俺の風邪が治って3日が経った。
つまり今日は──
ハルヒとの約束の日。

俺は30分前に待ち合わせ場所に来ていたのだが、
ハルヒはそれよりもっと早く来ていたようで。

「遅いっ!」
へいへい、すかさず罰金!だろ?さぁこいよ。
ほら、ばっき……あれ?
ハルヒはそれ以上何も言わず、ついてこいといわんばかりに歩き出した。

まず向かったのが、デパートだった。
荷物になるから後にしようぜという俺の意見など聞く耳持たず、
Men’sの服屋に入ると、早速品定めを始めた。

……またここの店員もタチが悪かった。
ジャケット以外も売りつけようと、俺に色々試着を勧めてきた。
結果俺は何度も試着室に入ることになり、なかなかこれだけでも疲れを感じた。
めんどくさいったらありゃしない。
着替えの最中、外で待っているハルヒに店員が

「彼氏さんですか?いいですね、今日はデートですか?」

などとお世辞を言っていた。すかさずハルヒが
「彼氏じゃないわよっ!!」
と大きな声で叫んだ時は、さすがに恥ずかしかったがな。
……それと、正直に言おう、俺は少し、それを残念に感じた。

──結局決めたのは2時間くらい回りに回ったあとだった。
黒のファー付きジャケット。ありきたりな色のジャケットではあったが、
ハルヒはデザインが気に入らないとなんとか言って、なかなか決まらなかったのだ。

……この後はハルヒにつれまわされた。
またUFOキャッチャーに再挑戦させられたり、
見たい映画があるとかなんとか言って見たのはいいが、
思いのほかつまらなかったのと、俺が途中で寝てしまったりで、
終わった後コテンパンに怒られたりとか……。

ただ、本当に楽しい時間だった。

「すっかり暗くなっちゃったわね。そろそろ帰りましょうか」

空はもうすっかり夜になっていた。
「そうだな、送るぜ」
「あっそ、好きにしたら?」

またそれか……ハルヒよ、お前は俺を怒らせた。

──その時の俺は、どうかしていたんだろう。今考えても、なぜあんなことをしてしまったのだろうか。
年に1度あるかないかだと思うぜ。

俺は前を向いたまま、そっと右手をハルヒの左手に絡ませる。
どうだ?好きにしてやったぜ?
「ちょっ……」
ハルヒはそれ以上何も言わなかった。もちろん、今ハルヒがどんな顔しているかなんて見れん。
抵抗するような仕草がほとんどなかったのが、嬉しかった。

帰り道、2人の間には、あまり会話がなかった。
俺が何か話しかけても、ハルヒからはぼんやりと返事が返ってくるだけだった。

何か悪い事をしてしまったような、少しそんな罪悪感に苛まれながら、
俺達は無言で、夜道を歩いた。

──結局それからなにもないまま、ハルヒの家の前に着いた。
残念だがここまでだ。
俺達はどちらからともなく、手を離した。

「今日もありがとな」
「うん……」
静寂が流れた。ハルヒはずっと下を向いている。

なんか、前回と同じだな。ただ、前と違うのは──
俺の気持ちが、はっきりしているということ。

このまま帰しちゃいけない。このまま帰っちゃいけない。
そんなことはわかってるんだよ。

でも、……言えない。やっぱりチキンだな、俺。
なんとか次の約束の口実くらいは……


そんな事を考えつつ、ハルヒの方を向いた。
俺の方を……5秒ほど見つめていただろうか?

ハルヒはハッと何かに気づいたようで、120%スマイルでこちらを向いた。

……もういい加減、付き合いも短くない。
コイツがこんな顔をするのは、何か閃いた時に決まっている。
しかも大抵、俺にとってとても疲れる事だったりする。

「あんた、今回の事、あたしに感謝してるわよね?」

これまたうなづき以外は許さないといった言い方だな。
だからなんだと言うんだ?
ごめんなさいしないといけないよね、か?

