暗い暗い岩戸の中で蜑乙女は泣いていた
黒い黒い世界の中にしくしくしくしく泣き声だけが響いている
すると外から笑い声 男も女も獣の声も聞こえてきた
蜑乙女は気になって、岩戸を少し開いてみる
灯りは見えたが、姿は見えぬ
蜑乙女はもう少しだけ開いてみた
灯りは広がったが、それでも何も見えはしない
さらに少しだけ岩戸を開き、そこから顔を出してみる
こうして蜑乙女は外に出た

※※※※※※                     ※※※※※※

 今日は新歓で、明日は昔のツレと、明後日は……、あぁ、彼女とデートで行くな。
 こうも毎日花見ばっかしてると、二日酔いだか三日酔いだかわからなくなる……

あるサークル内での会話より

※※※※※※                     ※※※※※※

 もきゅもきゅ……
 小鳥達が空で舞い、歌を奏でる。
 もきゅもきゅ……
 川のせせらぎが遠くに聞こえる。
 もきゅもきゅ……
 雹が最後のみたらし団子を口にする。
「ごちそうさま、お代はここに置いておきますね」
 雹は店を出て、堀沿いの道を歩いた。満開の桜が空の半分を桃色に染めている。
 いい天気だなぁ……。

 うららかな午後の日を浴びつつ、桜並木を散歩していると、烏帽子を被ってキセルを呑んでいる男を見つけた。有馬信乃だ。
 彼も雹に気付いたようだった。
「こんにちわ、いい天気ですね」
 そう挨拶して、信乃はじっと桜を眺めていた。にこにこと何やら嬉しそうに。
 何をしているのだろう。
 雹も彼のとなりに座って、一緒に桜を眺めることにした。

 しばらくすると、あすふぃこが通りかかった。
「こんにちわ」
 あすふぃこは雹のとなりに座って声をかけた。そして黙って、同じように桜を眺める。
どこに仕舞っていたのか、あすふぃこは小さな瓶を三人の前に置いた。
「おいしい水を見つけたんです。良かったら飲みませんか?」
 三人は瓶に直接口を付け、交代で一口ずつ飲んで行く。
 その水はとても冷たく、ほのかに甘い味がした。

 また時が経ち、今度は柊久音がやって来た。
「こんなところで、何をなさっているんです?」
「座禅をしています」とあすふぃこ。
「キセルを呑んでます」と信乃。
「桜を眺めています」と雹が答えた。
 久音は顎に手をやってしばらく考え込んだあと、ちょっと待っててくださいね、と言い残して来た道を戻っていった。

 相変わらず、桜を眺めている三人。そこへ今度はさちひこがやってきた。
「やう、何やってんの?」
 三人は久音に答えたのと同じ言葉をくり返す。
 ふーん、と気のない返事をしたさちひこは、背中の荷物を降ろして三人のとなりに並んで座る。
「さっき山で苺をとって来たんだけどさ。みんなも食わないか? 甘くて美味いよ」
 荷物から苺を取り出して、さちひこは口に入れる。
 では一つ、と言って雹も苺を口にした。
 うっすらと残った酸味が甘さを引き立てる、本当においしい苺だった。

「きゃ〜〜! きれいですう、きれいですよ〜♪」
「そんなに走りまわると転ぶよ」
 ドテッ……、どうやら転んだようだ。
「ふえええぇぇ、いたいです〜!!」
「ちゃんと下も見て歩かないと。桜は逃げないんだから」
 まるで姉妹のようなやり取りを、微笑ましいな、と思いながら雹は眺めていた。
 藻女とみぽりんである。最近はよく二人で出歩いているようだ。
「あれれ? みなさんお集りで、こんなところでなにしてるですかあ?」
 みぽりんに尋ねられて、四人は顔を見合わせ首を傾げる。そう言えば何をしていたんだろう。
「桜を見ながら水を飲んで、苺を食べていました」
 代表して雹が答える。ただ事実だけを並べた答だが……、
「なるほど。お花見してたんだね」
 と、藻女が上手くまとめてくれた。
 そうか、確かにお花見かもしれない。そう思って桜を見ると、心がうきうきしているような気がした。

「おや、いつの間にか人が増えていますね」
 柊久音がまたやって来た。右手には山と盛られたみたらし団子、左手には湯のみを4つ、それぞれ盆に乗せている。
「みんなでお花見をしようと思って持って来たんですが、こんなに増えるとこれじゃ足りないかもしれないですねぇ」
「大丈夫です、久音さん。みぽりんにおまかせですう」
 ちゃちゃちゃちゃっちゃちゃ〜、と素っ頓狂な声をあげ、みぽりんが巾着の中から笛を取り出し、おもいっきり吹いた。
 すると一羽の鳩が飛んで来て、みぽりんの肩に乗る。みぽりんは何かを紙に書いて鳩の足に結ぶと、行くです〜、と言って鳩を大空へ飛ばした。
「何してるんですか?」
 雹は首を傾げて尋ねる。
「お菓子を呼ぶ魔法です〜」
 みぽりんは無邪気な顔で笑った。じゅるりとよだれを啜りながら。

 もきゅもきゅ……
 もきゅもきゅ、もきゅもきゅ……
 もきゅもきゅ、もきゅもきゅ、もきゅもきゅ……
 みんな黙って団子を食べる、苺をつまむ。桜を見ながら、空を見ながら。
 雹がふと視線を道に向けると、荷車を引いた男がやって来た。一歩一歩を踏みしめて、重そうに歩いている。摂政、七比良鸚哥のようだ。
「きゃー、お菓子が来たですよ〜!!」
 いや、摂政様なんだけど……。だがしかし、甘い匂いが漂ってくることはたしかだ。
「こんなたくさんのおか……、Σ!!」
「いただきま〜す!!」
 鸚哥が何か言おうとした時には、すでにみぽりんが大きな口を開けて、荷車に向かって飛びかかっていた。
 かぷっ!
「ほへんはひゃい、まひはへひゃいはひは」
「ぷっ……」
 鸚哥の頭を齧るみぽりんを見て、雹は思わず吹き出した。
「あ、笑っちゃ悪いですね、ごめんなさい……」
 だが、雹の謝罪の言葉は、
「ふふ」
「ははは」
「あはははは」
 みんなの笑い声によって消された。そして雹もつられて、
「はははははは」
 心の底から大きな声で笑っていた。

 その日は夜遅くまで、堀沿いの桜並木には大きな笑い声が流れていた。
 夜風がそっと走り抜け、桜の宴は幕を下ろした。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2007年05月27日 02:17