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Report.02 涼宮ハルヒの認識(前編)


(なん)やの? せっかく我らSOS団が犯人とっ捕まえたろ(おも)てんのに。」
(なん)なの? せっかく我らSOS団が犯人をとっ捕まえてやろうと思ってるのに。】
「ええ加減にして! 私はあんたらに頼んだ覚えない! 勝手に押しかけてあれこれいらんことするわ、偉そうに根掘り葉掘り嫌な事を聞いてくるわ……あんたら一体何様やの!? そんなに人の不幸が嬉しいんか!? 最っ低や!!」
【いい加減にして! 私はあんたらに頼んだ覚えないわ! 勝手に押しかけてあれこれ余計なことするわ、偉そうに根掘り葉掘り嫌な事を聞いてくるわ……あんたら一体何様のつもり!? そんなに人の不幸が嬉しいわけ!? 最っ低!!】
「せっかく我らSOS団が特別にタダで事件を解決したろ()うてんのに! もうええわ、全然このありがたみが分かってへん人に、親切にしてやる必要もないわ。」
【せっかく我らSOS団が特別にタダで事件を解決したげるって言ってるのに! もういいわ、全然このありがたみが分かってない人に、親切にしてやる必要もないわね。】
「何が親切や! あんたのはただの野次馬根性やろが!! ……帰れ!!」
【何が親切よ! あんたのはただの野次馬根性でしょ!! ……帰れ!!】
 少女Aは手に持っていた鞄を涼宮ハルヒに投げつけた。 涼宮ハルヒはひょいとその飛来物をかわして、
 ごっ
 鈍い音と共に、涼宮ハルヒの体が宙を舞った。そのまま吹き飛び、地面に落下する。
『…………』
 これはわたしの台詞ではない。その場にいる全員が沈黙した。沈黙の原因人物は、そのままの姿勢でじっと涼宮ハルヒを見つめている。


 状況を整理する。
 ある晴れた日の午後、部室にやってきた涼宮ハルヒは、北高の近くにある光陽園女子の生徒に、最近出没している変質者に遭遇した人物がいるという話をした。涼宮ハルヒは既に独自調査により、その生徒を特定していたが、本報告ではその個人情報は重要ではないため、仮に『少女A』とする。
 少女Aが変質者と遭遇し、どうなったかについては、情報が錯綜していて詳細が分からないという。
「これは事件やで! その変質者をとっ捕まえて、SOS団の名前を一気に世に広めるんや! そしたら、一躍SOS団は北高一の有名団体、サイトのアクセス数は鰻の滝上り! 不思議発見の依頼もじゃんじゃん舞い込んでくる! 間違いない!!」
【これは事件だわ! その変質者をとっ捕まえて、SOS団の名前を一気に世に広めるのよ! そうすれば、一躍SOS団は北高一の有名団体、サイトのアクセス数は鰻の滝上り! 不思議発見の依頼もじゃんじゃん舞い込んでくる! 間違いない!!】
 涼宮ハルヒは、最後の「間違いない」をねちっこく発音しながら言った。
 その後の展開は特筆するものはない。いつものように、同意する古泉一樹、おろおろする朝比奈みくる、何も言わないわたし、不承不承従う『彼』を引き連れて、『名探偵』の腕章を付けた涼宮ハルヒは意気揚々と聞き込みに向かった。このとき、『彼』はいつもより余計に長く、強く、今回の提案に反対していた。それは普段の『彼』の様子からすると、やや異例のことだった。
 涼宮ハルヒは少女Aの周辺の人物を中心に聞き込みを行い、少女Aの居場所を突き止めると強引に公園に呼び出して、事件解決のための事情聴取と称して、嬉々としながら己の好奇心を満たしていた。


 そして、冒頭の場面に至る。
 少女Aと涼宮ハルヒは向かい合って立っていた。その左側に『彼』とわたし、右側のやや後ろに古泉一樹と朝比奈みくるが立っていた。そして涼宮ハルヒが、投げつけられた鞄を左側に動いてかわした瞬間、『彼』の右拳がカウンターで涼宮ハルヒの左頬を捉えた。
