【深夜の団子屋】


 深夜のみたらし団子茶房<巫>。
 奥の座敷で一人の男が仰向けに大の字になって寝転がっていた。有馬信乃である。身体中のあちこちが痛み、もう一歩も動けない、というほどまでに疲れ果てていた。それも仕方がない、二つの仕事を同時に進行させていたのだから。
「ほなね、信乃さん。うちはもう帰るけど。あとのことは任せてあるから、ゆっくり疲れとっていきやー」
 店主、柊久音の言葉も右の耳から左の耳へ、目は開いているが頭の中はもう夢の中に近い感覚だ。少しでも気を抜けば、このまま丸一日は眠れてしまうかもしれないな、もやのかかった意識の中で、信乃はそんなことを思った。
 深く、深く、意識が落ち込んでいく……
「おつかれさまです〜!!」
 そこへ、突然の大声で<巫>に入ってきた二人がいた。
 その声に信乃の意識は一瞬で現実に引き戻され、そして体がびくんと跳ねる。
「あ、あぁ……、みぽりんさんと……摂政さま、ですか?」
 疲れた声と言うよりは呆れた声。
 店の入り口では、異国のごすろり衣装なるものに身を包んだみぽりんと七比良鸚哥がメイド達に負けず劣らずの笑顔を信乃に向けていた。
「あの、摂政さま。その服は女性のものなのですが……」
「あらあら信乃様ったらなにをおっしゃっているのでしょう? ねえ、みぽりんさん」
「きっとかなりおつかれなのでしょうよ、お姉様」
 二人は唖然としている信乃をよそに、ですわね、おほほ、などと誤ったごすろり知識全開で話を進めている。
 本格的に頭が重くなってきた……。
「さあ、信乃様。私達がお仕事のお疲れを癒して差し上げますわ」
「い、いえ、結構ですから。僕もそろそろ家に帰ろうと思って……」
「そんなご遠慮なさらなくてよろしいですよ〜」
 信乃は立ち上がって逃げ出そうとしたが、体に重りをつけられたかのようで、思うように動かせない。
 あれ、どうしたと言うんだ……。
「うふふふ、そろそろ薬が効いてきた頃ですわ」
 鸚哥がとびきりの笑顔を向けて言った。
「薬?」
 そんなもの、いつ飲まされたのだろうか。鸚哥達にそんな仕草は見られなかったが。
「久音さんにお願いして、信乃様のお茶に疲労回復促進作用の薬を注入したですよ〜」
 保育園児が良いこと自慢をするように、みぽりんは笑顔で説明する。
 ——あとのことは任せてあるから、ゆっくり疲れとっていきやー
 信乃の頭に久音の去り際の言葉が蘇る。
 そういうことか!
「さあ、信乃様。私のお膝に頭をお乗せなさりませ」鸚哥は信乃のすぐ側に正座して、信乃の頭を持ち上げた。「ほほほ、遠慮なさらずに。膝枕お好きなんでしょ〜?」
「いりません! 男の膝枕なんぞに興味はなぃ……、いや、だから、やめてくださいよーっ!!」
 思うように抵抗もできず、信乃の頭は鸚哥の太腿に乗せられる。張りのあるがっちりとした男の脚の上に……。
「まあそんなにお喜びにならずとも、おほほほほ」
 信乃の頭を撫でながら、鸚哥はにっこりと微笑みを浮かべる。
「きゃあー、お姉様ったら大胆ですこと。ではみぽりんは体の凝りをほぐして差し上げますわ」
「いや、そんなことしなくてい……、いぃぃっ!」
 みぽりんは筋肉を押しつぶすように信乃のふくらはぎを握る。両手でしっかりと挟み、力一杯に……。
「いやっ! あぐぅ、いたい、いたいでっすってぇ!!」
「まあ、とても固く張ってらっしゃいますわ〜。これはほぐし甲斐があるというものです〜」
 みぽりんはさらに力を入れて、信乃の脚を解していった。
「ぐぎゃああぁぁぁーーーーーー!!!!!!!」

 それから数日間、<巫>の周辺では真夜中に妖が出た、いや、怪鳥の鳴き声だ、といったまことしやかな類の噂が流れることとなった。周辺住民のひとりが、政庁に務める陰陽師のもとへ調査と退治の依頼をしにいったのだが、当の陰陽師は祭後姿を見せていないとのことだった。

