(※長門vs周防のつづきです)

 

 

うだるような暑さが、じりじりと肌を焼く。すっかり梅雨もあがり、本格的な夏が到来したのだ。
俺は汗をだらだら流しながら、だるい身体を引きずるように公園の並木通りを歩いていた。妹にジャンケンで敗北し、コンビニへアイスを買いに行くはめになったのだ。あそこでグーさえ出さなけりゃ。グーさえ出さなけりゃ。

あつい…。
ボーっとする頭の中で後悔の念がぐるぐるサーキットのように回り続ける。ため息をもらした俺は、流れる汗を手でぬぐい、空になったコーラの缶を公園のゴミ箱へ放り込んだ。
ふと、ゴミ箱に目をやる。なんだ、あのゴミ箱からはみ出ている棒は?


ゴミ箱からにゅっと突き出ている白い2本の棒が妙に気になり、俺はゴミ箱に近づいた。なんだこりゃ。マネキンの足じゃないか。
まったく。どこの誰だかしらないが、公園のゴミ箱にマネキンを捨てるなんて。まあ路上に放置したり川に流したりするよりはマシとはいえ、こんなところに放りこむなよ。俺はまたため息をもらし、ゴミ箱に背をむけた。
その時、がさりと視界の端でマネキンの足が動いたような気がした。びくっとして俺は再び横目でマネキンの足を一瞥する。
マネキンが動くなんてわけないよな。うん。俺の気のせいだ。きっと。そもそも人間がゴミ箱の中に入っているわけなんてないから、ここから突き出ている足は、マネキンの足に違いないのだ。
人間の足であるはずなど、断じてない。

「………犬神家の人々」
背中のむこうにあるゴミ箱の中から、非常に聞き覚えのある声がした。

 

聞こえなきゃよかったのに。 しかし聞こえてしまったものはしょうがない。俺はゴミ箱の前に立ち、冷蔵庫の中にある腐臭を放つキャベツを除去するような手つきで、おそるおそるゴミを漁った。
嫌な予感が的中した。そこには、足をゴミ箱の外へ放り出してぐったりした長門有希が、身体を二つに折り曲げて納まっていた。
「………ほぅ」
第49回日本ミステリー大賞受賞作を彷彿とさせるセリフを口にする長門をゴミ箱の中から抱き起こす。その身体は茹で上がったタコのように熱い。
あっつ! 熱いな!? おい長門!? どうした、しっかりしろ! 傷はあさいぞ!
「ピピルピルピルピピルピ-」
なんかヤバそうなエラー音がしてるぞ!? 大丈夫か!? 見るからに大丈夫そうじゃないんだが!?
「………水……つめたい水を…」
水だな!? よし分かった待ってろ長門!
俺は長門の身体をゴミ箱の中から担ぎ出すと、担いだまま走り出した。すぐ近くに、半年前に朝比奈さんと一緒に亀を投げ込んだ川があるんだ。
すぐさま川にたどり着いた俺は、担いでいた長門の体を持ち上げ、いきおいよく川へむかって放り込んだ。
よみがえれ、長門おおぉぉぉ!
音をたてて水中に頭から落下した長門は、つきささった杭のように腰から下を水面上に突き出し、体からしゅわしゅわと水蒸気をあげ始めた。ああ、そういやこんなシーン、刃牙の中国拳法大会編でもあったな。刃牙が黒糖水を14kg一気飲みする場面。

 