「……な……な……」
 涼宮ハルヒは何が起こったか未だ把握できていない様子。殴られたときに唇を切ったのだろう、口からは少し血が垂れている。頭部への衝撃による意識の混濁は認められない。記憶の混乱は許容範囲。観測を継続する。
 『彼』は涼宮ハルヒの視線と意識が『彼』に向いていることを確認すると、少女Aの方へ向き直り、土下座した。
「申し訳ありませんでした。」
 少女Aは先ほどの激昂から気勢を殺がれた状態で、『彼』を見下ろす。
「俺らは、ほんまはあのバカタレを止めなあかんのに、後始末が面倒で止められへんかった。最低やと思います。俺らも同罪です。こんなんで許してもらえるとも思えへんけど、謝らしてください。ほんまに申し訳ありませんでした。」
【俺達は、本当はあのバカヤロウを止めなきゃならないのに、後始末が面倒で止められなかった。最低だと思います。俺達も同罪です。こんなことで許してもらえるとも思えないけど、謝らせてください。本当に申し訳ありませんでした。】
 他のSOS団一同は固唾を呑んで見守っている。やがて少女Aは静かに口を開いた。
「土下座までしてるあんたに言うんは酷かもしれんけど、言わしてもらうわ。あんたら最低や。あの偉そうな女が一番悪いけど、後が怖ぁて女一人、よう止められへんかったあんたらも一緒や。」
【土下座までしてるあんたに言うのは酷かもしれないけど、言わせてもらうわ。あんたら最低よ。あの偉そうな女が一番悪いけど、後が怖くて女一人、ろくに止められなかったあんたらも一緒よね。】
「はい。」
 『彼』は土下座をしたまま答えた。
「私が望むんは、ごくごく簡単なことや。」
【私が望むのは、ごくごく簡単なことよ。】
 少女Aは一同を見ながら言った。
「もうこれ以上、この件で私らにチョッカイ掛けんとって。それで、できれば今後一切、私や私の身近な人に近づかんとって。要するに……()っといて。それだけや。簡単なことやろ? こんなん。」
【もうこれ以上、この件で私達に手出ししないで。それで、できれば今後一切、私や私の身近な人に近づかないで。要するに……関わらないで。それだけよ。簡単なことでしょ? こんなの。】
「はい。」
 『彼』はやはり土下座したまま答えた。
「そういうことやから。」
【そういうことだから。】
 少女Aは落ちた鞄を拾うと、振り向かずに立ち去った。しばらくして、『彼』は立ち上がり、服を払いながら言った。
「聞いての通りや。俺らも帰るぞ。」
【聞いての通りだ。俺達も帰るぞ。】
 そして、未だ呆然とした様子の涼宮ハルヒに言った。
「なあ、ハルヒ。こうなるまでお前を止められへんかった俺にこんなこと言う資格ないとは思うけど、それでもあえて言わしてもらうわ。」
【なあ、ハルヒ。こうなるまでお前を止められなかった俺にこんなこと言う資格ないとは思うけど、それでもあえて言わせてもらうぞ。】
 非常に冷静な声で、『彼』は言った。
「お前は俺を怒らせた。よそ様に迷惑掛けんなや。」
【お前は俺を怒らせた。よそ様に迷惑掛けるな。】
 『彼』はそれきり、涼宮ハルヒに目もくれず立ち去った。
「……手当てを。」
 わたしは公園の水道まで行き、ハンカチを濡らして涼宮ハルヒ達の元へ戻ると、彼女の頬にハンカチを当てた。
「つ……! 痛つつ……」
 ハンカチの冷たさに感覚を取り戻したのか、涼宮ハルヒは痛がる。涼宮ハルヒに対してはあからさまな情報改変は行えないので、人間の行う方法に則って介入するしかない。
 傷の治りを少しだけ早めること、または痛みを和らげることは、観察対象に対して行ってはいけないことなのだろうか? 人間の言葉で言うところの『気休め』程度の情報改変でさえも、決して許されないのだろうか?
