出光佐三
■ アバダンの日章旗(上) ~ 出光「日章丸」、イランへ 「国際派日本人養成講座(2015.4.5)」より
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 欧米石油資本の包囲を脱すべく、出光佐三は世界最大級のタンカー「日章丸」をイランに向かわせた。

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■1.「たかが終戦ごときに慌てて彼らを首になどしてはならん」

 終戦の翌々日、昭和20(1945)年8月17日、出光興産株式会社の社長・出光佐三(いでみつ・さそう)は在京の従業員を集めて、訓示をした。

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 ただ昨日までの敵の長所を研究し、取り入れ、己の短所を猛省し、すべてをしっかりと腹の中に畳み込んで、大国民の態度を失うな。[1,p134]
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 そして、日本の3千年の歴史を見直して、「堂々と再建設に進まなければならぬ」と諭した。

「大国民の態度」「堂々と再建設」とは、佐三が次に下した決定に現れた。海外から引き揚げてくる857名の社員を一人も首にしない、全員引き取ると宣言したのである。

 役員たちは唖然とし、それから強く反対した。満洲から中国、東南アジアで石油の配給を行ってきた海外事業はすべて壊滅した。国内での仕事もない。役員たちは、佐三が全てを失って気が狂ったかと思った。しかし、佐三はこう考えていた。

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 八百人を超える海外の社員は、最後に残った唯一の資本じゃないか。『人間尊重』を唱えてきた出光が、たかが終戦ごときに慌てて、彼らを首になどしてはならん。[1,p136]
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(※mono.--後半大幅に略、詳細はブログ記事で)

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■ アバダンの日章旗(下) ~ 出光「日章丸」の帰還 「国際派日本人養成講座(2015.4.12)」より
(※mono.--前後大幅に略、詳細はブログ記事で)
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 石油しか資源のないイランでは、AI社に石油を独占されて、80%もの国民が栄養失調になるほど苦しんでいる。かたや日本では経済発展しようにも、国際石油資本から高い石油を買わざるを得ない。

 イランから直接石油を買い付けて日本に運ぶことは、真に両国民の幸福を考えたら、「広い大道」を行くような「ごく自然な歩み」である。それが佐三の言う人間尊重主義であった。

 それをあたかも「突飛な離れ業」のように見なすのは、欧米石油資本の独占を当たり前のように考えているからだろう。イランの国民から石油を買い叩き、日本には高い値段で売る。それは利益尊重主義であって、人間尊重主義ではない。

 しかし、英政府は「AI社の利益保護のため、あらゆる手段を取る用意がある」と関係各方面に伝えた。日章丸は果たして、イランの石油を日本にまで運ぶことができるのか。世界が固唾を呑んで成り行きを見つめていた。

















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最終更新:2015年04月12日 17:47