世界は『情報』で出来ている。


 物質、力、物理法則―――
 この世界のあらゆる事象は、数値パラメータと数式によって『情報』として記述することができる。
 それはすなわち、この『物質世界』に存在する全ての要素が、全く同時に『情報』というもうひとつの実体を持っていることを意味する。
 『情報』とは、コンピュータ端末のディスプレイに表示される文字列のような見せ掛けの存在ではない。
 それは、森羅万象すべての『存在情報』のリンクによって構成された広大で煩雑な『情報の海』の内部に現実に存在している。
 世界を形作っているのは『物質』と『情報』という二重構造。
 二つの実体は常に互いに影響を及ぼしあい、あらゆる現象はその相互作用によって引き起こされる。


 ―――情報の変位は、現実世界を書き換える。


 2180年代初頭、ハノーバーのフリードリヒ・ガウス記念研究所で初めて証明されたこの結論は『情報制御理論』と名付けられ、その後幾多の試行錯誤を経て、ひとつの成果を挙げることになる。
 情報の書き換えを実現するほどの超高速演算能力を実現するために、脳内に生体コンピュータ『I-ブレイン』を与えられた者たち。
 身体能力を加速し、重力を書き換え、分子運動を制御し―――思考によって物理法則を超越する、最強の戦闘兵器。
 神秘に拠ってではなく、純然たる科学により超常を為す異端の申し子たち。


 彼らは、魔法士と呼ばれた。


◇ ◇ ◇


『貴子の言う通りだと思う。だからオレ、強くなる』


 雨に濡れて涙を流したあの日、誰より尊敬する彼女に強くなると誓ったことを覚えている。


『ありがとう。あなたがそう言ってくれることが、あたしの"誇り"だったわ……』


 何もかもが間に合わず、彼女がただ腕の中で息絶えるのを見ることしかできなかったことを覚えている。


『杉村君がねっ……優しい人ですごく救われた―――っ』


 流浪の果てにようやく見つけ出した想い人の言葉を覚えている。


 これは過去。オレの記憶、過去の記憶。強くなると誓い、絶対に守ると誓い、しかしそれさえ叶わなかったオレの記憶の断片。
 守りたいと思った人たちの体が目の前に横たわっている。慶時も、千草も、豊も、三村も。オレが大切に思っていた彼らは皆オレの腕をすり抜けていく。

 飛び散った血と肉片が視界を赤に染める。
 痛みに歯を食いしばり、堪えきれずに倒れ伏す。
 声の限り叫んでも、奇跡は起きない。
 神さまなんてどこにもいない。
 そして。


『あたしも杉村君のことっ
 ―――好きだよおっ……』


 目の前には、近づいてくる死の足音と、ぼやける空と。
 泣き腫らした、彼女の笑顔。

 正義に力はなく、誓いは意味を持たず、伸ばした手は何にも届かない。


 そこで杉村弘樹の意識は終わっていた。
 彼は最後まで、自分を呪った。
 自分の無力さを、少年は呪った。


◇ ◇ ◇


 ―――騎士、黒沢祐一は……


 これは過去。俺の記憶、彼女の記憶。忘れかけていた記憶の断片。


 ―――騎士、黒沢祐一は……世界で、一番きれいなもののために戦って……


 舞い散る桜の下、彼女と二人で過ごした時間を覚えている。
 それは誓い、騎士の誓い。世界がなくなっても、人が滅びても、それでも守らなければならないものがあると彼女は言った。


『あるか? そんなもの』
『……ない、かな?』


 彼女の言葉は予想以上に気恥ずかしいもので、しかし不思議と心に残るものだった。
 だから照れ隠しでそんなことを言ってしまったが、そのせいで彼女の顔は寂しげなものに変わってしまって。


『……いや』


 だから。彼女を見つめる目を細め、その頬へと手を伸ばした。
 頬を撫でる柔らかな風の感触も、木々の隙間から差し込む日の光も、全ては遠い過去のものだけれど。


『あるかもしれないな、そういうの』


 それでも。
 それでも確かに―――彼女は笑っていた。


◇ ◇ ◇


 夕日が差し込む教室に、二つの影があった。
 少年と、男だった。窓枠に手をかけ遠くを見ている学生服の少年と、壁にもたれかかり腕を組んでいる黒服の男。
 少年はともかく男のほうは中学校の教室という場所に不釣合いであったが、既に放課後を迎え人の気配が無くなったこの教室で、それを指摘する者は誰もいなかった。

