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Report.12 長門有希の憂鬱 その1 ~長門有希の消失~


「うりゃあぁぁぁ! 今日もみくるちゃんは可愛いなっ! 胸もまたおっきくなったん(ちゃ)う!?」
【うりゃあぁぁぁ! 今日もみくるちゃんは可愛いなっ! 胸もまたおっきくなったんじゃない!?】
「わひいぃぃ!?」
 涼宮ハルヒが朝比奈みくるの胸を揉む。みくるはいつもなら嫌がるが、今日は余り嫌がっていない。
「はふぅ……涼宮さん、ほんまに胸揉むん好きですね……しかも妙に上手いし……」
【はふぅ……涼宮さん、ほんとに胸揉むの好きですね……しかも妙に上手いし……】
 頬を上気させて、荒い息をしながらみくるは言った。
「いや~、みくるちゃんの胸はほんまに揉み応えがあって癖になるわ。」
【いや~、みくるちゃんの胸はほんとに揉み応えがあって癖になるわ。】
 ようやくみくるを解放したハルヒは、一仕事終えたかのような表情で言った。
「うふ。じゃあ、こういうのはどうですか?」
 そう言うとみくるは、ハルヒの頭を抱きかかえた。
「むー、むー……この程よい窒息感、イイ……」
 ややくぐもった声で、ハルヒが答える。
「更にはこんなこととか。」
 みくるはハルヒの後ろに回ると、彼女の頭に胸を乗せた。
「おおお、この重量感! 信じられへん……」
【おおお、この重量感! 信じられない……】
「ふふふ。涼宮さんて、ほんま胸好きですね。大きければ何でも良いんですか?」
【ふふふ。涼宮さんて、ほんと胸好きですね。大きければ何でも良いんですか?】
「いやいやいや、決してそういうわけ(ちゃ)うんよ。大事なのは形と実用性! そして何より……『その人の胸』ってのが重要やねん!」
【いやいやいや、決してそういうわけじゃないのよ。大事なのは形と実用性! そして何より……『その人の胸』ってのが重要なの!】
「ふぁ……それって、『あたし』の胸やから、ってことですか!?」
【ふぁ……それって、『あたし』の胸だから、ってことですか!?】
 ハルヒはみくるに向き直って言った。
「ファイナルアンサー?」
「ふぇ!? フ、ファイナルアンサー……」
 ハルヒは眉をしかめながら、長い溜めに入った。
「……正解!」
 ハルヒはみくるの胸を、前からパン生地をこねるように弄んだ。
「それじゃご褒美! うりゃうりゃうりゃうりゃ……」
「あっ、あっ、あっ、あっ……」


「……けだもの。」
 その時、平坦で冷静な声が二人に浴びせ掛けられる。わたしはとっくに部室に入っていた。いちゃついていた二人の動きが止まる。顔が引き攣っている。わたしはそれ以上何も言わず、いつもの席に着くと、本を読み始めた。今日は『新明解国語辞典』。この辞書は、解説がユニーク。
『…………』
 三人分の三点リーダが部室を支配する。
「こほん!」
 ハルヒはぎこちなくみくるの胸から手を離すと、わざとらしく咳払いを一つした。
「あー、みくるちゃん! お茶お替りお願いっ!」
「は、はい!? ただいま!」
 みくるは、服の乱れを直すのもそこそこに、慌ててお茶の用意をする。
「は、はい涼宮さん!」
「あ、ありがと!」
 お茶を机に置くみくる。ハルヒの声は微妙に、みくるの声は明らかに、上ずっている。
「は、はい長門さん!」
 わたしのそばにお茶が用意される。普段ならわたしは、少しだけ視線を上げて謝意を表明するが、この時は何もしなかった。したくなかったから。
 先ほど、わたしは思わず声を掛けた。普段なら、何も言わず観測に徹していたはずなのに。なぜか、声を掛けずにはいられなかった。
 人間の感情に例えると、それは『面白くない』というものだった。
 わたしの好きな人同士が、乳繰り合っている光景。それが面白くなかった。なぜ?
 答えは簡単に出た。理由は一つ。そこにわたしがいないから。わたしは『嫉妬』していた。
 やがて『彼』と古泉一樹が部室に姿を現し、いつものように活動が始まった。しかし、完全に普段通りとはいかなかった。
 ハルヒとみくるは、しきりに視線を交わしては、慌てて視線をそらしている。その度にわたしからは、『彼』の表現を借りれば『透明オーラ』が立ち上るような気がした。微妙に張り詰めた空気を察知して、男子二人も気が気ではない様子だった。


