俺は植物園の南側に小隊を集結させていた。とはいってももはや無事な生徒は10名しかいなかったため、
学校から補充要員として送られてきた生徒10名を加えて総勢20名となっている。
 現在の状況はこうだ。植物園北側は古泉の小隊が押さえて、敵の侵入を阻止している。
エスパー戦闘経験のある古泉の度胸はとてもよく、敵の攻撃をものともせずに押さえ込んできた。
 一方の南部が問題だ。鶴屋さん部隊も俺たちと同じく包囲状態になり、完全に孤立してしまっていた。
さらにここ2時間近く連絡すら取れない状態に陥っている。そのため、長門の支援砲撃ができない。
闇雲に撃ち込んで、間違って鶴屋さんたちに当たれば本末転倒だ。
それを救出するべく俺たちは森との境界線に陣取っているんだが、
向こうも南部への移動を阻止するように抵抗が激しく、鶴屋さんの救出どころか、植物園から森に侵入すらできていない。
何とか森との境界にある小さい丘に身を隠し、敵の銃撃を受けないようにしているだけである。
「ガンガン撃ち込んでくれ、長門!」
 俺は膠着状態を打開するために、徹底的に砲撃をさせていた。向こうが壁を作って通さないというなら、
こっちは完膚無きまでそれを破壊しつくまでだ。しかし――
「だめだね。まだこっちに向かってガンガン銃撃してくるよ」
「どこに潜んでいやがんだ。さっきからあれだけ撃ち込んでいるってのによ!」
 国木田の言葉に俺は吐き捨てるように怒鳴った。ここに来て、砲弾を受けても効果なしなんて言うインチキを
始めやがったんじゃないだろうな?
 また、目前で4発の迫撃弾が着弾した。轟音と砂が顔に降りかかってきたので、あわてて頭を下げる。
「油断するとヘルメットごと頭を持って行かれるかもね」
 となりで物騒なことをひょうひょうと言うのは国木田だ。どうしてこいつはこんなに度胸が据わっているんだ?
 俺はずれたヘルメットをかぶり直しつつ、
「砲撃で効果がないってなら、別の方法を考えないと――ん?」
 そこまで言って気がつく。先ほどの着弾以降、敵側からの銃撃がぴたりと収まっていた。
ようやくクリティカルヒットだったか?
「よし……一気に前進するぞ。ついてこい」
 俺は慎重に腰をかがめながら立ち上がり、丘を登り始める。同時に小隊全員がそろそろと俺についてきたが……
「……ぶっ!」
 情けない声とともに、俺は丘の下に引きずりおろされた。だれかに服を強引に引っ張られたようだが――
 同時に丘の向こうで悲鳴が飛んできた。さらに、身体に銃弾がめり込むいやな音と血しぶきも一緒にだ。
あわてふためいた生徒たちが次々と丘の下に飛び込んでくる。
「キョン、大丈夫かい!?」
 俺を丘の下に引きずりおろしたのは国木田だった。何を考えているんだと怒鳴りそうになった瞬間、
その意味を理解する。頭の上を飛び越えていく銃弾の荒らしと、丘の向こうから聞こえてくる絶望的なうめき声を聞けば、
どんなバカでも理解できるはずだ。
 答えは簡単。またしても、敵の罠に引っかかったのだ。砲撃の着弾と同時に、銃撃をやめる。
やったと思った俺たちがのこのこ丘を越えてきた時点で狙い撃ち。こんな単純な手に引っかかるとはバカか俺は!
 俺はそろりと丘から頭半分を出し、どうなっているのかを確認した。そこには血まみれになった生徒二人が
倒れている。一人は突っ伏したまま動かず、もう一人は痛みのあまりうめいて手をばたつかせていた。
 あまりの悲惨さに思わず身を乗り出して手を出そうとするが、それを阻止すべくまた敵の銃撃が始まる。
数発が負傷した生徒に命中し、さらなる悲鳴を上げた。奴らには情ってモンがないのか!?
