集合時間をー夕方ーと設定していたため、部屋割りが決まった頃には外はもう暗闇の世界となり時計も8時を廻っていた。
『涼宮ハルヒのひなた荘 第3話 神様もう少しだけ』
部屋に荷物を置いてくるよう皆に促し、食堂に集まってもらった。
ちなみに…出征していた古泉も既に帰還している。
「実はそれ程苦労もしませんでした。どうやら“楽しみ”の気持ちが大きいんでしょうね」
と、帰還した際に超能力少年は大して必要でもない情報を残していったが…
でもな、俺ですら楽しみにしてるんだぜ?あいつも楽しみに思うのは当然だろうよ。
食堂に集まった皆に対して、
「これからの食事は交代制でよろしく頼む」
そう伝えたところ、1名が不満の意思を表明した。精神的に大人な面々が集う中、その様に子供じみた態度をとるのは涼宮ハルヒであり、それが涼宮ハルヒたる所以だ。
「ちょっと!晩ご飯はまだ許せるとして朝ご飯を作る事になったら大変じゃない!ただでさえ1人で全員分用意するのは時間かかるのに!」
そりゃそうだろうな。俺だって1人で用意できるなどとも思っていないからな。
「ここには9人いるから3つのグループに分けてローテーションしようじゃないか。3人もいればなんとかなるだろ?」
「む…」
「そして一週間したらグループの編成も変えよう。みんなの交流も深まるぞ」
周りの顔を伺ってみるとどうやら満更でもないらしく、各々の仕草で肯定を表現していた。
「ところで今夜の食事はどうするの?今から作るたって買い出しもまだでしょうに」
「その件に関しては鶴屋さんだ」
待ってましたっさっ!と声を上げた鶴屋さんはハルヒのそばに近寄っていき不適に微笑んだ。
すまんなハルヒ。実は事前に打ち合わせ済みなんだ。
「ハルにゃんは何かを忘れてないかい?みんなが一堂に集まって最初にすることは何っさ!?」
鶴屋さんからの謎掛け。鶴屋さんの中ではどうやら人類が生まれたと同時にその習慣は始まっていたらしい。
「ええっと…」
いきなりの質問にハルヒも戸惑いの色を隠せないが、
「宴会っさ!」
“宴会”の響きで目を爛々と輝かせた。
宴会、と言うのも鶴屋さんから持ち掛けてきたことであり、俺はありがたい気持ちで終始頭があがらなかった。
先程までいた食堂は従業員専用のもので、少々狭い。そこで俺たちは宴会場へと赴き扉を開けたのだが…
目眩がした。
旅館と言うからにはほぼ全室が和室でありこの宴会場も例外ではない。
しかし、扉を開けた際に目に飛び込んできたのは執事服の新川さんと仲居の格好をした森さんだったのだ。
森さんはまだいい、というよりも最高です。髪はポニーテールを丸めた様に一つのお団子に纏められ白いうなじが見えていた。
問題は新川さんだ。和室に執事はどう見てもシュールだ。
ほれ見ろ。こんな事に慣れてない佐々木は軽くひいてるじゃねえか。
「おい、古泉」
「なんでしょうか?」
「新川さんはもっと別の格好ができなかったのか?森さんの衣装をチョイスした奴には大勲位菊花大綬章を贈呈したいくらいだがな」
森さんのうなじは本当にたまらなく、美しい。
「まあいいではないですか。執事服を着てこその新川さんですよ」
「…そうだな」
不毛な会話を切り上げる。女性陣は既に席に着いておりハルヒと佐々木の間が開いていたのでそこに座った。
「やあ、キョン。君の周囲は実にユニークな人ばかりだ。執事を見る機会など一生ないと思っていたよ」
「いや…あの人は特別だ。気にするな」
本当に機関とやらは何をしたいのかがわからない。
宴会の開催を言い出したのは鶴屋さんであり、その準備にはもちろん鶴屋家が絡んでいる。
つまり機関も一枚かむだろうとは予想できたはずだ。
俺はそこまで頭が回っておらず、新川さんと森さんの登場は完全に想定外だった。
橘は森さんの顔を直視できずに引きつった笑顔のまま佐々木の隣に着いている。
あの時に言った「森さんには二度と会いたくない」との事は本心だったんだろうな。
「ところで、キョン。こうして食事を共にするのも随分と久し振りだね。あまりの懐かしさにノスタルジーさえ感じるよ」
