四日目

午前三時十分。自分の部屋のベッドの上にて。


前回のように、俺はベッドの上で目覚めた。
時計を見ると、まだ三時だった。
今までの三日間は、すべて夢だったと思うことにしよう。
そう、これは悪夢。なにもかも、夢だ。昼ごろには忘れてるだろ。
俺はもう一度寝なおすことにした。

 


午後五時二十分。部室にて。

 


どうやら神は、俺がこの三日間の出来事を忘れるのを許さないようだ。
長門がいない。
それだけじゃなく、その長門の定位置に朝倉が座っている。
そして古泉と談笑している。
事情を知らない人間が見れば、ごく普通の光景だ。
でもおかしいだろ?
「……古泉……説明してくれ」
「これはすべて、神が望んだことです。長門さんは消え、彼女が代わりにSOS団の団員となった」
「……それだけか?」
「はい」
朝倉の方を見ると、満面の笑みで俺のほうを見ている。
長門がまた俺を襲ってくることは無いのか?
「長門さんは思念体によって処分されたわ。長門さんは思念体にとっての最大の脅威だもの。もう二度とあなたの前に現れることは無いわ」と朝倉。
で、その代わりに来たのがお前か。
「そうよ」
これですべて一件落着ってワケか……。

 


「まだひとつ、大きな問題が残ってるわ」

 

 

 

 


今の言葉が聞き間違えであることを願った。
「なんだって?」

 

 

 

 

「問題があるの。朝比奈みくるが一昨日の午後四時五十二分から消息を絶ったわ」

 

 

……なんのために?
「わからないわ」
「おそらく彼女が神でしょうね」と古泉。
「神だと消息を絶つ必要があるのか?」
「推理をしてみましょう。今までのことを考えて、彼女は自分が神であることを自覚しています。あなたならどうします?」
神の力を使わないように気をつけるな。神は自分勝手に世界を変えて良いわけではないからな。
「彼女も同じことを思ったでしょう」
じゃあ、なぜ姿を消すんだ?
「あなたはどのような人間が、神に適していると思いますか?」
人間は神に適していない。人間はどうしても自分の欲を優先してしまうから世界を自分の好きなように作り変えてしまう。
人間以外で人間並みの知能を持っていて、夢を追い求めようともせず、幸福を欲しがったら誰かがそれを止められる立場にいる生き物だ。
「で、それは誰なんです?」
わかるわけ無いだろう。
「では、彼女は神に適していないと?」
そういうことだ。
「おそらく彼女もそれを自覚しているでしょう。なにか行動を起こすとしたら、どうします? 彼女の立場になって考えてください」
……考えろと言われても。
「神に適した人間になろうとしているのか?」
「人間は神に適していない。そう言ったのはあなたでしょう? 人間である限り、神にはなれないんです」
じゃあ、何をしようとしているんだ?
「神を辞めようとしているのでしょう」
辞めるって……どうやって?
「夕べ、あなたがやったのと同じ方法で」
同じ方法って……自殺?
「神は……死ぬことで別の人間が神になるんだろ? じゃあ、神が代わるだけなんじゃないか?」
「普通だったらそうなんですがね……朝倉さん、代わりに説明をお願いします」
古泉は朝倉のほうを向いた。
「彼女は遥か未来から来た未来人。彼女が生まれる頃にはあなたもあなたの子供も生きてないわ。もし今彼女が死ねば、別の者が神になるのは遥か未来。
今、彼女が死んだときに十七歳だったとするわ。すると、別の者が神になるのは彼女が生まれた時間帯から十七年後。当然あなたは生きていない。
彼女自身はタイムスリップできても、神の権利まではタイムスリップしないの」
どういうことだかイマイチわからんな。
今度は古泉が話し出した。
「あなたが今から十年前に遡って、それから五年、21歳で亡くなったとします。今は2007年ですね? あなたが亡くなるのは五年前の2002年。
別の者が神になるのは、あなたがタイムスリップせずに21歳になった場合の2012年。この理屈、わかりますか?」
わかるようでわからんな。
「つまり、ここで朝比奈さんが死ねば、遥か未来まで何も起きないんです。一生彼女には会えなくなります」
……それはまずい。最悪じゃないか。
急いで朝比奈さんを止めるぞ! 朝比奈さんは今どこにいるんだ!?
「それがわかれば苦労はしません。どこか心当たりはありませんか? 彼女が死ぬ前に行きたいと思う場所は」

 

 

 


死ぬ前に行きたいと思う場所。

 

 

 

 


俺ならどこへ行く?

 

 

 

 


まちがいなく、思い出の場所だ。

 

 

 

 


俺の思い出の場所はここ、部室だ。

 

 

 

 


朝比奈さんの思い出の場所……

 

 

 

 

 


部室では無いとしたら……

 

 

 

 

 

 

あそこだ。

 

 

 

 

 

 

午後五時五十四分。川沿いの道にて。

 


朝比奈さんが、俺に正体を明かしたあのベンチ。
そこに彼女は座っていた。
「朝比奈さん!!」
朝比奈さんは俺の声に気づき、こちらに振り向いた。
俺は朝比奈さんのもとへ駆け寄った。
「朝比奈さん……今までどこに居たんですか?」
朝比奈さんはとても悲しそうな顔をしている。
「ずっと……悩んでました……」
「何を悩んでたんです?」
「……わたしが死ねば、この世界は無事……だけど、キョンくんや他のみんなには二度と会えなくなる……どうするべきか、悩んでました」
俺は朝比奈さんの隣に腰掛けた。
「なんで相談してくれなかったんですか? 仲間でしょう!?」
「みんなに迷惑掛けちゃうと思って……」
「仲間が悩んでいるのに迷惑だなんて思うヤツなんか仲間じゃない! 仲間だからこそ、相談すべきなんです」
俺は朝比奈さんの方を向き、朝比奈さんの肩を掴んで俺のほうに向かせた。
「いいですか? 人間、死のうなんて死んでも思っちゃいけないんです」
「じゃぁ……どうすればいいんですかぁ……このままじゃ、世界は……」

「世界は終わりません」

朝比奈さんは、大きな瞳で俺を見つめている。俺も、朝比奈さんの瞳を見つめた。
「神が、朝比奈さんが望めば世界は終わりません。……望んでください。神に適した者が、神になることを」
「……神に適した者……」
「自分の欲を優先することなく、世界のために生きる者が神になるように」
「そんな人……」
「絶対にいる筈です。この世に必ず、一人はいるんです。そのためにこの世界はあるようなものなんですから」
朝比奈さんは少し困った顔をしてから、何か面白いことを発見したような子供のような、喜びの顔になった。

 

 

 


「……いた」

 

 

 

 

 


「誰です?」

 

 

 


「それは――」

 

 

 

 

 

朝比奈さんは最高の笑顔で、人差し指を唇に当てて、こう言った。

 

 

 

 

 

 

 

「禁則事項ですっ☆」

 

 

 

 


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最終更新:2020年06月29日 18:40