Report.13 長門有希の憂鬱 その2 ~朝倉涼子の交渉~


 午後の授業を見学しながら、朝倉涼子は喜緑江美里と遠隔通信で今後の対応を協議した。
喜緑『まずは、古泉一樹と朝比奈みくるに説明して、協力を求めるという方針で、問題ないと思います。』
朝倉『わたしはしばらく謹慎中で、人間社会から離れていたから、勝手が分からないの。そう言ってもらえると助かるわ。』
喜緑『彼らは我々に協力的ではないものの、涼宮ハルヒが関係することとなれば、利害が一致します。ひいては彼らの利益にもなることを納得させられれば、彼らも協力を惜しまないと思います。』
朝倉『そうね。朝比奈みくる……「未来人」勢力は禁則事項と既定事項に縛られてるから、どう動くかはちょっと分からないけど、少なくとも古泉一樹……「機関」の協力は得たいところね。長門さんの観測データによれば、彼は「人間の常識の範囲内への収束担当」といった役回りらしいし。』
喜緑『そうですね。彼ら「機関」の手の者は、わたしが今所属する生徒会を含めて既に多数、この北高内に潜入しています。彼らは元々、彼らが「閉鎖空間」と呼ぶ異空間内部で、同じく《神人》と呼んでいる涼宮ハルヒの「力」を狩り、閉鎖空間拡大を防止する目的で設立されました。でも今は、むしろ閉鎖空間発生の予防に重点を置いているようで、彼女に暇つぶしのネタを提供するなど、能動的に行動しているようです。』
朝倉『そんな活動の一環として、涼宮ハルヒ関連事件の後始末を担当してるってわけよね。』
喜緑『それが機関の総意なのか、古泉一樹個人の素質によるものかは分かりませんけどね。』
朝倉『いずれにせよ、彼の協力が得られれば、事前準備、進行、事後処理と、非常にやりやすくなるのは確かね。』
喜緑『我々の情報操作では、涼宮ハルヒに気付かれる恐れが払拭し切れませんからね。長門さんも、彼の事後処理に期待して、活動を行っていた節もありますし。』
朝倉『やっぱり「操作」という面では、超能力以外は彼女と同じ「この時代の同じ人間」という事実は、大きな優位性だわ。』
喜緑『朝比奈みくるについては、どうします?』
朝倉『彼女は、もう完全にSOS団の「癒し」担当ってとこかしら?』
喜緑『そうですね。様々な意味で、SOS団の「癒し」を司っているみたいですね。』
朝倉『長門さんのログによると、長門さんでさえも、彼女に「癒されて」いるみたいだけど、この件については、あなたの方が詳しいかしら。』
喜緑『いやー、あの場面はすごかったですね。その場面の映像を送りますね。』
 ――涼子の記憶領域内に、ある映像が展開される。
朝倉『……わーお♪』
喜緑『長門さんにも言いましたが、例えるなら「天使と天女が仲良く眠る図」といった光景でした。』
朝倉『長門さん、こんな顔して眠るんだ……』
喜緑『可愛いと思いませんか? こう、「庇護欲」をくすぐるというか。』
朝倉『……喜緑さん、あなた随分「人間的」な台詞を言うようになったのね。』
喜緑『有機生命体として人間社会で生活していると、やはり色々と影響を受けて変わっていくものなんですよ。』
 これが謹慎中の自分と、ずっと人間社会で生活していた者との差なのかと、涼子は思った。有機生命体には、時間の経過が極めて重要な意味を持つ。
喜緑『もはや朝比奈みくるも、涼宮ハルヒの中で大きな領域を占めています。彼女を除いた形での涼宮ハルヒへの介入方法は、検討する価値もないですね。』
朝倉『彼女を突破口とするってことね。』
喜緑『それが今の涼宮ハルヒに対しては一番無難な導入かと思います。』
朝倉『わたしが表立って動くと目立つから、彼らへの交渉はお願いしちゃって良いかな?』
喜緑『ええ、良いですよ。』
朝倉『あ、でも、キョンくんへは、やっぱりわたしからちゃんと話した方が良いかな?』
