先ほど言ったと思う。
 
 これからは何との交流が待っているのか。
 それが楽しみだ、と。
 
 こうしてとりあえずのハッピーエンドを迎えたからにはもうそれほど無茶なことはないだろうと思ったからだ。
 ここで言う無茶なことってのは誰かに危険が訪れたり、世界におかしな現象が起きたりってことだ。
 きっとハルヒはもうそんなことは望まないはずだ。
 だってそうだろ?こうしてSOS団がいる。ハルヒがいる。少なくとも俺は幸せだったからだ。
 
 悪夢はもう終わった。いや、あれは悪夢ではなくいい経験ですらあった。そう考えて俺は安心しきっていた。
 だからその前触れに全く気付かなかった。
 ハルヒのあの言葉を完全に失念していた。俺はあのとき微かに聞こえた言葉の意味を理解していなかった。
 
ひょっとすると、この悪夢はまだ始まってさえいなかったなのかもしれない。
 
 
◇◇◇◇◇
 
 
 少年は空を見上げていた。
 おそらくはもう会うこともないであろう少年の姿を思いながら、少しずつ赤く染まる空を見上げていた。
 そのとき彼の携帯電話が着信を告げ、彼はそれに答える。
 その電話は彼の良く知る少女から呼び出しだった。
 その少女の楽しそうな声を聞きながら彼は思った。おかしい、と。
 なぜなら、彼が想うその少女は、今は別の少年と共にいるはずだから。
 そう、彼が先ほどから思い浮かべていたその少年と。
 不安を胸にしまいながらも、少女の言葉に従い、彼は自分の過ごし慣れた場所へ足を向ける。
 文芸部、もといSOS団の部室へと。
 
 
 
 
『涼宮ハルヒの交流』
―最終章 後編―

 
 
 
 とりあえず俺の元気そうな様子にみな安心したのか、病室であるにもかかわらず、5人での会話は盛り上がる。
 これからのSOS団について、これからの俺の仕事について、先ほどの三人の盗み聞きについて。
 とは言っても長門はいつものようにあまり喋ることはなく、時々相づちを打つ程度だったが。
 それでも今の俺からはそんな長門もなんとなく楽しそうに見えた。
 
 話が一段落した後にハルヒが提案する。
「キョンも病み上がりだし、あんまり無理させてもあれだし、ちょっと休憩しましょ」
 ……休憩?病み上がりだからゆっくり寝させてあげましょうって発想はこいつにはないのか?
 いや、ないんだろうな。
「そうですね。では何か飲み物でも買ってきますよ」
 古泉が椅子から立ち上がる。
「今度はちゃんと買ってくるんだろうな?」
「もちろんですよ。信用がないようですね」
 当たり前だ。こいつは信じられん。
「そうね。一人でみんなの分は持てないだろうから有希も古泉くんと一緒に行ってきて。
あたしはこいつの家族にキョンが目を覚ましたってことを連絡してくるわ。
みくるちゃんはこいつが変なことしないように見張ってて。あ、変なことされないようにね」
 しねぇよ。何だよ。変なことって。
 そういえばこんなことになって親は心配してるだろうな。……申し訳ない。
「じゃあ連絡は頼むな。元気だと伝えてくれ」
「ま、心配しなくていいわ。変なことは言わないから」
 そう言ってニヤリと不気味に笑う。
 こいつは言う。間違いなく変なことを言う。まじでやめてくれ。
「それでは行きましょうか。長門さん」
「行く」
 長門は古泉の後ろについて部屋を出る。
「じゃあ、また後でね」
 ハルヒも二人に続いて部屋を飛び出し、二人とは反対の方向に走り出す。
 
 ……何だ?この感じは?
 
