夏が、終わろうとしていた。

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見上げてもどこにもないものを、少女はそれでも求め、駆けていた。華奢な両腕の中に、風を、いっぱいに抱きとめるようにして広げ、夜の中を、星へ、目がけて。

「!」

と、その姿が沈み、地面を薙ぐ音と共に倒れ転ぶ。
うずくまる、両手の指が、ぎゅうっと押さえつけた爪先からは、足指の腹を濡らすほど血が零れ出ていて、丸い小さな親指の爪が、痛々しく斜めに割れて、剥がれ落ちかかっていた。
少女は嗚咽を堪えてそれでも顔を上げ、星を見上げてよろめくように立ち上がる。

白い星空。

銀河。

銀色の、太陽の輝きなき世界を照らす、溢れかえるような、光、光、光。

それは月もない夜に、少女の頬を白く照らし。

不均等な足音が、砂利を踏み、土を踏み、砂を踏み、草を踏んで、それでもまだ、夜の大地を駆け続けた。

汗は肌を湿らせる。呼吸は胸肩を内側から揺らし押し、意識をうずくような、焼くような、鼓動と疾走、二つの律動にあわせて痛みが不規則二重にやってくる。

傷に、泥が入り込んで、粒子が醜く血混じり素足を守るたった一枚の革のサンダルを汚すけれども、滲み伝う汗の落ちるほど、飛び込んでくる風を貪り、少女はただに走り続けた。

私はここにいるよ。

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夏の影が差している。

「すまないと、言っても君は信じはしないだろう……」

眩しそうに地上をもう一度だけ見て、それから彼は消えていった。

言葉もなく。

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ここにいるよ、と唇が動く。

「ここにいるよ」

声に出す。

「ここにいるよ、ここにいるよ……」

何かを堪えるように、まばたきもせず星を見上げて囁いた。

足は、いまや地を擦り這うような、体を押し上げて、前に倒し、足を出して、踏みしめる、そんな、歩いているともいえない動きだったが、

それでも進んでいて。

堅く握りしめられる手。

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夏が、終わろうとしていた。

風は既に冷たいものを孕んで大分長くなり、日の、落ちるのは早く、昇るのは遅く、澄んだ高さを空が描くようになっている。どこまでも漲って高く大きい夏の空とは異なった、平坦で、けれども遠いがゆえに高い空。

虫の音すらも既にない。

人はその季節に名前をつけない。

ニュースが今日も踊る。焦がれる胸を、焼き尽くす、夏色の風が新世界に響き渡る。

ひたひたと押し寄せる足音。遠く耳を塞ぎたくなるような呼び声。傷だらけの思い出が、勲章の輝きを失って、鉄味の濁った澄んだ記憶を起こす。

金色の日の下に、既に誰も居はしない。

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青。

「―――――……」

少女がその色に気付いたのは、いつしか見上げるのに疲れ、それでもやめようとはせずに、遠く、視線を水平線の向こうに投げかけ続けてしばらくの時のことだった。

傷ついた足を引きずるように、漏れる吐息は荒く、ゆっくり、ゆっくり、景色が横で、流れていく。

まばたきをすることも忘れ、真っ白に焼けた頭蓋の中、少しずつ、万分の一ほども、ゆっくりと、その色は彼女の中に、いつもの形を忘れ、ただ、色として流れ込んでくる。

砂粒が積もるように、意味の輪郭が、心にちょっと染み込んだ。

わかろうとはしない。

考えることもしない。

惰性もなく、忘れもせず、ただ、足だけを動かし続ける。

「――――――」

顔を歪めて食いしばる歯は、ただ苦しみを食いしばっているだけのようにも見えるけれど。

――――――。

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きたよ、と言うのかと思ったら、

抱きつかれ、愛しげにほおずりをされるのかと思ったら、

「馬ぁーーーーーー鹿!!!!!!」

殴られた。

抱きつかれ、涙をぼろぼろと惜しげもなくこぼしながら、みぞおちのいいところにパンチ一発。

う、と、息が詰まったのは、けれども痛いからでも、苦しいからでもなくて。

愛しいと、思っていたのは自分の方だと気付かされる。

「……馬ぁ鹿」

もう一度だけ、小さな声で囁かれる。泣きそうな、そして実際泣いた、少しだけ震えた声。

「きたよ」

「…すまない」

「ここにいるよ」

「すまない」

「ありがとうっていえ、馬鹿」

「……すまない。ありがとう」

「ありがとうだけいえ、馬鹿」

ぷっ、と、吹き出すようにだけれども、それでも彼女が笑ったのは、本当に彼にとって救いだった。

「帰ろう、地上に」

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胸焦がす、熱い夏は終わりだ。

虫の音囁く秋でも、風が心を切り裂く冬でもない、押し寄せる春の騒々しい足音が、夜明けと共にやってくる。

叩き起こせ。目を覚ませ。

握り結ばれる二人の手と手。そこに退路はない。

あるのはただ、進む、未来。

アイドレスの長い夏休みが終わろうとしていた。

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The undersigned:Joker as a clown:城 華一郎(じょう かいちろう)

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最終更新:2008年01月29日 00:16