<了>

【帰路】


 朝早くに神聖巫連盟を出立した、たけきの藩国ご一行。先頭を進むたけきのこは朝から表情はあまり芳しくない。右を歩くこんこは、一歩進むごとにあたた、あたた、と昨日の祭の疲れが残っているようで、そして左を行くボロマールは……、何があったのかわからないが相当に暗く落ち込んでいる。楽しい祭だったのに、と思っている霞月は帰路の間中ずっと不思議だった。
「ねえ、ボロマさん。昨日貴方は、どこで何をしていたのかしら?」
 町までもう少しと言ったところで、たけきのこがようやく言葉を発した。声は穏やかだが、気のせいか刺々しくも感じる。
「あ、え? あ、あぁ、昨日、ですか……?」
 ボロマールの顔がほんの少し引きつったように見えた。
 昨夜のこと、昼にこんこ達の応援に向かった霞月だったが、そこで神輿を担いでいたのはこんこ一人、ボロマールの姿はなかった、とたけきのこに報告をしたのだった。そのとき見せたたけきのこの顔は、血が凍りそうなほどに恐ろしい笑顔だった。
「帰ったらどうしてやろうかしら……」
 ぼそりと呟いた一言が今も霞月の頭にこびり付いている。
「昨日は……ですね、神輿を担いでいましたよ。ほんとですよ、何もやましいことはしてませんよ」
「ほんとに? こんこさんの応援に行った霞月さんはボロマさんを見なかったって言ってたけど?」
「あ、ああ……、えっととと、そ、それはきっと、組が違っていたからですよ」
「他国参加の組はこんこさんのところだけって案内にはでていたけど?」
「え、マジで……?」
 ボロマールの顔から血の気が引いていき、真っ青になる。
「え、ええ、と……、そう、僕には巫連盟に友達がおりましてですね。祭の実行委員をしているんですけどね、その人に頼んでの出場だったので、きっと巫国内の組に回されたんじゃないかと思うんですよ。うん、たぶん、きっとそうです」
 普段の三倍は速い口調で捲し立てるようにボロマールは答える。
「ふーん、じゃあそこは良いとして、その後はどこで何をしていたのかしら?」
「あ……、えーと、……そうだ! 強敵(とも)と闘(かたりあ)っていました」
 やたら高い調子で答え、ボロマールは顔の前で手を強く握った。
「じゃあ、その友とやらの名前、教えてくれるかしら? ちょっと確認したいことがあるの」
 今日一番の笑顔でたけきのこがボロマールに尋ねる。
「え、えーっと……」ボロマールの声が震え出す。「あ、有馬信乃さんと言いまして……」
 語尾に行くほど力が抜けていき、ボロマールはたけきのこから視線をそらした。
 そして、優位に立っていたはずのたけきのこだが、有馬信乃の名がでた瞬間、なぜかこちらも心なしか顔が青ざめたような雰囲気になっている。
「あー、そ、そうなの。うん、じゃあこの件は、まあ、もう終わりにしましょうかしら」
 どのような事情があるのかわからないが、なんとなくうやむやなままに二人の会話は終わりとなったようだ。
「あー、町が見えてきましたよ!」
 落ち込んだ雰囲気をどうにかしようと、霞月はわざとらしく明るく振る舞う。
「さ、さー、今日はもう家に帰って、ゆっくり休みましょう。明日からのお仕事のためにー!」
 たけきのこの空元気な声が、町に向かって流れていった。

<了>

【日常の曙】


 祭の翌朝、久音はいつものようにみたらし団子茶房<巫>の開店準備をしていた。浜のけんか祭が終わった後は、どこもかしこも休みとなるのが毎年の恒例だが、ここ<巫>だけは、ほぼ年中無休でやっている。
「おはよう」
 珍しく、朝早くから藻女がやって来た。
「あ、姫さま。おはようございます」
「たけきのの皆さんにお渡しするお土産、どこにおいてあるの?」
「お土産? 何ですかそれ?」
「えーと、一昨日くらいに信乃さんにお願いして、みたらし団子一万本用意してもらったはずなんだけど」
 団子一万本と聞いて昨日の悪夢が蘇る。結局作り上げたのは日も落ちてからで、巫で働くメイド達は祭のほとんどを見て回ることができなかった。
「え、あれ姫さんからのご注文で?」
 動揺したのか、発音が微妙にずれている。
「あ、巫には直接注文してないよ。信乃さんに祭のお団子一万個ちょうだいって言っただけ。昨夜信乃さんのところに貰いにいったら、まだこっちに保管してあるって聞いたから受け取りに来たの」
「あ、そうですか……。ちょっと待っててくださいね」
 久音は団子保管庫の方へ向かって歩く。
 あちゃー、信乃さんに悪いことしてもたなぁ……。
 昨夜のことを思い出す。
 摂政七比良鸚哥とみぽりんが奇妙な洋装で巫を訪れた。
「信乃さんは大変お疲れでしょうから、私達でねぎらおうと思いましてね」
「疲労回復薬を作ったですよー。信乃さんが来たら飲ませてあげてくださいですー」
 絶対にろくなことにはならない、そう確信は持っていたが、追加注文一万個の怨みをはらすと好機がやってきた。久音は二つ返事でそれを承諾し、信乃のお茶にこっそりと混ぜてそれを飲ませたのだ。
 結果がどうなったのかは知らないが、信乃に会うのを楽しみにしていた久音だった。
 それなのに……。

 久音が信乃に事の真相を話すまでに、およそ十日の時間が必要とされた。そして、あの夜何があったのか、結局信乃は何も語りはしなかった。

<了>


あとがき


出演 たけきのこ@たけきの藩国様
    ボロマール@たけきの藩国様
    こんこ@たけきの藩国様
    霞月@たけきの藩国様

題字 こんこ@たけきの藩国様
挿絵 雹@神聖巫連盟様

このSSのためにたくさんの方々にご協力頂きました。
この場を借りてお礼申し上げます、本当にありがとうございました。

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最終更新:2007年05月21日 02:50