湖面の青白い光が、洞穴をぼんやりと照らす。
洞穴は自然に出来たものか、ごつごつとした岩肌がそのままむき出しになっていた。
上に視線を向けると、湖の水面に向かってに細く長い鍾乳石が一本だけ伸びている。
鍾乳石と呼ぶにはあまりにも人工的な、正確な円錐形でガラスのように滑らかな表面の突起。
そしてその尖端からは、規則正しく青く輝く水滴を湖に落としている。
水滴と同じ色の輝きをもつ湖の水面は、穏やかに真円の波紋を描いていた。

その地下とは思えないほどに広い空間に、辺りとはあまりにも異質な一角。
床は白磁のタイルが敷き詰められ、その表面には不可思議な文様が蒼く浮かび上がっている。
そして文様の中央部に、安置された物は棺だろうか。同じく複雑な文様が蒼く浮かんでいる。
明らかに人の手によるもの。誰も来ないある建造物の地下にある空洞。
そんな場所に、一人たたずむものの姿が。

「ようやく最後の欠片がそろったわ」
あたしは、語り掛ける。
「誰もがあたしを狂ってるって言うけれど、気がついてないだけなのね。皆、私たちより狂ってるってことを」
絶対的な確信をいう芯が入った声が凛と響く。
「そうよね、あたしたちだけが正しい刻を歩んでる。そのことを誰も気がついていない。本当に、愚かな人たち」
やさしく撫でる指先に、文様が蠢く。
「もう少し……もう少しだけ待っていてね。すべてはこの刻の循環に、あなたのシナリオのどおりに動いているわ」
足元の文様に視線を落とす。明滅する光を見ると、自分がすべきことが判る。
なにが必要なのか、なにをすべきなのか。
「そうなのね、わかったわ。まずは……の欠片を……なのね」
私は微笑む。
「すべては、私たちのために」
文様の一番輝く場所にそっと口付けをすると、私は愚かな人々のいる地上へと向かっていった。
「さぁ、始まりのための終焉を……」

========

「迷った」
入学早々、まさかこんなベタな展開が起きるだなんて、思ってもみなかった。
「ここから真っ直ぐ北に向かっていけば良いわよ」
門に居た女性がそんなふうに気軽に言っていたから、正直甘く見ていた。
よく思い出してみれば、合同入学式で言ってたじゃないか。
「遭難して規定時間に間に合わずに、毎年数名の落第者が出る」と。
本当にその学園に入るに値するだけの力量を持っているかを試す、通過儀礼。
学園都市の中枢プロンテラから各学園までを、最低装備で徒歩で移動する。
与えられるのは簡易な地図一枚のみ。
各々歩いて移動できない距離ではないが、安全な場所ばかりではない。
学園都市特有の戦闘演習場や魔物が放し飼いにされている。
それに、出発時間はあまり寄り道ができるほどの余裕は与えられていなかった。
(誰かに聞こうにも、誰ともすれ違わないし、人の気配なんてのもないし)
気持ちは焦っているが、足はその場から動かなくなってしまった。
道が判らないときにむやみに動き回っては危険だということだけではない。
(今更、村になんて帰れない)
一瞬嫌な汗が背中に流れる。
村で始めての王立学園都市への特待生が出たって大騒ぎになって、
出発の前夜まで壮行会と言う名の祭りが、三日三晩続いたのだった。
いまさら「落第しました~(テヘ」なんて言って、戻れるはずもない。
しかも、自分はそんな風に気軽なことが出来るキャラでもない。
ましてや、あんなことをして村を後にしたとあっては。

1.壮行会の出来事を思い出す。
2.あたりの気配をうかがう。

1.
大人達、特に村の長や、長老たちは諸手をあげて騒いでいた。
既に何のお祝いだったのか忘れるくらいに、騒いでいた。
その騒ぎの中心に居ながら、僕は冷めた目で見ていた。
文字通り、台風の目だった。僕を中心に周囲は熱狂的な大騒ぎしているのに、
僕が居るところだけはとても寒々として凍てついていた。
誰も、僕のことなんて見ていなかった。
僕の周りには誰も居なかった。


