古泉が病室を出て行き、部屋の中には俺とハルヒの二人っきりとなった。
……何だ、この沈黙は? なぜだか全くわからないが微妙な空気が流れる。
おそらくまだ1、2分程度しか経っていないだろうが、10分くらい経った気がする。
やばいぜ、ちょっと緊張してきた。何か喋らないと。
『涼宮ハルヒの交流』
―最終章―
沈黙を破るため、とりあえずの言葉を口にする。
「すまなかったな。迷惑かけて」
「別にいいわ。けどいきなりだったから心配したわよ。……もちろん団長としてよ」
「なんでもいいさ。ありがとよ」
再び二人とも言葉に詰まる。
「……あんた、ホントにだいじょうぶなの?」
「どういう意味だ?」
「だってこないだ倒れてからまだ半年も経ってないのよ。何が原因なのかは知らないけどちょっと異常よ。
ひょっとして、あたしが無茶させすぎちゃったりしてるからなの?」
確かに、普通はそんなにしょっちゅう意識不明にはならないよな。
けど今回の原因はハルヒだなんて言えねぇし。
どうでもいいが無茶させてる自覚があるならもっと優しく扱ってくれ。
「だいじょうぶさ。もうピンピンしてる。別に体に問題があるわけでもない」
「そう……、ならいいけど」
ハルヒに元気がないな。そんなに心配してくれてたってのか?
それともここも実は異世界で、これは違うハルヒだったりするのか?いやいや、そんな馬鹿な。
……ん?そうだな、そういえば言わなきゃいけないことがあったな。
「ハルヒ、昨日はすまなかったな」
ハルヒは不思議そうな顔で目を向ける。
「だから、別にいいって言ったでしょ」
「……ああ、いや、そのことじゃない。昨日の昼のことだ」
「ああ、……あれね」
途端に不機嫌な顔になる。やっぱかなり怒ってんのか。
「つい、つまらないことでムキになっちまったな。すまん。
けどな、お前からはつまらないことかもしれないけど、俺にとっては結構大事なことだったんだ」
「………」
あのハルヒと同じように黙ったままだ。
「別にSOS団として不思議を探すのは構わん。宇宙人、未来人、超能力者を探すのも構わん。
お前が手伝って欲しいってんならできる限りのことはやってやりたい。できる限りはな。
けど、な。……そいつらを見つけたら、俺は用済みになるのか?」
「そんなことは言ってないでしょ!」
「言ってはないかもしれんが、ひょっとしたらそうなんじゃないかって思ってしまったんだ。
そうしたら、きっと怖くなっちまったんだろうな」
「そんなことあるわけないでしょ。あんたあたしが信じられないの?」
「そうだったのかもしれない。いや、信じられなかったのは俺自身なのかもしれない。
そんなやつらがいる中で、いつまでもお前の側にいられるような資格がないと思ったのかもしれないな」
「そんなことないわ。だってキョンは、……キョンはあたしにとって……。あたしはキョンが……」
「でも、もうそんなことはどうでもよくなった」
ハルヒは驚いて悲しそうな顔になった。心なしか、涙が浮かんでいるようにも見える。
「まさか……もうやめるって言うの?なんでよ!?」
ああ、そういう風に捉えますか。というか言い方がまずかった気はしないでもないな。すまん。
「いや、すまん。そういう意味じゃない。俺はこれからもSOS団の一人としてやっていくつもりだ。
俺が言いたいのは、そのなんていうか……簡単に言うと自信が付いたってこと、か?」
「何言ってるのあんた。全然意味わかんないわよ」
だろうな。俺もよくわからん。どうやって話を進めたらいいやら。
「昨日言っただろ。普通じゃない人間なんて見つかりこないって。あれは本当のことだ。
けど、それはそういうやつらがいないって意味じゃない。こっちからは見つけられないって意味だ。
だっていきなり『お前は宇宙人か?』って聞かれて、はいそうです、って、本物だとしても答えるわけないだろ?」
「じゃあどうしろっていうのよ!」
「別に何もしなくていいと思うぞ。強いて言うなら、そういうやつらが現れるのを願い続けることだな。
そうすれば、お前の周りにいるそいつらは、時がくれば自分からそのことをお前に告げてくれるさ」