「助けないと!」
 俺は飛び出して行こうとするが、またも国木田に制止させられる。
「冷静に! とにかく、こっちも撃ちまくって向こうの頭を下がらせるんだよ。その隙に救出するべきだね」
「く……わかった。すまんが頼む」
 国木田の案を受け入れて、俺は生徒たちに一斉射撃を命じた。全員一気に立ち上がるとそこら中の茂みに向けて乱射を始める。
敵側の銃撃が収まったことも確認せずに俺は丘から身を乗り出し、負傷した生徒を丘の下に引きずりおろした。
同時に動かなかった生徒を小隊の一人が同じように引きずりおろす。
 俺が助けた方は、名前も知らない女子生徒だった。全身の銃弾を浴びて、傷だらけどころかぐちゃぐちゃだ。
「ハルヒ! 負傷者だ! ひどい怪我なんだ! 誰かよこしてくれ!」
『わかった! 何人か向かわせるわ!』
 無線連絡後、ハルヒ小隊の何人かが、その女子生徒を回収していった。すでに瀕死の状態だったが、
それでもまだ生きている以上、こんな弾の飛び交う場所に置いては置けなかった。
「くそっ……」
 俺は丘の下で座り込み、ヘルメットを取ってため息をつく。やりきれなさすぎる。
鶴屋さんたちを助けたいがどうすることもできない。無理につっこめば、こっちの犠牲が増えるばかりだ。
救出する方が損害大では意味がない。どうすればいい? いっそ鶴屋さんたちが自力で戻るのをここで待つか?
包囲状態とはいえ、そのままでいるわけもないし、こっちに移動してきているはずだ。
だったら、それを向かえ入れた方が……
 と、突然そばにいた生徒から無線機を渡される。古泉からの連絡らしい。
「なんだ古泉。今はおまえの話を聞くような気分じゃないぞ」
『それだけ言えるならまだ無事と言うことですね。安心しました』
 全然安心できねえよ。あっちもこっちもめちゃくちゃで、頭がおかしくなりそうだ。
いや、普段の俺だったらとっくにおかしくなっているだろうよ。ちくしょう、一体どれだけ俺の頭の中をいじくりやがったんだ。
『それはさておき、そっちの様子はどうですか?』
「その前におまえの方を教えてくれ。聞く前にまず自分から言うもんだろうが」
 自分でもそれは違うだろと自己つっこみをしてしまったが、古泉は苦笑しているような声で、
『こっちはなかなか派手な状態ですよ。北部一帯で防御戦を引いて何とか敵の植物園侵入を阻止していますが、
向こうも焦っているんでしょうか、携帯型のロケット弾ぽいものを持ち出してきました。
さっきからそれの雨あられですよ』
 それでも防御線を守りきっているのか。本当にたいした奴だな。ハルヒの見る目も。
『そろそろ本題に移りましょうか。どうやら、そっちは未だに鶴屋さんのところにたどり着けていないようですね』
「ああ、腹立たしいがその通りだ。敵の抵抗が厳しい上に、砲撃が全くきかねぇ。これじゃどうしようもない。
正直、侵入はあきらめて鶴屋さんが戻ってくるのを待ったほうがいいかと考え中だ」
『それは待ちぼうけになるからやめた方が良いですよ』
 なに? それはどういう意味だ?
『ここに来るまでの間に、涼宮さんと鶴屋さんの無線連絡を耳に挟みましてね、いえ、盗み聞きしたわけではありません。
すごい剣幕で話しているからいやでも耳に届いたんですよ』
 ハルヒと鶴屋さんが言い争い? 全く想像ができないぞ。どういうことだ?
『完全に聞いたわけではありませんが、大体想像がつきます。鶴屋さんは、目的であったロケット弾発射地点を
制圧するまで撤退するつもりはありません。たとえ、誘い込むための罠であってもです』
「うそだろ……」
 俺は唖然としてしまった。さらに古泉は続ける。
『気持ちはわからなくないですね。あなたの方は、逃げた敵の掃討だったので、
罠とわかればあっさりと撤退が可能です。実際にそうなりましたしね。しかし、鶴屋さんの方は違う。
たとえ、罠であってもここで発射地点を制圧しなければ、北高への攻撃は続行されるでしょう。
結局はまた制圧に向かうことになる。それでは同じ事の繰り返しです。ならば、どんな犠牲を払ってでもとね。
できることなら犠牲を出したくないという涼宮さんとは完全に対立するでしょう』
 ハルヒは自分で何でもやりたがるタイプだ。間違っても自分の作戦で他人が死にまくっても平然としているような奴じゃない。
そんなことになるくらいなら、ハルヒ自身がやろうとするだろう。今思えば、植物園にハルヒ小隊を置くと
頑固に言い張ったのも、指揮官が前線に出るなんてという考えと、できるなら自分が戦っていたいという考えの
ぎりぎりの妥協点だったかもな。
 そして、鶴屋さん。正直なところ、鶴屋さんの人物像はつかみづらい。すごい人であるという認識程度だ。
今回だって包囲状態に陥ってもなお発射地点制圧をすると強弁できるなんて常人には――
 待てよ? ひょっとして鶴屋さんは最初からこれが罠であるとわかっていたのか?