 何となく気まずい空気に包まれながらの活動も終了し、皆は帰途につく。
 わたしは、部室の整理をすると言って部室に残っていた。確かめたいことがあったから。
 『団長』と書かれた三角錐が置かれた、ハルヒの席。そのそばに、丸めた紙くずが落ちていた。わたしは活動中から何となく気になっていたその紙くずを開いてみる。そしてわたしは硬直した。
『キョン……あたしの有希を取らないでよ!!』
 人間に例えると、『頭が真っ白になった』という状態。わたしの情報処理機能が停止していた。
「有希……?」
 その時ハルヒが入ってきた。声を掛けてくるまで気付かなかったとは。以前のわたしなら考えられない出来事。
「何見てんの……!? そ、それは!?」
 わたしは未だに動けないでいる。
「な、何を……何を見てんの!!」
 叫んで猛然とわたしに向かってくる彼女。ものすごい勢いでわたしから紙を奪い取る。
「何よ何よ何よ何よ!! (なん)で見てんの!!」
「あ……」
 わたしは声すらもまともに出せない。
「わ、わたしは……不要なら捨てようと思って……大事なものでないか確認しようと……」
「うるさいっ!!」
 彼女に突き飛ばされる。わたしはまともに本棚に叩き付けられた。何冊か本が落ちてくる。
(なん)で人の、プライバシーを覗いとぉ!」
(なん)で人の、プライバシーを覗いてんのよ!】
「違う……わたしはただ……」
 その時、額に何か液体が垂れてきた。血。見る見る青ざめていく彼女の顔。『やってしまった』という表情。
「……信じて。」
「あ、あたしは悪くないんやからね! 有希が人の書いたものを勝手に見てたのが悪いんやから!!」
【あ、あたしは悪くないんだからね! 有希が人の書いたものを勝手に見てたのが悪いんだから!!】
 彼女はそっぽを向いて……わたしが血を流している姿を見ないようにしながら言った。
「き、気分が悪いから帰る! ……あ、あんたも、保健室行っときや!」
【き、気分が悪いから帰る! ……あ、あんたも、保健室行っときなさいよ!】
 そう言い捨てると彼女は、バツが悪そうに足早に立ち去った。彼女を怒らせてしまった。不手際。だが……なぜあの時わたしは、まともに行動できなかったのだろう。
 彼女があれほど激昂したのは、この紙片が原因であることは間違いない。彼女が立ち去ってから、改めてその紙片を観察する。
 そして、その紙片が落ちていた辺りに、他にも幾つか同じように丸めて捨ててある紙片を見付けた。今度は彼女がこの部室に近付いていないことを確認してから、他の紙片も確認する。
 それには、『キョン』――『彼』や、わたし、みくる、一樹への、屈折した思いの丈が書き殴られていた。
 思い当たることがある。
 最近彼女は、Webサイトを閲覧しながら、時々紙に何かを書き付けていた。最初は、何か気に入った情報をメモしているように思われたが、それにしては様子がおかしかった。それを書いているときの彼女は、非常に不機嫌だった。その時に書いていたのが、これらの紙片だろう。こうすることで、彼女は自分のイライラを静めていたということか。
 人間には、心の中に、他人には知られたくない、『触れられたくない』と考える情報が存在する。他人へ寄せる好意、悪意等も、そのような情報である場合が多い。ハルヒもそうなのだろう。そんな彼女の……最も他人に触れられたくない領域を、わたしは侵してしまったことになる。
「……うかつ。」
 この不手際、どう埋め合わせをするか。重大な懸案事項を抱えてしまった。しかし、事はこれだけでは済まなかった。もっと重大な事態が発生したから。
 その夜、小規模ながら、情報フレアが観測された。発生源は涼宮ハルヒ。今回は以前と違って、ごく限定的な範囲に圧縮した情報の奔流が見られた。以前は、ほぼ無秩序に世界を書き換えてしまう形での、文字通り『爆発』であった。
 しかし今回は違う。限定的・選択的に情報を書き換えるという、高度に制御された情報操作。力の主は、力の使い方を無意識的にでも、『肌で感じている』のかもしれない。
 わたしが部屋で一人、夜を過ごしている時のことだった。わたしは、彼女を怒らせてしまった不手際をどう埋め合わせするか検討していた。
 そんな時、突如、わたしの肉体、ヒューマノイド・インターフェイスとしての有機情報連結体が、その形状を保てなくなった。瞬く間に、煌めく砂のような粒子になって崩れていくわたしの身体。それはいつかの、朝倉涼子の姿と同じだった。
 わたしは、為す術もなく、空気に溶けていくわたしの身体を見ているしかなかった。……朝倉涼子は、どんな気持ちで、この光景を、自分の身体が崩れていく様子を見ていたのだろうか。
 今回引き起こされた現象は、わたし――『長門有希』の消失。