「だったら、あたしにお礼しなきゃいけないわよね?」

ほらきた。ある意味俺の予想通りというか、応用しただけじゃねぇか。

「よし! 決めたわっ!!」
……何をだ。
「あんた、今度はあたしの買い物に付き合いなさい!」

──そうきたか。
「わかった?団長命令なんだからねっ!?」
ハルヒが眉をひそめて顔を近づけてくる。どうでもいいが、近い、近すぎるぞ。

「返事は?」

──ふむ。

「嫌だ」
「なっ!!」
俺の言葉に、ハルヒはかなり驚いたようだ。続けて
「……あんたって最低ね?」

蔑んだ瞳。──最後まで聞いてくれ、ハルヒ。

「ちがう、そうじゃない」

──クソ、心臓がバクバク言ってやがる。
こんな事初めてだ。
小学校のクラス劇発表会なんかの比じゃないぜ、これは。


だがそんな事、今は言ってる場合じゃない。
これはチャンスなんだ、言うのは今しかないんだ。
逃したら俺は、きっと後で後悔する。

「そういうんじゃなくて……」


……さぁどうした、俺。いつもの軽口ならスラスラ言えるくせに、
こういう大事な事は緊張して言えないってのか?

長門と手を繋いでも、キスをしても、好きだといわれても、
最後まで、俺は──そう、お前だよ。お前は……


アイツの気持ちを受け取らなかったじゃないか。
それはどうしてだ?


……本当はずっと前から気づいてたんだろ?
自分の気持ちってやつに。
今までモヤモヤした気分なんて言って、ゴマカして、自分に嘘ついてきたんだろ?


──さあ、言えよ、言うんだ。

「理由なんていらない」

ハルヒは真剣な顔で、黙って聞いてくれていた。

「普通に俺と、デートしてくれっ!」
「……」
「俺は──」

あと二言。頑張れ、俺。

「──お前の事が、好きだっ!!!」


気づけば俺は、叫んでしまっていた。
しかし……言った、言ったぞおい。

ふと気づく。言ったのはいいんだが今度は……


──ハルヒの次の顔を見るのが、怖い。

いつもなら、コイツが何か企んだ時や、
それを俺やSOS団のみんなに話している時の、あの笑顔。

あの顔が出た時、また俺はどんな事をさせられるのか、なんていつも思っていた。
今まで、ある意味一番怖かった顔のはずなのに。

……今は、コイツの困ったような顔を見るのが、

怖い。
フラレてしまうんじゃないかという恐怖感。

どちらにしろ、今までの2人ではなくなってしまうんだよな、たぶん。
やっぱり

怖い。

怖くて下を向いてしまう。
やれやれ、こういう土壇場で、わざわざ好きなヤツにチキンな所を見せんでもいいだろうに。
言いたい事を言った安心感と、ハルヒからの答えに対する恐怖。
2つの矛盾した感情が、俺の心を支配していた。


「キョン」
「……」
「顔を上げなさい」

ハルヒの言う事を聞くのには慣れているが、ちくしょう、
顔を上げるってのが、こんなに勇気のいるものだとは思わなかった。

……俺は言いたい事は言ったんだ。
返事を決めるのは俺じゃない、コイツだ。
これからどんな事を言われても、俺はそいつを素直に受け止めよう。

さぁこいっ!

意を決して顔を上げた。

──そこには、いつものそれを3割増しにしたような、
だが今となっては俺の一番大好きな、ハルヒのあの笑顔があった。


「あんたも、たまにはなかなかやるじゃない」
どういう意味だ。
「そのまんまの意味よ」

言いながら俺に近づいてくるハルヒ。

いや……そんなことより返事を聞かせ──


ガバッ!!


なんの音かって?いや……それはだな……

……ハルヒが俺に抱きついてきた音だ。

さっきまでの2つの感情はどこへやら。
今度は幸せと驚きでいっぱいになってる。

ハルヒが俺を見上げてくる。ちょうど顔1つ分の身長差。それにしても近い。

「こういう事よ。わかった? バカキョン」
そう言って俺の目をずっと見るハルヒ。

──静寂が辺りを支配する。車の1台くらい通ってもいいんじゃないかぐらい思うのだが
あいにく俺達の他に、この静けさを邪魔するような物は現れなかった。

ハルヒがゆっくりと目を閉じていく。
……ええっと、つまりこれは、そういうことだよな?

