「ままごと遊びで生きていられるほど楽じゃないんだよ!」
焼き討ちに加わっていた仲間の一人を取り押さえた時、レンレンジャー・バーミリオンサンダーレッドは叩きつけるようにそう言われ、衝撃を受けた。
「公務員だからってな、将来が保証されてるわけでもねえんだ!
こんな基本給の薄い仕事だけで、ただでさえ物が買えない今のご時世やってられるかよ!」
カっとなって、拳を振り上げ、
「…………ッ!!」
震えながら、降ろしていく。
正論だ。
公務員だから優先的に物資が配給されるんだろう。
そう、街角で罵られたりもした。
お前らはいいよな。
正義の味方だから。
そう、言われた。
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●防衛戦隊レンレンジャー
第四話
『防衛戦隊レンレンジャー』
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舞い上がる火の粉を完全に払拭するのは難しい。
レンジャー連邦は海洋国だが同時に砂漠の国でもあり、乾燥しやすい気候だからだ。
建物自体は燃え移るような素材で出来ていないものの、人の生活する範囲には、燃えやすいものが山ほどあって、それが火種となって燃え盛っている間は、なかなか鎮火作業が完了しないのだ。
「返してよ!
私の家を、返してよおおおおお!!」
住人が肩を抱いて女性隊員に安全なところまで保護されていく。
万が一を考えての、処置だった。
悲痛な叫びが胸に刺さる。
涙に濡れた、くしゃくしゃの顔、
仮面の自分を、見つめていた。
すがるようにも、憎むようにも、そのまなざしは感じられ。
それがバーミリオンサンダーレッドには苦しかった。
轟々と、プレイヤーの非道を訴えるデモ行進が表通りでは続いていた。
止めようと思って止められるものではない。
昨日今日の数百人ぽっちの増員で、一体100万都市のうねりをどうして防げようか。
正義の無力が、虚ろに胸を木霊する。
照りつける炎と日差しにも関わらず、彼の心は冷え切っていた。
王立病院を見やる。
あそこには、昨日一番に獅子奮迅の働きをしてくれた、藩王の伴侶が収容されているはずだ。
はず、というのは、
(あの人は、どこまでもヤガミだからな……)
王宮で傷を押して指揮を取っているような可能性があったからだ。
人のうねりは海岸に寄せる波涛や砂嵐よりも激しく膨大で、
そんな現実から、けれども目を背けられない。
どうしてだろう。
『ままごと遊びで生きていられるほど楽じゃないんだよ!』
仲間の切りつけるような叫びが、耳を離れなかった。
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レンレンジャーは今秘密基地に帰っていない。
下手に目をつけられると、プレイヤーに与する輩と敵対視されて、同じ設定国民でも危ないと、そう藩王が判断したためだった。
『みなさんは、仮面のヒーローです。
でも、仮面を脱げば、みなさんも他の人達と同じ、幸せになるべき普通の人達です。
だから、危なくなったら変身解除して、何食わぬ顔でシュプレヒコールに混じってください。
私達は大丈夫。
みんなの安全よりも優先して守るべきものなんて、ないんですから』
「…………」
緊急に集められた訓練所で、そう告示があった。
聞くところによると藩王は警察にも同様の通達をしたらしい。
同じ仲間である設定国民同士、虐げあったり、奪いあうことのないよう、
守るべきは、胸の中の愛です。
そう、警官達には言い切ったという。
何故自分達レンレンジャーには言ってくれなかったのだろうか。
実際に仲間の中から犯罪者を出してしまったのに。
「政府は事態を収拾しろー!」
「市場の混乱はまたお前達のせいだろう!」
「自分達だけ安全な思いをするなんて許されないぞ!」
