第十章 護衛
 
新しい学校は家から歩いて15分ほどの所にある公立の中高一貫校で、まだ設立してから10年経っていない
という話だ。新設立の学校には良くある話らしいが、まだ学校の評価が定まっていないためか、在校している
生徒の質は玉石混合、超難関の学校に挑戦できるような優秀な学業成績を納める奴もいれば、そうでない奴もいるとのこと。
俺と妹はこの学校に馴染めるだろうか。俺はともかく、妹は卒業まで6年間通う学校だから、うまくやって欲しいものだ。
 
俺たちは今、近所にある全国チェーンのショッピングセンターにいる。俺と妹の制服を買うためだ。
ショッピングセンター内の制服売り場には、近隣の学校の制服がきらびやかに並べられていた。
 
「あ~~、これだよ、これ!この制服!」
 
学校側に指定された制服は、男子女子共にブレザータイプで中高共通というものだ。男子の方は北高の制服によく似ている。つか、胸ポケットのマーク以外は色合いまで同じなのは何の因果なのかね?女子の方は、光陽園のブレザーの色違い(ロイヤルグリーンとか言う色だそうだ)といった感じだ。イマイチよくわからんかもしれんが、俺もよくわかっていない。だからあまり突っ込むな。
 
試着して寸法合わせをしようかと、側にいた店員さんに声を掛けようとして俺は驚いた。
……何でここに居るんですか、喜緑さん?
「あら、キョン君、お久しぶりですね」
 
わざわざこんなところまで来て、アルバイトですか。
「ええ」
 
ふわっとした微笑みは確かに喜緑さんのものだった。あ、もしかして……ってか、おそらくそうなんだろう。
喜緑さんが俺の観測及び護衛に回ったんだな……そこまで考えた俺は、ふと周りを見渡した。
サービスカウンターの向こうから、なにやら眼鏡越しに鋭い視線を向けてくる男が一人。
……生徒会長だ。あ、いや元・生徒会長だな、今は。
「何で会長まで居るんですか?会長もバイトなんですか?」
「いいえ、彼はこのショッピングセンター重役の御曹司なんですよ。ご実家の方針で、高校卒業後の一年間は現場で社会勉強をするのが決まりなんだそうです」
妹に合いそうなサイズの制服を探しながら、喜緑さんは続けた。
会長の実家が、全国チェーン展開をしている某有名ショッピングセンターの重役様とはね……でもそんな話は在学中にも聞いたこと無いような気がしますが……
 
「ええ、ウソですから」
あっけにとられた俺を尻目に喜緑さんは微笑みを絶やさず、妹に合いそうなサイズの制服を選び出す。ああ、どう見ても一番小さいサイズだな、こりゃあ。
 
「でも、本当の理由は……ご存じですよね?長門さんから連絡が行っていると思いましたが」
は?ああ、じゃあ『機関』の護衛兼監視員ってのは会長のことだったんですか。でも大学どうするんですか?
喜緑さんも一緒なんですよね、確か。
 
「そこから先は、僕が説明しよう。喜緑くん、妹さんをあちらのスペースへ」
気がつくと、俺のすぐ後ろに会長が居た。
 
「はい。妹さんは、じゃあこちらへ」
「は~~い」
まるで仲の良い姉妹のように更衣室へ向かう二人を眺めながら、俺は元・会長に疑問をぶつけた。『機関』の仕事も大変ですね。
 
「ふん、この数年間耐えに耐えてやっと志望の大学に入ったというのに最後にこれだ。困ったものだ、全く」
それより、さっきの話ですが。
「……このショッピングセンターの重役の御曹司という話は、もちろん全くのデタラメだ。それこそ『機関』絡みで、色々と有るわけだがな。ま、そうは言うものの、俺は古泉のような『機関』の正式なメンバーではないから、こちらにもそれなりの旨みがなければこのような話は受けんよ」
この人が生徒会長をやっていたときにも感じたが、相変わらず損得勘定の激しい人だな。
「『機関』から要請があったのさ。一年間、君を護衛してくれとな。俺としても、折角入った大学をいきなり休学してこの仕事に回されても困ると、最後まで駄々をこねたのだ。結局、俺の大学生活中の学費や生活費を全て機関が持ち、学業成績や就職先も有利にする、という条件で了解した」
確かにそれは美味しい。俺にも少し分けて欲しいくらいだ。
 