言ってる意味がわからんって?恥ずかしすぎるから言わせるな。

俺もゆっくりと目を閉じながら、ハルヒに顔を近づける。
俺は今、世界で1番幸せ者かもしれない。もちろん実際そんなことはないんだろうが、
今のこの瞬間は、そう感じたんだ。
大好きな人と、キスをする瞬間ってのにさ。

月明かりに照らされた2人の影が1つになろうとした、その時。



……ムニュッ。

次の瞬間、俺の唇が触れたのは、ハルヒの唇ではなかった。

言っておくが、今の擬音でエロい想像をしたやつは、自分のIDに入ってる数字の回数腹筋だ、腹筋。
慌てて目を開けた俺の視界に入ってきたのは、


それは、ハルヒの人差し指。
コイツはすっかりいつもの笑顔に戻っていた。
そう、あの、悪魔のような、いたずらスマイルだ。


「な~に考えてんの? このエロキョンッ!」
そう言ってるお前の顔も、ちょっと赤いと思うぞ。

「ふんっ、あんたには10年早いわよ、バーカ」
ハルヒは回していた腕を離し、自分の家のほうに向かって歩いていく。


……返せ、30秒前は世界で一番幸せかもしれないだのと思っていた、俺の純な気持ちを返せ。
こうやって大人は薄汚くなっていくんですね。 

「来週土曜日」
そんな俺の気持ちなどお構いなしに、振り向いてハルヒは続けた。
「どっか連れて行きなさい」
わかったよ、で、やっぱり買い物か?
「何言ってんのよっ! それはあんたが考えるのよ!!」
なんだそりゃ!?さっきは自分の買い物に付き合えとか言ってなかったか?
「ちゃんとあんたがあたしを誘うのよっ! わかった?」

もはやハルヒは、絶賛俺の返事は聞いていないモード突入中のようだ。

「あ、ゆき」
ドキっとした。……ハルヒは空を見上げていた。
俺も釣られて見上げる。真っ白い雪が、パラパラと勢いを増しつつ降ってきた。

「ちょっと待ってなさい」
そう言うとハルヒは自分の家のインターホンを押した。

出てきたのはご存知、ハルヒママ。
手には傘を持ってる……、傘を、持ってる??

嫌な予感が、した。

「あら~キョン君、こんばんわ」
「あ……どうも」
なんかニヤニヤしている。い や な よ か ん が す る。

「ママ、バカキョンが傘持ってないみたいだから、貸してあげt……って
なんでもう持ってるの??」


考えてもみろ。自分で言うのもなんだが、さっきの俺の世紀の告白。
あの時、俺は叫んでいた。思いっきり。そう、叫んでいたんだ。

……聞かれていてもおかしくはない。
いやむしろ、丸聞こえだったんじゃないか?
もちろんそんなこと、本人には聞けないがな。

「たまたまよ、たまたま。はいキョン君」
笑顔で俺に傘を渡してくるハルヒママ。なんだかものすごく嬉しそうですね。

「ありがとうございます」
「これからも、ハルヒをよろしくね」
「は……はぁ……」

やばい、自分でも顔が赤いのがわかる。
「ちょっとキョンッ!せっかく貸してあげるんだから、大事に使うのよ?
傷つけるんじゃないのよ?わかってるわよね?」

そしてそれに気づいてないのかハルヒ。ある意味それは幸せなことだ。
へいへい、わかってますよ。

「じゃあ今お鍋に火当てたままだから、戻るわね。キョン君、またね~」
「はい、失礼します」

ハルヒママはそそくさと家に戻って行った。
ハルヒもそれに3歩ほど遅れて、後ろから家に入ろうとしている。
「それじゃ、またな」
ハルヒにそう告げ、俺は借りた傘を広げて、自分の家に戻ろうとする。

やれやれ、結局ゴマカされた気分だな。俺だけ言い損ってやつか?

……ふと後ろに気配を感じた。
なんだ?俺のストーカーか?後ろを向くと……

──傘の中にハルヒが入ってきた。
なにやってんだ、おm……


目の前にハルヒの顔。目一杯背伸びをして、


──俺の唇に、キスを、してきた。

ほんの一瞬だったがな。
なんの味だったかなんて、問題外だ、わからん。

「な~に勝手に帰ろうとしてんのよ? あたしは一言もさよならのあいさつなんてしてないわよ?」
赤い顔をしたまま、そんな事を言われてもねぇ。
かくいう俺も、恥ずかしいったらありゃしない。
傘のおかげで、ある程度公衆の目からは遮断されてたってのが、せめてもの救いか。