 わたしはある行動を実行することにした。
「これは痛みの取れるお(まじな)い。」
 こう言うとわたしは、涼宮ハルヒの口に手を当てた。
「痛いの痛いの、飛んでけ。」
 そして情報改変を行う。痛覚を少しだけ麻痺させ、強い痛みを感じなくなる程度に傷口を治癒させた。
「もう痛くないはず。」
「え……ん……何か、痛くなくなった、かも……」
「涼宮さん、今日はもう時間も(おそ)なったし、帰りましょ?」
【涼宮さん、今日はもう時間も遅くなったし、帰りましょ?】
 朝比奈みくるが言った。
「あ……うん、そやね……今日は解散。……有希、ありがと。」
【あ……うん、そうね……今日は解散。……有希、ありがと。】
 そう言うと涼宮ハルヒは、朝比奈みくるの付き添いの申出を断り、一人で帰宅した。


 翌日の放課後。わたしはいつものように部室で本を読んでいた。朝比奈みくる、古泉一樹も既に部室にいる。あとは『彼』だけ。
「うーっす。」
 部室のドアが開き、『彼』が入ってくる。
「今日はハルヒはおらへんで。学校を休んどぉ。」
【今日はハルヒはいないぞ。学校を休んでる。】
「さすがに昨日の今日じゃあ、顔も合わせづらいでっしゃろなぁ~」
【さすがに昨日の今日じゃあ、顔も合わせづらいでしょうねぇ~】
 古泉一樹がいつもの表情で言う。言葉にはやや皮肉が込められている。
「俺は別に(かま)へんかったけどな。」
【俺は別に構わなかったんだがな。】
 『彼』はそう答えると、
「さて、ハルヒもおらへんことやし、今日の活動は無しでええやろ。」
【さて、ハルヒもいないことだし、今日の活動は無しで良いだろ。】
「そうは行きまへん。今日はあんさんに色々話がおます。」
【そうは行きません。今日はあなたに色々話があります。】
「今日は三人とも、俺に話があるんやろ? どうせ。」
【今日は三人とも、俺に話があるんだろ? どうせ。】
「はい! あたしもキョンくんにお話があります!」
 わたしは……
「…………」
 わたしは無言で答えた。
「どうせ三人とも同じ内容やろけど、誰から行くんや?」
【どうせ三人とも同じ内容だろうけど、誰から行くんだ?】
「朝比奈さん、お先にどうぞ。」
「わかりました。……キョンくん! 女の子をグーで殴るなんて、どういうことなん!?」
【わかりました。……キョンくん! 女の子をグーで殴るなんて、どういうことなの!?】
 朝比奈みくるは涙ながらに訴えた。
「俺もできれば、そこまではしたぁなかったんですけどね。」
【俺もできれば、そこまではしたくなかったんですけどね。】
 『彼』は答えた。
「でも、でも……とにかく! 女の子を殴り飛ばすなんてダメです! 禁則事項ですっ!!」
「僕からも言わせてもらいまひょ。あんさん、女性をどつくなんて、最低でっせ。いつぞやの映画のときにも言いましたが、もっと冷静な人やと(おも)てました。あの時は思い止まってくれましたが、今回は正直、失望しましたわ。」
【僕からも言わせてもらいましょう。あなた、女性を殴るなんて、最低ですよ。いつかの映画のときにも言いましたが、もっと冷静な人だと思っていました。あの時は思い止まってくれましたが、今回は正直、失望しましたね。】
 古泉一樹は真面目な顔になって言い募る。
 そう、『彼』はかつて激昂して、涼宮ハルヒに手を上げかけたことがある。その時は古泉一樹が止めて、未遂に終わった。翌日には『彼』が涼宮ハルヒに謝罪し、逆に鼓舞することで事態は一応の収束を見た。しかし、今回は誰も止めることなく、実行に移された。果たして涼宮ハルヒは殴り飛ばされ、まだ『彼』による事態の収拾も行われていない。
「長門は? 何か言いたいことあるん(ちゃ)うんか?」
【長門は? 何か言いたいことがあるんじゃないのか?】
「…………」
 正直に言う。この時わたしは戸惑っていた。昨日の『彼』の考えが分からなかったから。
 情報統合思念体との接続を減らして自律行動の範囲を広げて以来、わたしには『戸惑う』機会が発生した。自ら考え、行動し、その責任を負うことは、実際に体験するとなかなか難しい。実行に至るまでに時間が掛かる場合が増え、実行を中止するようにもなった。