『僕もそう思いますね。鶴屋さんは罠の可能性を強く疑っていたのではないでしょうか。
だからこそ、たとえ罠だとはっきりしても目的を変更するつもりはない。そう言うことでしょう。
また、あの時、罠である可能性をしてきた僕の意見に対して何も言わなかったのは、
罠であろうがなかろうが関係ないということだったのでは』
 鶴屋さん……あなたって人はっ……どこまで俺たちの上を行くつもりなんですか?
 しかし、そうなると未だに鶴屋さんが帰還しないと言うことは、制圧もできていないと言うことだ。
『そうでしょうね。だからこそ、あなたには鶴屋さんのところへ向かってほしいんです。
救出ではなく加勢としてね』
 古泉の言葉で俺の腹は決まった。何としてでもここを突破する。それしかない。だが、どうすりゃいい?
『確証はありませんが、敵の動きは涼宮さんの性格を強く意識しているように思えます。
今回の待ち伏せを考えてみてください。敵は北山公園で待ちかまえると同時に、遠距離から北高を攻撃しました。
この場合、我々にはいろいろ選択肢があります。たとえば、こちらの砲撃で徹底的に北山公園南部を砲撃する――
これは長門さんが効果が薄いと言っていましたが。また、校庭にヘリコプターもありましたから、
あれで発射地点を確認し、少数部隊でピンポイントで叩く。砲撃に耐えながら、学校に完全に立てこもって
籠城という手段もありますね。考えればもっといろいろあるかと。
しかし、涼宮さんの性格上、確実に北山公園全土制圧を一番に考えるでしょう。
やられっぱなしなんてもっとも嫌がりますし、ピンポイント攻撃だと相手が逃げ回って延々と追いかけ回すことに
なりかねません』
 また頭上を飛んでいく銃弾が激しくなってきた――
『このようにたくさんの可能性がありながら、敵は誘い込んで待ち伏せという手段をとっていました。
完全にこちらの動きを読んでね。涼宮さんの性格を知っているからこそ、迷わずにその手を採用したんです。
そして、自らが決定した作戦のせいでたくさんの犠牲者を出したことになれば、
涼宮さんに与えるダメージは半端ではありません』
「ハルヒの考えを読んでいたとは限らないだろ。敵はこれだけの世界を簡単に作り出しちまうんだ。
なら、俺たちは常に監視されていて、こっちの動きが筒抜けの可能性だってある」
『ええもちろんです。しかし、たとえそうであっても敵の目的が涼宮さんであることには違いありません。
それを最優先に動いてくるはずです』
 なるほどな。なら敵はロケット弾発射地点を死守したりすることよりも、ハルヒに精神的苦痛を与えることを
最優先に考えているって事か。
『話が早くて助かります。敵の動きと涼宮さんの考えと照らし合わせれば、おのずと敵の動きも読めるのではないでしょうか。
今言えることはそれくらいですが――おっと、ちょっとこっちも活気づいてきてみたいですね。
あとはお任せします。ではまた』
 そこまでで通信は終了。俺はサンキュと無線を持った生徒にそれを返す。
 さて、どうするか。敵は砲撃ものともせずに、俺たちの鶴屋さん小隊との合流を阻んでいる。そこまで粘る理由は?
そりゃ、包囲状態にした敵――鶴屋さんたちと増援の俺たちの合流を許すわけがない。いや待て、その考えじゃダメだ。
こうやって、俺たちが何もできずにただ時間がたっていることにハルヒは相当のいらだちを覚えるはずだ。
だから、こうやって俺たちの足止めを行っている……よし、この考えで良い。
そうなると、敵はできるだけ鶴屋さんの孤立状態に陥らせることに専念するはず。では、どうする?
