初夏の季節に突入し、いよいよ世間は満を持してといわんばかりに全国的な降雨。
いよいよ一年のうちでもっとも鬱度指数が上昇しやすい梅雨の季節が到来したわけだ。
今日は土曜で、SOS団のほぼ無目的々とも言える不思議探索ツアーもなく、俺は比較的平穏な時間を送っていた。
肌にまとわりつくような湿気はあるが、今日の天気は珍しく晴れ。梅雨の合間の快晴とは、非常に心地よいものだ。
俺はヒマを持てあまし、そういえばいつも読んでいる月刊誌を立ち読みしてなかったことに気づき、散歩がてら本屋にでも行こうと家を出た。
急ぐわけではないし明確な目的があるでもなく、ぶらぶらとした足取りで二級河川上に架かった片道一車線両側歩道ありの橋を歩いていると、足下の川になにやら大きな棒状の物が流れていることに気づいた。
何気なく見てみるとそれは人間らしき形をしていたので一瞬ギョッとしたが、よく見るとそれはマネキンのようだった。
川面をプカプカと漂っているそれは、手足を伸ばしたうつ伏せ状態で身じろぎひとつせず、まさに人間大の棒のように水の流れに忠実にしたがって川下へと流れて行く。
どこかの悪ガキが川へ投げ込んだんだろうか。それとも営業不振の衣服店オーナーが不条理な腹いせにマネキンを川に放り込んだんだろうか。
何にしても、いくら夏だからってマネキンが川に流されるとは。嫌な時代になったものだ。
そんなことを考えていると、死んだ金魚みたいにぷかぷか浮いていたマネキンが、小波のあおりを受けてくるりと半回転した。ようするにうつ伏せ状態から仰向け状態に変化したわけだが、半回転して体の前面を大気中にさらしたマネキンの顔を見て、俺はまたギョッとした。
「うおぉぉ、なにやってんだ長門!?」

長雨の影響で大幅に水かさの増加した川を横断するのは大層骨の折れる作業だったが、石膏像のようにかたまった長門を救助するのは難しくなかった。水難救助は困難なものだと相場がきまっているが、長門はワラを掴むために暴れたりはしなかったからな。
岸に戻った俺は肩で息をしながら、まったく体勢を変えることなく仰向けのまま寝ころんでいる長門を見下ろしていた。


長門「………うかつだった」
キョン「ああ。見るからに迂闊そうだったな」
長門「………迷惑をかけた」
キョン「いいって。いつも迷惑をかけてるのはこっちだからな。それより、何があったんだ?」
長門「………手を貸して。自力で立ち上がれない」
キョン「自力で立てないって、誰かにやられたのか? まさか、またあの周防九曜ってやつに?」
長門「………そう。不覚だった」
キョン「ちくしょう、あの頭デカ女。長門ばかり狙いやがって。ほら、つかまれ」
長門「………急にひっぱらないで。中身が出そう」
キョン「……中身?」
長門「………胃壁の伸張を抑えるのに精一杯。他の情報に干渉する余力がない」
キョン「胃? あの、長門さん? 周防九曜にやられて川を流れていたんじゃ……?」
長門「………そう。周防九曜とのフードバトルに破れ、川を流れていたところをあなたに救助された」

長門「………三丁目のラーメン屋で、商店街主催の大食い大会が開かれた」
キョン「知ってるよ。妹づてに聞いた。俺はあまり興味なかったが」
長門「………初戦から私の独壇場だった」
キョン「出場していたのか……」
長門「………Aブロックで私に勝てる者は存在しなかった」
キョン「すごいじゃないか」
長門「………情報操作は得意」
キョン「インチキかよ」
長門「………しかしBブロックに予想外の難敵がいた。それが周防九曜」
キョン「宇宙人2人が、商店街の早食い大会で競い合ってるという図がイメージできないんだが」
長門「………彼女の食事量は異常。おそらく情報操作で2つ目の胃袋を作りだし、あの異様に大きな頭骨内に内包していると推定される。卑怯な手口」
キョン「それはねえよ。ていうかお前が言うな」
長門「………膨れた腹部に集中するあまり足取りも思うようにままならず、私はよろめいて土手を転がり落ちた。その後は、あなたの知る通り」
キョン「ということは、お前が川で流されていたことと周防九曜は関係ないんじゃないか?」
長門「………関係はある。彼女に負けなければ、私は川に落ちるほどの心的ショックを受けることはなかった」
キョン「どう考えても言いがかりじゃないか」

