さて、目の前に血まみれの人間が倒れていたらどうする?
もちろん、ポケットの中の携帯電話を取り出し電話を掛ける。

掛ける相手は保健室の保険医ではなく、119だ。そこで「消防ですか? 救急ですか?」とこっちはパニックだっていうのにムカつくくらい落ち着いた声で聞かれるから自分も落ち着いて「救急です」と答える。

「どうしました?」と聞かれるから、その場の状況を小説が一冊書けるほど事細かに語る。

その後、場所を聞かれるのでそこの住所という名の個人情報を漏らす。
救急車がサイレンを鳴らしながらやってきて、血まみれの人間をストレッチャーに乗せて、救急車の中へと吸い込まれていくのをひたすら眺める。
救急車がその場を去るので、今起きたショッキングな出来事を自分の記憶の中から削除する。

もし明日のホームルームか朝会で残念な話を聞いたら、静かに目を瞑り手を合わせる。これだけだ。

 

これは俺流の非常時マニュアルなので、別にこれに従わなくともよい。救急隊員と世間話をしてもいいし、救急車に乗り込んでもいい。
ただ、誰だか知らないが、このマニュアル通りに行動したものがいる(マニュアルの最後の一行は除こう)。
そのお陰で俺は別の場所で目を覚ますことになる。

 


午後七時二十分。病室にて。

 


目を開けると、白い天井が見えた。
意識を回復して最初に見たものが白い天井なら、そこは病院だと相場が決まっている。
それも個室だ。おそらく左を向くと窓があって、その横の棚には花瓶と花があるハズだ。賭けてもいい。
ということは、天国の正体は病院か、あるいは俺がまだ生きているということである。
そして、俺の口と鼻を半透明のマスクが覆っている。おそらくこれは人工呼吸器が使用されているのだろう。
生命維持装置が俺に対して使用されているということは、俺は生命を維持している、つまり生きているということだ。
人工呼吸器を使用する必要があるということは、俺は呼吸不全を起こしているということであって、自分で俺は思っているよりも危険な状態に置かれているわけで、
絶対に睡眠時無呼吸症候群だから人工呼吸器が装着されたわけではないのだ。
体の所々に圧迫感を感じるのは、真っ白な包帯が巻かれているか、水硬性樹脂を含んだグラスファイバー製ギプスによって固定されているからだろう。
目線を左に向けると、思ったとおりだった。窓があり、その横には棚、その上には花瓶、その中には花。
右を見ると、俺の家族が勢ぞろいしていた(当然だがシャミセンは除く)。
その三人の顔がさっきまで暗かったのだが目を覚ました俺を見ると、照明のスイッチを入れたように明るくなった。
どうやら俺は二時間もの間、意識不明だったようだ。その後看護士が数人来て、俺の怪我の様子を見た。
おふくろの話によると、俺は右の大腿骨(太ももの骨)と左の上腕骨(肩から肘までの骨)と尺骨(肘から手首までの骨)を骨折しているようだ。
さらに体中に強い打撲傷などの傷があるらしい。額と肩と足からは出血もあったそうだ。
今の俺にとってはそんなことはどうでもいい。
そんなことより長門だ。長門はどこ行きやがった?
ああ、人工呼吸器が鬱陶しい。このマスクはどうにかならないのか!?
どうやら俺はしばらく安静にしていなければならないようで、長門の捜索は不可能のようだ。そもそも右足と左腕が折れてるんだから当たり前だな。

 

三十分ほどするとハルヒと古泉が駆けつけた。二人は、俺の半透明のマスクをつけながらも呑気にブラウン管に映っている木曜時代劇を鑑賞しているところを見て、胸を撫で下ろした。
「キョン! 人を心配させておきながら何呑気に時代劇なんか見てるのよ!」
時代劇くらい見たっていいじゃないか。人工呼吸器をつけてても時代劇を見ていたら心配しないのか?
「二人だけか?」
「みくるちゃんは長野の親戚の葬式で来れないらしいわ。有希はこれから来るんじゃないかしら」
朝比奈さんは未来の用事か。長門はどこ行きやがった、許さん。

 

長門は何がしたかったのだろうか。この世界を征服するのがアイツの夢か? 傍迷惑な神だな。アイツも神様失格だ。朝倉のほうが百倍マシだな。
そもそも人間のように夢と幸せを追い求める生き物には神は勤まらないんだ。
ハルヒの世界の外側は俺の世界で、俺の世界の外側は朝倉の世界で、朝倉の世界の外側は長門の世界だった。
全員、夢と幸福を追い求めた。全員神様失格なんだ。
このタマネギのような世界でも、一番外側の世界というものがあるはずだ。つまり、神が勤まる人物が神である世界。タマネギの一番外側の食えない皮だ。
そんな人間、この世にいるだろうか。俺の知る限りじゃいない。
幸福を追い求めない人間、あるいは、ある程度の幸福を追い求めようとしても、誰かがストッパーの役割をしてそれを止められる立場にいる人間。
それともその両方か? どちらにしろ、人間には無理だ。しかし、人間並みの知能を持つ者でないと無理だ。
人間並みの知能を持つ人間以外の生き物なんて、宇宙人くらいしかいないじゃないか。その宇宙人の内、二人は神様失格だった。矛盾してるな。
人間以外で人間並みの知能を持っていて、夢を追い求めようともせず、幸福を欲しがったら誰かがそれを止めるという生き物はいないか?
やはり人間じゃないと無理だ。神は人間だ。