「えっと。その話は、本当なのか……?」

 少年―――杉村弘樹は窓枠にかけていた手を離すと、未だ壁にもたれかかった姿勢のサーヴァント―――セイバーに問いかける。
 問いを受け、セイバーはそこで初めて視線を杉村へと向け、静かに首肯した。

 聖杯戦争。にわかには信じがたい話だ。しかし杉村は、そんな与太話にも近い言を否定しきれずにいた。
 何故なら、つい先ほどまで当たり前のように過ごしていたこの日常は、「プログラム」によって破壊されていたはずなのだから。
 そして杉村自身、桐山和雄と戦い、敗れ、誰より好きだった彼女を守りきれず死んでしまったことを覚えている。
 死んだはずの人間が生きている。それが聖杯によるものだとすれば、話の筋は合う。

「それで、君は何を願う?」

 目を伏せていた杉村に、セイバーがそう声をかけた。
 願い。この戦争を勝ち抜き、聖杯に託す願いが何であるのか。

「君が"ここ"にいるということは、つまり君が何らかの願いを抱いたという証左だ。君がそのために戦うというなら、俺は最後まで共に戦おう。
 しかし、少しでも迷いがあるというのなら。悪いことは言わない、君はマスターの座を降りるべきだ」

 一見突き放したようなセイバーの言葉。しかしそれは冷徹さの現れではなく気遣いの類であることは杉村にも察することができた。
 迷いを抱いたまま勝ち抜けるほど聖杯戦争は甘くない。道半ばで無残に殺されるくらいならば、最初から戦わないほうがいいとセイバーは言っているのだ。

「……オレは、みんなと一緒に過ごした時間を取り戻したい」

 無意識にそんな言葉が溢れていた。
 それを受けてセイバーは、そうか、と短く頷いた。セイバーは既に杉村からプログラムの説明を受けている。なのでおおよその見当はついていたのだろう。

「死者の復活……いや、察するに君の巻き込まれた殺し合い自体を無かったことにするのが君の願いか」
「ああ。生きていたいのはみんな同じなのに、それでも殺し合わせようなんてゲームを、オレは絶対に許さない。だから」

 そこで少年は息を継ぎ、そして言った。
 強く、強く、自分の心に刻み付けるように。

「オレはプログラムと同じように、この聖杯戦争だって認めない。たった一つの希望をチラつかせて殺し合わせるようなものに、正義なんてあるはずないんだっ!」

 そこに正義はあるのか。杉村はずっとそれを考えていた。
 聖杯戦争、万能の願望器。ああ確かに、杉村には叶えたい切実な願いが存在する。
 けれど、本当にそれでいいのか? 願いを叶えるために他者を殺してまわるのは、自分の命を守るためにプログラムに乗って殺人者になることと何の違いがあるのだ?
 そんなことで平和を取り戻して、オレは本当に、琴弾や貴子や、七原に顔向けできるのか?

 否、否だ。そこに正義なんてあるはずがない。
 オレが憧れた正義は、強さは、そんなものであっていいはずがない。

 だからこそ―――

「オレは聖杯戦争を破壊する。聖杯なんてものはぶっ壊して、裏に誰かが関わっているというならダンクシュートを決めてやる」
「……ならば、君は死ぬことになるぞ。負けると言っているのではない、聖杯の恩寵を拒むならば、既に死したはずの君が帰るべき場所はない」
「それだって折込済みさ。でも、これだけは譲れないんだ」

 そりゃ杉村だって、死ぬのは嫌だし途轍もなく怖い。願いだって叶えたいし、みんなに会いたいという気持ちは胸を引き裂かんばかりに膨れ上がっている。
 だが、それでも。
 それでも、この想いだけは譲れないのだ。