なんとかエラーの直った長門と一緒に、俺は公園のベンチに座って休憩していた。まあ、長門の事情も聞かないといけないしな。
何があったんだ、長門。
「………うかつだった」
絵に描いたような迂闊な格好だったよ。それは十分理解している
「………私は、自分の力を過信しすぎていた。そのおかげで、不覚をとってしまった」
長門が顔を伏せてぽつりとそう呟いた。
まさかお前、またカマドウマとか情報素体みたいな、俺たちの想像も及ばないような外敵と戦っていたのか?
「………そう」
無理するなよ。お前が世界存亡の危機のために身体を張ってくれるのはありがたいんだが、いつかきっとお前自身が倒れちまうぜ。そんな事態にはなってもらいたくないんだ、俺たちは。だからさ。俺たちのことも頼れよ。
そりゃ頼りにならない足手まといかもしれないけど、それでも何かの役には立つと思うぜ? たぶん。
「………それじゃ、聞いて」
ああ。話してみろよ。
「………周防九曜がたおせない」
なに、またあの天蓋領域が!? 雪山の山荘といい、なんでそんなに長門ばかり……ねらって………
その時、俺の脳裏にある光景がフラッシュバックした。まだ梅雨まっさかりの頃のことだ。そういえば、前にもこんなことがあったな。あの時は、長門が川を流れてて……


ああ、いけない。そういえば俺、お遣いの途中だったんだ。じゃあな長門。マンションに帰ってしっかり休んでおけよ。
そう言って立ち上がった俺の手を、長門がひかえめにつかんだ。
「………力をかしてくれるんじゃなかったの?」
あ、いや。そのつもりだったんだけどさ…。またあれだろ? フードバトルで負けたとかなんとか言うんだろ?
「………ちがう。フードバトルで彼女に負けたのではない」
じゃあ何で負けたんだよ。まさか本当に常人には推し量れない宇宙的なバトルで負けたっていうのか?
「………町内恒例の我慢大会で負けた」
離してくれ。俺はさっさと帰って、涼しいクーラーの下でダラダラしながらアイスを食べ、明日のために英気を養うんだ。つきあってられないぜ。
「………待って。聞いて。あなたにとってはどうでもいい青春の1ページかもしれない。けれど、私にとっては人生に関わる一大事。この世に生をうけて4年の月日しか経過していないのに、人生に関わる一大事が起こっているという不条理に同情してくれるなら、聞いて」
同情しないから離してくれ。我慢大会に出るくらいなら家でのんびり本でも読んでろよ。
「………私が我慢大会で周防九曜に負けたままならば、来週末あたりには世界は崩壊する」
またその極端な理論かよ!? もういいから。図書館にでも行けよ。涼しいぞ、あそこは。熱にやられてそんなことを口走るようになっちまったんだ。頭をひやしてこい。な?
「ブブ....ブブブブブ....この操作を....完了するのに十分な記憶域....ブブブがありません....ブブブビー.....レジストリデータベース....がピピピブ壊れています.....ピピピーピルピピ」
うおおおぉぉぉい!? また口からエラー音もれてるぞ!? こわいな! なんかいろいろデータベース壊れちゃまずいだろ!

 

 


