-Bパート

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 もたれかかる壁際・頭上、窓から覗く景色と共に、
 夜が、バーミリオンサンダーレッドの心をも染め上げようとしていた。

「正義の味方、か……」

 ぼんやりと、天井の隅を見つめる。
 そこには蜘蛛の巣がかかっていた。

「もともと、柄じゃなかったんだよな」

 自嘲が皮肉に唇を歪ませた。
 足の間に投げ出した両手は、形さえも取る事がない。

「大会で、そこそこのところまで勝ちあがって」

 ふふ、と、鼻で笑う。

「でも、上には上がいるんだって知った時、その道を諦めて」

 へへ、と、頬で笑う。

「体動かす事なんてやめようと思って応募した、公務員試験だったはずなのに」

 はは、と、目で笑う。
 まばたきせずに、涙が一筋、零れ落ちた。

「なんでこうなるかなあ!
 なんでいつも俺はこうなんだよ!!
 いつだって、力足らずで、何にも出来なくって!!」

 ガン!!

 と、床を殴る。

「おこがましかったんだよ。
 正義の味方なんて、名乗るのは」

 まぶたを閉じれば、炎上する家屋が見えてくる。
 住むところを、平穏な日々を返してと嘆く人々の涙と悲痛が見えてくる。

「何のためだ」

 バーミリオンサンダーレッドは呟いた。

「何のために、藩王は俺達に何も言わなかったんだ。
 守るべきは、愛だと、警官達にそう言ったように」

 がりりと爪が床を掻く。

「それは、」

 ぱり、と、爪が割れた。

「なによりもまず、俺たちに、」

 爪が剥がれて血がにじむ。

「必要な言葉だったんじゃ、ないのか……?」

 泣きそうに歪んだ目元を隠し、両手の指から血を流しながら、

 バーミリオンサンダーレッドは、己の朱色(vermilion)に、塗れていった。

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 王宮では物資の配給が行われていた。

 遅れたタイミングは、たった一手のはずだった。

 その一手を、稼ぎ出したのはしかし、彼らの力ではない。

「一度火がつけば、後は燃え広がるばかり。
 今のままで持ちこたえるのも大変ですよ」

 猫士が国庫の前で呟いている。

 背にある扉の、その奥から聞こえる声が、何と言っているのかはわからない。

 わかるのは、たった一つ、懸命そうな声色だけ。

 猫士は振り返らず扉の前に留まり続けていた。

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「おい、気のせいか?」
「これで本当に気のせいだったら泣かすぞウルトラバイオレットブルー」
「現実はそんな生存フラグ立てたところで甘くないんだよウルトラバイオレットブルー」
「いい加減青か紫か旗色はっきりしろウルトラバイオレットブルー」
「そうだぞ、青チームも紫チームもお前のせいで互いにもめるの嫌なんだからなウルトラバイオレットブルー」

 お前らこんな時までよってたかって俺をいじめるな! と、ひとしきりツッコミを入れ終えた後、
 ウルトラバイオレットブルーはようやく言うことを許された続きを口にする。

「ここの、西都の食料を奪いに押し寄せる人の数が、段々減ってきてないか?」
「ん……」
「そういえば……」

 大学構内から研究栽培用の温室前まで駆けずり回っていた、西都担当のレンレンジャー達は、
 周囲を見回し確かめる。

「そんな気も、」
「しなくもないな」

 彼らの背に昇る大輪の夕焼けが、大地を朱色に染めている。

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 街の各所でデモ行進をしていた国民達が、ふと、空を見上げた。

 音が聞こえてくる。

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 暴徒と化しつつある人々を避け、砂漠に避難していた大勢の民が、

 耳を澄ませるように空を見る。

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 海上、LOVE諸島へと食料の自給自足を求めて船を漕ぎ出していた人達が、

 波間をはっと振り返る。

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 それは高らかにして透明なる、

 終わる事なき二重唱だった。

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 バーミリオンサンダーレッドは、はっと窓を開けて身を乗り出した。

