陸上競技場を出てすぐそこのあたりで、また雑談をした後、北都の方に帰るルリハちゃんと別れると、私はイヤホンを挿して、AKINOのChance to Shineを、バッグに入れておいたプレイヤーで聞きながら歩き出す。空を見ると、もう日が大分傾き始めていた。
 騎士領に落ちたりとはいえども、さすがに元伯爵領の人口密度と地価、都心に居を構えるだけの予算はなかったらしく、競技場は藩都郊外、北側の果てにある。生活に直結しないという点では芸術活動と同義なんだけれど、芸術の都でもある藩都に、運動競技のための施設を設けられてしまうのは、一競技者としては、複雑な気分にならないでもない。
 家にも近いし、北都からもそんなに遠くないおかげで、ルリハちゃんがよく顔を出してくれるので、ありがたいといえばありがたいんだけどなー。
 最近はまたクーリンガンが活動しているせいか、警らの人が、こんな町外れでも目についた。悪党というのはどこにでもいるもので、私たちの国も、彼のおかげでえらくひどい目にあった、らしい。
 らしいというのは、私がまだ16歳で、クーリンガン全盛だった頃には小さすぎて物心がついていなかったからだ。また、彼については「いいクーリンガン」と「悪いクーリンガン」がいて、そもそも「悪いクーリンガン」にも、彼なりの都合と事情があって悪さをしている、という話らしい。らしいらしいで、らしいばかりが続くけど、共和国と帝国が手を携えても、重ねた犬猫のその両手を焼かされているほどの相手だから仕方ない。一介の女子高生、っぽい存在に過ぎない私には、所詮正義だ悪だといった戦いは、まだ、遠い世界のお話なんだもの。

「遠い世界のお話、か……」

 通りの先をずうっと見渡してみる。
 実は、本当は、クーリンガンとの戦いは、私にとって、そんなに遠くも、ない。
 砂風を避けるための塀に囲われた、政庁の、背の高い威容が通りの奥に見える。
 あそこには第七世界人がいる。らしい。
 これまたやっぱり実感がないけれど、なんでも第七世界人というのは私たちと同じ姿をしているのに、何度死んでも蘇り、いろんなものと戦っている存在だという。今代の藩王の蝶子さんも、やっぱり第七世界人なのかなあ。
 何とでも戦う第七世界人たちは、むかしというほどむかしではない最近、ペルセウスアームの天領とも戦った。身内同士での戦争に、何千万人もの人が巻き込まれて死んだんだ。むかしむかしもおおむかし、こんな狭いちっぽけな島の上で、身内同士といってもいいだろうに、ずっと戦争しあっていた王国があって、特にルリハちゃんの住んでいる北都と、私の住んでいる南都とは仲が悪く、ひどい有様だったと建国物語で習ったことがある。
 そういうのは、なんか、とか、なんとなく、なんて表現ではおさまらなくて、すごい、嫌だ。
 特に、習った物語が、結ばれなかった王子と姫君の悲劇で結ばれていた、なんてところが、すごく駄目だった。
 戦いはどこにでも溢れていて、危険もあちこちに転がっているせいで、意識しないんだけど、私の両親は軍人だ。ありがたいことにまだ二人とも五体無事で元気に一緒に暮らしてくれている。
 私はもう16歳。
 将来何の職につくのか、決めなくちゃいけない年頃だ。
 パパとママみたいに軍人になるなら、東都大学に進学する必要があるだろう。私の頭は残念な出来なので、学術系な藩都大学にはとてもじゃないけど似合わない。ルリハちゃんみたいに、西都大学に進んで植林技術関係の研究をしたい、なんてしっかりとした目標もないけど、自分が何か、いわゆるサラリーマン的な仕事をしているイメージも湧かない。
 だから、親譲りのってわけじゃないけれど、体を動かすのも得意だし、軍隊、という選択肢が、自然、絞り込まれて浮かんでくる。
 けどなー……。

「『You can fly till blue blue skies』、か……」

 歌詞を口ずさみながら、思わず空を見上げた。

  ――飛びたい空が、見つからないよ。

 見上げた空は、砂漠の国の短い夕焼けに、真っ赤に燃えていた。


(城 華一郎)

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最終更新:2010年04月25日 17:02