なんだって・・・・・・。まあ、1日あったら、ハルヒの力を消すぐらいお前だったら簡単なことだろう。」
 
「そうとは断言はできない。なぜなら、今までに前例がないから。今、私が行おうとしているのは、あくまでも、涼宮ハルヒの力を消失させられると推測されるもの。それを行ったからといって、必ずしも涼宮ハルヒの力が消失するとは限らない。」
 
「で、でも、もし失敗しても朝比奈さんに頼んで、2人の長門を元の世界に戻してもらえばいいじゃないか。別にあの世界にジョン・スミスがいたって大きな変化はないだろう?」
 
「前日、涼宮ハルヒの力が消失されなかった場合の監視役に私が任命された。つまり、力がなくならないのなら、私は永久に向こうの世界に存在することになる。」
 
「・・・・・・。」
 

俺は、愕然とすると共に、怒りを覚えていた。

 

まず、情報統合思念体にだ。あいつらは、つくづく勝手なことをやってくれる。つまり、長門は今回の仕事に失敗したら、用なしってわけか?今まで、5年間もハルヒを監視させといて、新たな力が見つかったら、すぐにそちらへ向かえってか?ふざけるのもいい加減にしろ。

 

それに、ハルヒもだ。おまえのそのわけの分からない力のせいで、長門はこんなにも苦労しているんだぞ。お前は何も知らないだろうがな。
 

俺は、一般的に八つ当たりと呼ばれる行為で、行き場のない怒りをぶつけていたが、

 

「もう時間がない。そろそろ行く。」

 

という、長門の言葉に思わず立ち上がった。
もしかするとこの時が、宇宙人と会える、最後の時になるかもしれなかったからだ。
いや、宇宙人の知り合いなら、俺の周りにはまだいる。喜緑さんや、九曜とかね。
 
だが、俺の目の前にいるこの宇宙人は、この無口で、読書好きで、負けず嫌いのヒューマノイドインターフェース『長門有希』はこの世に、いや宇宙に1人しかいないんだ。
恥ずかしがりやの文芸部員『長門有希』でも代わりにはならない。
お前は・・・・・・。
 
俺がそこまで考えたとき、長門は隣の部屋へと通じているはずの襖を開けた。
しかし、そこには、畳しか置いてない客間ではなく、何やらカラフルなものが漂っている空間が広がっていた。
 

「これを持っておいて欲しい。」

 

そういって、長門が俺に渡したのはビー玉くらいの小さな赤い玉だった。
 

「これは、この世界が別の空間と繋がっていることを示す玉。この玉が、青色に変化したら、それはパラレルゲートが閉じた合図。」

 

それだけ言うと長門はカラフルな空間の奥に見える場違いな襖の方へと向かっていった。
 
「長門!」
 
長門は壊れた操り人形のようにこちらを振り向いた。
 
俺は長門を呼んだのはいいが何を言うべきか、とっさには思いつかなかった。
その時、俺はこちらを向いた長門の顔を見て驚いた。
 
悲しみ。
 
そう、長門は、俺だけではなく、おそらく普通の人間なら誰にでも分かるほどの悲しみの感情を表情に表していたからだ。
 
その、瞬間、俺はこう言っていた。
 
「頑張れよ。」
 
長門を信じよう。成功すればいい話じゃないか。きっと、あの長門ならやってくれるさ。
どんな問題も、表情1つ変えず、速やかに解決する。

俺が知っている長門は、そんな奴だからな。

 

やがて、長門は襖の向こうへと消えていった。
 
 
 
 
 
俺は、その後のことをよく覚えていない。
おそらく「じゃあ、また明日な。」とか何とか言って、いまだに俺と目をあわさない長門の家から出ていたはずさ。

多分な。

 

    ~Different World's Inhabitants YUKI~ゲツヨウビ(その一)~へ続く~


|