「まあ、ええわ。昨日のことの説明でも始めよか。俺もみんなに()うときたいことあるし。」
【まあ、良い。昨日のことの説明でも始めようか。俺もみんなに言っておきたいことがあるし。】
 『彼』は静かに語りだした。


「僕は、昨日あんさんが何を(おも)てあんなことをしたのか知りたいですな。」
【僕は、昨日あなたが何を思ってあんなことをしたのか知りたいですね。】
「まあ、そやろな。」
【まあ、そうだろうな。】
「わたしも。」
 わたしは意を決して言った。
「わたしも、あなたの考えが知りたい。昨日の行動は、普段のあなたの言動からは想定外。」
「やれやれ。」
 『彼』は、肩をすくめて言った。
「昨日俺が()うた台詞覚えとぉか? あの時俺は怒っとった。」
【昨日俺が言った台詞覚えてるか? あの時俺は怒ってた。】
「涼宮さんの行動にでっか?」
【涼宮さんの行動にですか?】
「もちろん、それもある。でもそれだけやない。俺はみんなと、何より俺自身の不甲斐なさに怒っとった。」
【もちろん、それもある。でもそれだけじゃない。俺はみんなと、何より俺自身の不甲斐なさに怒ってた。】
「不甲斐なさ?」
 朝比奈みくるが問う。
「ええ、そうです。」
 『彼』は言った。
「昨日のハルヒを一言で表現すると、『低俗で迷惑な野次馬』あるいは『クソ記者』や。古泉、お前はそう思わへんかったか?」
【昨日のハルヒを一言で表現すると、『低俗で迷惑な野次馬』あるいは『クソ記者』だ。古泉、お前はそう思わなかったか?】
「それは……」
 古泉一樹は言葉に詰まる。
「今まで俺は、ハルヒの大概の無茶には付き()うてきた。自分でも相当なお人好しやと思う。せやけどな、やっぱり俺でも我慢できひんことはある。」
【今まで俺は、ハルヒの大概の無茶には付き合ってきた。自分でも相当なお人好しだと思う。だけどな、やっぱり俺でも我慢できないことはある。】
「それが昨日のことっちゅうわけでっか?」
【それが昨日のことというわけですか?】
「そうや。あれは人としてやったらあかんことやと思う。考えてみ? お前は、人には言いたないような過去を、根掘り葉掘り聞き出されたいか? それも自分の低俗な好奇心を満たしてるだけやのに、いかにも『親切でやってあげてます』とか、『これこそが正義』とか、あまつさえ『こんなに親切で正義感あふれる私、素敵!』ていうような態度で。」
【そうだ。あれは人としてやってはならないことだと思う。考えてみろ。お前は、人には言いたくないような過去を、根掘り葉掘り聞き出されたいか? それも自分の低俗な好奇心を満たしてるだけなのに、いかにも『親切でやってあげてます』とか、『これこそが正義』とか、あまつさえ『こんなに親切で正義感あふれる私、素敵!』ていうような態度で。】
「そのように言われると……」
 古泉一樹は沈黙した。
「朝比奈さん、あなたはどうですか? 例えば痴漢の被害に遭ったことをしつこく聞き出されたいですか?」
「うっ……で、でも! それでも女の子を殴るのは……!」
「ええ、俺も思います。その点については非常に残念に思います。」
「それなら今すぐ……」
「勘違いすな。」
【勘違いするな。】
 言いかけた古泉一樹を遮り、『彼』は続けた。
「確かに俺は昨日、ついカッとなってやった。反省してる。でも後悔はしてへん。あの状況では他に方法がなかった。反省してるんは、そんな状況になる前にハルヒを止められへんかったことや。」
【確かに俺は昨日、ついカッとなってやった。反省してる。でも後悔はしてない。あの状況では他に方法がなかった。反省してるのは、そんな状況になる前にハルヒを止められなかったことだ。】
 『彼』はわたし達を見回して、言った。
「朝比奈さん、長門、古泉。みんなはそれぞれ所属するところから与えられた立場がある。ハルヒ自身に影響を与えへんように、なるべく介入したないと(おも)とぉ。ハルヒの機嫌を損ねると、閉鎖空間が生まれ、下手したら世界が滅ぶ。せやから、原則としてハルヒの言うことにはすべて従う。たとえそれが、どんなに周りに迷惑掛けることやったとしても。違うか?」