喜緑『んー、どうでしょう。「彼」にとってあなたは、完全に精神的外傷になってますからねえ。「彼」の中では、あなたは完全に「殺人鬼」朝倉涼子です。』
朝倉『…………』
 涼子は沈黙した。ややあって、
朝倉『……イヤ。やっぱりそのままじゃイヤ。わたし、キョンくんときちんとお話したい!』
喜緑『「彼」は十中八九、拒絶すると思いますけどね。』
朝倉『それでも、イヤなの。「彼」に「殺人鬼」と思われたままでいるのは。』
 涼子も変わったと、江美里は思った。そもそも、彼女がキョンを殺害しようとした原因の一端は、未熟ながら『感情』が宿りつつあったからなのではないかと思料された。
 未熟な『感情』の暴走。
 その結果、朝倉涼子はキョンを殺害しようとして、長門有希に消された。そして長門有希は後日、感情の暴走により世界を改変、情報統合思念体をも消去した。これは異時間同位体の長門有希自身と、キョン、朝比奈みくる及びその二人の異時間同位体によって修正された。
喜緑『あなたがどうしてもそうしたいなら、止めはしませんよ。支援できるかは保証できませんけど。』
朝倉『うん、これはわたしの問題。できる限りのことをやってみるわ。ただ、二人きりで話すのはさすがに無理だと思うから……』
喜緑『でしょうね。わたしも同席しましょう。それから、彼らにも同席してもらえば良いのでは?』


 話はまとまった。
 一樹とみくるには、昼休みに江美里が持ち回りで説明して同意を得ることとなった。やはり江美里が睨んだ通り、状況を説明すると、彼らはすぐに同意した。
『僕は一度だけ『機関』を裏切ってでも、SOS団の味方をすると約束した身ですからな。それに今回は、「機関」としても、長門さんの消失を重く見ているようですわ。』
【僕は一度だけ『機関』を裏切ってでも、SOS団の味方をすると約束した身ですからね。それに今回は、「機関」としても、長門さんの消失を重く見ているようですよ。】
『あたし、どれだけお役に立てるか分かりませんけど、長門さんのために頑張ります!』
 部活後、キョン、みくる、一樹の三人で、ハルヒのクラスの教室へ行くことになった。


 部活後。教室に向かう三人。キョンには一樹が、
『喜緑江美里さんが、部活後、僕達に話があるそうですわ。』
【喜緑江美里さんが、部活後、僕達に話があるそうです。】
 と説明した。
 教室前では江美里が待っていた。
「さあ、中にどうぞ。」
 江美里が、教室への入室を促す。みくる、キョン、古泉、江美里の順に教室に入ろうとする。
 しかしキョンは、教室内に彼女の姿を認めると、硬直した。『彼』はかすれた声で、搾り出すように言った。
「何で、お前が、ここに、いる……!」
 夕日に照らされ、オレンジ色に染まる教室。その中に、同じくオレンジ色に染まった朝倉涼子が佇んでいた。
「遅いわ。」
【遅いよ。】
 いつかのように、同じ台詞を言う彼女。キョンは、硬直したまま、脂汗をかいている。
「ほら、キョンくん。中、入ろ?」
 みくるが入室を促すが、キョンは微動だにしない。
「……こら、相当なトラウマになっとるみたいですなあ。」
【……これは、相当なトラウマになってるみたいですね。】
 一樹は苦笑する。
「今日は、僕らも一緒やさかい、大丈夫でっしゃろ。ねえ、喜緑さん?」
【今日は、僕らも一緒ですから、大丈夫でしょう。ねえ、喜緑さん?】
「以前の彼女は、様々な複合要因から、あなたを殺害しようとしました。でも今は、そのような命令も受けていませんし、その気もありません。彼女は今、あなたに危害を加える存在ではありません。わたしが保証します。」
「そ、そんなもん!」
 キョンは叫んだ。
「そんなもん、だ、誰が信じられるかっ!? 言わしてもらうけどなぁ! 俺は、こいつに……二度も! 一度ならず二度までも、殺されそうになったんやぞ!? あれは本気の殺意やった! それを今更『危害を加えない』なんて言われて、ほいほい信じられると思うか!? そんな奴おったら、今すぐ連れて来い! 代わったるから!」