「あのねぇ、あたしには気長に待ってる暇はないのよ。時っていつよ?こないならこっちから探すしか――」
俺はハルヒの小さな肩に手をやり、ほんの少しだけこちらに引き寄せる。
「その時ってのは今だ」
「あんた何言ってんの?」
「あのな、ハルヒ。実は俺、異世界人なんだ」
「は?」
さすがに目が点になってるな。そりゃそうか。
「俺は異世界人なんだ」
「ちょっと、あんた。本気で言ってんの?んなわけないでしょ」
「本気だ。俺は異世界人なんだ。まぁそりゃあ普通の人間には簡単には信じられないかもしれないだろうがな。
それにしてもせっかく待ちに待った異世界人が現れたってのに、信じないなんてもったいない話だよな」
「わ、わかったわ。仕方ないから信じてあげるわよ」
なんて簡単に挑発にかかるんだ。こいつは。
「だからな……」
「だから何よ」
ハルヒの肩に置いていた手に、ギュッと力を込める。
やべぇ、めちゃくちゃ緊張してきた。
「俺は普通の人間じゃない異世界人だから、俺と付き合ってくれないか?」
ああ、ついに言っちまった。
「は!?あ、あんたちょっとまじで言ってるの?」
「ああ、俺は大まじだ。お前言ってただろ?普通の人間じゃないやつがいたら付き合うって。ありゃ嘘か?」
「嘘なんかつかないわよ。けど……、まぁあんたが異世界人だってんならしょうがないわね。
わかったわ。そこまで言うなら付き合ってあげるわよ」
意外とすんなりいったな。『あんたが異世界人だっていう証拠は?』とか言われたらどうしようかと思ってたが。
証拠なんてないしな。行き方も知らない。まぁハルヒは実は自分で知っているわけだが。
俺が本物かどうかなんてたいした問題じゃないってことなのか?
まぁなんでもいいさ。
「一つ聞いてもいい?」
「なんだ?質問にもよるぞ」
「あんたの言う異世界ってどんな世界?」
どんな世界、か。どう言えばいいものか。ここと変わんねぇんだよなぁ。
「基本的にはこことほとんど同じだな。よくいうパラレルワールドってやつか?人もほとんど同じだ」
「ふーん、てことはあたしとかもいるわけ?」
「ああ、いるぜ。ちゃんとSOS団もある」
「じゃあ、何が違うの?全く一緒ってわけじゃないんでしょ」
そうだな?何が違うんだ?あまり違和感がなかったからな。
「なんだろうな。人の性格とかに微妙に違和感があるくらいか?」
「例えば?」
例えば、か。何かあったかな。
「あ、長門の料理がうまかった。昼の弁当もうまかったし」
ハルヒの目付きが変わる。
「へえー、有希に弁当とか作ってもらってたんだぁ」
いや、まて、それはだな。いろいろあって、とりあえず落ち着け。な。
「……まぁいいわ。そっちのあたしはどんな感じ?」
どんなって言われてもなぁ。確かにちょっと違ってはいたが。力のこともあるし。
「……お前をさらに強気にした感じだ」
としか言いようがない。
「なるほどね。まぁいいわ」
「というかお前案外簡単に信じるんだな」
「嘘なの?」
「いや、そういう意味じゃないが」
「ならいいじゃない。あんたが本当って言ってるならそれでいいのよ。何か問題あるの?」
「いや、ちょっと話がうまく行き過ぎてて。ハルヒ、本当に俺でいいのか?」
「あたしがいいって言ってんだからそれでいいのよ。何?取り消したいの?」
「そんなわけあるか!俺はお前のことが、……本当に好きなんだから」
空いているもう片方の手もハルヒの肩に置く。
「ならさっさと好きって言いなさいよね。全く。こっちだって不安なんだから」
「そうだな、すまん。……ハルヒ、好きだ」
「あたしもよ。……キョン」
両の手に少し力を入れて引き寄せると、それに従いハルヒも近づいてくる。
……あと20cm。
俺が顔を近付けるとハルヒも顔を近付ける。
……あと10cm。
残りわずかのところでハルヒが目を瞑る。
……あと5cm。
顔を少し傾け、目を閉じているハルヒの唇に俺の唇をそっと重ね――
コンコン!
バッ!!
ドアがノックされる音に慌ててハルヒの体を引き離す。
「入りますよ」
そういって古泉が入ってくる。そういえばジュースを買いに行ってたんだっけ?
というか手ぶらじゃねぇか。どういうことだ?その満面の笑みは何だ?