周囲からは口々に無秩序な要求が突き上げられる。
ゴッドスパークレインボーを始めとする特に親しい仲間達と一緒にセーフハウス(隠れ家)として使用している、小さな一軒屋の二階から、バーミリオンサンダーレッドは素顔のままで悲しそうに行進の様子を見つめていた。
ウルトラバイオレットブルーは今頃どうしているだろう。
元証券マンだけあって、市場関係者に知り合いは多いはずだ。
死んだ責任者が、彼の知人ではない事を祈りつつ、その身勝手に苦笑する。
正義の味方が人の命に優劣をつけてどうするんだ。
死は、死だ。
自分にとって重たいかどうかなんて関係ない。
「頭じゃわかってたつもりなんだけどな…………」
長官、やっぱ俺、頭悪いみたいです。
独り言を、呟いた。
座り込んだまま足が動かない。
ほんの休憩のつもりだったのに。
脱ぎ捨てたままのレンレンジャースーツが、赤く壁掛けに揺れている。
いかにもヒーロー的なデザインのフェイス部分。
目元を黒く記号チックに彩ってあって、今はそれがやけに滑稽に見えて。
「もともと、成り行きで入った組織だもんな」
ずる、る。
背中が壁を滑る。
「いっそこの際、辞めちまおうか……」
見上げた天井が、立っている時の何倍も高く高く、そびえて感じられた。
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「多勢に無勢がレンレンジャーの売りじゃなかったのかよ!?」
悲鳴を挙げるウルトラバイオレットブルー。
厳しい鬼教官のしごきの甲斐あってか、それでも彼は次々に相手の関節を固めて組み伏せていく。
食物改良の研究されている西都へ押し寄せた人々の数は膨大で、
今にも防衛線は突破されそうだった。
「何にしても、なんとしてもどんどん拡散する治安悪化をここで少しでも食い止めないとな……!」
あてっ、と、ウルトラバイオレットブルーが反応した。
彼だけではない。一緒に防衛線を築き上げている仲間達も、口々にリアクションしては身動きが取れなくなっている。
「レンレンジャーは正義の味方なんじゃないのか!」
「汚いぞ、公務員! 自分達だけ保護されて生き延びるつもりだろう!」
「偽善者どもめ!」
「偽善者、偽善者!」
つぶてだ。
バラバラと、雨音のように彼らの頭上へとつぶてが投げつけられていたのだ。
その程度で壊れるほどレンレンジャースーツはちゃちなつくりをしていないが、
ちょっとした衝撃程度は通ってくる。
それがこうも続くと、さすがに痛い。
「いた、いて、こら、やめ、やめろー!」
この……と、仲間の一人が腰に手を回そうとしたのを、咄嗟にウルトラバイオレットブルーは遮った。
「やめろ、ここで武器なんて使ったら取り返しがつかなくなるぞ!」
「じゃあ何のための鎮圧用装備なんだよ、ええ!?
俺達ぁ自分がやられるのを黙って我慢しなきゃいけないってか!!?」
「それが正義の味方だろう!」
相手は増員されたばかりの隊員だった。
無理もないか、と、ウルトラバイオレットブルーは、その紫か青かわからない仮面をそっと横に振る。
覚悟が足りていないのだ。
教官に自分達が注入されたような、貫き通すだけの根性が。
「正義の味方ぁ?
知るか、ただの役人のごっこ遊びだろ!!」
「――――っっ!!」
仲間の罵声が、心に痛い。
そうだそうだー、と、同調して意味もわからず叫ぶ国民達。
「耐えるんだ。
お前もレンジャー連邦の国民だろう?
胸に掲げた州法は、愛は、一体どこへ置いてきた!」
「……っち」
舌打ちと共に、相手は警棒にかけていた手を下ろしてウルトラバイオレットブルーと一緒に物陰に隠れる。
「でも実際、こんな状況、発砲許可もなしでどうしろってんだよ」
隣で吐かれた溜息が、何より彼には響いてきた。
数では圧倒的に不利。
冷静に考えて、事態のまとまりようがない。
「プレイヤーに、媚びるな、レンレンジャー!」
「事実を見つめろ!