「早食い大会の次は、我慢大会ですか。いやはや。チャレンジャーですね。長門さんも」
なんとかしてくれ、古泉。俺がいくら「プライベートなことなんだから自分で解決しろ」って言っても、エラー起こしたふりして脅かすんだ。反則だろ、実際。いい年したじいちゃんが夕食後に「メシはまだか?」とか言ってくるようなもんだぜ。シャレにならないことは言わないでもらいたい。ようやく胃の痛みもひいてきたっていうのに。
「我慢大会? 我慢大会って、今度の日曜に銭湯である、サウナの我慢大会のこと?」」
団長席にすわってネットサーフィンしてたハルヒが耳ざとく聞きつけ、俺たちの方へ視線を送っている。
ああ、その我慢大会のことだ。長門がその我慢大会にひどくご執心なんだが、その大会にどうしても負けたくない相手が出場するから興奮してるんだよ。長門がひとりで。
「ふーん、そうなんだ。私はあまり興味なかったしわざわざこんなクソ暑い時期にサウナなんて行きたくもなかったからスルーしてたんだけど。有希ってそういうのが好きだったんだ」
「………現代は飽食の時代で、身の周りになんでも便利なものがあふれている。自分の家から一歩も出ることなく生きていくことも可能な時代。我慢することもなく、また我慢することを知らない人間が大勢いる昨今。自らあえて困難の道に身を投じることで、物や他人に頼らず生きて行くことができる強い人間に成長するための鍛錬修養でもある。そしてまた、そういった現代社会に対するアンチテーゼでもある」
いいこと言ってるようで、まったく脈略ないよな。
「そ、そうだったの……。分かったわ、有希。あなたがそこまで深い考えを持って我慢大会に挑んでいたなんて」
いや、絶対そこまで考えてなかったと思うぞ。
「そこまで有希の意思が固いのなら、止めないわ。いえ、むしろ私も応援するわよ! 有希だけを戦地に送るようなことはできないもの。私たち全員で我慢大会に臨むのよ! SOS団の結束はダイヤモンドの共有結合なみに固いのよ!」
おいおい、本気で言ってるのかよ!? ダイヤモンドは熱に弱いんだぜ?
「ものの喩えよ。それくらい分かりなさい。それじゃ、私はSOS団全員の参加申し込みをしておくから。日曜はみんなで銭湯に集合よ!」
全員で臨むって、まさか俺たち全員が参加するのかよ!? 勘弁してくれよ…。いいかげん暑苦しい季節だってのに…。
しかし、いくら俺が反論してもハルヒは聞きやしないんだろうな。あんなに楽しげに笑ってるあいつが、ほいほい意思を翻すわけがない。
「まあ、たまにはいいじゃないですか。涼宮さんを退屈させないためにも、たまにこうして日常レベルの刺激を与えておくことは大事だと思いますよ」
そう言われればその通りなんだが……。やれやれ。まあ、いいか。長門もなんだか楽しそうだし。

 

 


そうして、ついに大会当日がやってきた。
「入るのはサウナだけど、新しい水着を買ってきたからちょっと楽しみだな。我慢大会だけどあんまり無理せずに、楽しくできたらいいですね」
「なに言ってるのよ、みくるちゃん。我慢することが目的とはいえ大会なのよ、大会。負けは許されないわ。気張っていくのよ!」
まあそう言うなよ。朝比奈さんが熱で倒れてしまってもいけない。俺たちはあくまで長門のサポートって立場なんだ。辛くなったらすぐに棄権すればいいのさ。
それよりも、肝心の長門がまだ来てないぜ。遅いな、あいつ。なにやってるんだ?
「あ、長門さんがきたようですよ」
銭湯の前に集まる人ごみの後方に控える俺たちは、一様に古泉の指差す方を見た。
「………お、遅くなった…ハアハア。ハアハアハア…。ま、間に合ったハアハアハア……」
俺たちの元へ、汗みどろになって荒い息をもらす長門がやってきた。
長門さん? なにやってるんですか? あれですか。もうすでにサウナでよろしくやってきたんですか?
「………ハアハア違う。これはハアハアハア、ウォーミングアップハアハアハア」
そんなの必要ないだろ!? なんでサウナに入る前から肉体を酷使してホットになってるんだよ!? やる気あるのか!?
「まあいいじゃない、キョン。これが有希流のサウナ我慢術なのよ。ところで前から気になってたんだけど、この我慢大会の優勝商品ってなに? 物によっては私たちもより一層奮起できるかもしれないわ」
だからあまりハッスルする必要もないんだが…。ええと確か、サウナの利用券と、商品券5000円分だったかな。
「なにそれ。普通ね。あんまりやる気にもならない商品じゃない」
しょうがないだろ。しょせん、商店街のお遊びみたいな催し物なんだ。期待する方がどうかしている。
「そうだ! 大会をより盛り上げるためにも、私たちの間での優勝者に贈る景品を作りましょう。そうねえ…。景品とはちょっと違うけど、SOS団の中の誰から優勝でたら、団員の中から誰かひとりとデートできる権利なんてどう?」
デート? SOS団内の誰かと?
「そうよ。不思議探索パトロールの時みたいにみんなで行動するんじゃなくて、2人っきりで遊びに行くことができる権利よ」
町内我慢大会で勝利しないとデートもできないとはな。しかし、誰かさんに気を遣うことなくデートできるというのは確かに魅力的ではあるな。
「………デート…」
「デートかぁ…」
どうかしたのか、長門、朝比奈さん?


