第九章 新天地
 
生まれ育った町を出て、翌日の朝。俺と家族はやっと目的地の駅に着いていた。
……夜行列車なんて初めて乗ったが、いくら寝台席があるとはいえ熟睡なんざ出来るもんじゃないね。
せいぜいうとうとするくらいが関の山だ、ということが身にしみて分かった。それでも、前日までの引っ越し騒ぎがあったせいで幾分は眠れたらしい。妹は熟睡していたようで、朝起きるといつもの笑顔に戻っていた。
俺としては、いつものボディプレスが無かっただけ、ましかもしれん。
 
電車を降りた俺たち家族は、思いもよらない寒さに身を縮ませた。寒い。
今3月下旬だよな?なんでこんなに寒いんだ?
慣れない気候に辟易した俺たちは、そそくさと改札に向かった。
 
改札を抜け駅前に出た俺たちを、ぴかぴかの大型セダンの新車の脇に立った得意満面の親父が出迎えた。
俺の編入試験の時一緒に来て、そのままこちらに残り仕事をしていた親父は、家族の姿を見つけるとまるで新しいおもちゃを見せびらかす子供のような顔で、車の屋根をポンポンと叩いた。なんだこの車は?
「買った」
マジかよ。
「社長たるもの、車の一つも無きゃな。それより、早く乗れ。引っ越し便がそろそろ来る頃だぞ」
 
車のトランクに手荷物を押し込み、俺たち家族は車に乗り込んだ。しかしまあ……よくこんな高級車を買えたもんだ。国産車とはいえ、安いもんじゃなかっただろうに。
 
「ここらへんじゃ、車がないと生活できないんだよ。交通手段がないからな」
ゆっくりと車を走らせる親父がぽつりと言った。そうなのか?バスとか電車とか自転車とか、いくらでも有りそうな感じだが。
「まあ、おいおい分かるさ。」
 
さて、引っ越し先にはまだ荷物は到着していなかったが、それよりも俺と妹は家自体の大きさに驚いていた。
以前の家と比べると、当社比2倍という所か?部屋の数も多いし、庭も広い。ガレージも大型自家用車を2台楽におけるほどのスペースが有る。周りはいかにも「高級住宅地」って感じの家が整然と建ち並んでいる。
 
「ここが、今日から我々の新しい家だ」
親父が自慢げに紹介し、親父から鍵を受け取ったお袋が、いそいそとドアを開ける。
 
家の中からお袋と妹の「へえ~~」とか「うわぁ、広~~い」等という叫声が上がるのを聞きながら、親父に尋ねた。どうしたんだ、この家?
「これも買った。中古だがな」
何だと?車にしろ家にしろ、俺んちはそんなものをポンポン買えるほど裕福だった覚えは無いのだが?
「登録上は、この家も車も新会社の資産になってる。いわば、社用車と社宅、だな」
なるほど……って事は、親父が事業に失敗すれば、俺らはここから叩き出され車も没収されるわけだな。
「さい先の悪いこと言わんでくれ。そうならないように、がんばってるんだ」
ブスッとしてこちらを睨む親父。悪い、言い過ぎた。
「まあ、良い、ホントのことだからな。それより中に入ってみろ。驚くぞ」
親父に促されるまま、俺は玄関をくぐった。
 
 
「広~~い!ねぇねぇキョンくん、あたしの部屋すっごい広いのよぉ~~」
妹が自分に割り当てられた部屋を見て、感嘆の言葉を出した。以前の妹の部屋は確か六畳だったはずだが、この部屋は八畳間か?では、自分の部屋はと見れば……
 
「キョンくんの部屋、もっと広いねぇ~~~」
……十二畳間でフローリングですか。つか、広すぎないか、これ。
 
「どう?気に入った?」
下の階から、お袋が声を掛けてくる。
「すっご~~い、広いの!うん、気に入った~~~!」
大はしゃぎしている妹がお袋の質問に答えながら、階下に手を振る。コイツは悩みがなさそうで良いな。
 
その時点で、親父がいないのに気がついた。外を見ると車も無い……逃げたか?
 
「あれ、親父は?」
「何だか、仕事の打ち合わせって言ってたけど、引っ越しの手伝いするのがイヤなんじゃないの?全く自分の家の引っ越しだってのに、何考えてんのかしら、あの唐変木」
唐変木て。意味分からんぞ、お袋よ。
 
ぶつぶつ言っていたお袋は、諦めたように俺たちに目を向けた。
「じゃあ、引っ越し便が来るまで自由にしてなさい」
妹は「は~~い!」と元気よく応え、部屋に戻っていった。俺も部屋に戻り、前の家から運び込まれる荷物をどのように配置しようか考えてみた。しかし……以前は六畳間だったから、ほぼ倍の広さの部屋なわけだ。
荷物を配置してもスカスカだろうな。無駄に広いって感じがするが、まあそのうち埋まるだろ。
 