「君は何を言っているんだ?俺のような人間に破格の待遇を与えてまで君を護衛させることの意味が分かっていないようだな。君の身に何らかのトラブルが及ぶと言うことは、場合によってはすぐ世界崩壊に繋がると言うことなんだぞ?君は本当に自覚していないようだが」
そう言われましてもねえ。ただ、俺が受験に失敗するとハルヒほどではないにしろ、あちらこちら様々な方に迷惑を掛けると言うことだけは、よく分かりました。
 
「うむ、それが分かっていれば良い。受験勉強をがんばれよ。それこそ、俺たちのためにな」
そう言って、会長は喜緑さんの方に目を向ける。ちょうど妹が新しい制服を身につけて更衣室から出てきた所だった。
まさか、元・生徒会長にエールを送られるとは思っても見なかったな。
 
「良くお似合いですよ」
「えへへ~~~」
その場でくるりと回った妹は、俺を見つけると大声で叫んだ。
「キョンく~~ん、似合ってる~~???」
ああ、似合ってるぞ。だから、そんな大声を出すな。躾がなっていない事が周りの人にバレバレだろうが。
 
さて、4月の上旬。妹は明日が入学式で、俺は明後日から新しい学校に登校することとなる。
 
両親と一緒に学校にやってきた俺たちは、各々のクラス担任と面談した。
初めて入った中等部の職員室で、妹は最初こそ落ち付かなげな顔をしていたものの、先生と話しているうちにうち解けてきたのか、いつものような人懐こい表情を浮かべていた。
中高一貫校とはいえ中等部と高等部の職員室は別だ。
妹のクラス担任と話し込んでいるお袋と妹を中等部の職員室に残し、俺は親父とともに高等部の職員室へと向かった。
 
俺の方はなにやらSクラスとやらに編入されるそうだ。まあ、早い話が北高の特進クラスだな。学業成績の優秀な人間や、高ランクの大学を目指す人間ばかりを集めたクラスらしい。正直そんなクラスには入りたくはなかったのだが、ハルヒとの約束があるし、他の人たちにこれ以上迷惑を掛けないためにも、今年一年は勉学に勤しまなければならないからしょうがないと言える。
 
クラス担任と挨拶を交わし、今後の学校生活を送る上での注意点などを聞いていると後ろから声が掛かった。
「先生、二年次のクラス日誌のまとめ、ここに置いておきますね」
 
その声の方を何気なく振り向いて、俺は固まってしまった。
何故、おまえがここにいる?
それは、情報統合思念体の急進派に属するヒューマノイドインターフェース、朝倉涼子に他ならなかった。
 
「あれ?キョン君?キョン君じゃない!」
 
固まったままの俺の手を握り、朝倉はぶんぶか振り回した。
「やっぱりキョン君だ!どうしたの?転校してきたの?もしかして、ここに通うの?いつから?どこのクラスなの?」
満面の笑顔で矢継ぎ早に質問を投げかけてくる朝倉。
しかし俺は、顔面を蒼白にしたまま「ああ」とか「うう」とか、情けない声を上げるばかりだった。そりゃそうだろう。1年以上前とは言え、2度も死にそうになった原因の女が目の前にいて、俺の手を握っているんだからな。
 
「なんだ朝倉、知り合いか?」
クラス担任が朝倉に問いかけた。
 
「ええ。前の学校で一緒のクラスだったんです。3ヶ月くらいの短い間でしたけど……」
屈託のない笑顔で応える朝倉。
 
「そうか。彼も転校先に友人がいるというのは良いことだ。ああ、そうだ。ついでで悪いが朝倉、彼にこの学校を案内してやってくれ」
クラス担任はそう言って、再び俺の方に目を向けた。
 