「そうだな。あの頃はほぼ毎日と言っていいほど昼飯は一緒だったからな」
と、俺も同意する。そして佐々木は嬉しそうに、特徴的な笑みをこぼし俺と向き合っていた。
「へえ?あんたたちってそんなに仲が良かったの」
俺の体は完全に佐々木の方を向いていたため背中の方から声が聞こえた。
その声の主、涼宮ハルヒはいつも俺と佐々木の会話に割り込んで来る気がする。
古泉に言わせれば俺と佐々木の関係について何かもやもやとした感情を抱いているらしいが…
「中三の頃は常に一緒にいたと言っても過言ではないな」
「へえ…そう、なんだ…」
ハルヒの語尾はどことなく落胆している感じがした。
「ま、そんなこと、どうでもいいけど」
その後、鶴屋さん…の文字通りの『鶴の一声』により宴会は始まった。
宴会と言うからにはお酒も準備されており新川さんが持ってきた日本酒を森さんがお酌して回っている。
橘がお酒を注いでもらってるとき、彼女は顔面蒼白になりながら手を震わせていた。
そして最後に森さんは、
「ごゆっくりどうぞ」
そう発した。ここからは森さんの表情は見えず、橘の…
「ひ、ヒィッ!」
なんて悲鳴から想像するしかなかった。いや、俺だって想像もしたくないがな。
次に佐々木が注いでもらっている。
「お前って酒飲めたのか?」
俺は疑問に思った事を言葉として発し、
「まあ、嗜む程度にはいけるつもりだよ」
の返答で一安心した。
佐々木にお酌し終えた森さんは俺の元へとやって来る。
「あの輩の監視はお任せ下さいませ」
あの『輩』とは橘の事だろう。森さんも未だに許せていないらしく少々怒気を帯びた声色だったので正直泣きそうになるが…
でも俺は男として森さんに進言することにしよう。
「橘の事は俺に任せてくれませんか?あいつはもう俺たちには危害を加えないでしょうから」
そしてあの時に誘拐された朝比奈さんを見やる。今は鶴屋さんと食べさせ合いっこしてるらしい。
誘拐された時の記憶はなく、初対面時に橘とも簡単に打ち解けられていた。橘は気まずそうにしていたが。
「それに橘も女の子の1人なんですから」
なんて先日あった事を思い出しながらそう告げた。
「わかりました。でも何かあった場合には古泉にでも言ってくださいね」
そう言い残した森さんは隣のハルヒへと向かう。
ん?ハルヒにお酌だと?
「おいハルヒ。お前自分自身に禁酒法を制定してなかったか?」
「うるさいわね!別にいいじゃない!こんな日に盛り上がらないなんてどうかしてるわ!」
どうかしてるのはお前の頭じゃないのか?と言うのは心の中に留め、ハルヒの表情を盗み見る。メランコリックな雰囲気を醸し出してるのは気のせいではないはずだ。
「それに今日は飲みたい気分なんだから…」
「…そうか」
俺はそれ以上何も言わない。代わりに手にしているコップをハルヒのコップにカツンとぶつけ一気に呷った。
この室内にあった豪勢な飲食物は業績悪化が続く企業の利益曲線のようになくなっていった。
「アメリカの総司令官のワシントンは単身イタリアへと渡りキリスト教の布教を始めた。これが俗に言うフランス革命なんだ。この時に活躍した楠木正成が…」
飲食物の減少に貢献しているのは長門、ハルヒ、鶴屋さんであり給仕担当の森さんもせわしなさそうに動く。
「その後福沢諭吉は第2回三頭政治に参加。これによって四頭政治へと移行したわけだ。そこに黙っていられないアルタン=ハンはニュートンと結婚、後に…」
また橘はハルヒや鶴屋さんと気があったらしく今は3人で熱唱中だ。
「その後ローマではプランタジネット朝が成立。フランスのアンジュー伯爵がヘンリ2世として即位すると園芸農業を始め…」
喜緑さんは長門を見てにこにこと、古泉は新川さんと何か相談しているようだった。
さて、佐々木はどうしたかというと…
「フランスとアフガニスタンの冷戦が始まると人々は南北朝時代と称し…」
…酔っていた。
俺の記憶が正しいと佐々木はまだ一杯しか飲んでいない。なんでこんなに狂ってるんだ?