 何かが変?いや、違う。少し前にも同じことがあった気がする。
 同じこと?何か忘れているのか?
 何だ?思い出せ。この感じは重要なことのはず。とんでもないことになるんじゃないか?あれは確か――
「どうかしましたか?具合良くないんですかぁ?」
 朝比奈さんの言葉で思考が中断される。
「いえ、問題ありませんよ。少し考えごとをしてただけですから」
「それなら安心です。良かったですぅ……」
 呟くように言葉を発して、朝比奈さんはそのまま思いつめた顔でうつむく。
「……?朝比奈さん?」
 少し間があり、小さく頷くと、朝比奈さんは真剣な表情でバッと顔を上げた。
「キョンくんは異世界に行ってたんですよね?」
「ええ、そうですけど。……ひょっとして嘘だと思ってます?」
「いえっ、そんな。……キョンくんが異世界に本当に行ってたことは知ってるの。……知ってたの」
「知ってた?どういうことです」
「詳しいことはわからないんだけど……、キョンくんが異世界に行くということは既定事項だったの」
 なんだって?既定事項?
「てことは元々俺は異世界に行くことになってたってことですか?」
「そうなんです。そしてそのことを私は前から知っていました」
「なら、先に教えてくれるってのはできなかったんですか?結構大変だったんですよ。……って、すいません。」
 つい声が大きくなってしまった。
 朝比奈さんはまたうつむいてしまう。
「……ごめんなさい。詳しくはわかりませんがそれをあなたに先に教えることは禁則事項だったんです。
おそらくは……キョンくんが何も知らないまま行くということが大事だったんだと思うの」
 そう言われてみればそうかもしれない。もしそのことを知っていたなら俺の行動は全く違っていたはずだ。
 そうだとしたら、俺が異世界に行ったことが無意味だということにもなりかねないということか?
「なるほど、それは朝比奈さんの言うとおりかもしれません」
「でも、それを伝えられなかったことをキョンくんにちゃんと謝っておきたかったんです。ごめんなさい」
 まったく、正直な人だな。言わなかったらわからないってのに。
 そういえば、と、今の話を聞いてみて思い出した。
 これだけ大量のお見舞いの品を持ってきたってことは、今日俺が目を覚ますって知ってたってことだよな。
 この量は朝比奈さんからの謝罪の気持ちなのかもしれないな。
「それと、もう一つ謝らないといけないことがあるんです」
 まさか、これからまた何かあるのか?
「キョンくんが異世界でどんな風に何をしてきたのかについて私は何もしりません。
でも、キョンくんがこっちに帰ってから何かがあるということはわかっていました」
 つまり、その何かってのはさっきのあれ、告白のことですか?
「実は上からの指令で、キョンくんに問題が起こりそうになったらそれに対処するように言われていたんです。
それについても詳しくは聞かされていないのでよくわかりませんけど……。
それでさっき部屋の外で古泉くんと会って、キョンくんから目を離さないように話したんです」
 ってことは、その指令のせいでさっきの告白が筒抜けだったってことですか!?
 くそっ、許せん。未来人め。なんという羞恥プレイだ。
「本当にごめんなさい。まさかいきなり告白するなんて思ってなかったの」
 まぁそりゃしょうがないか……。
「ってことは、とりあえず何も問題は起こらなかったってことですよね?」
「……今のところは、そうみたいです」
 未来人は何を考えてんだ?何が見たかったんだ?俺が一体何をするってんだ。
 ……いや、そんなことしないっつーの!って、どんなことだよ。
「あのぉ、どうかしましたかぁ?」
 いえいえ、なんでもないです。なんでも。
 どうやら不審な様子が思いっきり出てしまっていたようだ。気をつけないと。
「正直言うと何が起こるのか少し怖かったんですけど、何もなさそうで安心しましたぁ」
 そうですね。そんなこと言われると俺も怖くなってきます。
「まぁきっとなんとかなりますよ。特にどうしろって言われてないってことはそんな無茶なことはないでしょう」
「そうですね」
 朝比奈さんも俺の言葉に頷き、ニコッと笑う。
「あまり心配し過ぎも良くないですよ。気楽に行きま――」
 ガチャ、ドンッ!!
 突然轟音を上げてドアが開かれた。
 俺の知り合いでこんな荒い開け方をするやつは一人しかいない。しかもノックなしで。
「あら、みくるちゃん。キョンの調子はどう?」
「別にどうということはないぞ。健康だ」
 びっくりして固まっている朝比奈さんに変わって答える。
「あらそう。ま、とりあえずは元気そうね」
 ん?なんかおかしなこと言ってないか?さっきから元気だったろ?
 なんだろう、この違和感は。
「まぁいい。うちの家族はなんて言ってた?」
「家族?なんのこと?」
「は?何言ってんだ?俺の家に連絡してくれてたんじゃないのか?」
「連絡?……ああ、連絡ね。したした。ちゃんとしといたわよ」
 いや、してないな。こいつはしてない。今まで何やってたんだ?
 なんか変だぞ。この感じは少し前にも……。あれは――
「そんなことはどうでもいいのよ。それより……」
 そこで最悪に不気味な笑みを浮かべ、
「あんたにおもしろい客を連れてきたのよ」
 と言った。
 