「……ちっ」
 結局、相手の考えを読んだところで何も変わらねぇ。敵の目的と俺たちの目的が完全にぶつかっているからだ。
なら、ここからの鶴屋さんの場所に向かうのはあきらめて、数名で北山公園のすぐ南にある光陽園学院に行き、
そこから北上して行くか? いや、敵は信じられないことを平然とやっているんだ。その動きを読まれて、
すぐに防御線が築いてしまう恐れもある。
 だったら目的を変更してやればいい。俺の目的は鶴屋さんへの加勢なんだから……加勢に行かない? ふざけんな。
そんなまねができてたまるか。じゃあ、いっそ南部を手当たり次第砲撃するように長門に指示するとか……鶴屋さんを殺す気か?
 ん、ちょっと待てよ? ハルヒは全員の植物園までの撤退を望んでいるという。だが、鶴屋さんはそれを拒否して、
未だに発射地点制圧を行っているんだ。ならそれは敵にとって想定外の事態じゃないか?
鶴屋さんの後退を阻止するのではなく、発射地点を防御しなけりゃならないからな。
でも、発射地点は敵にとってさほど重要なものではないと思える。俺たちをここに誘い込むだけの利用価値のはず。
さっさと鶴屋さんたちに破壊させて、包囲状態にでも何でも置けばいい。だが、確信を持って言えるが、
鶴屋さんたちはまだ発射地点を制圧できていない。何の証拠もないが、無線連絡が取れなくても、
あの人なら何らかの手段で俺たちにそれを伝えるはずだ。絶対に。
 俺はふとあることを思いついて、無線機を取る。話す相手は朝比奈さんだ。場違いな相手じゃないかって?
だが、俺たちの中で一番鶴屋さんのことを知っているのは、朝比奈さんであることに間違いないだろ?
『キョンくん! 大丈夫なんですかぁ!?』
 焦りきったマイエンジェルの声に俺はいくらかの癒しパワーを受け取ってから、
「ええ。何とかまだ生きていますよ。ところでちょっとお話が」
 俺は今の状況を端的に話す。俺が知りたいのは鶴屋さんならどうするのかとか、
鶴屋さんならどのくらいできるだろうとかだ。
 朝比奈さんはう~んといつも以上に悩みながら、
『そうですねぇ……わたしが言えるのは鶴屋さんは本当にすごい人です。だから、そんな危ない状況でも
簡単に抜けられちゃうんじゃないかなぁって思うんです。でも、何でこんなに時間が……』
 今の会話に俺は何かを感じた。どこだ? すごい人の部分か? そんなことは俺もわかっている。
簡単に抜けられちゃう……ここだ。そうだ、包囲状態でも攻撃を続ける鶴屋さんなら
植物園までの後退は簡単にできるんじゃないか? だからこそ、敵は鶴屋さんを引き留めるために
発射地点を死守する必要がある。それなら、理屈が合うってもんだ。
『でもぉ……ひょっとしたら……』
「朝比奈さん」
 まだ独白のように続ける朝比奈さんの言葉を遮り、
「ありがとうございます。おかげで考えがまとまりましたよ。すごく助かりました」
『え……えっ?』
 何が何やらわからない朝比奈さんがかわいらしすぎてもだえそうになるが、ここは我慢だ。それどころではないからな。
「じゃあ、また学校で会いましょう。戻ります」
『待って!』
 突然、朝比奈さんからせっぱ詰まった声が飛ぶ。
『鶴屋さん……いえ、みんな無事なんですか? ここからじゃ、一体何が起きているのかさっぱりわからなくて……』
 今にも泣き出しそうな――いや、もう涙ぐんでいるのかもしれない声が無線機から漏れてきた。
俺はどう答えるべきかしばし考えた後、
「大丈夫ですよ。SOS団はまだ健在です。鶴屋さんもきっとぴんぴんしていますよ』
 俺は事実だけを言った。でも、谷口は死んだとは言えなかった。
 朝比奈さんは俺の言葉にほっとしたのか、
『がんばってください。また学校で』
 そう言って無線を終了した。すみません、朝比奈さん。
 そこに国木田が丘の下に滑るように降りてきて、
「で、キョン。どうするのさ」
「今はこのままだ。しばらくしたら絶対に変化が起きる。そしたら、こっちも動くぞ」
 国木田は俺の自信めいた口調に疑問符を浮かべながらも、また丘の上の方に戻っていった。
 これから起きることは二つだ。まず第一に鶴屋さんが発射地点を制圧する。そうなった場合、
あらゆる手段を使ってでも、俺たちにそれを知らせてくるだろう。次に鶴屋さんたちが全滅する――考えたくもないが。
だが、この場合は敵が発射地点の防御を行わなくなることから、植物園に対する攻撃の動きが変化するはずだ。
