──人の命の重さは、平等ではないらしい。



 ここにいる一人の高校生──遠野英治は、ある時、その事を実感した。

 厳密にいえば、一人一人の命が平等ではないという事ではなく、一人の人間の命の量は、多数の纏まった人間の命の量には決して敵わないという事である。
 つまり、たくさんの人間を救う為ならば、少数を犠牲にするのは致し方ないし、自分の命を守る為にも他者を犠牲にするのは仕方が無いという話だ。
 きっと、多くの人は、それをやむを得ない事だと思うかもしれない。



 ……そう、たとえば、有名なトロッコの倫理学の問題がある。



『線路を走っていたトロッコの制御が不能になった。このままでは前方で作業中だった5人が猛スピードのトロッコに避ける間もなく轢き殺されてしまう。
 この時たまたまA氏は線路の分岐器のすぐ側にいた。A氏がトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かる。
 しかしその別路線でもB氏が1人で作業しており、5人の代わりにB氏がトロッコに轢かれて確実に死ぬ。A氏はトロッコを別路線に引き込むべきか?』



 この場合、多くの人間は、トロッコを切り替え、一人の人間を能動的に殺害するという手段を「許す」らしいと聞いた。
 答える人間の多くは、「何もしない」あるいは「何もできない」──つまり、「五人を見殺しにする」と答えるのだが、それでも、もし反対の行動を取る人間がいたら「許す」のだ。
 しかし、平然とそのトロッコを一人の人間に向けて切り替えるような人間を見た時、そして、それを許す人間を見た時、きっと英治は全身に虫が這うような殺意を覚えるだろう。
 英治はこれを考える度に全身を鳥肌が駆け巡る感覚とともに、奥歯を強く噛みしめた。

 ……そいつは殺人鬼だ。



 俺の──俺の大事な人間を殺した、殺人鬼だ。






「螢子……」

 英治は、かつて、最愛の女性と共に湖のほとりで撮った写真を眺めていた。
 まだそこに彼女がいた時の事……。
 まだ彼が純粋に笑えた日の事……。
 しかし、それは遠い思い出に過ぎなかった。

「もうすぐだよ……」

 世の中は、一人の命は、百人の命を守る為ならば当然犠牲になって良いものとしている。
 周囲の連中は、それを当たり前だと思っている。
 多数の人間が救われる為ならば、一人を犠牲にしても良い──それを日本の法律までもが「正当防衛」だの「緊急避難」だと言って、認めていると来た。
 だが、そんな、尤もらしい理由をつけようが、それは殺人に違いない。

 ふざけている……。

 殺された一人の命には、カスども百人の命よりも大事な想いがあるのだ。
 この世の誰かに奪われた彼女の命は、一口に「一人の命」などと呼び捨てるほど単純な物ではない。
 彼女が持っていた喜びや、悲しみや、怒りや、愛や、やさしさを……英治は知っていた。

 小泉螢子の持っていた──英治が愛した彼女の全てが、たかが何人かの為に、奪われたのだ。


「……もうすぐ、お前の為に……」






 英治と螢子は幼い頃から、寄り添うようにして育っていた。
 二人とも同じように孤児であり、それからもずっと親しく、愛し合っていたのである。
 やがて、二人は別々の家に引き取られる事になったが、それぞれの養父母は英治と螢子が会うのを快く思わなかった。

 英治は遠野家で裕福に育ったが、螢子は小泉家でメイドのようにこき使われて、綺麗だった指をどんどん痛めていった。
 そんな螢子の姿を見るのが、英治にはどうしようもなく耐えられない事だった。

 螢子を不幸の中から救ってやりたかった。
 何としても。
 まずは、豪華客船オリエンタル号の処女航海に、一緒に行かないかと誘った。気晴らしになればと思ったのだ。
 だが、結局は英治は養父母に発覚し、二人で行く事が出来ず、螢子だけがオリエンタル号に乗って遊びに行く事になった。
 英治は寂しく思いながらも、螢子にツアーを楽しんでもらえればと、その姿を笑顔で見送った。


 ……それが、螢子を見た最期だった。


 沈没したオリエンタル号──。
 不慮の事故。
 満員の救命ボートに手をかけた螢子の命は、「誰かの為」に理不尽に奪われた。
 誰かが螢子の手をはねのけ、螢子を広く深い海へと追いやったのだ……。
 そして、螢子は、氷のように冷たくなって、英治の前に帰って来た……。


 螢子一人の命を秤にかけ、奪った奴がこの世界にいる……。
 その人間についてわかるのは、『S・K』というイニシャルのみだ……。
 螢子を見殺しにしたオリエンタル号沈没事故の被害者たちで、『S・K』のイニシャルを持つ者は九人……。
 九人もいた……。



