あるところに村がありました。
いえ、今でこそ村というほどの人しかいませんが、かっては鉱山として栄えた街でした。
その証拠に今でも整備された跡が残っています。
なのでせめてここでは街と呼ぶ事にしましょう。
けれど、鉱山を掘りつくしたためでしょうか、今ではこの街で骨を埋めようとする者だけの死を待つ街となっていました。
それから最後の住民がいなくなり幾年が過ぎた頃、街の広場にあった井戸が動き始めました。
きっと街が賑わっていた頃は井戸の周りはいつも人のおしゃべりで溢れていたのがなくなってしまい人恋しかったのでしょう。
のそり、のそりと井戸は人を探し始めました。
井戸はただ人々の楽しそうな声が聞ける日々が恋しかっただけでした。
けれど、動く井戸を見た人は逃げ出してしまいます。
ある時、井戸に気づかずに躓いて井戸に落ちた人がいました。
井戸は人の言葉はよくわからなかったけれど、自分の中へ飛び込んで話す人間がいるのが嬉しくて仕方ありませんでした。
けれど、そんな時間も長くは続きませんでした。
最初の内は大きな声で叫んでいた人も段々と弱っていきとうとう息絶えてしまいました。
ようやく手に入れた人の声が聞ける日々を失った井戸は悲しみにくれました。

ただ人々の楽しそうな声を聞いていたかっただけなのに人はすぐに居なくなってしまう。
それなら人がいなくなるより先に次の人間を捕まえよう。
寂しくなるより先に新しく人が入ってきたらきっと寂しくなんかならない。
そうして悲嘆から立ち直った時、井戸はただ人を捕まえては死ぬまで閉じ込める妖怪となっていました。
それからは毎日人を探しては井戸の底の暗闇の中に人間を閉じ込め、すぐにまた次の獲物を求めて探し回るようになりました。
それからどれだけの時間が過ぎたのかわかりません。
ただ井戸の力にも限りがあったのでしょう。
いつしか人を捕まえる力をなくし、とうとう動く事もできなくなりました。
今はその場所に社が建てられ祀られています。
けれど気をつけて下さい。
井戸は力をなくし、多分命を落としたのでしょう。
けれど、井戸に命を奪われた人々の恨みが払えたというわけではありません。
助けを求めても誰も助けてくれなかった怨みから自分達と同じ目に遭わせようとしています。
そしてそれがどうなったかはまた別のお話。
いつかどこかで語られるでしょう。

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最終更新:2008年07月27日 23:18