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人間、辛い時や苦しい時は、時間がいつもより遅く感じるが、
楽しい時は、それが早々と過ぎていくなどと、昔の人は言ったそうだが。

不意に驚かされた時の時間ってのはどうなんだ?


俺から言わせてもらえれば、その時間は、時が止まったような、
まるで地球全体が無音になったような、そんな感じだ。
なぜいきなりこんなことを言い出すのかというとだな、

俺は今、長門と……ほら、なんだ。唇の感覚が間違ってなければだが。

──キス、しているわけで。

まさに今のこの状況が、そんな時間に感じられたからだ。

実際どのくらいそうしていたのかはわからない。
ひょっとすると、一瞬だったのかもしれない。

……ちなみに、俺の目は閉じたままだ。
いや、というか動けなかった。
例えば地震の時、本当はすぐにでも避難しなきゃいけないのに、
ずっとその場に立ち尽くしていた、動けなかったってことあるだろ?
あれと似たような感じだ。

──そっと唇から押し当てられていたモノの感覚がなくなる。
そのまま俺は抱きしめられたようで、視界は真っ暗のままだ。
「長門っ!?お前……」
そこから続きの言葉が出ない。なぜだか知らんが、口が動かなかった。


「やはりあなたは最初から──」

黙りこんでしまった。耳が痛くなるような静寂。
暗闇の中、長門の息遣いが聞こえてくる。


「あの人しか見ていなかった」
唐突な言葉の続き。そしてまた黙る。


「だからこれは──」
ほんの少し抱きしめてくる力が強くなったような気がした。
その強さと同じくらい、長門の語気が強くなる。
「一度きりの、わたしの、ワガママ」
コイツは今、どんな顔をしているのだろうか?
そんな事を考えつつ、俺はただ、されるがままになっていた。

──最後は、長門なりの、感情のこもった温かい声だったと思う。
少なくとも俺には、そう聞こえた。

「わたしは、あなたが──好き」



「長門っ!!」

俺は目を開けて飛び起きた……飛び起きた??

目の前には俺の部屋。体温計と薬が置いてある事以外、いつもと変わりない、俺の部屋。

……そうか、俺の部屋、か。

体温計を取り、熱を測る。結果は微熱ってとこか。
身体もそんなにだるくはない。風邪は、ほとんど治っていた。

「……ありがとうな、長門」
誰に聞かせたいわけでもないが、俺は一人でそう呟いていた。

次の日。

俺の風邪はもうほとんど治っていたのだが、親が朝から隣の葬式の手伝いに行っていたことや、
夜中に1度起きてしまい寝不足だったので、もう1日休むことにした。
考えたい事もあったしな。

──ハルヒは夕方前にやってきた。今日は4人で甘味処に行ってきたらしい。
朝比奈さんの食べ方がどうだとか、長門はあんなに食べるのに栄養がどこにいっているのかとか、
支払いは古泉にさせたとか、本当にどうでもいいことなんだが、
それをとても楽しそうに話すコイツを見ていると、なんだか俺も楽しい気分になってしまったというか。
まるで俺もそこにいたかのような、錯覚におちいるくらい、ハルヒとの会話ははずんだ。

「もうすっかり風邪はいいみたいね。明日はちゃんと、学校来なさいよっ!?」
ああ、言われなくてもわかってるさ。
「休んでた分のノート、写させてあげるからちょっと早めに来なさい」
……おいおいどうしたハルヒ?人助けなんて。明日の天気が心配になってくるぞ。
「決まってるわ。明日は快晴よ」
皮肉のつもりで言ったんだがな。
「見え見えの皮肉にはのらないわ。残念だったわね~?」

勝ち誇った笑顔で俺を見下ろすハルヒ。

……コイツと話をしていると、本当に、楽しい。俺が俺でいられる、そんな感じだ。



──なぁ長門。
お前に言われて、気づいたよ。
なににって?

……自分の気持ちってやつにさ。
だから、ありがとうな。
こんな俺に好きだって言ってくれて、本当にありがとう。

それと
「ごめんな」

「……いきなり何言ってんの?あんた」
思わず声がでちまった、あぶないあぶない。
「いや、なんでもない」
「変なの。まぁあんたはいつも変だけどね」


変なヤツの日本代表選手みたいなヤツに、変って言われた……
軽いショックを覚えながら、ハルヒの言葉に相槌を打つのを再開する。


ごめんな、長門。

──お前の気持ちに応えられなくて。

5日振りの学校。横からうだうだいわれながらハルヒのノートを書き写し、
すっかり疲れた身体で、昼の睡魔と格闘していると、あっという間に放課後になった。
こうやって部室に向かうのも、なんだか久しぶりな気さえしてしまう。


──昨日の件について、俺は、長門には何も言わないことにした。
わざわざ掘り返して聞きなおすほど、俺は野暮ではないし、
たぶん、俺の気持ちなんて、アイツにはお見通しだと思ったからだ。

あれが本当に夢であった、なんて事は、たぶんないと思う。


部室の扉を開ける。
──いつもの場所で、いつもと変わらず、静かに本を読んでいる
長門有希がいた。

「よう」
「……」

目だけをちらっとこっちに向けるその仕草が、コイツのあいさつ。

ありがとな。

そっと、心の中で、俺はそう呟いた。


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