長門「………決戦は来週。来週の土曜日に同ラーメン屋にて決勝戦が行われる。そこで正式に私と周防九曜の勝敗が決する」
キョン「決勝戦? 周防に今日負けたんじゃないのか?」
長門「………直接敗北したわけではない。ラーメンの摂取量、完食までのタイム等の各レコードにおいて私は周防九曜に劣っていた。このまま来週を迎えれば、私の敗北は必至」
長門「………あなたに私の特訓の協力を要請する」
キョン「特訓って、早食いのか?」
長門「………そう」
キョン「そりゃ俺だって世話になってる長門の言うことなら何でも聞いてやりたい心境ではあるが、さすがにそれは俺の手におえる範囲外の問題だ。古泉にでも相談した方がいいんじゃないか?」
長門「………あなたに協力してもらいたい。それに私が周防九曜に負けるようなことがあれば、この世界は終焉を迎えることになる」
キョン「世界が終わる? お前がラーメンの早食い競争に負けただけでか?」
長門「………私は三丁目フードファイトの、三カ年連続優勝者」
キョン「生まれてからずっとそんなことやってたのか」
長門「………今年は三丁目フードファイト史上初の四カ年連続優勝の悲願がかかっている。ここで優勝を逃す事態が発生すれば、私はあまりのショックで涼宮ハルヒの観察を続行不能になり、無気力な引きこもり化すると推測される」
キョン「引きこもるなよ、んなことで!」
長門「………生まれてからずっとこの栄誉を保ちつづけてきた私にとって、最強フードファイターは自己の証明ともいえる称号。あなたにはその重みが分からない」
キョン「す、すまん…」
長門「………私が機能不全に陥れば、情報統合思念体は私というインターフェースを破棄するだろう。そうなれば、涼宮ハルヒは大きく落胆する。さらに私のバックアップである朝倉涼子が後任に就き、あなたの命も奪われる」
キョン「嫌なこと言うなよ。風が吹けば桶屋が儲かる的理論か」


キョン「という訳なんだ。なんとかならんか?」
古泉「そうですね。僕もそういった分野には明るくないのですが、やはり慣れが大切なのではないでしょうか」
キョン「ひたすら食べ続けて胃を慣れさせるってことか。体に悪そうだな」
古泉「体には悪いですね。ほとんど噛まずに飲み込むわけですから消化不良を起こしやすいし、血糖量も上がりやすい。また急性アルコール中毒や水中毒のように、毒性のない物でも短時間で大量に摂取することにより死にいたる場合もあります。大食い早食いというのは、あれで実は命がけなところもあるのですよ」
長門「………そう。命がけのチャレンジだからこそ燃やせる生き様がある。命がけだからこそ、譲れない想いがある」
キョン「なにを柄にもないことを」
長門「………とりあえず特訓を始めたいと思う。手始めに飲み物でもいただこう」
みくる「はい、どうぞ。なんだか分かりませんが、頑張ってくださいね」
長門「………なんだこれは」
みくる「はい? あの、お茶、ですけど…」
長門「………お茶なんて女子供の飲み物。命をかけて戦うファイターの飲み物じゃない。取り替えるべき」
キョン「女と子供の両方にあてはまるお前が何を今更…」
みくる「あの、それじゃあ何ならいいんですか?」
長門「………手始めにカレーをもらおう」
古泉「長門さん、本気ですね!」
キョン「うげ……カレー飲んでる……」


こうして長門の一週間に及ぶ長く苦しい修行が始まった。
それはもう、見てるこっちが胸焼けを起こしそうで、とても正視にたえない過酷なものだった。
まあ、ただひたすら食べ物を食べ続けているだけなんだが。
そしてついに、運命の土曜日がやってきた。
長門「………ゲフゥ」
キョン「おい、決勝戦前になんで軽く満腹気味なんだ」
長門「………大丈夫。これくらい朝餉にもならない。まだまだ入る。これからの決戦に向けての余裕の表れと思ってもらいたい」
キョン「先週はレコードで負けてたくせに、何をえらそうな」
長門「………これはただのウォーミングアップ。この1週間の特訓で私は生まれ変わった。もう周防九曜などとるに足らない。小物も同然」
キョン「すごい自信だな」
周防「────ふっ───」
キョン「周防九曜!」
長門「………その下アゴに付着したナルト。まさか彼女も試合前にラーメンを一杯やってきたのか…」
キョン「ラーメンの早食い競争前にラーメン食ってくるなんて。そんな馬鹿な…」
周防「────とんこつ───」
長門「………まさか、試合前にとんこつラーメンを食べてきたというのか。あんな脂っこい物を。なんて無謀な」
周防「────これくらい──ハンデ───」
長門「………私だってウォーミングアップと称してゲップが出るくらい食べてきた。プラスマイナスでハンデなど存在しない」
キョン「アホだ、こいつら…」



 ~②へ続く~


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