【朝比奈さん、長門、古泉。みんなはそれぞれ所属するところから与えられた立場がある。ハルヒ自身に影響を与えないように、なるべく介入したくないと思ってる。ハルヒの機嫌を損ねると、閉鎖空間が生まれ、下手したら世界が滅ぶ。だから、原則としてハルヒの言うことにはすべて従う。たとえそれが、どんなに周りに迷惑掛けることだったとしても。違うか?】
「そこまでやないですけど、見方によっては確かにそのように見えるかもしれまへんなぁ。」
【そこまでではありませんが、見方によっては確かにそのように見えるかもしれませんね。】
「その点に俺は怒っとった。はっきり言うわ。要するにみんなは、後の影響が怖くてよう物も言われへんイエスマンや。」
【その点に俺は怒ってた。はっきり言うぞ。要するにみんなは、後の影響が怖くてろくに物も言えないイエスマンだ。】
「あなたはどうなの?」
 わたしは問う。
()うた通り、何より俺自身の不甲斐なさに怒っとぉ。俺の立場は何や? 何のしがらみもない一般人、違うか? 本来なら何も気にせんと、一番ハルヒに意見できて、止めることができる立場やんか。」
【言った通り、何より俺自身の不甲斐なさに怒ってる。俺の立場は何だ? 何のしがらみもない一般人、違うか? 本来なら何も気にせず、一番ハルヒに意見できて、止めることができる立場じゃないか。】
 『彼』はやや自嘲めいた口調になる。
「昨日彼女に言われた通りや。俺は後が怖くて女一人、よう止めへんかった。最低や。」
【昨日彼女に言われた通りだ。俺は後が怖くて女一人、ろくに止められなかった。最低だ。】
『…………』
 一同、沈黙する。


「俺、思うんやけどな。」
【俺、思うんだけどな。】
 ややあって、『彼』が再び口を開く。
「昨日、ハルヒがあれだけ暴走したんは、結局のところ、周りの人間のこの態度が原因やったん(ちゃ)うかな。」
【昨日、ハルヒがあれだけ暴走したのは、結局のところ、周りの人間のこの態度が原因だったんじゃないかな。】
「と、申しますと?」
「どいつもこいつも、ハルヒを変人と思って相手にせえへんか、あいつの顔色を伺うばっかりで、誰も止めへん。要するに、誰も『涼宮ハルヒ』という人物を一人の人間としてまともに扱ってへん。腫れ物を触るように扱ってて、心から向き合う人間がおらへんかったんかもな。今だって似たようなもん(ちゃ)うか? 自律進化の可能性だの、時間断層の中心だの、世界の創造主だの。涼宮ハルヒという『人間』やなくて、何か『怒らせると怖いけど便利な存在』としてしか扱ってへんか? 一人の、『人間』涼宮ハルヒとして、心から向き合ってると断言できるか?」
【どいつもこいつも、ハルヒを変人と思って相手にしないか、あいつの顔色を伺うばっかりで、誰も止めない。要するに、誰も『涼宮ハルヒ』という人物を一人の人間としてまともに扱ってない。腫れ物を触るように扱ってて、心から向き合う人間がいなかったのかもな。今だって似たようなもんじゃないか? 自律進化の可能性だの、時間断層の中心だの、世界の創造主だの。涼宮ハルヒという『人間』じゃなくて、何か『怒らせると怖いけど便利な存在』としてしか扱ってないか? 一人の、『人間』涼宮ハルヒとして、心から向き合ってると断言できるか?】
「……そう言われると、耳の痛いところではおますなあ。」
【……そう言われると、耳の痛いところではありますね。】
 古泉一樹は、思案顔で答えた。
 わたしはどうだろう? ……考えるまでもない。
 この銀河を統括する情報統合思念体によって創られた、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイス。それがわたし。
 自律進化の可能性を秘めた涼宮ハルヒの観測と保全。
 それが最初期に与えられた、わたしの使命。存在意義。一人の人間として涼宮ハルヒと向き合うことなど、当初から想定されていない。
 では、それらの前提条件を外した、「わたし」という個体はどうだろう? もしわたしがそれらの任務ではなく、つまり『インターフェイス』としてではなく、一人の『人間』長門有希として、涼宮ハルヒに向き合うとしたら?