「いえいえ、なんでもありませんよ。」
古泉の後ろには隠れるようにしている二人の姿が見える。
お見舞いのフルーツセットと、それとは別にお見舞いの品の袋を持った朝比奈さんとなぜか大量の本を持った長門の姿が。
「長門、それに朝比奈さんも。来てくれたんですね」
「……来ていた」
「キョ、キョンくん、具合はどうですかぁ?」
ん?なんか様子が変だ。朝比奈さんに至っては顔が真っ赤だし。
ってハルヒも顔が真っ赤になってるな。しかも口を開けたまんま固まっている。どういうことだ?
「古泉、何かあったか?ジュースはどうした?」
「ああ、そういえば飲み物を買いに出たのでしたね。うっかりしてました」
「は?じゃあお前はジュースも買わずに今までどこ……って、お前まさか!?」
「いやあ、この部屋を出たところで偶然このお二方と会いましてね。中に入ろうかとも思いましたが……ねえ?」
と、長門の方に振る。
「……いいところだった」
嘘だろ?まさかこいつら全部聞いてたんじゃ。
「……古泉、どこからだ?」
「そうですね。『すまなかったな。迷惑かけて』からですね。最初の方でしょうか?」
最初の方っていうか一番最初だぜこのヤロー。
……そこから全部聞かれてたってことなのか?そんな馬鹿な。ぐあっ、死にてえ。
思わず頭を抱える。ハルヒはまだ固まっている。
「キョンくん、気を落とさないでください。だいじょうぶですよぉ。カッコ良かったですぅ」
いえ、朝比奈さん。それ全くフォローになってませんから。
「まぁいいじゃないですか。一件落着ですよ」
くそっ、こいつに言われると腹立つな。
どうでもいいけどお前間違いなく開けるタイミング狙ってただろ。
「さて、なんのことでしょう?」
くそっ、いまいましい。
ハルヒいい加減正気に戻れ。
「わ、わかってるわよ。うっさい」
まぁいいさ。これでこの一件は無事に終わったってわけだ。やっぱりこういう世界が一番だな。
あんな悪夢のような時間は出来ればもう過ごしたくないものだ。
俺はここでこのSOS団のみんなと俺は楽しく過ごしていくさ。
だからそっちのSOS団もそっちで楽しくやってくれ。そっちの俺たちも仲良くな。頑張れよ、『俺』。
「とりあえず元気そうで良かったですぅ」
「安心した」
二人からちゃんとしたお見舞いの言葉をもらっていると、
「やっぱりキョンを雑用係にして酷使し過ぎたのがまずかったのかしらね」
だから自覚あるならやめろっての。
ハルヒは朝比奈さんが持ってきた俺へのお見舞いのメロンを食べ終えて言った。
ってお前、そのメロン全部食ったのかよ。それ俺のだろ?
「そうかもしれませんね」
古泉、お前思ってないだろ。とりあえずその手に持ったバナナの束を置け。
「だからキョンには新しい役職を与えて、雑用はみんなで分担することにするわね」
そう言ってハルヒはどこからともなく腕章とペンを取り出した。
って、どこから出したんだよ。ってかなんでそんな物持ってんだよ。
キュキュっとペンを走らせ、それを俺に突きつける。
「これでどう?嬉しいわよね」
渡された腕章には大きな字でこう書かれていた。
『団長付き人』
やれやれ、これからも大変そうだな。
今日からは俺も異世界人、これでSOS団の一員として新しくスタートってわけだ。
確かに向こうに行ってた時間は悪夢のような時間だったかもしれない。
けど、こうなってみると、この結果になったのは間違いなく異世界のおかげと言えるだろう。
異世界でのSOS団の出会い、ハルヒとの出会いがなければ俺はハルヒに告白なんてできなかったたろう。
ハルヒ。ひょっとしてこれもお前の望んだとおりの結果なのか?
異世界との交流を通して、俺に答えを出すことを望んだのか?
まぁなんでもいいさ。
お前も望んでくれるなら、俺はいつまでもハルヒの隣にいたいと思う。
「ああ、ありがたく頂くよ。これからもよろしくな」
さて、これからはどんな新しいものとの交流が待っていることやら。
今から楽しみだぜ。
「ちょっとキョン!あたしのプリン食べたでしょ!?」
「いや、それ朝比奈さんが俺のお見舞いに持ってきたやつだから。しかも俺は食ってないぞ」
周りを見渡す。長門が食べていた。
長門はハルヒの方を向いて僅かだけ微笑みを感じさせる顔で言う。
「プリンくらいはあなたから貰ってもいいはず」
◇◇◇◇◇