「もう開けていいわ」
橘京子の合図と共に変なBGMが鳴り始めたのが同時だった。
俺は目隠しを取り目を開ける。
橘京子が俺の手を握って微笑んでいる。橘京子だけが…
「な……」
目が勝手に泳ぐ。高校生の自分には縁がないと思っていた場所。
雑誌でしか見る機会が無かった場所。ここが何なのか、瞬時に理解した。
「ラブホテル……」
「古泉さんや森さんはそう呼んでるみたいね」
橘京子は俺の手を握り締めたまま目の前へと移動した。何の真似だ、これは。
「一昔前を生きてきた多丸さん達はモーテルと呼ぶのですけど」
わかった、わかったから何がしたいのか説明してくれ。
俺は「わたしの言っていることも理解できるはずです」と言われタクシーに乗せられ目隠しされて誘導されただけだぞ。
「どう?理解したかしら、わたしの気持ちは…」
ああ、まさか同じ舞台に立つために誘拐するほどアグレッシヴなやつなのかという認識だったが…
まさかここまでぶっ飛んだやつだとは思いもしなかったよ。
だんだん冷静になってきた。一番目に付くのがダブルベッド。次にシャワールームへの扉。
「おまえはここがどんな場所なのか知っているのか」
「もちろんです。勉強しましたから」
とりあえず俺は橘に質問してみたが何の解決にも至ってない。
「わたしはあなたが好きなのです」
…一瞬『あなた』が誰を指しているのかわからなかった。この空間にいるのは2人だけであり片方は俺で俺じゃない方は橘だ。
てことは『あなた』イコール俺なんだろう。
「ちょっと待て。なんで俺なんだ。そもそもオレとお前には交流なんか殆ど無いはずだ。それどころか俺はお前を敵と認識してるんだ。籠絡しようたって冗談じゃねえ」
俺は一気にまくし立てた。だってそうだろう?
こいつは朝比奈さんを誘拐した張本人であり、いけ好かない未来人野郎と目的不明の宇宙人と結託してるんだからな。
「………」
橘は何も答えなかった。代わりに目には大きな涙を浮かべその涙をこぼさないように必死そうだった。
思えばコイツとは未だに手を繋いだままだったし顔なんか超至近距離だ。
少々言い過ぎた気がしないでもないが弱みを見せる訳にもいくまい。
「どうせその「好き」という話も嘘なんだろうよ」
「それは違います!」
即座に否定されてしまった。
「…能力に目覚めたわたしにある日組織が迎えに来ました」
いきなり過去の話を語り出す。

「それが今回の件とどんな関係があるんだ」
「黙って聞いてください…」
目には涙を浮かべたまま、だけど俺からは目を逸らさずに橘は弱々しい言葉を吐いた。
「組織での訓練は相当に厳しいものでした。運動なんか体育でしかやらないわたしがいきなり近接戦闘や狙撃の訓練ですよ」
笑っちゃいますよね、なんて自嘲的な笑みを漏らす橘だがちっとも笑えない。
ただ儚げなその存在が消えてしまわないように手を握り締めていた。
「中学3年になったわたしにはある任務が与えられたのです。わたし達の『神』に当たる人物との監視の任務を、ね」
まさか…
「そうです。佐々木さんです。ですが佐々木さんのそばには常にあなたがいました」
中学3年時、確かに佐々木といる機会は多かったが監視されてるとは思いもしなかった。いや、監視されていると思うやつは自意識過剰だろう
「始めは佐々木さんだけを監視していました。」
「あなたと一緒に弁当を食べる佐々木さん…」
「あなたと一緒に自転車に乗る佐々木さん…」
「あなたと一緒に授業を受ける佐々木さん…」
「知ってますか?わたしの脳裏の佐々木さんのそばには常にあなたがいるんですよ!意識しないわけにはいかないじゃないですか」
あんなに優しそうな笑みを見せるあなたをずっと見てきたら…
と最後にこぼした。それが引き金になったんだろうな。
橘の瞳のダムは決壊し流れ落ちるままだった。それでも涙を拭おうともせず…
嗚咽すらあげない橘は無言で「これでもわたしの気持ちは偽物ですか」と訴えてる気がした。
「ああ、わかった。お前の気持ちは存分に理解したつもりだ。あんな事を言って済まなかった」
俺は素直に謝った。いくら敵であろうとも思春期真っ只中の女の子であるには間違いない。
そいつの気持ちを否定した俺は相当に酷いやつなのだと理解した。
「…わかればいいのですっ」
ここでやっと橘は涙を拭う、と同時に嗚咽もこぼれた。
涙は止まる気配を見せないので俺はティッシュを探してみるがそれはベッドのそばに置いてある。
取りに行くのも億劫なので仕方なしに俺の胸を貸してやることにした。
「ぅう…わっ…ひゃっ!」
ぽふっと柔らかい音がして俺の腕に入り込んだ橘は所在なさげにか細い腕をぶらぶらさせていた。
「今回だけ俺の胸を貸してやる。それにこの部屋で何かする気など微塵もないからな」
「あと、お前の気持ちは理解したが今回の事は無かったことにしてやる。どんな手品を使ったか高校生同士がこんな所に入るのは間違ってるんだ」
そう言うと橘は胸の中で頷いた。
いつの間にか俺の右手は橘の頭に、左手は背を捕らえ拘束しているが…
そして本当にいつの間にか橘の両腕も俺の背をがっちりとホールドしていた。

どのくらいそうしていただろうか。すっかり落ち着いた橘は、
「もう大丈夫です。ありがとうございました」
と言いながら俺から離れた。まあ、抱き合っていたわけだ。橘の頬が赤らんでるのはご愛嬌だろう。
「出ましょうか」
「そうだな」
いつまでもあいつらを待るわけにもいかないだろう。未来人と宇宙人はどうでもいいが佐々木は駄目だ。俺の良心が疼く。
ホテルから出ると「歩いて帰りましょう」と提案してきたのでそうすることにした訳だが…
まあ来た時もそんなに時間がかからなかったからそんなに遠くないんだろうな。

そういえば橘に『返事』をしていないことに気付いた俺は、
「そう言えば告白への返事なんだがな…」
しばらく保留にしてもらえないかと提案しかけたときに、
「いいです!保留でお願いします!」
と逆に提案された。
「悪いな」
「いいえ、大丈夫です。あなたにはいきなりだったんですから。それに、頃合いを見つけてまたアタックするので覚悟していてくださいね!」
「ああ、覚悟しておくよ。だけど今回のことは周りに感づかれないようにな。後々面倒だ」
ハルヒとかが…
橘はすっかりいつもの感じに戻ったようで…それに橘への『敵』という認識ももうない。
今後はこいつとも交流を深めていこうじゃないか。

「なあ、橘」
「なんですか?」
「今度うちの爺さんの旅館に集団で住むことになったんだ。良かったらおまえも来ないか?佐々木にも話はついてるんだが…」

『涼宮ハルヒのひなた荘 第2話 和解』

END

 

  

 

 

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最終更新:2007年04月11日 23:35