【そんなもん、だ、誰が信じられるかっ!? 言わしてもらうがなぁ! 俺は、こいつに……二度も! 一度ならず二度までも、殺されそうになったんだぞ!? あれは本気の殺意だった! それを今更『危害を加えない』なんて言われて、ほいほい信じられると思うか!? そんな奴いたら、今すぐ連れて来い! 代わってやるから!】
 キョンは半狂乱になりながら叫んでいる。同じ人物に二度も、むき出しの殺意を向けられ、二度目は実際に刃物で刺され、死亡寸前にまで追い込まれたとあって、彼の拒絶反応は凄まじかった。涼子はある程度予想はしていたものの、想定以上の絶対的な拒絶だった。


「こんな状態じゃ、落ち着いて話も聞いてもらわれへんか。」
【こんな状態じゃ、落ち着いて話も聞いてもらえないか。】
 涼子は溜め息を一つつくと、寂しそうな声で言った。そして、ゆっくりと入り口近くにいる彼らの方へ近付いていった。
「こら、やめろ、近付くな! それ以上近づいたら大声出すぞ! って、おい、古泉、なんの真似や! 朝比奈さんまで! ちょっとどいて喜緑さん! そいつに殺される!」
【こら、やめろ、近付くな! それ以上近づいたら大声出すぞ! って、おい、古泉、なんの真似だ! 朝比奈さんまで! ちょっとどいて喜緑さん! そいつに殺される!】
 逃げようとするキョンを、三人が取り押さえている。涼子は、彼らのすぐそばまで来た。
「くぁwせdrftgyふじおklp;!?」
 もはやキョンは何を言っているのかすらわからない。混乱の極致。
「……やっぱり、信じてもらうんは無理やろうね……」
【……やっぱり、信じてもらうのは無理でしょうね……】
 ぽつりと呟く涼子。心底寂しそうな表情で。
「それでも……それでもわたしは……」
 大粒の涙を流し始める涼子。
「そ、そんな『女の涙』なんかに騙されへんぞ!?」
【そ、そんな『女の涙』なんかに騙されないぞ!?】
 言いながらもキョンは、動揺を隠せない。
「わ、わたしのことなんか、ぐすっ、信じてくれへんでも良い、ひっく。でも、話だけでも、うっ、聞いて……わたしがやったことは、謝るから! どうか、話! 落ち着いて聞いて! これは……長門さんのためやの!!」
【わ、わたしのことなんか、ぐすっ、信じてくれなくても良い、ひっく。でも、話だけでも、うっ、聞いて……わたしがやったことは、謝るから! どうか、話! 落ち着いて聞いて! これは……長門さんのためなの!!】
 ぴたり、とキョンの動きが止まった。
「長門のためやと!?」
【長門のためだと!?】
 泣きながら、涼子は土下座した。
「あなたを、二回も殺そうとして、ごめんなさい! これはどんな言い訳もできません! 許してもらおうとも、許してもらえるとも、思ってません!」
 驚き戸惑うキョン。
「わたしのことはどうでも良い! でも、これだけは聞いて!!」
 涼子は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を上げて、言った。
「長門さんを助けて!!」


「や、やめてくれ。お前の気持ちは分かった。土下座なんかやめてくれ。」
 キョンは涼子に言った。
「とにかく、話は聞くから。な?」
 まだ泣き止まないながらも、涼子はのそのそと立ち上がった。
「ひっく、うっ……ごめんなさい、取り乱して……ひっく。」
「まず、これだけは確認させてくれ。お前はほんまに、俺に危害は加えへんのやな?」
【まず、これだけは確認させてくれ。お前はほんとに、俺に危害は加えないんだな?】
 涼子に問い掛けるキョン。
「ぐすっ、は、ひっく、はい……」
「わたしからも補足しますと、朝倉涼子は以前とは役割が違います。以前、あなたを殺害しようとした、あの『インターフェイス』とは形が同じなだけで、中身は別物と考えて差し支えありません。」