その時だった、ミーティングする俺たちの隣に人影が近づいてきた。
「──────はあはあはあ────はあはあはあはあ──────」
現れたな、周防九曜!? って、お前……なんだそのしめり具合は。行水でもしてきたのか?
「──────ふっ─────ハンデ──────はあはあはあ──────」
お前もウォーミングアップかよ。無理するなよ。宇宙人ってなんでこんなバカばかりなんだろうと時々思う。
「………それしきのウォーミングアップでハンデ面しないでほしい。私の方がパンプアップでより多くの汗を流している」
だから張り合うなって。

 


大会開始の時刻となった。参加者たちは全員水着に着替え、男女の別なく広いサウナ室内に入っていった。参加者数は俺たちSOS団も含めて、20名くらいだろうか。
「いいわね、SOS団の知名度を上げるためにも、絶対に勝つのよ。特に有希。あの頭の大きなライバルに、絶対勝つのよ」
「………もとより、そのつもり」
だいぶ盛り上がってるようだな。一部の人間が。
「私も、せっかくの機会だしダイエットのために頑張ってみようかな」
朝比奈さんは全然ふとっていませんよ。理想の体型というやつです。
「ダイエットのためにサウナに通うという方がいますが、正直いってサウナにダイエット効果はあまりありませんよ」
「えぇ!? そうなんですか!?」
「そこ、うるさい! 勝負はもう始まっているのよ! 静かに我慢に集中しなさい!」
やれやれ。ハルヒは完全に勝負師モードに入っちゃってるようだな。長門と周防もにらみ合いながらじっと暑さに耐えているようだ。

 

室内温度は110℃。サウナだし、こんなもんだろう。しかし暑いな…。それに息苦しい…。
「もう10分は経ったでしょうかね。そろそろ辛くなってきたので、僕はこのへんで失礼させていただきますよ」
ああ。お疲れ。
古泉が出て行ったことで安心したのか、他にも何人か参加者がサウナを出て行った。10分入っていれば十分だろう。俺もそろそろ出ていきたい気分ではあるが、長門と周防の2人も心配だし、それに朝比奈さんが途中で倒れたりしないかどうかも心配だ。もう少しねばるか。


大会開始から20分経つ頃には、サウナ内には参加者が数人のこっているだけだった。ちなみにその数人というのは俺以外に、ハルヒ、朝比奈さん、長門、周防の4名だ。
どうやら他の十数名の参加者は本気で我慢大会をするつもりはなく、物珍しさかタダでサウナに入れるという庶民的心理からの参加だったようだ。
まあ、それでいいと思うよ。実際。無用の我慢なんてわざわざするものじゃないしな。
ただ問題は、長門と周防の主役2名が、サウナ室の出入り口前でもじもじするように押し合いへし合いしているということだ。ひょっとして、出たいけど出るに出られない状況なのか?


「………出たいんでしょ? 早く出れば?」
「──────私は──────まだ余裕──────あなたこそ無理は禁物──────」
「………無理なんてしていない。私はあと2時間はいける。ただ少しトイレに行きたいなと思っただけ。でもそっちもまだ我慢はできる」
「──────私もちょっとのどが──────かわいただけ──────でも3時間は我慢できる──────」
やっぱ出たいんだ。出たいけどライバルが出ないから出られないんだ。あんなドアの直前でそんな見え見えのウソついてもバレバレだろうに。
「………私だってあと4時間はここにいられる。トイレに行きそびれたとしても、勝負を捨てるつもりはない」
行けよ! 勝負にこだわるよりトイレに行きそびれる方がプライド傷つくんじゃないの!?
「──────のどがかわいたって死にはしない──────私は一生ここに住んでもいいくらい──────」
いや、死ぬって。のどかわき過ぎたら死ぬよ。宇宙人は死なないのかもしれないけど、こんなところに一生住むなよ。どんな経歴の人だよ。履歴書に「住所:サウナ室」とか書く気かよ。