これが、事実だ!」
街頭演説のように、しかもいかにもあからさまにもったいぶって読み上げられたのは、先日からどこからともなく流布され始めた、プレイヤーの所業の数々だという怪文書。
信じては、いる。
プレイヤーを信じてはいるが、信じられない。
正直、心のどこかで、怪文書に載せられた人物達と、政府のフィクションノート達とを重ねて見てしまう自分がいるのだ。
街角で無邪気に観光ツアー企画のための下見や取材を行っていた、あどけない少女や、とぼけた男達。
信じたくは、ないが。
信じられなくも、ある。
「…………」
押し寄せる怒号はいやますばかりで、どうにも身動きの取り様がなかった。
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「こんな…………」
ゴッドレインボースパークは、呆然と焼け落ちた建物の残骸を見詰めていた。
犠牲者が出ていないのが不思議なくらいの惨状だ。
幼い頃から育った国。
転藩など、考えた事もなかった。
無邪気にこの国と、この国の掲げる愛を、誰もがみんな信じて守るものだと、そう思っていた。
仮面の下からはみ出た健康的なポニーテイルが、こころなし悄然とうなだれている。
こんなことをする人たちが、同じ連邦国民なんて信じたくなかった。
「にゃんざーずが前に止まった時だって、大変だったけど……
それでもみんな、どうにか耐え抜いてきたじゃない。
力をあわせて、一緒にがんばって、さあ」
びく、と、肩に触れられて、跳ねるように反応した。
振り返るとそこにはブリリアントフラワーピンクが立っていた。
彼女は首を横に振る。
「これが、人なのですよ、ゴッドレインボースパーク」
仮面越しの声が厳しい。
「これまで戦地にならなかったことだけでも奇跡なのです。
被害がまだこの程度で収まっていることを、霰矢さんに感謝しなければなりません」
藩王のことではない。
藩王・霰矢蝶子のパートナー、霰矢惣一郎のことだ。
彼は治安維持に駆けずり回っている最中、
怪我を負ったという。
詳しい状況はわからなかったが、ただ一つ言えることは、
「彼がいなければ、この国は昨日からこの有様で、
そして今に至るまでに、もっと悲惨なことになっていたでしょう」
「でも……!」
納得しかねるようにゴッドレインボースパークは抗弁した。
「ACEの人に頼るだけじゃ、何にも変わらないじゃない!
私達設定国民だって、国を守るために出撃するフィクションノートの人達みたいに、
この国を、故郷を、街をこの手で守りたいよ!」
「…………」
黙って俯くブリリアントフラワーピンク。
淡い花弁の色をした彼女のスーツは、無情にも暮れゆく夕日に染め上げられて、
血のような赤色に見えていた。
ゴッドレインボースパークには、それが犠牲を受け入れている姿のように見えて、
やるせなく、仮面の下で、下唇を、噛み締めた。
ザ、と、影が差す。
揃ってうなだれていた彼女達は、西へ、そう、夕日の落ちかかる、西へと顔を向けた。
「だらしない。
もう一度ゼロからやりなおすか?
マイナスからか?
君らの正義はどこへ行った!
押し付けられたものではない、
フィクションノートとやらの都合よく求めるそれでもない、
君らの正義はどこへ行った!!
答えろ、二人とも!!」
『Sir,Yes Sir!!』
条件反射が、直立不動の構えを取らせる。
「私は、この国が好きで、
この国を守りたい!
それが私のレンレンジャーとしての、正義です、Sir!!」
「わたくしは、誇りを!
優れたる血をいただき生まれたものとして、民を守る誇りを貫くために、参りました。
それがわたくしの正義です、Sir!!」
にやり、と、ルージュの乗った不敵な唇が二人の答えに満足した。
「ならばこんなところで何をぼやぼやしている!
GO,GOGOGOGOGO,GO!!
レンレンジャー、GO!!」
『Sir,Yes Sir!!』
にこりと二輪、仮面の下で、
乙女の正義が笑って揺れた。
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最終更新:2008年06月03日 07:19