「自分が何をしても、誰も止めへん。そんな環境で育ったら、大概の人間は感覚が狂って、わがままで人の心を慮ることを知らんどうしようもない人間になる。他人がその行動でどんな気持ちになるか、誰も教えてくれへんからな。自分がされて嫌な事は、言えばすぐにされへんようになるのに、周りの人間は自分が何をしても(なん)も言わん。ということは、周りの人間は何をされても嫌やない。そう思うように育ってしまうわけや。」
【自分が何をしても、誰も止めない。そんな環境で育ったら、大概の人間は感覚が狂って、わがままで人の心を慮ることを知らないどうしようもない人間になる。他人がその行動でどんな気持ちになるか、誰も教えてくれないからな。自分がされて嫌な事は、言えばすぐにされなくなるのに、周りの人間は自分が何をしても(なに)も言わない。ということは、周りの人間は何をされても嫌じゃない。そう思うように育ってしまうわけだ。】
「でも、涼宮さんは、表面上はわがままな人かもしれへんけど、ほんまは仲間想いの優しい人(ちゃ)いますか?」
【でも、涼宮さんは、表面上はわがままな人かもしれないけど、本当は仲間想いの優しい人じゃないですか?】
 朝比奈みくるが反論する。
「もちろんそれは、俺も知ってます。でも、よう考えてみてください。その優しさが、ハルヒが『仲間』と思ったものだけにしか向けられへんとしたら。仲間以外は『好奇の対象』でしかなかったとしたら。仲間と認定されてへん者には、あいつはどう映るでしょうね?」
【もちろんそれは、俺も知ってます。でも、よく考えてみてください。その優しさが、ハルヒが『仲間』と思ったものだけにしか向けられないとしたら。仲間以外は『好奇の対象』でしかなかったとしたら。仲間と認定されてない者には、あいつはどう映るでしょうね?】
「あっ……!」
 朝比奈みくるが息を呑む。
「確かに、好奇心は、時に残酷でんな。好奇心を満たすためには、対象には無慈悲になれます。」
【確かに、好奇心は、時に残酷ですね。好奇心を満たすためには、対象には無慈悲になれます。】
「蟻の脚や触覚を一本ずつ抜き、胴体を節目ごとにばらす。そんな残酷なこともできるやろ?」
【蟻の脚や触覚を一本ずつ抜き、胴体を節目ごとにばらす。そんな残酷なこともできるだろ?】
 『触覚を』の辺りで、朝比奈みくるは耳を塞いだ。……身に覚えがあるのだろうか。
「あいつの好奇心は無邪気で、それだけに、時に残酷に人を傷付けることもある。普通は傷付き、傷付けられて、学習して人は成長していくもんやと俺は思う。でもあいつは、あんな性格であんな能力がゆえに、人からまともに相手にされへんで、学ぶ機会がなかったか、極端に少なかったんかもしれへんな。せやから、昨日みたいなことも平気でできた。そんな気がすんねん。」
【あいつの好奇心は無邪気で、それだけに、時に残酷に人を傷付けることもある。普通は傷付き、傷付けられて、学習して人は成長していくもんだと俺は思う。でもあいつは、あんな性格であんな能力がゆえに、人からまともに相手にされなくて、学ぶ機会がなかったか、極端に少なかったのかもしれないな。だから、昨日みたいなことも平気でできた。そんな気がするんだ。】
「あんさんの言いたいことは、わかりました。涼宮さんへの態度については、我々『機関』にも思い当たるところは多々おます。それはそれとして、昨日の一件についてはどない処理するおつもりで?」