今はどちらかが起きるのを待つ。これでいい。
 
◇◇◇◇
 
 変化は意外に早く起きた。俺が待ち始めてから15分後、一発のロケット弾が北山公園南部から発射されたという
長門からの無線連絡が入ったのだ。同じ頃に、南部でひときわ大きい爆発音がとどろいている。
ただし、発射されたロケット弾は
『こちらは攻撃を受けていない。確認した限りでは、北山公園から東側に向けて発射された。今までとは明らかに違う』
 以上、長門からの報告。もう俺は即座に確信し、ハルヒへと連絡する。
「おい、長門からの話は聞いたか?」
『聞いたわよ! これは鶴屋さんからの敵制圧の合図に違いないわ!
さっすがSOS団名誉顧問だけのことはあるわね!』
「ああ、俺もそう思う。で、俺はどうすりゃいい?」
『とにかく、あんたがぼさっとしている間に向こうはけが人とかでているに違いないわ。
とっとと助けに行きなさい! 以上、命令終わり!』
 やれやれポジティブ思考が復活しつつあるようだ。でも、その方がハルヒらしくて安心できるけどな。
「さてと……」
 敵はしつこく俺たちに向けて銃撃を続けている。これからどうするか。ハルヒは助けに行けと言った。
なら、敵はそれを阻止するように動くのか? いや待て、それでは今までと大して変わらない。
もっとも大きな精神的ダメージを与える方法は?
 俺は結論を出したとたん、笑い出しそうになった。ひょっとしたら初めて敵を出し抜けるかもしれないと思ったからな。
 また、俺は無線で長門に連絡し、俺たちの動きを阻止している敵にめがけて、10発ほど砲撃を行うように指示する。
そして、数分後的確な砲撃が俺たちの目前に降り注いだ。今まで以上の轟音に俺は耳を押さえて、鼓膜を守った。
 着弾音の余韻が通り過ぎると、辺りに静寂が戻ったことを【確認】する。
「また罠かな?」
 国木田は警戒心を表していたが、俺はそれを無視し、一人で丘の上に立ち上がった。
「キョン! 何をやって……え?」
 抗議の声を止めたところを見ると国木田も気がついたらしい。まったく弾丸は飛んでこないことに。
 俺はそのまま小隊の生徒たちを待機させたまま一人じりじりと前進し、森の中に数歩はいる。砲撃のすさまじさを
表すように地面が穴だらけになっていた。しかし、敵は一人もいない。
 確認完了だ。俺は右手を挙げて、小隊を前進させて森に入らせた。
 
◇◇◇◇
 
「やあ……キョンくんひさしぶり……でも、ダメじゃないか……敵は……」
 鶴屋さんの力ない声が耳に流れ込んでくる。ほとんどかすれ声だった。だが、言おうとしていることはわかる。
 同時に俺の背後ですさまじい銃撃戦が始まった。俺たちが来た道から背後を突くように、
敵が襲ってきたからだ。だが、この攻撃をわかっていた俺たちにとって、それは背後からの攻撃にはならない。
完全に迎え撃つ準備はできている。
 しばらく激戦が続いたが、やがて敵は長門の砲撃を受けて下がっていった。
「すごいね、キョン。何でわかったのさ?」
「俺だって学習能力ぐらいはあるんだよ」
 国木田の指摘を軽く流して、俺は周囲を見回す。鶴屋さんがいたのはやはりロケット弾発射地点だった。
すっぽりと森に穴が開いたような場所に一台のトラックが置かれている。その上には
ロケット弾を載せるための鉄レールを平行に並べ柵状にした棚が乗っていた。いわゆるカチューシャロケットと言われる
多連装ロケットランチャーだ。こんなもんで俺たちを攻撃していたとはな。
 敵の動きは大体読めていた。ハルヒは鶴屋さんたちを助けに行けと言った。そして、敵はすんなりと鶴屋さんのもとに
俺たちを招き入れた。理由は簡単。今度は俺たちを包囲状態にするためだ。北山公園に俺たちを誘い込んだのと
同じ手法である。ハルヒが決定して、そのせいで俺たちが大損害、となればまたまたハルヒに与えるダメージはでかいと
踏んだのだろう。だがな、甘いんだよ。そうそう何度も同じ手が通用してたまるか。
 だが、予想外なことも一つだけあった。最悪なものだ。
「ふふっ……そっかぁ……キョンくんも気がついたんだねっ……」
 鶴屋さんは息も絶え絶え、寄りかかるように座っている木の根元には血だまりができようとしていた。
周りにいる鶴屋さん小隊の生徒4人も不安げな表情で見つめている。
そう、鶴屋さんは銃撃を受けて今にも息絶えようとしている。くそったれ! やっとここまで来れたってのに!