 『長門有希』は、消失した。個体としての特異性を失い、無個性な情報生命体として、涼宮ハルヒとその周辺に『漂って』いた。彼女達に働きかける手段を持たない、ただ観測するだけの存在。
 情報統合思念体は、個体・長門有希の復元を試みたが、それは徒労に終わった。大きな力――涼宮ハルヒの意思が介在した。
『有希に会いたくない。』
 その思いが、長門有希の再生を許可しなかった。
 情報統合思念体は、長門有希が消失した現状を維持しながら、観測を継続することにした。長門有希の不在については、人間の意識に無理なく理解される形に情報が操作された。観測そのものは、他の端末や肉体を失った長門有希を通してでも可能。
 しかし、涼宮ハルヒの中で、長門有希という個体に関する情報は、既に大きな領域を占有していた。よって、このまま長門有希を廃棄する事はできない。どのような影響があるか予測不可能。したがって、代替インターフェイスを配置する必要があると認められた。
 この時点で、涼宮ハルヒはある人物を思い出していた。それは、『朝倉涼子』。
 朝倉涼子は、元々は長門有希のバックアップとして、涼宮ハルヒと同じクラスに配置されたインターフェイス。しかし、異常動作による独断専行により、重要観測対象である通称『キョン』を殺害しようとした。そしてそれを阻むために行動した長門有希により、有機情報連結を解除されていた。
 朝倉涼子の、インターフェイスとしての性能は、長門有希と遜色ない。そして、涼宮ハルヒの近くに配置しても問題が少ないという、数少ないインターフェイスでもある。
 長門有希の再構成は未だ不可能。情報統合思念体は決定した。
 長門有希の『バックアップ』、朝倉涼子を再構成し、長門有希の任務を代行させる。つまり、『バックアップ』としての役割を果たさせる。


 ――再構成、パーソナルネーム朝倉涼子
 ――辞令、長門有希任務代行 朝倉涼子


 朝倉涼子が帰ってきた。涼宮ハルヒを観測する任務を帯びて。
「謹慎がようやく解けたと思ったら、ただの仮出所か……」
 朝倉涼子の任務は、あくまで『長門有希任務代行』。長門有希が元に戻れば、涼子の任務は終了する。
「所詮わたしはバックアップかあ。長門さんが元に戻ったら、すぐにわたしは消えてしまうのよね。」
 涼子は、情報統合思念体の自分に対する扱いに、やや不満を抱いていた。
「そういえば、前も再構成されて、結局同じことをして、また消されたっけ……扱い悪いなあ。」
 復元された場所は、今はもぬけの殻となった、708号室。長門有希の部屋の中。
 涼子は鏡を見る。自分が明らかに不満そうな表情を浮かべていることを視認する。彼女は両頬を軽く手で叩いた。
「ま、一端末があれこれ言っても仕方ないか。仕事仕事!」
 すぐに表情を笑顔にする。彼女は優秀だった。
「涼宮さんに、長門さんにまた会いたいって思わせる必要があるわ。やっぱり、学校行くのが一番有効かな。」
 久しぶりに元・1年5組の人たちにも会いたいしね、と涼子は準備に取り掛かる。情報操作。
「時間の流れを無視した記憶改変は危険、というのが、長門さんの暴走で得られた教訓。」
 操作の範囲が広がる分、記憶の整合性に注意しつつ十分な時間範囲に改変を行うことは、極めて煩雑。しかも、そこまで行っても、涼宮ハルヒと彼女に近い人間には、違和感に気付かれる恐れがある。
 涼子は最小限の改変で済むよう、注意深く改変箇所を選定した。
「……操作完了。やっぱりこうするのが一番合理的かな。……キョンくんは、わたしのことは信用してくれないだろうけど……」
 『自業自得』と呼ぶには、彼女にも酌むべきところはある。彼女は任務に忠実だった。しかし事情は、殺害されかけたキョンにとっても同じであることを、彼女は理解していた。それはこれまでの観測による、人間心理の考察によるところも大きい。
 彼女は優秀だった。