 嫌な予感がする。
 たぶんこの嫌な予感は当たっている。
 さっきの言葉、『じゃあ、また後でね』という言葉が頭に浮かぶ。
 そう、さっきの言葉だ。 しかし、もう少し前にも聞いたような気がする。
 あれはいつだったか。思い出せ。思い出すんだ。あれは……。
 ……って、あのときか!
 しまった。なんでこんな大事なこと忘れてたんだ。ぐあっ、最悪だ。
 あの時ハルヒは、『後でね』と確かに言ったんだ。
 そう、このハルヒが。
 
「じゃ、呼んでくるわね」
「おい、ハルヒちょっと待っ――」
 遅かった。
 ハルヒはドアを勢いよく開け、
「いいわ。入りなさい」
 と声をかけた。
 満面の笑みを浮かべたハルヒの後ろから入ってきたのは、ほんの数時間前に別れたはずの『俺』だった。
 見つめ合う二人。
 止まる時間。
「ほら、挨拶しなさいよ」
 『俺』がハルヒに引っ張られて前に出る。
「あ、キョンくんもお見舞いに来てくれたんですかぁ?」
 って、朝比奈さん知ってるんですか?まさか、これも既定事項?
「……どうも朝比奈さん」
 『俺』は朝比奈さんの方に軽く挨拶した後、俺の方に向き直る。
「……よぉ」
「あ、ああ」
 はい、挨拶終わり。
 戸惑う二人を楽しそうにニヤニヤ眺めるハルヒ。
 