 と、江美里が補足した。
「それで、さっき『長門さんのため』って言(ゆ)うたな。で、『長門さんを助けて』とも。」
【それで、さっき『長門さんのため』って言ったな。で、『長門さんを助けて』とも。】
 涼子は、一樹が差し出したハンカチで涙を拭いながら言った。
「はい……話、聞いてくれる?」
「ああ。」
「やっぱりキョンくんは……長門さんのこととなると、信じてくれるんやね。」
【やっぱりキョンくんは……長門さんのこととなると、信じてくれるのね。】
「俺にとってあいつは、命の恩人でもあるしな。」
「…………」
 寂しげな表情で視線を落とし、沈黙する涼子。
「大体やな。」
【大体だな。】
 キョンは続ける。
「俺は聖人でも君子でもないけど、いくら命を狙われたとはいえ、土下座までして謝罪するような奴に辛く当たるほど、冷たい人間違(ちゃ)うつもりや。」
【俺は聖人でも君子でもないけど、いくら命を狙われたとはいえ、土下座までして謝罪するような奴に辛く当たるほど、冷たい人間じゃないつもりだ。】
 涼子はハッと視線を上げた。潤んだ瞳でキョンを見つめる格好となった。
「許して……くれるの?」
「正直、複雑な気分や。でも、冷静に話を聞くくらいはできるようになったと思う。」
【正直、複雑な気分だ。でも、冷静に話を聞くくらいはできるようになったと思う。】
「……ありがとう……」


「それで、一体何がどうなってるんか、順を追って詳しく説明してくれるか。」
【それで、一体何がどうなってるのか、順を追って詳しく説明してくれるか。】
 まずは江美里が説明を始める。
「単刀直入に言います。長門有希が消失しました。」
 目を見開き驚くキョン。江美里は続けた。
「事の発端は、あの日。朝比奈さん、あなたも知っている『あの行為』を涼宮さんが長門さんに見られた日のことです。」
「ひっ!?」
 突然名指しされたみくるは身体を強張らせる。キョンと一樹の視線がみくるに向けられる。
「その日の部活は、微妙に張り詰めた空気だったと思います。でも原因はそれではありません。その日の部活後の出来事です。」
 そして江美里は、その後の経過を説明した。皆が帰った後の部室での、ちょっとした心のすれ違いが原因で起こったこと。それによってハルヒが非常に動揺したこと。
「その夜、涼宮さんはこう思ったんでしょうね。『有希に会いたくない』と。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。そしたら、何か? ハルヒはちょっと恥ずかしいことがあって、長門に会いたくないって思ったからって、長門の存在ごと消したって言(ゆ)うんか!?」
【ちょ、ちょっと待ってくれ。それじゃ、何か? ハルヒはちょっと恥ずかしいことがあって、長門に会いたくないって思ったからって、長門の存在ごと消したって言うのか!?】
 キョンが声を荒げる。
「そんな……そんな身勝手が許されるんか!?」
【そんな……そんな身勝手が許されるのか!?】
「あんまり涼宮さんを責めんといたって。」
【あんまり涼宮さんを責めないであげて。】
 涼子が諌める。
「涼宮さんだって、自覚してへんから、自分の力を完全には制御できてへんの。これは無意識下で起こった現象。悪気があったわけ違(ちゃ)うの。だから、今回の件は、上手くすれば、涼宮さんに『あまり縁起でもないことは考えないようにしよう』って思わせられるかもしれへん。」
【涼宮さんだって、自覚してないから、自分の力を完全には制御できてないの。これは無意識下で起こった現象。悪気があったわけじゃないの。だから、今回の件は、上手くすれば、涼宮さんに『あまり縁起でもないことは考えないようにしよう』って思わせられるかもしれない。】
「……それで?」
 不承不承ながら、キョンは先を促す。今度は涼子が説明する。