「鶴屋さん! ようやく来れたんです。早く学校に戻りましょう!」
 俺は鶴屋さんを背負おうと彼女の肩に手をかけるが、そばにいた鶴屋さん小隊の生徒から制止される。
衛生兵の役割を担っていた彼は、動かせない。動かせば死ぬだけと沈痛な口調で言った。
「そんな……やっと目的を果たせたんだ! 連れて帰らないと! 大体、おまえら何で指揮官を守ってねえんだよ……
ってそうじゃねえだろ! くそっ! 何言ってんだ俺は!」
 あまりの言いように、自分自身に怒りが爆発する。鶴屋さんは自分の配下の生徒たちを力なく見回し、
「責めないでよ……みんな必死にやったさ。無能なのはあたし自身。結局、守れたのはたったの四人だけっさ……」
 鶴屋さん小隊の人間から聞いたことだが、植物園から南部に小隊が入ってすぐに攻撃を受けたらしい。
その後、包囲状態に置かれようとしたが、先手を打った鶴屋さんが小隊をさらに3~4人に分けて、
北山公園南部一帯に散らばせた。そのため、敵はその散らばった小隊を追いかけ回し、
鶴屋さんたちはロケット弾発射地点を探し回る。まるで鬼ごっこ+缶蹴りだ。
鶴屋さんたちは空き缶=カチューシャロケットを探し続け、ついに目的を果たした。
目的を果たしたと同時に、散らばった生徒たちは植物園に戻るように指示していたらしいが、
ハルヒに確認した限りでは誰も戻ってはいない。ここにいる生徒以外は全滅したと言うことだろう。
さらに鶴屋さんまでもが……
 また、俺の背後で銃撃戦が始まる。しつこい連中だ。いい加減、あきらめろ!
「キョン、このままだとまた包囲されるよ」
「んなことは言われんでもわかるさ……!」
 国木田の言葉に、俺は焦燥感だけが募る。このまま鶴屋さんをおいておけるわけがない
――今までさんざん【仲間】を置き去りにしてきただろ? わかっているさそんなことは……!
「行ってほしいなっ……わざわざあたしをえさにしている敵の思惑に乗ってほしくないにょろよっ……」
「わかっています……わかっているんです……!」
 どうしても踏ん切りがつかない。だが、それでもつけなければならない。
 俺は絶望的な思いで言う。
「つ、鶴屋さんっ……。朝比奈さんに……朝比奈さんに伝えることは……!」
 のどが悲鳴を上げるほどに力んで言葉を出しているのに、それ以上口を開くことができなかった。
でも、鶴屋さんはそれを待っていたのか、にっと笑顔を浮かべて、
「悪いけどみくるにはだまっておいてくれないかなっ……きっと気絶なんかしちゃってみんなに迷惑かけちゃうかも」
「わかりました……!」
「あと、あたしの仲間も連れて行ってっ……最期の最期までバカみたいにあたしについてきてくれた大切な仲間っさ……」
「もちろんです……!」
 もうここまで来ると俺は鶴屋さんの顔を見ることすらできなかった。受け入れられない現実を拒否したいのか、
耳すら閉じたくなる。
「じゃあキョンくん!」
 突然、かけられたいつもの鶴屋さんの声。俺ははっといつのまにか下がっていた頭を上げると、
普段と変わらない笑顔を浮かべ、俺の方にぐっと腕を突き出した鶴屋さんがいた。
「また学校で!」
 その言葉と同時に、鶴屋さんは全身の力が抜け落ち、頭も完全にたれた。元気よくつきだしていた腕も、
力を失って地面に向かって落下する。
 すいません鶴屋さん。絶対に元の世界に戻ってまたいつものように騒ぎましょう。でも、ここにいて、
果敢に戦い抜いた今のあなたのことも絶対に忘れません……!