 


大会開始から30分。サウナ室内には、もう俺とハルヒと朝比奈さんしか残っていなかった。
結局あのメイン2人はあの後、2人仲良く肩を並べるようにサウナ室を出ていった。最後まで言い訳がましくトイレがどうこうのどの乾きがどうこう言っていたが、今は2人ともサウナ室のガラス向こうの廊下で取っ組み合いの大喧嘩をしている。
おい、トイレと水分吸収はいいのか? やっぱウソだったのか?
まあそんなことはどうでもいい。我慢大会の生き残りは全員SOS団のメンバーになったんだ。もう誰が優勝したっていいだろう。これ以上苦しい思いをする理由もなくなったことだし、帰ろうぜ。
と言いながら席を立ち上がりかけた俺は、20分が経過した後はじめて、ハルヒと朝比奈さんを見たことに気づいた。
ハルヒと朝比奈さんは長椅子に腰かけ、ヒザの上に腕を置いてぐったりうなだれた姿勢でかたまっていた。
「デートデートデート」
「デートデートデート」
なにか訳の分からないことをブツブツ呟いている2人。おい、大丈夫か!? 脳にきてるわけじゃないよな!?
俺が隣にいたハルヒに手をさしのべた時、ハルヒはその俺の手をいきおいよく払い飛ばした。
「デートの邪魔するんじゃないわよ! そんなに出たいんならさっさと出ていきなさいよ! そんな根性なしはこの戦場じゃ生き残れないんだから!」
うわっ!? な、なに怒ってるんだよ? デート? なに言ってるんだ? デートじゃなくて我慢大会だろ? 本格的に暑さでヤバくなってきたんじゃないか?
「キョンくん…。悪いことは言わないわ。これ以上ここにいるのは、危険です。民間人は早々に立ち去りなさい」
信じられないくらい低音のハスキーボイスで朝比奈さんが俺を上目遣いに睨みつけた。なに、民間人って。確かに民間人だけどさ。
大丈夫かよ、2人とも!? しっかりしてくれよ!


サウナ室のガラスをノックする音がした。見ると、古泉が廊下から困った表情で両手をひろげていた。古泉が指差す方を見ると、長門と周防の2人が例の高速早口でなにかを呟きながら組み合っているのが見えた。
お前らこんなところで何やってるんだよ!? 変な呪文つかうなよ!

 


 <早口言語約>

 