さて、どのようなレイアウトにしようかと思案していると、携帯が鳴った。
 
 
着信:長門有希
 
長門だった。
「長門か」
「……目的地への到着を確認」
「おう、無事着いたぜ。多少疲れてはいるがな」
「……そう」
「そっちは変わりないか?」
「……ない」
「そうか。生存確認ってワケか、この電話は」
「……貴方に電話したのは、別件」
「なに?」
「……貴方のこと」
「俺がどうかしたのか?」
そこで長門は一瞬言葉を句切り、間を置いた。
 
「……貴方が涼宮ハルヒの元を一時的に去ることにより、状況に変化が生まれることを情報統合思念体は予想していた。しかし、今日まで特に大きな情報改変は確認されていない。ただし、貴方が涼宮ハルヒの『鍵』であることに大きな変更はないと情報統合思念体は考えている。貴方の身に危険が生じる可能性が増えると情報統合思念体は判断し、貴方を護衛及び観測するためのインターフェイスを派遣することになった」
つまり、俺も観測対象になったという訳か?
 
「……そう。私の観測範囲を広げれば、貴方に迫る危険には十分に対応可能であると情報統合思念体に報告したが、もし貴方に急遽危険が迫った場合、即時対応という意味では不十分と見なされた。そのため、貴方専用のインターフェイスを付けることとなった。なお古泉一樹の『機関』や朝比奈みくるの組織も、おそらく我々と似たような行動を取るだろう」
俺専用の護衛兼観察係、ですか。嬉しいんだか悲しいんだか。
そいつらは俺に自己紹介をしてくれるのかね?
 
「……わからない。情報統合思念体でも派閥によって思惑が違う。貴方に正体を明かした方がよいと判断するならば、そのようにするだろう。私にはそれ以上の情報が与えられていない」
そうですか。ただ、お前のパトロンの『派閥』がどうのって話を聞くとだな、脇腹のあたりがズキズキしたりするのは、俺のトラウマになってしまったんだが。
「……頑張って」
ああ、頑張るさ。伊達に2年もSOS団にいたワケじゃあない。多少のことでは驚かなくなってるしな。
 
「……そうではない。涼宮ハルヒと約束した事柄。私という個体も、貴方がこちらに戻ってきてくれることを切望している」
……おい、なんでそのことを知ってるんだ?
お前と朝比奈さんはあの時もう居なかったじゃ……って、長門のことだ、知らないことは無いんだろう。
 
「……ナイショ」
久々の長門の冗談のような台詞を最後に、携帯は切れた。
 
結局、やっぱりというか、当然というか。ここまで来てもハルヒやSOS団と俺は、縁が切れないらしい。
これじゃSOS団支部ってのを本当に立ち上げてみても良いかもしれないね。
 
ハルヒや古泉にも、無事到着したと連絡をしようと、携帯のメモリを呼び出していたとき、引っ越し便が到着した。これからまた肉体労働かと思うとげんなりしてくるが、とりあえずこの引っ越しを終わらせない限りは寝る場所にも困ってしまうし、飯も食えない。なんせ、俺のベッドも食器もあの荷物の中だからな。
 
階段を下り外へ出て、なんとなく玄関の脇で引っ越し便を見ていた。
引っ越し便のお手伝い人数は……運転手を含めて5人か。当然、向こうを手伝ってくれた人とは違うようだ。
彼らはトラックの前で点呼を取ると、荷物を下ろし始める。まずは隙間を埋めていた毛布を取り出し、同時に段ボールをトラックの側に敷き始めた。
流石プロ。手際の良さに感心して見入っていると、助手席からバインダーを小脇に抱えた作業服姿の女性が小走りにこちらにやってきた。
あれ……??
「こんちにわ、お待たせしました。引っ越し便です」
「はあ~~い……お待ちしてました」
「では早速作業に掛からせていただきます」
お袋に挨拶し、再び小走りに外に出てきた女性に声を掛けた。
 
「……何でこんなところに居るんですか?森さん?」
足を止め、こちらを振り向いた女性は『機関』所属にして古泉の上司?森園生さんだった。いつぞやのメイドルックやスーツ姿と違って、作業着姿も板に付いている。
 
「ええ、引っ越しのお手伝いに参りました。それと、あなたにお伝えしたい事がありましたので」
多分、さっき長門から聞いた件なんだろう。
ありがとうございます。わざわざ伝えに来てくれたんですか。
訝しげな顔をした森さんに、俺は先程長門から聞いたことを説明した。
 
「さすがは長門さんですね。既に連絡済みとは」
いや、俺もその件はさっき聞いたばかりなんですが。
「彼女の言ったことは事実です。というわけで、我々も貴方の護衛を近くに置かせていただきます」
はあ、やっぱりね。出来れば、誰が来るのかを教えて頂くわけにはいきませんか?
 
