ギリシャの財政危機をきっかけとして、世界的に国の財政への関心が高まっている。先進国の中で債務の突出する日本の場合、消費税引き上げを含む財政再建を説く意見がある一方、景気下支えや成長戦略につながる財政出動を唱える向きもある。日本はいかに財政健全化を進めるべきか。財政制度等審議会の会長を務める吉川洋東大大学院経済学研究科教授と、内閣府参与で菅直人首相のブレーンでもある小野善康阪大教授に聞いた。

                   ◇

 ≪吉川洋氏≫

  ■消費税を社会保障目的税に



ギリシャ危機の教訓

 --ギリシャ危機をきっかけに、日本の財政にも不安が広がっている

 「日本はギリシャから教訓を学ばないといけない。ギリシャの対GDP(国内総生産)比債務残高は約115%だが、日本は180%超だ。危機感を持たないと」

 --日本はギリシャより国債市場が安定しているとの指摘もある

 「日本の国債の約95%は国内で消化されている。日本人は自分の国を信頼しているから大丈夫だとよくいわれる。(国債市場の)安定性が高いのは有利だが、だから大丈夫だともいえない。ギリシャの長期金利は昨年末に5%だったが、財政危機が起きて13%まで上がった。マーケットで『危ないぞ』と思われたら終わりだ」

 --デフレ不況の今、日本では財政再建よりも景気回復のための財政出動を優先すべきだとの主張もある

 「よく聞くのは、消費税を上げると経済が冷え込むという声だ。私も景気に配慮しなくていいとはいわない。ただ、考えてほしいのは、もし財政破綻(はたん)が起きたら経済はどうなるのか、ということだ。景気、景気といって(財政再建を)避けるのは、賢い判断と思わない」

 --財政再建の柱は

 「やはり、消費税の見直しだ。内閣府が昨年、消費税を増税した場合の国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス)の試算を公表したが、いろいろなシナリオを考えて、中長期的な試算を政府として出すべきだ。消費税の本格的な議論をしないといけない」



実質目的税化せよ

 --消費税増税は過去にも何度も議論になり、立ち消えになっている

 「1990年代後半と違い、不良債権問題が縮小した一方、財政状況はより厳しくなっている。とくに、一般歳出の半分を占める社会保障の負担が大きい。私は社会保障を柱に消費税を実質目的税化すべきだと主張している。社会保障を皆で分担してでも支えるのは、コンセンサスが得られていると思うが、最後は政治判断だ」

 --副総理・財務相として菅直人首相は増税分を成長分野に振り向け、経済を成長させて財政再建を図るという主張を唱えていた

 「港湾整備やハブ(拠点)空港など、税金を成長分野にあてることに真っ向から反対はしない。ただ、まずは社会保障の将来像をしっかりさせることだ。医療や介護など、社会保障は成長分野でもある」

 --歳出カットや予算の見直しだけで財政再建はできないのか

 「歳出の効率化は永遠のテーマであり、事業仕分けもやればいい。しかし、恒久的な財源確保は難しい」(柿内公輔)


 ≪小野善康氏≫

 ■増税で成長分野の雇用創出

 --菅直人首相が主張してきた「増税による経済成長」の発案者といわれる

 「増税が経済成長をもたらすわけではなく、集めたお金を雇用創出に振り向けることで経済は拡大する。日本の労働力を十分に活用し、モノやサービスを生み出すことが必要だ」

 --自民党政権時代の公共事業などの財政出動は効果が薄かった

 「何の価値も生まない公共事業をするならば、それは労働者に対する失業手当と同じ。新しい価値を生み出す分野にお金を投入し、人を生かさなければ意味がない」



環境、観光、医療などへ

 --新しい価値生む分野とは?

 「これまであまり育っていなかった分野では、例えば環境や観光インフラ、医療、健康などが考えられる。食料品のような必需品を支給したり、子ども手当のようにお金を配ったりすると、それまでの出費を代替してしまい、新たな雇用や需要は生まれない」

 --増税には財政再建という狙いもあるのではないか

 「増税しても国債発行を抑制するだけでは、所得も雇用も増えない。しかし、そのお金を使って雇用を創出すれば所得が増え、消費を刺激し、需給ギャップが減る。そうすればデフレは解消に向かい、付加的な税収が生まれる。財政赤字も減っていく」



融資増やせるように

 --とはいえ、財政危機に陥ったギリシャより日本は対GDP(国内総生産)比債務残高が高い。財政は深刻な状況だ

 「国債は国の借金とされるが、政府が発行する手形で金融資産でもある。その資産価値を維持し、国債を保有している金融機関が安心して融資を増やせるようにすることが、最も重要だ。そうすれば雇用や消費にお金が回る。財政再建目標なども、その観点から議論する必要がある」

 --社会保障関連費の増大にどう対応するのか

 「年金などの現金支給は、お金を若者から高齢者に流しているだけだ。これに対し、年金給付を減らし、その分を介護施設の充実や介護従事者の待遇改善に充てるようにすれば高齢者はお金の代わりにサービスを受けられる。若者の雇用や所得も増える」

 --政府内には、消費税率の引き上げを求める声が強い

 「増税は消費税よりも、(低所得層ほど負担が軽くなる)累進性のある所得税の方がいいと思う。ただ、税制は副次的な問題で、不況時こそ政府が雇用をつくるという目的が重要だ」

 --景気が回復したらどうするのか

 「政府事業を減らし、減税してもよい。完全失業率が3%を切ったら政府事業を減らす、などとあらかじめ法律に明記すべきだ」(会田聡)

                   ◇

【プロフィル】吉川洋

 よしかわ・ひろし 東大大学院経済学研究科長・経済学部長。昭和26年、東京都生まれ。58歳。東大経済学部卒業後、イエール大学大学院経済学部博士課程修了。阪大助教授などを経て、平成8年から東大大学院経済学研究科教授。経済財政諮問会議民間議員など歴任。

                   ◇

【プロフィル】小野善康

 おの・よしやす 大阪大社会経済研究所教授。昭和26年、東京都生まれ。59歳。東大大学院経済学研究科博士課程修了。武蔵大経済学部助教授などを経て、平成11年から現職。今年2月、内閣府参与に就任し、菅直人首相に経済財政問題について助言している。
最終更新:2010年06月21日 16:24