「彼女は2年生の時から、Sクラスの委員長をやっているんだ。何でも分からないことがあったら相談すると良いぞ。じゃあ朝倉、頼む」
「あ、じゃあキョンくんも同じクラスなんだ!そっか~。勉強頑張ろうね!」
 
朝倉に手を引かれ高等部の職員室を出た俺は、まず辺りを見回した。明日始業式とはいえまだ春休みのせいか何人かは視界に入る。おそらく部活の人間だろう。
いくら朝倉とはいえ、こんなところで事は起こさないだろうと考えたが、ナントカ空間に引き込まれたら、俺には手も足も出ない。マズイ。
しばらく廊下を歩いてホールのような所に出たところで、俺は強引に朝倉の手を振りほどき、2・3歩後ずさった。
 
振りほどかれた手に目をやって、朝倉は振り返った。
「どうしたの?キョン君?あたしが怖いの?」
「……なぜお前がここにいる?」
心臓がダンスを踊っているように、バクバクしている。喉もカラカラだ。粘ついた何かで自分の声のような感じがしない。
 
「あれ?長門さんから聞いてなかったの?あたしは貴方の護衛をするように言われてるんだけど?」
護衛?ちょっと待て。俺の護衛は喜緑さんじゃなかったのか?
 
「喜緑さんには長門さんの監視という任務があるから、それは却下されたわ。だから、本来長門さんのバック
アップであるあたしが再構成されて、貴方の護衛に回されたの」
だがお前は……俺を2度も殺そうとしたんだぞ。今更「ハイそうですか」と納得できるわけ無いだろう?
正直、お前は俺にとってトラウマになってしまっているんだからな
 
「う~~ん、その件に関しては本当にごめんなさい。謝るわ。今後はあんな事は起きないと思うから」
思うからってのは何だ?もしかしたら起きるかもしれないって事じゃねーか!
 
「揚げ足を取らないで。あのね、今のあたしは制限モードでしか動作していないの」
制限モード?そりゃなんだ?パソコンのセーフモードみたいなものか?
 
「そんなものね。つまりこの星の有機生命体--所謂ヒト--と同じ能力しか持っていないのよ。以前のような情報操作能力には全てロックが掛けられているから」
すると何か?ナントカ空間だの特異な身体能力だのは使えないって事か?
 
「そう。だから今のあたしはただの人間。安心して」
安心して、と言われてもな。それに、ただの人間でも人を殺すことは出来るんだぜ。例えば大型のナイフとかを使ってな。大体あの時のお前は、俺を殺す気満々だったじゃねーか。
 
「それなんだけどね、今更言っても言い訳にしかならないけど、聞いてくれる?」
ああ、聞くだけは聞いてやろうじゃねーか。だが、判断するのは俺だ。
「1度目は涼宮さんの情報爆発観測が目的、2度目は長門さんが作った情報改変後の世界を守るために、あなたに刃を向けたわ。でもね、あたしの操り主である『急進派』はあることに気付いたの」
朝倉は俺から目をそらし、ホールのタイルの数を数えるように目を下に向けた。
 
「情報改変後の世界には、情報統合思念体そのものが存在しなかった。例えそれが、長門さんが涼宮さんの力を借りて作ったかりそめの世界でもね。あの時は元に戻すことが出来たけど、下手すると涼宮さんの一存で情報統合思念体そのものが消滅してしまうかもしれないと言うことに気付いたの。『急進派』は、恐慌状態になったわ」
そう……だな。入院していたときに、俺は長門に同じようなことを言ったことがある。もしお前がどうにかなってしまうなら、ハルヒを焚き付けてでも……ってな。
 