 俺は目に浮かんでいた涙をぬぐい、周りにいた鶴屋さん小隊の残りを見回す。皆一様に指揮官の死に涙していた。
これは絶対に作られた感情ではなく、本人の本来の意志によるものだと確信できるほどに悲しんでいるのがわかった。
「これから、おまえらは俺の指揮下に入る。問題ないな?」
 4人とも、潤んだ目をしっかりと俺に向けて頷く。
 国木田たちと敵の戦闘はますます激しくなりつつあった。もはや一刻の猶予もない。
 俺は無線機を持った生徒を呼びつけ、ハルヒに連絡する。
「おいハルヒ、聞こえるか?」
『何よキョン! 鶴屋さんたちのところについたなら、早いところ戻ってきなさい! 当然、鶴屋さんたちもつれてね!
30分以内じゃないと罰金――』
「鶴屋さんは死んだ」
 俺の言葉でハルヒは絶句した。叫びたいのを必死にこらえるようなうめきと、何と言って良いのかわからないという
不安定な吐息が無線から流れ込んでくる。
「いいかハルヒ。これから俺が言うことに黙って従え。いいな?」
『…………』
「いますぐ、古泉たちをつれて北高に戻れ。俺たちが戻るのを待つ必要はない」
 この言葉に激高したのか、ハルヒは砲弾の着弾音以上の声で、
『バ、バカなこと言うんじゃないわよ! いい!? あんたたちが戻るまで死んでもここを死守するから!
絶対に帰ってくるのよ! 絶対絶対絶対よ! 見捨てるなんて絶対にしないから……帰ってきて! 絶対!』
「良いかよく聞けハルヒ!」
 俺の怒鳴り口調にびびったのか、錯乱状態だったハルヒの口が止まる。
「冷静に聞けよ。今、俺たちはまた敵に包囲されようとしているんだ。敵の狙いは、植物園に俺たちが戻るのを阻止すること。
今おまえが俺たちを放って学校に戻るなんて、敵は頭の片隅にすらねえはずだ」
『あんたたちはどうするつもりよ! 玉砕なんて死んでも許さないんだからね!』
「俺たちはこのまま北山公園を南下して、光陽園学院前に出る。そして、学校東側から戻る。
安心しろ。絶対に学校に戻るから心配するな」
 ハルヒはしばらくぶつぶつと聴き取れない抗議めいたことを言っていたようだが、やがて、
『……わ、わかったわ……絶対に帰ってきなさいよ!』
「当然だ」
 話し合いがまとまったので、俺は無線を終了しようとするが、
『待ってキョン!』
 ハルヒがなにやら確認したいらしい。しかし、なかなか言い出せないのか、しばらくうなったような声を上げていたが、
『鶴屋さん……鶴屋さんはどうするの……?』
「……俺の口からいわせないでくれよ。すまん」
『……ゴメン』
 そこで無線が切られた。おっと一つ言うことを忘れていた。
『……なに? まだなんかあるの?』
 悪い知らせと思ったのか、びくびくとした様子が手に取るようにわかった。
「すまないが、朝比奈さんには鶴屋さんのことは言わないでくれるか? 鶴屋さんからの遺言なんだ。
万一、聞かれたときは――あー、足をくじいたから近くの民家で、このばかげた戦争が終わるまで隠れているって言ってくれ」
『了解……』
 そこで今度こそ無線終了。さて、
「よし、このまま南下して学校に帰るぞ! ついてこい!」
 俺の空元気な声が飛んだ。
 
 

 ~~その4へ~~

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最終更新:2020年06月29日 00:31