長門「いいえ、絶対私の方が後で出ました!」
周防「私です。私の方が出るの2秒遅かったです。サウナ室から右足を出すのがあなたより2秒後だったですぅ!」
長門「はい、見え見えのウソ発見。ダウト。見てたよ、私。あなたが後ろ足をサウナ室の敷居から外に出すの見てから、その後で私は自分の後ろ足をサウナ室から出したんだから。間違いなく私の方が後でした。はい決定」
周防「いいえ私の方が後でした。あなたの方が私よりも2秒早く外に出たんだから、あなたの負けです。後ろ足がサウナ室から出たんじゃなくて、先に足をサウナ室から出したあなたの方が負けなんです。言い訳で八つ当たりするのやめてもらえる? うざいんですけどー」
長門「八つ当たりじゃありませんー。私はすごい我慢強い方だからあれくらいのことは平気でしたー。私は内へ内へいろいろためこんで行くタイプだから、我慢も内へ内へ溜め込んでまだまだいける予定でしたー」
周防「私も内へためこむタイプだし、あなたより容量が多い分我慢もできてましたー。だからあなたの方が先に出てたんですー」
長門「いいえ身体全部がサウナ室から出きった方が負けだから、あなたの負けです。屁理屈こねて腕つかむのやめてもらえる? 暴力反対ー。口で勝てないからって、暴力で物事を解決しようとしないでくださいー」
周防「してませんー。あなたが先に私につかみかかってきたんですー。だから仕方なく私も自衛のためにあなたの腕をつかんでるんですー。あなたが離したら私も離すつもりなんですー」
長門「じゃあ私も離すから、あなたも離しなさいよ。せーので離すのよ、せーので」
周防「先に手を出したあなたがなんでそんなに高圧的なの? 勝手に話をつくって進めないでよ。何? あなた仕切りたがり? どうでもいいけどさっさと離してよ。私はそっちが離したら離すって言ってるじゃない」
長門「仕切ってるんじゃありませんー。あなたが人の言うことを聞いてくれないからですー。私は妥協案を出しているだけですー。あなたが人のことをもう少し信用していれば、こんなことは言わずに済んでたんですー」
周防「他人に責任をなすりつけるのはやめてくださいー。マジうざいんですけどー」


古泉「……2人は一体、何をしようとしているのでしょう…。おそらく、僕たち一般人には想像もつかない超人的な戦いが2人の間で繰り広げられているのでしょう…」 ゴクリ

 

 

かれこれ我慢大会が始まって1時間が経っていた。もう俺は頭が熱でくらくらするんだが…。
ハルヒと朝比奈さんはまだ白くなった矢吹ジョーみたいな体勢でぶつぶつ言っている。早く出ようぜ。さっさと出てファンタ飲もうよ2人とも。
「みくるちゃん、あんまり我慢しない方がいいわよ。我慢は身体に毒だから」
いや、我慢してるのはお前もだろ。
「涼宮さんこそ、早く出たらどうです? サウナでいくら汗を流してもダイエットにはならないんですよ」
それはさっき古泉から聞かされたことじゃないですか。
「別に私はダイエットのためにやってるんじゃないのよねー。ほら、私って負けるのがすっごく嫌いじゃない?」
「実は、けっこう私も負けず嫌いなんですよ~。黙ってましたが」
「へー。でも早く棄権した方がいいわよ、みくるちゃん。私ってすっごく我慢強いタチだからさ~」
「奇遇ですねぇ。私も我慢には自信があるんですよ。もう1年以上もある人にいじられ続けてますから。イヤでも我慢強くなっちゃったんですよねー」
「私なんて小6の時からずっと退屈な毎日に耐えつづけてきたんだから、我慢にはすっごい自信あるのよ。世界レベル?」
などと言いながら、2人はやおら立ち上がり、じりじりとサウナ室のドアに近づいていく。とうとう決着の時か!?
「もういいのよ、頑張らなくても。華々しい優勝は団長である私が飾ってあげるから。みくるちゃんは先に外でカルピスでも飲んでなさい」
「いえいえ。ここは年長者として私が。どうぞ涼宮さんはお先に外でジンジャーエールでも飲んでいてください」
ドアを開けてまで何をやってるんだ2人とも。もう俺の我慢も限界だぜ。さっきから異常なくらい頭がくらくらしてるんだ。いいからさっさと出させてくれ!
俺はドアの前で互いに道を譲り合っているハルヒと朝比奈さんの背中を後ろからドンと押した。
2人が体勢を崩しつつも外に出たことで、ようやく俺もサウナから脱出することができた。密閉されたサウナに閉じ込められて、実に1時間10分の死闘であった。外の空気がやけに新鮮で心地よい。ああ、シャバの空気はうまいぜ!
あれ、なんかみんなが俺を見てる。なんだ? おい、古泉。どうしたんだ?
「おめでとうございます。あなたが、この我慢大会の優勝者ですよ!」
え? あ、そういえば。サウナを最後に出たのは俺だから……俺が優勝ってことなのか!