「キョン、聞いているのか?優秀な聞き手である君と会話できることは僕にも嬉しい事なんだ。なんたって君はいつも適度な場面で相槌をくれる。なのに、今日はどうしたんだい?」
どうかしてるのはお前の方だ、とは言わない。佐々木はまだ素面のつもりだろう。
だが口から発せられるものはデタラメ過ぎる歴史である。こんなのを真面目に拝聴してしまったら今後の学習に支障をきたすだろうね。
「俺は少し酔ってるみたいだ。お前も顔が紅くなってるぞ。水でも飲んで酔いを冷ませ」
佐々木は俺の手からコップを受け取り一気に飲んだ。すまんな。水じゃなくて日本酒だ。
「き、キョン…こ、これは、いったいどう言うことなんだ?普段は客観的にいられる自分もこ、今回ばかりは冷静に、い、い、いられそうにないよ」
「わかった。わかったからもう寝とけ」
そう言い放ち佐々木のおでこをポンッと押す。
「ふ、ふにゃぁ!」
すると佐々木らしからぬ声が発せられ畳へと倒れ込む。
俺は佐々木の頭を持ち上げて二つに折った座布団を差し込み、寝たことを確認すると1人でつまみながら再び飲み始めた。
どれくらいたっただろうか。宴会はそろそろお開きのようだ。
「もう限界です~」
と涙目になっている朝比奈さんに、
「まだまだイケるっさ!」
と鶴屋さんはブランデーを流し込もうとしている。
そんな2人を古泉は窘めそれぞれの部屋へ帰るように促した。
ベロンベロンに酔った橘は佐々木に抱き付いて夢の世界へと旅立っている。
喜緑さんは佐々木と橘に毛布を被せ、長門と共に自室に戻っていった。
寝ている2人を除けば、ここにいるのは俺とハルヒだけだ。
そして俺はハルヒのご相伴に預かっているわけだ。
「京子って良い娘よね。ちょっと抜けてるけど」
「ああ」
としか俺は言わない。
「佐々木さんも良い娘ね。ちょっとおかしいところもあるけど」
「そうだな」
としか俺は言えない。
「喜緑さんも…鶴屋さんも…」
「みくるちゃんも…有希も…」
「それから古泉君も」
「私の周りにはホント良い人ばかりね」
等とハルヒは感慨深げに語った。しかし肝心なことを忘れてないか?
