ぽつぽつと雨が降る。ボロマールにとっては初めて踏む自国の領土。たけきの藩国はようやく亡命政権から自領へと戻ってきたのだ。FVBからの引っ越し荷物を紐解きながら、ボロマールは嬉しくて無意識のうちに国歌を口ずさむ。
 数個ほど箱を開けたところで、ボロマールの腕が突然止まった。
 そう言えば黄金様からお預かりしたこの褌、どこに隠しておこうか……。
 箱の中身には様々な褌がいっぱいに詰められていた。赤、青、白、黒、黄金に桜に藤、浅葱。絹、木綿、麻に羊毛、羽毛まで。色と素材の違いだけで数十以上の種類に及び、柄違いまで含めるとその数は数百にも及ぶ壮大な収集品であった。その筋では時価数億わんわんに匹敵する、後世、黄金コレクションと呼ばれる品である。
 だが、その前に……。
 ボロマールは薄くいやらしい笑みを浮かべて、箱の中から褌を取り出した。

 ぽつぽつと雨が降る。信乃にとっては初めて訪れるたけきのの領土。特殊部隊からの報告によれば、褌小僧達はFVBから別の国へとそのアジトを移転させたらしい。彼らが乗り込んだ時にはもぬけの殻だったそうだ。それは信乃が参謀出仕で忙しい日々を送っていた時のことである。自分で指揮をとれなかった、またしても信乃は褌に対してへまをやらかしていたのだ。
 その後悔の念からか、彼はこっそりと独自に褌小僧達のアジト捜索を行っていた。
 参謀という立場を利用して、つてのある国を回っているのである。今日は立案班で世話になっている班長の国たけきの藩国を訪れていた。
 さて、見つけてくれるだろうか……。
 信乃は小さな符を取り出して印を結ぶと、符は小鳥に姿を変えて空へ羽ばたいた。しばらく空を旋回し、ここも駄目か、と信乃が思い始めたその時、小鳥は旋回するのを止めて西へ向かって飛んでいった。
 信乃は見失わないようにと見晴らしの良い屋根に上って、小鳥のあとを追いかけた。

 旭、錦に、菊流し、五光、白滝、荒波飛沫。
 ボロマールの前には見事な彩色の施された褌がいくつも並んでいる。
 素敵だ……、どれもこれも素晴らしい……。
 感嘆のため息ばかりが口から漏れる。
 左手には杯、右手には煙草、そして目の前には名匠の作品達。
 ボロマールは至福の空間に、その日はいつも以上に酔ってしまった。

 理力を使い果たしたのか、空を飛んでいた小鳥が急にもとの符へと姿を戻し、空からふわりと信乃の手元へ落ちてきた。それとほぼ同時のことである。ばたん、と人が倒れたような物音が、信乃が立っている屋根の直下から聞こえてきた。
 信乃は屋根の上に伏せ、開いたままの窓から中の様子を窺う。中には顔を真っ赤にしたボロマールが大の字になって倒れていた。足下には高級酒と書かれた酒樽がボロマールを真似て横になっている。
「ふん……、そぅ……。うははははは!」
 ……酔いつぶれただけか。
 友人の幸せそうな寝言を聞きながら少し微笑んだ。
 信乃が屋根に立ち上がろうとした時、袖の下に入れていた姫さまが作ったどんぐりごまがぽろりとこぼれたが、信乃は気付かずボロマールの屋根から離れていった。

 どんぐりは転がっていく。屋根を伝い、樋を走り、一軒の窓に飛び込んだ。
 どんぐりは跳ねていく。机を飛び越え、人を飛び越え、そして灰皿に落ちた。

 すると今度は煙草が跳ねた。どんぐりと場所を交代するように。
 くるりくるりと宙で三回転、そして床に広がる湖へ飛び込んだ……。

 んん〜……、暑いなぁ……。
 いつの間にか寝ていたボロマール。少し頭がガンガンする。飲み慣れぬ酒を飲んだせいかもしれない。体の内も外も、真夏のように、砂漠のように、暑い。
 寝ぼけ眼を擦りながら、ぐるりと周囲を見まわすと、世界は真っ赤に燃えていた。
 ほんの少しの濡れた床だけが青白い炎を上げていた。

 「火事だっーーー!!!」

 どこからともなく窓の外から溢れる叫び声。
 紅潮顔から一転、ボロマールの顔は真っ青に染まっていく。
 旭が、錦が、菊流しが、どんどん色を失っていく。
 五光も、白滝も、荒波飛沫にも、黒い焦げが広がっていく。

「ウギャアアアアァァァァァァァァ!!!」

 翌朝。

 ボロマールはようやく消防署から開放された。
 原因は煙草による失火ということで落ち着いたらしい。もちろん吸い殻はボロマールの唾液が付着したものしか見つかっていなかった。つまりは自業自得である。
 ボロマールは燃え尽きた我が家へと帰ってきた。よほどの大火事だったのだろう、黒い木炭となった柱の枠組みだけが、そこに家があったことを知らせる目印として立っている。
燃え残ったものは何もない、……ただの褌一つさえ。

 申し訳ありません、黄金様……。

 ボロマールはがっくりと膝をついて項垂れ、何度も何度も口の中で謝罪の言葉を唱え続けた。

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最終更新:2007年05月27日 23:02