「情報統合思念体は、長門さんが既に涼宮さんの中で大きな存在になってることを理解した。だから、何とか長門さんを再構成しようとした。でも、それは上手くいかへんかった。」
【情報統合思念体は、長門さんが既に涼宮さんの中で大きな存在になってることを理解した。だから、何とか長門さんを再構成しようとした。でも、それは上手くいかなかった。】
 そこに涼宮ハルヒの力が介在したから、と涼子は続ける。
「このままやったらあかんと危機感を持った情報統合思念体は、代わりのインターフェイスを派遣することにした。それがわたし。今のわたしは、長門さんの任務代行者。消えてしもた長門さんの代わりを務めるために再構成された、まさしく『バックアップ』ってわけ。だから今のわたしの存在意義は『涼宮ハルヒの観測と保全』。それにはもちろん、キョンくん達も入っとぉで。つまり今のわたしは、キョンくん達の『守護者』でもある。」
【このままではいけないと危機感を持った情報統合思念体は、代わりのインターフェイスを派遣することにした。それがわたし。今のわたしは、長門さんの任務代行者。消えてしまった長門さんの代わりを務めるために再構成された、まさしく『バックアップ』ってわけ。だから今のわたしの存在意義は『涼宮ハルヒの観測と保全』。それにはもちろん、キョンくん達も入ってるわ。つまり今のわたしは、キョンくん達の『守護者』でもある。】
 『守護者』を強調して、涼子は続けた。
「わたしが再構成された理由は、当面は長門さんの代理として、涼宮さんの観測を続けること。でも、いつまでも代理を続けるわけにはいかへんの。わたしはここにおったらあかん存在やから。それに何より、わたしでは、『涼宮さんにとっての長門さん』は務め切れへん。」
【わたしが再構成された理由は、当面は長門さんの代理として、涼宮さんの観測を続けること。でも、いつまでも代理を続けるわけにはいかないの。わたしはここにいてはいけない存在だから。それに何より、わたしでは、『涼宮さんにとっての長門さん』は務め切れない。】
「何(なん)でや?」
【何(なん)でだ?】
 と問うキョン。涼子は言葉を選びながら、慎重に答えた。
「今の長門さんは、涼宮さんにとって……とても大切な『お友達』。ある『気持ち』を分かち合える存在。『行為』だけなら、わたしでもできるけど……『心』を通い合わせるのは、たぶん無理。」
「どうも、要領を得(え)ーへんな。何か奥歯に物が挟まったような……具体的にどういうことなんや?」
【どうも、要領を得ないな。何か奥歯に物が挟まったような……具体的にどういうことなんだ?】
「それは、」
 涼子は指を組んで言った。
「禁則事項。」
「禁則事項て……」
「お察しください。頑張ってます。」
 涼子は咳払いを一つすると、続けた。
「……とにかく、このままやと、涼宮さんの思いに阻まれて、長門さんを元に戻されへんの。彼女、意地っ張りやから……彼女に心から、長門さんに会いたいと思ってもらわなあかんの。」
【……とにかく、このままだと、涼宮さんの思いに阻まれて、長門さんを元に戻せないの。彼女、意地っ張りだから……彼女に心から、長門さんに会いたいと思ってもらわなきゃならないの。】
「それで、長門が戻ってくるためには、俺達の協力が必要なんやな?」
【それで、長門が戻ってくるためには、俺達の協力が必要なんだな?】
「そうです。わたし達長門さんを知る者全員の協力が必要です。」
 と江美里が答えた。涼子は続けた。
「涼宮さんに、長門さんとまた会いたいって思わせる、要するに素直にならせる。それが、長門有希の帰還のために必要な条件。そのためには、わたし達が協力して、涼宮さんの思考をそのような方向に誘導せなあかんの。」
【涼宮さんに、長門さんとまた会いたいって思わせる、要するに素直にならせる。それが、長門有希の帰還のために必要な条件。そのためには、わたし達が協力して、涼宮さんの思考をそのような方向に誘導しなきゃならないの。】
