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● オウム真理教〔Wikipedia〕
● オウム真理教事件 坂本堤弁護士一家殺害事件、松本サリン事件、これら3つの事件を合わせてオウム三大事件(-さんだいじけん)と呼ばれている。
● オウム真理教関連年表 - 警察庁

+ 関連年表
■ NHK

1984年 2月  「オウム神仙の会」設立
1987年 7月  教団を「オウム真理教」と改称
1989年 2月  信者A殺害事件
1989年 11月4日 坂本弁護士一家殺害事件
1990年 2月  松本智津夫死刑囚衆院選に立候補するが落選
1992年 9月  モスクワ支部開設
1993年 8月  土谷正実死刑囚がサリンを生成
    11月〜  山梨県上九一色村(当時)にサリンプラント建設
1994年 1月  元信者B殺害事件
5月9日 滝本弁護士殺人未遂事件
6月  国家制度を模した「省庁制」が教団組織に導入される
    6月27日 松本サリン事件
    7月10日 元信者C殺害事件
    12月2日 駐車場経営者VX殺人未遂事件
12月12日 会社員VX殺害事件
1995年  1月4日 被害者の会会長VX殺人未遂事件
    2月28日 公証役場事務長監禁致死事件
    3月20日 地下鉄サリン事件
事件現場

    3月22日 警視庁が上九一色村などの教団施設を強制捜査
教団施設強制捜査

    4月23日 村井秀夫幹部が刺殺される
    5月16日 警視庁、上九一色村で松本死刑囚を逮捕
    9月6日     坂本堤弁護士と妻の遺体発見。10日には長男の遺体発見。
1996年 4月24日 東京地裁で松本死刑囚の初公判
2000年 1月18日 教団名を「アレフ」に改称
2004年 2月27日 東京地裁が松本死刑囚に死刑判決
2006年 9月15日 最高裁で松本死刑囚の死刑判決が確定
2007年 5月     上祐元代表が新団体「ひかりの輪」設立
2008年 6月11日 「オウム真理教犯罪被害者救済法」が成立
2011年 11月21日 最高裁が元教団幹部・遠藤誠一被告の上告を棄却。
オウム真理教関連事件で起訴された189人すべての裁判が終結
    12月31日 平田信元幹部が出頭





教団と闘い続ける滝本弁護士、オウムの恐ろしさ語る〔日刊スポーツ(2018年11月5日8時46分 )〕
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今から29年前。平成が始まった1989年の11月4日、オウム真理教による坂本堤弁護士一家殺害事件が起きた。教団は6年後の95年3月20日、死者13人、負傷者5800人以上の被害者を出した地下鉄サリン事件を起こした。起訴された17事件中、13事件で27人を死なせたとして死刑判決を受けた松本智津夫元死刑囚(63=教祖名麻原彰晃)の死刑は今年7月6日、執行された。坂本弁護士に代わり、平成の30年間を通して教団と闘い続ける滝本太郎弁護士(61)は今、何を思うのか。滝本氏に聞いた。

滝本氏 坂本は、国鉄労働組合事件や医療被害弁護団で一緒で友人だった。89年10月に手伝ってくれと言われてね。宗教団体の厄介さは分かっていたから「嫌じゃ嫌じゃ」と。翌月、妻の都子(さとこ)さんと1歳2カ月だった龍彦君とともに、いなくなってしまった。それからです。ライフワークになってしまった。

被害対策弁護団に入り、教団の車両、出家者の割り出しを進めた。坂本弁護士を救いたかったが、93年からは脱会カウンセリングを始めたことで「信者を救いたい」という坂本弁護士の気持ちが分かってきた。

滝本氏 簡単ではなかったですが、多い時は高校生5~6人一緒に脱会させたこともありました。先生がはまっていてね。高校の視聴覚室で麻原のビデオも流していた。この時のカウンセリングの最後は、みんなで「空中浮揚」の練習をしました。麻原の空中浮揚が「最終解脱」の証拠ではないことを示すためです。不思議なもんです。「たかが空中浮揚。されど空中浮揚」。あれで始まり、あれで終わる。