「忘れるんじゃないわよ?さっきあたしが言った事」
ああ、わかってるよ。 
「じゃあ、また学校でね」

そう言うと踵を返し、ハルヒは家に戻って行った。
……何がしたかったんだ、あいつは。

まぁ、キスは、その、なんだ、嬉しかったが、な? 
なんだかフワフワした気分のまま、俺はそのまま家に帰った。

月曜日。この日は俺達学生にとっても、社会人にとっても憂鬱な日であろう。
なんてったって次の休みまで一番遠い曜日だからな。
日曜日には、サザエさん症候群なんてものもあるらしい。

だがこの日だけは、俺は全然憂鬱ではなかった。
むしろ、心待ちにしていたと言ってもいい。

ハルヒに会えるというのももちろんだったが。

やる事が、あるからな。


──憂鬱でなくても、授業というのはいつもと同じように、無駄に長く感じるもので
中でもさっぱりわからん英語なんぞ、俺にとっては睡眠呪文以外の何者でもなかった。
惰眠の途中、
「寝るな、バカ」
とか言いながら2、3回ハルヒにシャーペンの先で起こされた事を付け加えておこう。
ハルヒはというと、先週と変わらず、特に意識しているようでもなかった。
やっぱり、こんなもんかね?

そんなこんなでやっと昼休みになった。学食に行ったハルヒを他所に、
俺はさっさと昼飯を食べ終え、部室に向かった。

扉を開ける。いつもの席で座って本を読んでいる生徒が1人。
長門有希。

「よう」
一瞬こっちに顔を向けるが、何も言わずすぐに本に顔を戻した。
扉を閉めて、俺は、話し始めた。

「俺達の事は……お前の事だ、もうわかってるんだよな?」
コクンとうなづく長門。

「お前のおかげで、俺、素直になれたよ」

こんな事、長門をフッた俺自身が言うのもおかしいのかもしれない。
でも、今の自分の気持ちは、きちんと伝えておきたい。
そう思ったから。

「そう」
本に目を向けたままそう言った。

「……ありがとな、長門」
俺がこうやって自分に気持ちに素直になったのも、きっかけはお前だから。
この間は言わないでおこうなんて思ったが、こうやって素直にちゃんと言うのも悪くない。
コイツには本当に、感謝してる。借りができすぎちまってるな。
借りを返しきるのは、いったいどれだけかかるやら。


長門は首だけをこちらに向け、だが、しっかりとした口調でこう言った。

「頑張って」

その一言が、俺にとっては何よりも嬉しかった。

──放課後になり、部室に向かう俺。隣にはもちろんハルヒ。
その距離が心無しかいつもより近いのは、まぁ気のせいだろう。
自意識過剰と思われても困る。

「で、どうするんだ?古泉や朝比奈さんや長門には、言うのか?」
「何を?」
「何をってお前……」
「バカ」

それ以上は言わなかった。俺も、そこから続きは言えなかった。
さて、どうするんでしょうね。

「なにぶつぶつ言ってんのよ」
いや、なんでもないさ。
「そんなことより、今度どこ行くか、もう決めた?」
「気が早いな、まだ時間はあるじゃないか」
「何言ってんの、のんびり考えてたら時間はあっというまに過ぎちゃうんだからね!?」
さっさと決めなさいよっ!」

やれやれ、俺達は相変わらず、こんなスタンスなんだな。

だがそれが一番いいのかもしれない。
SOS団で、探検したり、合宿したり。そして、相変わらず俺は雑用係ってか?
──たまには、2人きりになりたいとは少し思うがな。

「わかったよ、まぁ期待しておけ」
実は何も考えていないが、得意満面の顔で俺はそう言った。
ジト目のハルヒ。くじけない俺。

……ようやく諦めたか、ハルヒが俺と目線を外し、元気よく、部室のドアを開けた。
今日も俺達の部活が始まる。



──ただな、ハルヒ。2人で話したいこと、やりたいことはいっぱいあるんだ。

たまにはポニーテールにしてみないかとか、5月に見た悪夢とやらの話とか、
SOS団の今後の予定などなど。


──今度のキスは、俺からやってやると、密かに決めているのは、もちろん内緒だがな。

そう考えると、本当に土曜日が待ち遠しい。
もちろんその時、俺は先に待ち合わせ場所で、アイツを待っていようと思う。


ハルヒが選んでくれた、あの服装、あのジャケットで──



おしまい。

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