「俺は?」
「あんたは除外」
ひでぇ。俺だってこの団の為にいろいろとやってきたんだぜ。ここで切り捨てられるのは酷すぎだろ。…だが雑用の身分としてはこんなの感じが心地良かったりする。
「ま、あんたには日頃の礼を兼ねてこのカシスオレンジを贈呈するわ」
とハルヒは唐突に飲みかけの缶酎ハイを突きつけてきた。
「ありがたく頂戴するよ」
俺は素直に受け取る。一瞬“間接キス”という単語が脳裏をよぎったが俺はそんな事は気にしないで一気に飲み干す。
そして先ほどよりハルヒの頬が赤らんでいるのは気のせいだろう、ということにした。
「そろそろ戻らないか?」
「そうね!明日の不思議探索に支障があるわ!」
と2人が共に立ち上がった時、ハルヒの足はよろめき俺の方へと倒れ込んできた。
女1人を受け止められないほど俺も柔じゃない。ハルヒの頭を胸で受け止め肩を支えた。
「お前、結構酔ってるじゃないか。そんなんで戻れるのかよ」
「ん、あっ、いや、だっ大丈夫よ!」
俺がそう訊ねるとハルヒは俺の胸からそう答えた。
大丈夫だとは言ってるが呂律も回ってないし、耳なんてさっきより真っ赤じゃねえか。
そこで俺はある作戦を決行するためにハルヒを解放し背を向けしゃがみ込んだ。
「おんぶだ。乗れ」
「なっ!」
ハルヒは抗議の音を上げるが…そのまま行って階段で転んだりしたら大変じゃねえか。
「いいから乗れ。ケガでもされちゃあ堪らん」
渋々といった感じに、
「わかったわよ…」
と了承し、俺に乗ってくる。
俺はハルヒの太股をしっかり掴み、ハルヒは腕を俺の首に絡ませていた。
背中の柔らかみは…気にしたら負けだと言い聞かせ、でもほんの少しだけ神経を向けながら歩き出す。
ハルヒの部屋に向かう間はお互いに無言だ。少々気恥ずかしい気がしないでもないが、ハルヒと一緒の…この心地良さが好きだ。
ハルヒを下ろし布団に寝かせ、毛布を被せる。疲労感を感じハルヒの横に腰を下ろした。
「…ありがと。あんた、私の良いヤツリストに加えてやっても良いわ」
「…そいつは光栄だね。有り難く加えられるとしよう」
ふんっ素直じゃないんだから…と呟きながらそっぽを向いたハルヒに背を向け自室に戻ろうと立ち上がった時だった。
「待って!」
制止の声と共に手首を掴まれ立ち上がれなかった。
「どうした?寝るまで一緒にいてやるか?」
なんて冗談半分で言ってみたが…
「うん、お願い…」
と肯定されてしまった。
俺は再び座り込みハルヒの顔を眺める格好になったが…
「そう言えばキョンと出会ってそろそろ一年ね」
心中でそうだな、と返答し俺は無言で続きを促した。
「あんたにはすごく助けられたわ」
どことなくハルヒらしくないな、と感じつつ俺はまだ無言でいた。
「わ、わたしね!あ、あんたの事が…」
…ここまで言われるとその後に続く言葉は予想できる。こいつの顔が真っ赤な事も俺の予想を確信へと変えた。
「わ、わたしは!あんたの事が…き、キョンの事が……」
そしてハルヒが最後の言葉を発する為に深呼吸した時、
『ピリリリリッ!』
俺の携帯が鳴り響いた。
「すまないが…その話はまた今度にしてくれないか?」
「あ、うん、別にいいわよ!」
ハルヒもすっかり意気消沈したらしい。心の底から本当にすまない、と感じつつ「また明日な。お休み」と言い残し部屋を出た。
携帯を確認してみるとどうやらメールのようだ。
アドレスは…知らないな。取り敢えず本文を見てみる。
『夜遅くまで婦女子の部屋で2人きりとは感心できませんね。喜緑でした』
とのことだった。
そして左の方で扉を開ける音が聞こえたのでそっちを見てみると…
長門有希が立っていた。「よ、よお長門。眠れないのか?」
「………別に」
そもそも長門や喜緑さんは眠るのだろうか。だとすると見てみたい気もするが…
「んじゃあトイレか?」
「………」
先ほどより俺を射抜く視線が強くなった気がする。女性にトイレの質問をする俺がどうかしてるわけだが…
「そ、それじゃあまた明日な」
「………」
長門は一つ頷くと部屋に戻っていった。あいつは何をしに廊下に出たんだ?
END