幼い頃に両親を失った僕を育ててくれていたのは、
教会のシスターだった。



2.
「……」
辺りを見渡す。虫や鳥の声が聞こえ、風に揺られざわめく木々の葉擦れ。
本当に一人だった。
僕は、嫌な事を思い出す。










========
「此処よ」
長い地下道を抜けた僕達の目の前に現れた光景に驚いた。
「どう、驚いた? あの時計塔の地下にこんな場所があるなんて」
彼女の言うとおりだった。僕らは、目の前の地下とは思えない広大で
明るい空間に言葉を失い、感嘆の吐息を漏らすだけだった。
そこは、幻想的な光に満ち溢れていた。青や赤、まばゆい光が辺りを照らしていた。
「えぇ、驚きました」
僕は、素直にその光景を見つめたまま呟くように答えていた。
「で、なんなのよ、此処は」
その声に視線を向けると、***が不機嫌そうに腕組みをしていた。
しかし、その態度を見ると彼女は踵を小刻みに踏み鳴らしながら
落ち着かない様子で視線をあちこちに泳がせていた。
そして、その言葉の後を続ける事もなかった。
僕は視線をカスターに移すと、彼女はじっと優しげな瞳で
僕ら二人の事を見ていた。
「此処の事を知りたい?」
カスターは優しい僕らを包み込むような声色で、そんな質問をしてきた。
どう見ても特別な空間。
知りたくないはずがない。答えは「Yes」に決まっている。
しかし僕は、僕の心は、なぜかその答えを言ってはいけないと感じる。
そう、この背中のざわめく感じは良くない事が起きる前兆。
こんなにも穏やかな空気の中、僕の身体は鼓動が早くなり危険を感じている。
根拠なんて何もない。僕は今までもこの予感を信じて生き残ってこれたのだからと。
1.「いえ、べつに……」
2.「……」

1.
「いえ、別に……」
そう言い掛けたときだった。
「もったいぶってないでさっさと言いなさいよ。全くばばぁはこれだから」
最後の方はさすがに遠慮したのか、相手に聞こえないように声を潜めながら***が言い放つ。
「お。おぃ」
僕が***を咎めるのを見て、カスターはくすりと二人を見て笑った。
「そうね、歳を取ると若い人を見ると意地悪になるのかしらね」
怒ったそぶりもなく、カスターは僕ら二人に微笑みかけながらそんなことを言った。
「ほんっと、歳はとりたくないもんだわっ。ま、私は永遠の17歳だしっ」
ふんっと、***は鼻息も荒くふんぞり返っている。
「若いっていいわね。そんなことで気軽に永遠なんて言えるんだもの」
そういっている彼女の笑顔は、どこか寂しげな影がかかっていた。
「いいわ、教えてあげる。ここが何の為にあるのか、ここがどうして出来たのかを」
カスターの言葉に、周囲の空気がざわめくのを感じる。そこはかとなく、いやな気配。
肌の上を何か意志のあるものが撫でていく、まるでナメクジが身体を這いずり回る、そんな不快感。
なんだっ、この気配は!
「ちょ、ちょっとっ! なによこれ!!」
突然の叫びに、慌てて振り向く。
なんだ? 何がおきてる?
目の前の光景に、僕の理解力は追いつかなかった。むしろその状況は、理解の範疇を超えていた。
目の前にいる***の足元が、靄のようなもので覆われている。いや、靄というよりも半透明の粘液が絡まりついているような感じ。そして、その足も半透明に透けて、彼女の向こう側にある地面が見えている。
僕は慌てて駆け寄ろうとする。







2.
「……」
息が詰まり、僕は言葉を出せなかった。
これ以上かかわりを持ってはいけないと、無意識のうちにあとじさっていた。
「知りたくは、ないの?」
質問ではない、それはこのことに関わりを持たせようとする意志を秘めていた。
「なによもったいぶっちゃって。別に聞きたくなんてないわよ」
いらいらした口調で、***が

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最終更新:2007年04月10日 00:10