くんくんくん


 国境に変わった出で立ちの男が一人。
烏帽子に狩衣、腰には大太刀。あまり神聖巫連盟では見かけない装いだ。
「あんた名前はなんていうの?」
国境警備の男がダルそうに尋ねる。
「有馬 信乃(ありま しの)と申します」
希望に満ち溢れた瞳。警備員のダルそうな様子は信乃の目に入らない。
「そうかい。じゃあ、このまま政庁に向かってくれ」
国民になるための最終手続きは、政庁でするという。
お礼を言って、信乃は国内に入った。

国境を抜けたとき、どこからか甘い匂いがした。
くんくん、くんくん
なんとなく、匂いを追い始める。
くんくん、くんくん
どれほど歩いただろう。
信乃は大きな木造の建物の前に立っていた。


そばにあった茶房<巫>で信乃はお茶と団子を頂いた。
(さっきの建物はなんだったんだろう)
気になったが、どこか厳粛な場であるように思え、中には立ち入らなかった。
(でも、いい匂いだったなあ~。けーき?いや、もっと香ばしかったなあ~)
思い出してじゅるりとなる。
ともあれ、お団子食べたら政庁に向かおう。
でも、政庁ってどこにあるんだろう。
そう思ったときだった。
「雹さん、まじで?」
「うん。仕事が増えた。新しいアイドレスを増やすことになったらしい」
説明している雹(ひょう)と呼ばれた男も、拳を握り締め、ぷるぷる震えている。
「作業が、作業がー」「うおー」
2人で言いながら叫んでいる。
迫力におされて、視線がはずせないまま固まる信乃。
なんかよくわからないが、大変らしい。
「うん?見かけない顔だな。どこからきたんだ」
信乃の視線に気づいてさちひこが話しかける。親しみやすい雰囲気だ。
「あぁっと……、にゃんにゃん共和国、から来ました」
「遠くからだな。観光か?」
「いえ、国民希望なのですが、政庁がわからなくて」
「じゃあ、俺案内するよ。そっちの仕事もやってんだ」
信乃はありがたく、お願いすることにした。
「じゃあ、雹さん、俺政庁にいってくる」
「おう、気をつけて」
雹は手を振って送り出してくれた。


さちひこに連れられて行ったのは、先ほどの大きな木造の建物。
「ここが政庁だ。こっちから入るんだぞ」
「はい」
長い木造の廊下を歩く。右へ左へ、あちこち曲がる。
きょろきょろしながら後を追う信乃。
「そういえば、名乗ってなかったな。俺はさちひこっていうんだ。さっきいたもう一人は雹さん。俺たち技族をやっている」
「技族の方だったんですか」
「よかったら、信乃さんも技族になるといいぞ」
ずいぶん歩いたところで、
「もうじき着くからな、……ん!?」
さちひこが振り返ったとき、信乃の姿はなかった。

「あれ?さちひこさん?」
気が付くと信乃はひとりだった。
(どうしよう。このまま動かないほうがいいのかなあ。それとも…)
そんなときだった。
また、どこからか、甘い香りがただよってきた。
くんくん、くんくん、
気づくと信乃はにおいを追っていた。


政庁の台盤所。
今日も摂政、七比良 鸚哥(ななひら いんこ)がこもっていた。
しふぉんけーき事件から一月と少し。
週2~3回自ら作成して、時には姫巫女様とみぽりんを菓子作りに誘って、 というふうになんとか落ち着かせた。
こちらが菓子作りの主導権を握ることによって、二人を満足させながら、摂政としての仕事と我が身の安全を守る。
(もう食中毒寸前の目はごめんだからな)
思い出すと泣けてくる。
摂政とは、どこのくにでもこんな感じなんだろうか…(いや違うはずだ!)
今日は、明日製作予定のくっきーを試作していた。
生地は摂政が作ってしまい、姫巫女とみぽりんには型抜きを楽しんでもらう。
焼けたらその日の午後のおやつでお出しする予定である。
(そろそろ焼けたかな)
窯を開けると、香ばしく、甘い香りがたちこめる。
(どれ、味見)
適当にひとつ取って口に入れると、ばたーの豊かな風味が口に広がる。
「うし、完成」
視線を感じて振り返ると、香りにつられた信乃がそこに立っていた。
「………」
「………」
続く沈黙。
そのとき、きゅ~と信乃のお腹が鳴った。
「あ…」
「………、くっきー、食べますか」
「………。はい」

「なるほど、迷子ですか。たぶんさちひこさんは入国管理室にいると思いますよ。案内しましょう」
「はい。よろしくおねがいします」
ごちそうになった後、包んでもらったくっきーを手に、信乃はその男についていった。
「ここですよ。じゃあ、私はここで」
「ありがとうございました」
ぺこりとおじぎをして別れた。

「いたいた~!どこにいってたんだ」
さちひことはすぐ会えた。
ずいぶんあちこち探してくれたようだ。
息が切れている。
「ごめんなさい。気づいたらさちひこさん、いなくて」
「まあ、見つかってよかった。国境から書類届いてたんで、入国手続きしておいた」
「ありがとうございます!」
「謁見の申し込みもしたから、姫巫女さまにも会ってもらう」
「姫巫女さま?」
「神聖巫連盟の藩王さまだよ。おっと、もうじき時間だ。行こう」
謁見室手前で、さちひことは別れた。

謁見室。
取次ぎの者が、信乃を中まで案内する。
広い室内。
一段高いところにゆったりすわっていらっしゃる女性。
そして、脇でひかえるのは…。
(あ、さっきの、くっきーの人だ)
くっきーの人は信乃を見てにこっと微笑む。
「姫巫女さま、本日の国民希望のものでございます」
くっきーの人が、姫巫女に説明する。
姫巫女がうなずく。
「私はこの国の摂政、七比良 鸚哥です。そしてこちらが姫巫女であらせられる」
「藻女(みずくめ)と申します。これからどうぞよろしく」
姫巫女の柔らかくも凛とした笑み。
信乃は胸が熱くなった。
「有馬 信乃です。よろしくおねがいします」
ふかぶかと頭を下げる信乃に、姫巫女が言った。
「有馬 信乃さん。あなたの入国を認めます」

こうして信乃は神聖巫連盟に迎えられたのだった。

作・みぽりん                おしまい

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最終更新:2007年04月08日 06:25