「まあ、そのうち分かりますよ。それまでのお楽しみと言うことで」
……まさか古泉が同じクラスに転校して来るというのは無しですよ?
「彼には、涼宮ハルヒの監視という任務がありますので、それはありません。それでも、貴方が全く知らない方ではありませんよ」
誰ですか?教えて貰うわけには……
人差し指を口元に持ってきた森さんは、輝くような笑顔でこういった。
「……禁則事項です」
……そう言う冗談はやめてください。イヤ、マジで。
引っ越し便(実は『機関』)の人たちの、プロ顔負けの手際の良さも手伝ってなのか、荷物の搬入は思いの外順調に進んだ。引っ越しの荷解きも大体終わり、あとは各々の細かい片付けが残った時点で『機関』の面々は帰っていった。是非夕食でもというお袋の言葉を「申し訳ありません。我々にはまだ仕事がありますので」と名残惜しそうに断った彼らは、来たときと同じようにトラックと随伴のワゴン車に乗って、夕闇の中に消えていった。
 
簡単な夕食を掻き込み、部屋に戻ったところで携帯の着信に気がついた。
履歴にはハルヒと古泉、朝比奈さんの名前が載っている。ああ、そう言えば到着の連絡してなかったな。
 
まずハルヒに……と携帯を取ったところで、電話が鳴った。
 
着信:古泉一樹
 
「古泉か」
「はい、ご無事そうで何よりです」
「ああ、無事に付いたぜ。引っ越しも一段落した。その……森さん達のおかげでな」
「……それはそれは。となれば、こちらの用件はもうご存じですね」
俺は、長門から聞いた話を古泉に話した。『機関』の意向を知っているのと知らないのでは、今後の対応が変わってくるだろうし、何よりコイツには「事情は知っている」ことを話しておかなければと思ったからな。
 
「そうですか。そこまでご存じならば、僕からは何も言うことはありません」
古泉の、ちょっと困ったようなにやけ顔が頭に浮かんだ。
 
「ところで涼宮さんにご連絡は?」
ああ、これからだ。今掛けようかと思ったら、おまえから掛かってきたんだ。
「そうですか、これは失礼しました。涼宮さんは、おそらくあなたからの連絡を首を長くして待っておられるはずです。それでは、また」
 
それだけ言うと、古泉からの電話は切れた。
ああ、そうだ。ハルヒハルヒ。
 
呼び出し音一回で出やがった。
「もしも……」
「遅~~~い!何やってたのよ!このバカキョン!」
 
いきなりそれかい。
お前な、引っ越しの翌日は荷物整理と片付けだろうが。こっちは大変な状態なんだぞ。
「知らない」
うわ、そこで一蹴しますか、こいつは。
 
「……心配してたんだから。到着したら、きちんと連絡しなさい!」
ああ、すまんな。それに関しては悪かった。
 
「そっちは、どう?上手くやっていけそう?」
着いたばかりでまだ分からんが、同じ日本だ。言葉も通じるし、問題ないんじゃないか?
「そっか。じゃあ、受験勉強も大丈夫ってワケね!」
そう言う意味かよ。まあ、日本全国やることは同じだ、大丈夫だろ。やれるところまでやってみるさ。
 
「ああ、そうだ。引っ越しの時に言い忘れていたけど、SOS団本部からの通達よ!!月イチで不思議報告をすること!良いわね!」
はあ??何のことだ??不思議報告だと??
 
「あんたね!SOS団支部長って言う肩書きを忘れたワケじゃないでしょうね。こっちとそっちでは全然生活環境が違うんだから、不思議の一つくらい見つけるのがSOS団団員として当然のことなのよ!」
イヤ確かに生活環境というか、自然形態も違うから不思議な事の一つくらいはあるかもしれんが……って待て待て!俺たちは受験生だぞ!しかも俺は、お前の志望大学に入るためには脇目もふらずに勉強しなければいけないんだが?
「……う~~ん、そう言われればそうよね……ああ、じゃあ不思議なことを見つけておきなさい!調査自体はSOS団本部がやるわ。そうね、手始めはGWあたりを予定しておくから」
え~~と、それはつまり……
 
「SOS団初の遠征!『GW不思議探索ツアー』決定ね!じゃ!おやすみ!」
おい!まてこら……という俺の叫びも空しく、携帯は既に切れていた。
 
はあ~~、と言う盛大なため息が俺の耳に聞こえてきたのは、空耳ではないだろう。吐いたのは俺だからな。
 
GWの予想……と言うより惨状を予測していた俺は、ふと時計に目をやった。時計は無情にも23時をとうに過ぎていた。やばい!朝比奈さんに連絡しなきゃ。
 
何度か携帯に掛けてみたものの、いっこうに出る気配はなかった。寝ちまったのかな?まあ、深夜に電話するのもどうかと思った俺は、明日もあるさと思い直し、とりあえずそれだけは確保した寝床に潜り込んだ。

 
 


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