 しばらくの沈黙の後、『俺』が話しかけて来る。
「とりあえず元気そうで安心したぜ」
「ああ、おかげさまでな。心配かけてすまなかったな」
 『俺』が首を振って答える。
「俺はいい。けど長門は心配してたぜ」
「そうだな。長門には本当に世話になった。こっちでちゃんと元気でやっていると伝えてほしい。
あと、弁当うまかった、ありがとう。って言っといてくれないか」
「ああ、長門に言っとくよ」
「へえー、有希に弁当とか作ってもらってたんだぁ」
 こっちのハルヒと全く同じこと言いやがる。しかも同じ表情で。
 話を変えるためにとりあえず状況を『俺』に聞いてみる。
「で、どうしてお前がここにいるんだ?」
「よくわからん。とりあえずハルヒに無理矢理連れて来られた」
「どうやってこっちに来たんだ?」
 ハルヒは得意気にふふっ、と笑う。
「あんたが出入りしたおかげで異世界への行き方がわかったのよ」
 ぐあっ、俺のせいかよ。いや、実際はこっちの世界のハルヒのせいだが。
「とりあえず、今はちょっとまずいん――」
「ひええぇぇぇええぇ!!」
 突然朝比奈さんが絶叫する。
「キョキョキョ、キョンくんが、キョ、キョンくんが二人いるぅぅうぅ!!」
 って今まで気づいてなかったんですか?
「あ、朝比奈さん、とりあえず落ち着いて下さ――」
 コンコン。
「入りますよ」
 挨拶と同時に入って来る古泉と長門。
「ああ、涼宮さんももう戻って来て……なっ!?」
 ガッシャーン!!
 古泉の手の中にあったジュースの缶が激しい音をたてて床を転がる。
 ああ、なんという混沌とした状態だ。とりあえずみんな落ち着くんだ。
「こ、これは一体どういうことですか?何があったんですか!?」
 二人の俺を見比べ、尋ねる古泉。
 さすがの古泉も取り乱しているようだ。長門ですら少し目に動揺の色が見える。
 とりあえず落ち着け、クールになれ古泉。今説明してやる。
「簡単に言うと、ここのハルヒとそっちの『俺』は異世界からきたハルヒと『俺』だ。で、合ってるよな?」
 『俺』の方に目を向けると頷いて肯定する。
「どうやらそのようだ。俺はハルヒに無理矢理ここに連れて来られた」
「無理矢理って何よ。人を誘拐犯みたいに言わないでよ」
「いや、大差ないだろ。いきなりこんなところに」
「いきなりとかどうでもいいのよ。ついてきなさいって言ったらわかったって言ったじゃない」
「まぁ、それは言ったが……」
 とりあえず二人で遊ぶのはやめてくれ。
「古泉、この状況はどうだ」
「おおよそしか把握できていませんが、正直あまりよろしくないですね。僕らの方の涼宮さんは?」
「まだだ。たぶん俺の家に電話中だろう。帰って来る前になんとかしないと」
「長門さん何か手はありませんか?」
「ないことはない」
「ではそれをすぐにお願いします」
「あまり推奨できない」
「とにかく時間がないかもしれません!お願いします」
 必死だな、古泉。
「……わかった。情報連結解除開――」
「って、ちょっ、待て待て長門。それはダメだ」
 長門、まさかお前までパニクってんのか。落ち着け、長門。お前もクールになれ。
 それはさすがにまずいだろ。別の方法を考えよう。
「………」
「長門?」
「……今のはジョーク」
 前言撤回。余裕ですね、長門さん。
 さすがの古泉も口を開けて完全に固まっている。ちなみに朝比奈さんはとっくに固まっている。
「そうだ、あの見えなくなるフィールドみたいなやつは、どうだ?」
「私の権限では涼宮ハルヒという個体に対して力を行使することは許可されない。つまり……」
 つまりなんだ?
「私には打つ手がない」
 でもこれは違うハルヒだぞ。ならいいんじゃないのか?
「それでも無理」
 なんてこった。こっちからは何もできないってわけか。
「とりあえずお前ら一旦帰ってくれないか?」
 いちおう二人に言ってみる。
「嫌よ。せっかく遊びに来たのに」
「んなこと言うなって。また来ればいいじゃねえか」
「そんな簡単に言うけど結構疲れるのよ」
 知らねえよ。俺の方が疲れるぜ。
「あのなハルヒ。こっちのハルヒに知られるのはまじでやばいんだ。頼む」
「そんな心配することないわ。あたしの方だってなんともないんだし」
「とりあえず迷惑っぽいし帰ろうぜ。何か起こってからじゃ大変なんだし」
 さすが『俺』。話がわかるぜ。
「何かって何よ。そんなにたいしたことないかもしれないわよ」
「あのなぁ……たいしたことないって、あの古泉の様子を見てみろ」
 そう言って『俺』は古泉の方を指差す。
 古泉は完全に機能が停止している。目が虚ろだ。
「な、あのくらい大変な事態なんだよ。わかるか?」
「……わかったわよ。しょうがないわね。帰るわ!じゃあまた――」
 ガチャ!
 
 ……例えて言うなら地獄の扉が開いたような気がした。悪夢はまだ終わらないのか?
 ひょっとしたら俺たちの交流はここからが始まりなのかもしれない。
 
 
◇◇◇◇◇
 
 


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