 ──螢子が死んだのに、『S・K』のイニシャルを持つ人間が、九人も生きのびていやがった……。



 クソみたいな大学生。
 尻の軽そうな女子高生。
 死体ばかり描く気持ち悪い画家。
 ワカメみたいな髪型の男。
 成金のジジイと、どうせ金目的で引っ付いた成金の女。
 ぱっと見は良い人そうな医者。
 あからさまに性格の悪いフリーライター。

 どいつもこいつも怪しい……。
 どいつが螢子を殺したのだ……。
 彼らの資料を見つめても、どいつもこいつも生きている価値のない人間に見えた。
 こいつら百人の命が寄り集まっても、螢子一人の命の尊さに敵うとは思えなかった。
 こいつらも結局、誰かを見殺しにのうのうと生きているわけだ。
 あの事故で生き延びた人間は全員そうだ。誰かを蹴落としたクズに違いない。

 九人の内、誰か一人が、螢子を殺した『S・K』だという。
 そう。そいつは絶対に裁かれなければならない。

 だが、警察は当てにならない。
 法律で裁けないのだから、その人物を警察に突き出しても仕方が無いのだ。

 ……つまり、英治がこの手で殺すしかない。

 それでいい。
 それで英治は満足するのだ。
 螢子を殺してまで生き延びた人間が死んでくれれば、彼はそれでもう満足だった。

 人を殺してまで生き延び、人を殺してまで誰かを救い、未だに生きている罪人を──この手で殺す。
 奪われた側の人間にとって、そんなに簡単に、「カルネアデスの板」などというものを認められるわけがない。


 罪なき螢子は、最後まで幸せになる事を許されなかったというのに、誰かを殺した人間が少なくとも『生きている』事を許されているというのが現実だ。


 世界が敵に回ってもお前に味方すると言う口説き文句があるように、遠野は世界を犠牲にしても螢子を愛せた。
 螢子は世界に犠牲にされたのなら、英治はそんな世界を許しはしない。
 法律など関係はない。
 螢子の命さえ守れない法律などに……。







 そう、彼は、『大の為に小を犠牲にした』事が許せないのではないし、『自分の命の為に他者を犠牲にする』行為を許せないのでもない。
 ──『最愛の螢子を殺し、それを正当化した理論』が許せないのだ。
 それが彼の狂気の原動力だ。

 助けを求めてもがいた螢子を、救命ボートから突き落とした人間……。
 螢子が最後に求めた救いを、跳ねのけた最悪の奴……。
 結局、九人の内、誰が螢子を殺したのかはわからなかった。

 英治は、それを必死に探し、答えを求めた。






 ──しかし。

 そんな彼の前に現れたのは、仇を殺す以外の、もう一つの「手段」だった。
 それがこの、聖杯戦争であった。

 イニシャルが『S・K』の人間を殺すのではなく、くだらない願いの為に他を犠牲にしようとするカス共を殺す事で、螢子を生き返らせる事が出来る。
 仇を殺すよりもずっと実になりそうなゲームだった。
 何せ、仇を殺しても気が晴れるだけで螢子は帰って来ないが、このゲームに勝利すれば、螢子は生き返るのである。
 ……まあ、勿論、全てが終わり、螢子が甦ったならば、仇探しをさせてもらうが、その人間を問い詰めこそすれ、殺すまでは至らないかもしれない。

「……」

 どうせ敵は、英治ほど大事な願いを持っているわけでもない奴らである。
 ──いや、相手が誰だろうと英治の信念は揺るがない。
 螢子の為ならば、英治は螢子以外の全てを犠牲にできる。……そう、自分の命だって厭わない。

「バーサーカー……俺の命令はたった一つだ」

 目の前に現れた、巨体の怪物の方に、彼は向き直した。
 無口で、どこか威圧感のある恐ろしい怪物であったが、マスターである英治への殺意はないらしい。
 いや、流石に英治との協力関係くらいはわかっているのだろう。
 だとすれば、話が早い。

 ……彼は、令呪こそ使わなかったが、この怪物に命じた。



「この俺以外のマスターとサーヴァントを──全員殺せ!!」




 そして、皮肉にも──。
 彼が呼び出した、この≪バーサーカー≫のサーヴァントは、本来、この後に英治が扮して、『S・K』たちを殺す為に利用する洋画の怪人と同じ名前だった。