【あなたの言いたいことは、わかりました。涼宮さんへの態度については、我々『機関』にも思い当たるところは多々あります。それはそれとして、昨日の一件についてはどう処理するおつもりで?】
 古泉一樹は、普段の微笑に戻り問うた。
「俺は今言うたこと、俺の気持ちをそのままハルヒに伝える。何で殴られたか分からんままやったら、意味ないしな。ところで、古泉。昨日はあれから、やっぱり閉鎖空間が現れて大変やったやろ? 謝っとくわ。すまん。」
【俺は今言ったこと、俺の気持ちをそのままハルヒに伝える。何で殴られたか分からないままだったら、意味ないしな。ところで、古泉。昨日はあれから、やっぱり閉鎖空間が現れて大変だっただろ? 謝っとくぜ。すまん。】
 『彼』は古泉一樹に頭を下げる。
「実はその件についても話がおましてな。」
【実はその件についても話がありまして。】
 古泉一樹はやや困惑したような顔で言った。
「仰るように、昨日は巨大な閉鎖空間が現れました。確かに大変でした。しかし、その大変は普段とは別の意味でして……」
ここで言葉を切る。
「別?」
「ええ。巨大な閉鎖空間が現れ、《神人》が現れました。そこまではいつもの閉鎖空間なわけですが……その、《神人》の行動が普段と(ちご)てましてん。」
【ええ。巨大な閉鎖空間が現れ、《神人》が現れました。そこまではいつもの閉鎖空間なわけですが……その、《神人》の行動が普段と違っていました。】
古泉一樹は、肩をすくめながら言った。
「いつもの破壊活動をせえへんのですわ。」
【いつもの破壊活動をしないのですよ。】
(なん)やて?」
【何だって?】
「現れはしたものの、特に何をするわけでもなく、何と言うか……そう、『呆然』としとった、っちゅうのが一番適切な表現かもしれまへんなぁ。確かにストレスは感じとんのに、どないしたらええんか分からんっちゅう様子でしたなぁ。今の涼宮さんの心境も、そんな感じ(ちゃ)いまっか?」
【現れはしたものの、特に何をするわけでもなく、何と言うか……そう、『呆然』としていた、というのが一番適切な表現かもしれませんね。確かにストレスは感じているのに、どうしたら良いか分からないという様子でしたね。今の涼宮さんの心境も、そんな感じではないでしょうか?】
「そうか……」
 『彼』は考え込みながら言った。
「まあ、今日はハルヒもおらへんし、また明日伝えることにするわ。学校に来てくれた方が話しやすいし。もし明日も来てへんかったら……しゃあないな。その時はハルヒを探しに行くわ。そういうわけで、今日は帰ってええかな?」
【まあ、今日はハルヒもいないし、また明日伝えることにするさ。学校に来てくれた方が話しやすいし。もし明日も来てなかったら……仕方ないな。その時はハルヒを探しに行くか。そういうわけで、今日は帰って良いかな?】
「そうでんな。また明日っちゅうことで、今日は帰りましょか。」
【そうですね。また明日ということで、今日は帰りましょうか。】
 わたしは本を閉じた。皆が帰り支度を始める。いつもの部室の風景。
 すべては明日。
 しかし翌日、事態は思わぬ展開を見せることになる。

 


 

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