(※mono....中略、詳細はサイト記事で)
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滝本氏 世紀末も過ぎ、時代は変わりましたが、地球環境や核戦争とか、不安は引き続きある。長い不景気で現実のつらさから逃げたい思いもある。彼らの教本は今も、自分で考えるのをやめ、絶対者グルに帰依するという教え方です。自分で考えて責任を持つつらさから逃れる「自由からの逃走」です。それは当時も昔も変わっていない。

「自由からの逃走」w。そーだったのかーw。
いまでは天下りを控えた官僚の幹部なのだろーけど、 1980年代、若者だった彼らがエーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」の第五章「逃避のメカニズム」だけに印をつけた理由がわからなかった…。 「逃避のメカニズム」が厄所で多用されている「同調圧力のメカニズム」だったのだw。

オウムとは官僚ディープステイトのことだったのだw。


まさか日刊スポーツにおしえて貰えるとは思わなんだわw。

【参考↓】
自由


■ オウム真理教の痕跡をクリミアで見た。今もロシアに残る麻原彰晃の幻影 「HUFFPOST(更新 2018年07月13日 17時28分 JST)」より
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街は異様な雰囲気だった。覆面をかぶり、所属部隊を示す紀章もつけていない「謎」の兵士たちがあちこちでにらみをきかせる。

2014年3月。ウクライナ領であるはずのクリミア半島に突如、正体不明の軍隊が現れ、街は騒然としていた。彼らに守られるように、一部の住民たちは公然とクリミアの独立を路上で叫んでいた。

(※mono....中略)
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クリミアで見たオウムの影

そんな世界史的な動きを取材する一方、私にはもう一つ、自分なりの「ミッション」があった。少し前から関心を持ち始めたテーマの関係先が、たまたまシンフェローポリにあったのだ。

そのテーマとは、オウム真理教に関係する問題だった。ロシアとオウム真理教とのつながりは強い。ソ連が崩壊した次の年にあたる1992年9月、モスクワ支部が設立された。上祐史浩氏をトップに勢力を拡大し、信者は3万人とも5万人とも言われている。

GEORGES DEKEERLE VIA GETTY IMAGES
瞑想をするオウム真理教のロシア人信者たち=1995年3月

アメリカと張り合っていた自国が突如解体し、12の国々に分裂したことによるロシア人の喪失感、経済的な困窮は計り知れなかった。ソ連時代は宗教は否定され、弾圧されてきた。「理想」と言い聞かされてきた社会主義、共産主義が夢散し、人々は精神的な支柱を失った。

そんな心の隙間に入り込んだのが、オウム真理教だった。教団側はテレビやラジオで盛んに宣伝、有力政治家たちに接近していった。入信者は後を立たず、日本と同じように、自宅や金など、なけなしの財産を教団に納めた。

一方、教団はロシアからカラシニコフ自動小銃や軍用ヘリなどの武器を調達した。こうしてモスクワ支部は布教、教団の「武装化」の両面で重要拠点となり、信者の数でも海外拠点で最も多くなった。

オウム真理教の麻原彰晃(本名・松本智津夫)代表(当時)が1995年に逮捕されると、ロシアでもオウム真理教は禁止された。一部のロシア人信者たちは活動拠点を求めて海外へと出た。その一つが、ウクライナのシンフェローポリだった。

シンフェローポリでは、ロシア海軍の関係者だった男性信者が1998年ごろ、オウム真理教の教義を引き継いだ宗教団体を設立した。教義のほとんどがオウム真理教と同じ、と捜査当局は見ていた。クリミア危機の最中、私はこの拠点を訪ねた。