 ……バーサーカーの名は、殺人鬼ジェイソン。
 彼は、頷く事もなく、自分のマスターに対してだけ、殺意も理性も抱くなく、ただ見下ろした。










【クラス】
バーサーカー

【真名】
ジェイソン・ボーヒーズ

【パラメーター】
筋力B 耐久EX 敏捷E 魔力C 幸運C 宝具B+

【属性】
混沌・狂

【クラススキル】
狂化:A+
 全パラメーターを2ランクアップさせるが、マスターの制御さえ不可能になる。

【保有スキル】
怪力:B
 魔物、魔獣のみが持つとされる攻撃特性で、一時的に筋力を増幅させる。
 一定時間筋力のランクが一つ上がり、持続時間は「怪力のランク」による。

単独行動:A+
 マスター不在でも行動できる能力。

【宝具】
『13日の金曜日』
ランク:B+ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1人
 バーサーカーの死後、マスターの魔力を消費するのと引き換えに、再び英霊として降臨する≪不死身≫の性質の宝具。
 再臨後はパラメーターが上昇する可能性があるが、代わりにマスターの制御下を完全に逃れるリスクがある。
 この場合、狂化スキルとは無関係に、バーサーカー自身の意思で行動する。
 特に回数制限はないが、マスターの死亡後にバーサーカーが死亡した場合には、再臨する事は無い(この事はバーサーカー自身も知らない)。

『クリスタルレイク』
ランク:B+ 種別:結界宝具 レンジ:? 最大捕捉:?
 バーサーカーの固有結界。
 自らが溺死したクリスタル湖と、その周辺の鬱蒼とした森とキャンプ場。固有結界内は霧に囲われ、結界に捉われたマスターやサーヴァントの視界も曖昧になる。
 結界内では、バーサーカーの気配は完全に遮断され、低級サーヴァントではバーサーカーの存在を感知する事が出来なくなる。
 ここに誘い込まれたマスター、サーヴァントは言い知れぬ不安感に襲われ、いずれかのパラメーターが1~2ランク程度下がる場合があるという。

【weapon】
『アイスホッケーマスク』
『無銘・斧』

【人物背景】
虐めによってクリスタル湖で溺れさせられた11歳の少年、ジェイソン。
彼は先天的な障害によって、顔は奇形であり、脳が小さく、それが虐めの原因だったとされる。
溺死したかに思われたが、彼は実は生きていた。
巨大な怪物の殺人鬼ジェイソンへと変わり果てて…。

何度死亡しても、落雷や超能力、サイボーグ化などによって毎度のように復活。
死亡する度に人間離れした「不死の怪物」となっていく。
これは宝具となっており、
この怪物の弱点は、母親と同じ恰好や話し方をする女性や、幼い頃の自分と重なる相手と相対すると戦意を喪失する事がある事。
また、ある伝説においては、「水が苦手」とも言われているが、彼自身は「大嫌い」なだけで致命的な弱点とはなり得ない。



【マスター】
遠野英治@金田一少年の事件簿 悲恋湖伝説殺人事件

【マスターとしての願い】
螢子の蘇生。

【weapon】
S・Kのイニシャルが刻まれたキーホルダー
螢子と撮影した写真

【能力・技能】
イニシャルがS・Kだというだけの理由で猟奇的に人を殺す事ができる。
たとえば、「死体を木の上に乗っける」(一体どうやったんだ…)、「死体を冷蔵庫に詰め込む」など。
ボートを動かす技術くらいはあるらしい。

【人物背景】
不動高校の三年生で、元生徒会長。
現在の生徒会長である七瀬美雪によると優しい先輩だったらしく、ぱっと見は感じの良い好青年。美雪と付き合っているという噂もあった。
しかし、その正体は悲恋湖リゾートで起きた連続殺人の犯人・『殺人鬼ジェイソン』である。

彼の動機は、数年前に起きたオリエンタル号沈没事故の際に、最愛の女性・小泉螢子を満員の救命ボートから突き落とした人間への復讐だった。
ボートに乗っていた他の人間を助ける為の正当防衛とはいえ、螢子の命を奪った人間を結果的に殺したその人物を遠野は許さなかったのである。
そして、螢子の命を奪った人物の手がかりは、彼女自身が教えてくれた。
彼女は、最期に、自分を突き落とした人間がバッグにつけていたキーホルダーをむしり取ったのである。
そこには、その人物のイニシャル『S・K』が刻まれていた。
だが、遠野がどれだけ探しても、イニシャル以外の情報は結局つかめなかった……。

そこで彼は考えた。
だったら全員殺せばいいのだと。

【方針】
聖杯を必ず手に入れ、螢子を蘇生させる。
その後、螢子を殺した人間を探し出す。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2015年12月08日 18:09