「それで、あたし達も呼んだんですね?」
 と、みくるが声を上げる。
「そう。長門さんと涼宮さん、どちらとも縁が深いわたし達が、あくまで自然に涼宮さんを誘導せなあかん。」
【そう。長門さんと涼宮さん、どちらとも縁が深いわたし達が、あくまで自然に涼宮さんを誘導しなきゃならない。】
 こうして、五人は長門有希再起に向けて協調して行動することを確認。涼子、江美里ら宇宙人勢力を中心に、協力していくことで一致した。
「わたし達五人、所属も立場も違いますが、長門有希の帰還のため、一致団結して行動しましょう!」


「そう言えば……」
 キョンが思い付いたように言う。
「俺達が協力して、長門が戻ったら、朝倉。お前はどうなるんや?」
【俺達が協力して、長門が戻ったら、朝倉。お前はどうなるんだ?】
 涼子は視線を床に落とすと、寂しそうに言った。
「わたしはあくまで長門さんの『バックアップ』。それに、以前の独断専行の廉(かど)でいわば『謹慎中』の身。この問題が解決されれば、再び情報連結が解除されることになるわ……」
「……お前は、それでええんか?」
【……お前は、それで良いのか?】
「…………」
 沈黙。しばらくの後、涼子は口を開いた。
「……わたしには、有機生命体の死の概念は理解できひん。でも、それに近い状態を経験した。」
【……わたしには、有機生命体の死の概念は理解できない。でも、それに近い状態を経験した。】
 涼子は顔を上げた。
「今なら分かる。『死ぬ』のはイヤ。」
『中身は別物と思って差し支えありません』
 江美里の説明を思い出すキョン。
「でも、だからこそ、長門さんの気持ちが分かる。長門さんも同じ思いをしたはず。せやから、わたしは、何としてでも長門さんを元に戻したい。それに、わたしが再構成されたのも、結局は涼宮さんがわたしのこと思い出してくれたからやし。もし状況が違(ちご)てたら、わたしは再構成されへんかったかもしれへん。今こうやって話をしてること自体、『奇跡』みたいなもんやから。もし涼宮さんが、わたしと一緒にいたいと思ったら、わたしはまたこうやって一緒にいられるかもしれへんけど、どうなるかは……」
【でも、だからこそ、長門さんの気持ちが分かる。長門さんも同じ思いをしたはず。だから、わたしは、何としてでも長門さんを元に戻したい。それに、わたしが再構成されたのも、結局は涼宮さんがわたしのこと思い出してくれたからだし。もし状況が違ってたら、わたしは再構成されなかったかもしれない。今こうやって話をしてること自体、『奇跡』みたいなものだから。もし涼宮さんが、わたしと一緒にいたいと思ったら、わたしはまたこうやって一緒にいられるかもしれないけど、どうなるかは……】
 涼子は指を組みながら言った。
「人間の言葉で言うところの、『神のみぞ知る』。」
 彼女は今、自分の立場を理解している。用が済めば再び消される存在。それでも彼女は、その任務を果たそうとしている。それが彼女の存在意義。
 だが、それだけではない。彼女は、同じ境遇を経験した者として、『自らの意思』でも行動していた。彼女は自らの『運命』を受け入れ、それでも前向きに行動しようとしていた。
「やらなくて後悔するよりも、わたしはやって後悔しようと思う。」
 涼子の顔に、迷いはない。
「現状を維持するままではジリ貧になるんやったら、わたしは何でもええから変えてみようと思って行動する。それがわたしの望みやから。」
【現状を維持するままではジリ貧になるんだったら、わたしは何でも良いから変えてみようと思って行動する。それがわたしの望みだから。】

 



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最終更新:2020年03月15日 18:47