住宅が並ぶ静かな路地を進む。目的の住所にたどり着くと、古ぼけた大きな屋敷が現れた。高い壁に囲まれて中はうかがい知れない。ドアをノックしたが、誰も出てこない。近所の人に聞いてみると、以前は複数の人が出入りしていたが、宗教関係者かどうかはわからないという。

(※mono....中略、詳細はサイト記事で)
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オウムを継ぐロシア人

この団体だけではない。モスクワでは2018年5月、モスクワやサンクトペテルブルクでオウム真理教の布教をしていた疑いで別の男が逮捕された。

捜査機関の調べによると、日本にいる指導者の指示を受け、2010年に宗教グループを設立。オウム真理教の教えを説きながら勧誘していたという。ほかにもオウム真理教関連で摘発される人は後を絶たない。

日本では7月6日、ほかの元教団幹部6人とともに麻原死刑囚の死刑が執行された。元幹部の死刑囚はまだ6人いるほか、後継団体「アレフ」や、そこから分派した「ひかりの輪」や「山田らの集団」は活動を続けている。松本死刑囚の遺骨の引き取りをめぐり、家族間で対立も起きている。

日本で、ロシアで、オウム真理教の問題は続く。


■ 尖閣をダシにして国盗りを謀る石原親子 「陽光堂主人の読書日記(2012.9.15)」より
  • 「福島原発サティアン」と連発している件は、結構深刻じゃないかと思います。ウィキペディアにあるように、無意識に出てくるような言葉ではなく、福島原発内にオウム関連の施設が実際にあるんじゃないかと勘繰ってしまいます。

 伸晃本人は新興宗教・崇教真光の信者ですが、末弟の画家・石原延啓はオウム真理教の幹部であったとされています。(中沢新一の証言) また、故・浜田幸一は自著『ハマコーの非常事態宣言』の中で、石原慎太郎が、山口敏夫と共にオウム真理教への資金提供を行っていたと名指しで批判しています。

 こうした情報は裏を取るのが難しいですが、石原一家がオウムと関わっていたことは否定できません。石原慎太郎は、オウム真理教を宗教法人として認可させるべく奔走していますから。


  • 17年も逃亡していたというのに、今更随分と都合良く有効なタレコミが入ったものである(プ

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■ 神奈川県警警備部赤っ恥 「2012.6.4」より
  • 警視庁にやられたのか・・・「情報が寄せられ」どころの話じゃないだろうに。以下読売新聞より全文引用。




■ 蒸し返されるオウム真理教と石原慎太郎の関係。 「スロウ忍ブログ(2012.5.31)」より
  • 今年(2012年)に入ってからというもの、特別手配されていたオウム幹部が元日(2012年1月1日)に逮捕されたり、イスラエル国防相が18年ぶり(1994年12月=地下鉄サリン事件の4ヶ月前以来)に来日したり、NHKが今更にオウム真理教のドラマを制作してみたりと、何やら此処に来てオウムに関連しそうなネタが突如蒸し返されているわけだが、ネット(阿修羅掲示板)においても“オウムと石原慎太郎の意外な関係”が注目を集めている。

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■ 悪魔の言い訳 菅直人 枝野幸男 上祐史浩 警察 マスコミ 「戦争はなぜ起きるのか(2012.5.29)」より
  • だが、松本サリン事件では、良心的な最初の通報者河野氏が逮捕されてしまう。
 つまりオウムの犯罪を通報した人間が容疑者として逮捕され、その名がマスコミによって全国に広められるのだ。オウムの犯罪を告発した罪として。

 オウムの力は、国家の中枢にまで達していた。

 その証拠にオウムに対する強制捜査の情報が、ことごとくオウム側に漏れてしまう。オウムは国家権力の中枢に情報網を持っていた。

 ネットをご覧の皆さんにはすでにお分かりだろう。

 国家権力の中枢にまでもぐりこんだ宗教団体、
 その名を。
 オウムはその下部組織だと言われてきた。







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最終更新:2018年11月06日 19:20
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