 


さて、皆さん一番上の神が誰だか予想してもらいたい。当たった方には俺から偉大な拍手を送ろう。

 


三日目

午前六時十五分。病室にて。

 


こんな朝早くに目が覚めたのは初めてかもしれない。
病院のベッドというものは寝心地があまりよくないのだ。人工呼吸器もいい加減外していいんじゃないか? 俺は自分で呼吸できるし。
そんな俺の望みが叶ったのか、八時頃に主治医が来たときに人工呼吸器を外された。ああ、これで自然の空気が吸える。
九時頃になるとハルヒがまた来た。ってお前学校はどうした?
「一日くらい休んだって構わないわ。団長は団員の世話をするものなのよ」
……そうか? まあ、ありがたいので素直に感謝するべきか。
「朝比奈さんと長門は?」
「みくるちゃんは長野からまだ帰って来れないみたい。有希は見てないわね。

昨日来なかったの?」
「ああ」


隠れたのか? あるいは逃げたか? いや、理由が無い。多分少しずつ世界を征服してるのだろう。
窓の外を見ても、昨日と何の変化も無い。これからか? それとももう征服されたのか?
今長門が何か行動を起こしても、今の俺には何もできない。誰かに相談すべきだろうか。誰かって言ったら一人しかいない。

 


午後六時。病室にて。

 


ハルヒは二時間ほど前に帰宅した。もう六時か、早いな。
「で、話とは?」
「長門だ。神はやっぱり長門だった。

長門は俺を殺して、この世界を自分のものにするつもりだ」
まずそこで、古泉の頭上にクエスチョンマークが浮かんだので、さらに説明することにした。
約三十分の説明の末、古泉はようやく理解したようだ。俺の説明の仕方が悪いのか?
「どうすればいい?」
「……わかりません。相手はあの長門さんですからね。一筋縄ではいきません。もしかしたらこの会話聞いているかもしれませんし」
「長門は世界を征服したと思うか?」
「それはまだですね。朝倉涼子が神だった世界が消滅した今、この世界はその内側のあなたが神のはずです。あなたの世界はまだ消されてませんからね。
あなたが死ねば、神は長門さんになる。長門さんが死ねば、神はあなたのままだ」
どっちかなのか?
「いえ、両方が死ぬケースもありえます。前回の涼宮さんのときのように」
そうなったら、誰が神になるんだ?
「それは本人にしかわかりません。予想するしかありませんね」
で、どうすればいい?
「あなたが神になりたいか否かで、するべきことは大きく変わります。

神になりたいですか?」
そんなの答えるまでもないだろう。

 


午後七時十五分。病室にて。

 


ドアをノックする音が聞こえた。
古泉はドアに向かい、ドアをゆっくりと開く。
「おや、長門さん。今までどこにいたんですか? 彼は三階から転落したんですよ?」
「知っている」
長門はそう言うと、俺の前に来た。
「彼と二人で話がしたい」
「わかりました」
古泉は部屋から出て行った。
古泉が部屋から立ち去ったことを確認すると、長門はこう言った。
「あなたには死んでもらう」
長門の右手がグニャリと歪み、「ターミネーター2」に出てくるT-1000のように右手は鋭い剣となった。
俺はあらかじめ古泉に用意してもらった拳銃を手に取った。

……またコンバットマグナムか。
急いで銃口を長門に向け、引き金を引いた。
金属と金属を強く打ちつけたような音が部屋中に響いたが、

長門はなんともなさそうだった。
「アハハハハハハハ!! そんな玩具で戦うの?

人間って本当に馬鹿! アハハハハハハ!!」
長門は剣になった右手を振り上げた。

 

 

「永遠にさよなら!」

 

 

「情報連結を解除する」

 

 

その二つ目の声は長門の後ろから聞こえた。

 

勝った。

 

 

長門は慌てて後ろに振り向いた。
「なんで……あなたが?」
長門は足元から光の粉になって消えていく。
「あなたに対抗できるのは、わたしだけでしょう? 彼がわたしを呼んだんです」
「そんな……あと、あと少しで……世界は、わたしの……」
「この世は神の所有物なんかではありません。この世は、この世の人間が生きる場所、ただそれだけの物です」
そう言って、三人目のインターフェイスは古泉を部屋の中へ招き入れた。
邪悪な神の最期を見届けるために。
「いやぁぁぁぁあああ!!」
神の悲痛な叫びは、病院中に響いた。

 


午後七時二十分。病室にて。

 


「これですべて終わりか?」
「ええ、間違いなく」
じゃあ、あとは自分のこめかみを撃ち抜くだけか。
俺はコンバットマグナムの銃口をこめかみに当てた。
「新世界で会おう」
「ええ」
俺は、引き金を引いた。

 


人間以外で人間並みの知能を持っていて、夢を追い求めようともせず、幸福を欲しがったら誰かがそれを止めるという生き物。


この条件に見事に当てはまる者がいたことに、このときの俺は気づいていない。

 

 

 

 

最終章 ~適した者~

 


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