 朝倉涼子は私服で北高に登校した。彼女は、転校先のカナダから一時帰国したことになっている。既に北高に籍はないので、授業には参加しない。本来なら校内への立ち入りも難しい。しかし、元・北高生で、急な転校であったこともあって、特例として校内への立ち入りと、一部授業の見学を許可された。
 彼女は涼宮ハルヒとキョンがいるクラスの授業を中心に見学した。そのクラスは、元・1年5組の生徒が多かったこともあって、朝のHRから登場し、挨拶を行った。
「えー、今日はみんなに紹介する人がおる。このクラスは元・1年5組の者が多いから、覚えてる人もおるかもしれん。」
【えー、今日はみんなに紹介する人がいる。このクラスは元・1年5組の者が多いから、覚えてる人もいるかもしれん。】
 そう言うと担任の岡部教諭は、廊下にいる人物に、教室への入室を促した。教室に彼女が入ってくる。
「おはようございます。初めての人は、はじめまして。覚えている人は、お久しぶり。去年、1年5組にいた、朝倉涼子です。父の仕事の都合で、カナダに転校しました。親族での用事なんかがあって、今は日本に一時帰国してます。それで、せっかくなので、北高に来させてもらいました。短い間ですが、よろしくお願いします。」
 教室にどよめきが起こった。ハルヒは目を輝かせ、対照的にキョンは真っ青な顔をした。涼子は、彼らへの対応を最優先させる必要があった。
 なお余談であるが、『見学』ではあるものの、設定上『英語』という言語を使用するカナダという国へ転校したことになっているので、英語の授業では、例文の朗読係として重宝された。
「うん、さすがは生の英語に触れてる人間の発音やな。完璧や。というか、正直、教師を超えてるな……」
【うん、さすがは生の英語に触れてる人間の発音だな。完璧だ。というか、正直、教師を超えてるな……】
「いえいえ、まだ一年ほどですから、そんなには……」