 ウルトラバイオレットブルーが仲間達と顔を見合わせる。

『この、声は…………!』

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≪♪嵐吹く 銀の砂舞うこの国で≫

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 勇壮な旋律、されどのびやかに。

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≪♪空が落ちても前を向く≫

≪♪心に描く誰かのために≫

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 鼓動の如き、強き節。

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          <♪右手に正義>

 <♪左手に勇気>

      ≪♪胸には愛を≫

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 入れ違うようにして交差する、2つの声の、重なりが。

 空を、

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≪♪我ら西方の遊撃者≫

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 街を、

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≪♪明日を見るために沈む今日≫

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 海を、

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≪♪立ち上がれ≫

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 駆け抜けて、人々の頭上に響き渡った。

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≪♪命尽きてなお≫

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≪♪心は愛と在るように≫

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「あいつら…………」

 バーミリオンサンダーレッドは、へへ、と鼻をこすりながら恥ずかしそうに笑い、

 そして自身も思い切り息を吸い込んだ。

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 それは歌であった。

 ただ一つ、思いこめたる歌であった。

 レンレンジャーは口にする。

 仲間が歌う、その歌を。

 仲間が謳う、その意志を。

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『陽は燃える』

 国の各所で立ち上がる、色とりどりの戦士達。

『銀の風吹くこの国で』

 その顔、仮面に隠されようと、

『海が割れても前を向く』

 その身を罵声が包もうと、

『心に描く何かのために』 

 神武不殺の道を行き、

『眼(まなこ)に夢を』

 同胞たるをせき止めて、

『唇に歌を』

 異口同音に謳い上げ、

『胸には愛を』

 心に正義を甦らせて、

『我ら西方の遊撃者』

 夜の始まる世界に向けて、

『明日を見るために沈む今日』

 進む一歩を踏み出していく。

『いざ行かん』

 そうだ、俺達、私達は、

『命尽きてなお』

 防衛戦隊、

『あなたが愛と在るように』

 レンレンジャーなのだから!!

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「歌、か…………」

 今はもう、一人のフィクションノートとして素顔をさらし、配給を行っているインクジェットブラックこと城華一郎は、聞こえてくる響きに口元をたわませた。

「懐かしいな。
 藩王が導き出した、あの詞」

 余談を許さぬ対話はいまだ続いている。

 けれども――――

 耳に入る、その詞が。

 繰り返し流れるその詞が。

 いつの間にか胸の中でリフレインするほどに、

 自然と入って落ちていた。

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 レンジャー連邦放送局、

 その中にある中継施設から、キャスターのヒユキ・ホーネットが見守る先で、

 二人の女性が並んで歌う。

 一つのマイクを間にして、

 二人で目と目を交わしながら。

 祈り、篭めるは意志と意志。

 心で出来た世界の上を、

 まるで、波のようにその歌は渡って行き――――

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 その日、防衛戦隊レンレンジャーは、

 初めての出動の中で、

 それぞれの信じる道へと歩き出す。

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 バーミリオンサンダーレッドは笑った。

 笑っていた。

 気付いたのだ。

 守るべきものが、愛ではなく、

 愛ある民だということに。

 正義の味方、

 仮面のヒーロー、

 自分達は、そのために存在するのだということに。

 それは世界の護りの護り。

 警察や、フィクションノートだけでは護れない、

 心の治安を護る盾。

 防衛戦隊、レンレンジャー。

 対峙した相手の突然歌い出した歌に戸惑う国民達の、怒りと恐れをさらに薄めるそのために、走り出したその足で、彼は再び治安維持のただなかへと身を投じる。

 まとうスーツはヴァーミリオン。

 嵌めた仮面は正義の裏方、その証。

 駆け出す背中は稲妻の如く。

 レンレンジャー・バーミリオンサンダーレッドが、飛び出した。

「俺の正義が見つかるまで、
 俺の愛が見つかるまで、
 こんなところでへこたれてる場合じゃ、ないってかあ?!」

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 今、防衛戦隊レンレンジャーの本当の戦いが始まった。

 誰かを傷つけるためでなく、

 誰かを拒むためでもなくて、

 信じるものを、守るために。

 行け、レンレンジャー、

 戦え、レンレンジャー!

 連邦の未来は、

 君達と共に!!

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まるしー(著作権表示):劇中歌:霰矢蝶子

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最終更新:2008年06月03日 07:19