 

 


次の日。SOS団の部室には異質な空気が流れていた。
「キョンくん、今日は最高級のお茶を持って来たんですよ。飲んでくださいね」
「キョン。よくぞ優勝したわ。おかげでSOS団の知名度は急上昇よ!」
なんだかいつもと違う部室の空気に、俺は怪訝そうに文芸部室内を見回した。ハルヒと朝比奈さんが妙に猫なで声なのもさることながら、長門が本から目をあげてじーっと俺を見ているのも気になる。
なにかあったのか、古泉?
「我慢大会に出場する前に、我々の間でかわした約束事を覚えていないんですか? 優勝者はSOS団の団員1人と、2人きりでデートできるという約束です」
ああ。そういえばそんなことも言ってたな。じゃあ何か? デートだかなんだか知らないが、俺と一緒に遊びに行きたいって、みんなアピールしてるのか? わざわざデートなんてしなくても、しょっちゅう一緒にいるんだからいいじゃないか別に。
「ダメよキョン! 確かにわざわざデートだなんてお膳立てする必要ないかもしれないけど、一度決めたことはしっかり守らないと。約束は守るためのものでしょ。し、しかたないから、私がデ…一緒にあそびにいってあげるわよ!」
「キョンくん、お茶の葉が切れちゃったんですよ。デートとまでは言いませんが、一緒にお買い物に行ってくれませんか? 2人きりで」
何かしらないが、ハルヒと朝比奈さんと長門がエネルギーのこもった眼差しで俺を見つめている。この3人、そんなに俺のことを……。


って、んなわけねえか。どうせ俺に、この機に何かおごってもらおう、なんて思っているんだろう。
しかしそう思うと、それはそれで腹が立ってくる。なぜ出たくもなかった我慢大会に出場させられた挙句、デートと称して俺がいろいろ出費しなければならないのか。実に不条理じゃないか。
「キョン、早く選びなさいよ! 誰とデートに行きたいの?」
何でそんなに高圧的に決定を迫られるのか。それが分からない。これって優勝者に与えられた自由権利じゃなかったのか? 強制的に行かされる、いつもの不思議探検パトロールの延長みたいなものだったのかよ?
「うっさいわね。気になるじゃない。早く選んでよ」
「キョンくん、早くおしえてください」
「………決めて」
3人がぐいぐいと俺に決定をせまってくる。
「さあ」
「さあ」
「………さあ」
うるさい! そんなに押し付けるなよ。これじゃまるで罰ゲームじゃないか。やめだ。デートなんてしない。俺は帰る。
「な、なに言ってるのよ! 優勝者はデートってもう決めてあるのよ!?」
ああそうかよ。わかったよ。決めてやるよ。デート相手はSOS団の団員なら誰でもいいんだよな。

おい古泉、帰るぜ。駅前のゲーセンにでも寄るか。
「優勝者のあなたがそう言うのなら。僕に拒否権はありませんからね」

ああ。こんなバカバカしいことになんか、つきあってられるか。古泉と下校してお茶をにごしておけば、もう文句を言われることもないだろう。

 

 


肩にカバンを担ぎ、キョンが出て行った部室内で、ハルヒとみくると長門はそれぞれ落胆の表情で、無言のまま立っていた。
「キョン…」
「キョン……」
「悪いですね、皆さん。それじゃ、僕はこれから彼とデートということなので」
「…ま、仕方ないわね。なんか、私たちそわそわしちゃって彼にプレッシャーをかけちゃったみたいだし」
「そうですね。反省です……。でも、相手が涼宮さんや長門さんじゃなくて、古泉くんでよかった」

「そうね。ああ、変に気をもんでつかれたわ」

 

「それじゃ、僕はこれで。また明日、お会いしましょう」

ふふふ。計算通りですよ。

 


マッガーレ

 

 


  ~完~

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2020年07月14日 18:39