 挨拶を行ったHR後、早速元・1年5組の女子に囲まれ、質問攻めに遭う涼子。その輪の中にいながら、彼女の接近を認めると、涼子は視線を彼女に向ける。
「久しぶりやね、朝倉。」
【久しぶりね、朝倉。】
「お久しぶり、涼宮さん。」
 周りを囲んでいた女子達も、彼女達の会話に注目している。
「急に転校して、あの時はびっくりしたで。あの日すぐにあんたのマンション行ってみたんやけど、もう荷物とか何もなかったわ。えらい引っ越しの手際がええなー(おも)てた。」
【急に転校して、あの時はびっくりしたわ。あの日すぐにあんたのマンションに行ってみたんだけど、もう荷物とか何もなかったわ。やけに引っ越しの手際が良いなーって思ってた。】
 涼子は答える。
「詳しいことはよぉ知らへんけど、会社の方で何もかも手配済みやったらしくて、わたしが学校行ってる間に、片付けは終わってたみたい。わたしもびっくりやったわ。おかげでろくに挨拶もできひんで。みんなごめんな?」
【詳しいことはよく知らないけど、会社の方で何もかも手配済みだったらしくて、わたしが学校行ってる間に、片付けは終わってたみたい。わたしもびっくりだったわ。おかげでろくに挨拶もできなくて。みんなごめんね?】
 涼子は周囲の女子達を見回しながら謝罪する。予鈴が鳴ると、涼子は職員室へ向かった。 校長室で校長への挨拶等をしたり、職員室の応接室で教師達と談笑したりするうちに、昼休みとなる。そろそろ昼食を、と思うと同時に、応接室の扉が勢い良く開いた。
「朝倉ー! 一緒にごはん食べよー!!」
 涼宮ハルヒはやっぱり涼宮ハルヒだった。後ろには、ネクタイを掴まれて引きずり回されたであろうキョンの姿もあった。
 彼女達は外のベンチに陣取った。キョンは弁当、ハルヒと涼子は学食から持ち出してきた。
「ここの学食の料理を食べるのも久しぶりやわあ。」
【ここの学食の料理を食べるのも久しぶりだわ。】
 涼子はしみじみと感想を述べる。ハルヒが答えた。
「残念ながら、全然味は美味しくなってへんけどね。」
【残念ながら、全然味は美味しくなってないけどね。】
 涼子は、にこにこしながら言った。
「それにしても、涼宮さん。しばらく見いひん間に、結構変わったね。」
【それにしても、涼宮さん。しばらく見ない間に、結構変わったわね。】
「何が?」
 きょとんとした顔で、ハルヒは答える。
「クラスの人とも打ち解けてるみたいやし、何より、表情が変わったわ。」
【クラスの人とも打ち解けてるみたいだし、何より、表情が変わったわ。】
「そうかな? よぉ分からへんけど。」
【そうかな? よく分かんないけど。】
「変わった変わった。前はすごかったんやで? まるで『寄らば斬る』っていう雰囲気やってんから。『SOS団』、やったかな? 涼宮さんが作った部活。その活動が楽しいんかな?」
【変わった変わった。前はすごかったのよ? まるで『寄らば斬る』っていう雰囲気だったんだから。『SOS団』、だったかな? 涼宮さんが作った部活。その活動が楽しいのかな?】
「まあ、楽しくない()うたら嘘になるかな。」
【まあ、楽しくないって言ったら嘘になるかな。】
 ハルヒは、学食から運んできた日替わり定食の唐揚げを食べながら答えた。
「ところで、キョンの様子が朝からずーっとおかしいねん。あんたの顔を見てから、急に顔色が真っ青になって、何聞いても上の空で。」
【ところで、キョンの様子が朝からずーっとおかしいのよ。あんたの顔を見てから、急に顔色が真っ青になって、何聞いても上の空で。】
 それは間違いなく、涼子が原因。過去二回も、『彼』は涼子に殺害されかけている。そんな相手が目の前に現れたら、平静ではいられないだろう。
(なん)か心当たりある?」
「うーん、しばらくぶりに帰国した早々言われても……」
 涼子は、困った顔をして答えた。もちろん理由については大いに心当たりがあるが、それを口にするわけにはいかない。
「あんたが転校する前に、キョンと何かあったとか?」
「えー、それはないと思うな。」
 涼子はそう答えながらも、複雑な表情をしていることに、ハルヒは気付いていた。だが、その理由をこの場で問いただすことは何となく憚られたので、その点については触れないでおいた。
 キョンは終始、憔悴しきった顔で無言を貫いていた。『彼』にはきちんと説明しなければならない。涼子はそう痛感した。『彼』の協力を得られなければ、任務は達成できない。
 だが彼女が単独で、『彼』に接触して冷静に話を聞いてもらうことは、不可能に近い。『彼』にとって『朝倉涼子』は、完全に精神的外傷となっていた。
 それに、ハルヒの周辺にいるのは、『彼』だけではない。朝比奈みくる、古泉一樹。未来人と超能力者の勢力からそれぞれ派遣された人員。彼らにも協力を要請する必要がある。
 そのためには、まず派閥が違うとは言え、同類である宇宙人の勢力で話をつけておく必要がある。涼子は、別の派閥に属する対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイスに通信を試みる。
『派閥が違うのは重々承知の上で、お願いするわ。喜緑江美里。協力を要請します。』
『このままでは、うちの派閥にとっても、ひいては情報統合思念体にとってもまずいことになりそうなので、わたしもできる限り協力しますよ。』
『感謝します。』
 宇宙人勢力の協力は取り付けた。次は人間勢の協力が必要。
 だが、三人同時にハルヒから離すことは危険。ただでさえ彼女は今、『朝倉涼子』の登場で興奮状態にある。そして『長門有希』は今、そばにはいない。どんな反応をするか、正確に特定できない。
(これまでの観測データによると……古泉くんの協力が得られれば、根回しが自然にできる……ふむ。)
 まずは古泉一樹と朝比奈みくる。二大勢力の協力を取り付けよう。そう考えながら涼子は、素うどんを食べ終えた。午後は忙しくなる。適当に授業の見学名目でハルヒを観測しつつ、江美里と打ち合わせを行わなければならない。

 



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