「情報統合思念体は涼宮さんの動向を静観することにしたわ。確かに情報爆発を起こして進化の可能性を探るのも一つの方法だけど、その見返りに情報統合思念体自身が『無かったこと』にされるのでは、あまりにもリスクが大きいと言うことで、各派閥の意見は一致したわ」そりゃそうだろう。ミイラ取りがミイラに……ってレベルの話じゃない。
 
「特に、あなたと涼宮さんの間には強固な信頼関係がある。あなたに何かが起きたら、それこそ世界滅亡……引いてはこの宇宙の危機なの。だから、あなたを再び涼宮さんの所に無事に返さなければならない。それが私の新しい任務。私たちヒューマノイドインターフェースは、個々の事象に対してある程度の裁量権を持たされているんだけど、大元の命令に対しては一切反抗できないようになっているの。だから、あなたは安心して良いわ」
なるほど、言いたいことはよく分かった。つまり今のお前は、俺に対して殺意を持ってはいない。身体能力的にも普通の女の子と言うことなんだな?
 
「そう。私は普通の女子生徒の、朝倉涼子よ」
朝倉は顔を上げ、にっこりと微笑んだ。
ところで、お前がそこまで能力を制限されているって事は、だ。
俺もあまり考えたくはないが、もしも宇宙的事情や未来的事情で、緊急事態になってしまったときはどうするんだ?護衛として役に立たないって事じゃないのか?
「情報統合思念体や他のインターフェースへの連絡回線と、情報データベースにだけはアクセスできるようになっているの。だから、もしもそんな事態になったら他のインターフェースに連絡を取って、制限モードの解除を申請。それが通ればロックは外れる。つまり、長門さんや喜緑さんの許可がなければ、私は全ての力を使えないわ」
他のインターフェースへの連絡回線がどうの、という時点で普通の人間じゃないんじゃないか?という脳内突っ込みは聞かなかったことにした。
なるほどね。お前の言い分は分かった。だが、その話を信用できる確信を得たい。
 
「長門さんや喜緑さんに確認を取って貰っても、私は一向に構わないわ。だって、本当のことなんだもの」
俺は携帯を取りだし、長門に電話を掛けようとしてふと指が止まった。考えてみれば長門はまだ団活中の時間だし、喜緑さんは連絡先が分からん。どうしようか。
 
朝倉は相変わらず微笑んだままこちらを見ている。
お前ら情報統合思念体とやらを全面的に信用するつもりはないが……と言いかけて、ふと、周りを見回した。
ホールのど真ん中で、制服を着た朝倉と私服の俺が、傍目から見れば言い争っているような状況を、部活中の他の生徒が物珍しそうに横目で見ながら通り過ぎていく。
 
うう、転校前からあまり人の目を引きたくはなかったのだが。
 
「あ、そうそう。私が去年からこの学校にいるというのは長門さんの情報操作だからね。あたしは先週、喜緑さんに再構成されたばかりなの」
人の流れが途切れた頃に、朝倉は付け加えた。
ああ、だから喜緑さんがこっちに居たわけだな。紛らわしい。
谷口曰くAA+の微笑みを俺に向けていた朝倉が、ふと目線を外した。
「あ、お父様が来たみたいね。じゃあ、あたしはここで。またね!」
くるりと踵を返し教室棟に向かった朝倉を見ていると、背後から親父が声を掛けてきた。
「学校案内は終わったか?」
ああ……と、まるで気のない俺の返事に気付いたのかどうか。俺の横に並んで朝倉の去った方向を見ていた親父は、ニヤニヤしながらこちらを向いた。
 
「えらい美人さんだな。北高で同じクラスだったんだって?」
ああ、そうだな。
「引っ越しの時にお手伝いに来てくれた人も、女性の方が多かったそうじゃないか。しかも、なかなかの美人揃いと母さんから聞いたぞ」
なんのこった。全部友達だ友達。
「お前は俺に似て、美人に好かれる体質かもな?わははは」
そう笑いながら、親父は俺の背中をばんばん叩き、校門に向けて歩き始めた。
……お前が父親でなければ、この場でぶん殴っているのに。
 
 


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