「だから頼む、セイバー。オレに力を貸してくれ」

 沈黙。杉村の言葉を受け、セイバーは黙したまま動かない。
 やはり断られるか。そう思いかけて心細くなりそうになる気持ちを、しかしそれでも奮い立てる。
 自分で決めた道は決して曲げはしない。それが例え自分のサーヴァントに反旗を翻されたとしても。
 そんな風に一人で悲壮な覚悟すら決めようとしていた杉村に、幾ばくかの無言の後にセイバーが声を発した。

「……いいだろう、マスター。俺は君の考えに従おう」
「! いいのか、セイバー!」

 泣きそうにも見えた杉村の顔が、一気に満面の笑みへと変わる。
 あまりにも素直に喜びの感情を見せる杉村に、セイバーは少々頬を緩めながら答えた。

「とはいえ、厳しい戦いになるぞマスター。聖杯を破壊するということは、すなわち全てのマスターとサーヴァントを敵に回すということだ。
 聖杯戦争とは元よりそうではあるが、しかし同盟や停戦さえ望めんだろう。それは分かっているな?」
「ああ、分かっているさ。ありがとう、セイバー……あ、だけどそれだとセイバーの願いは……」

 心の底から嬉しそうにセイバーの手を握り感謝する杉村は、しかし一転してあたふたと申し訳なさそうにセイバーを伺っている。
 そんな杉村の様子に苦笑しながら、セイバーは答えた。

「それは気にしなくていい。俺も聖杯にかける願いを持ち合わせてはいるが、何より優先すべきとまでは思っていない」
「……そうか。何から何まで本当にありがとう、セイバー」

 ―――つくづくオレは縁に恵まれているな。

 この頼りがいのあるサーヴァントを前に、杉村はそう述懐する。
 思えば自分の周りには何にも代えがたい凄い人達がたくさんいた。それは友人だったり、師であったり、想いを寄せる人であったりと様々だが、共通するのは杉村をして尊敬できる者ばかりだということだ。
 そして今、また一人信頼できる凄い仲間を手に入れることができた。

「……そういえば、まだ真名で名乗っていなかったな」

 ふと、セイバーがそんなことを言って。確かに言われてみればこの黒衣の騎士の名前を、自分はずっとセイバーとだけ呼んでいたことを思い出した。

「元シティ神戸自治軍『天樹機関』少佐、黒沢祐一だ。よろしく頼む、マスター」
「ああ。こちらこそよろしくな、祐一さん」

 そうして彼らは一歩、足を踏み出した。
 願いの矛盾に目を逸らさず、己の弱さに目を背けず。
 この世に死があることを知り、悲しみがあることを知り、絶望があることを知り。
 それでも、明日を夢見ることを諦めずに歩き続けるという、果てしない戦いへと向けて


【クラス】
セイバー

【真名】
黒沢祐一@ウィザーズ・ブレイン

【ステータス】
筋力A 耐久A 敏捷C 魔力C 幸運B 宝具D

【属性】
中立・中庸

【クラススキル】
対魔力:E
無効化は出来ない。ダメージ数値を多少削減する。
セイバーにあるまじき低さであるが、未来の英霊故の神秘性の薄さからこのランクとなっている。

騎乗:C
乗り物を乗りこなす能力。大抵の乗り物は乗りこなせる。

【保有スキル】
I-ブレイン:A
脳に埋め込まれた生体量子コンピュータ。演算により物理法則をも捻じ曲げる力を持つ。
セイバーのそれは自身の肉体の制御に特化しており、身体能力制御・情報解体の2つのスキルを使用可能。
また、I-ブレイン自体が100万ピット量子CPUの数千倍~数万倍近い演算速度を持ちナノ単位での思考が可能。
極めて高ランクの高速思考・分割思考・直感に相当する。

(身体能力制御):A
自身の肉体に限定した物理法則の改竄。身体能力及び知覚速度を大幅に上昇させる。騎士剣・紅蓮、もしくは森羅が手元にない状況では性能が著しく低下する。
強化されるのはあくまで速度のみであり、筋力といった他のパロメータに一切変動はない。

(情報解体):B
自身と接触した物体の存在情報へとハッキングし存在情報を消去することで物理的には分子・原子単位まで分解する。単純に物質を破壊するだけではなく、空気を解体して真空の盾を作る・歪んだ空間を解体して元に戻すといった応用が効く。
ただし情報面における強度の高い物体(つまり思考速度の速い物体)である生物やサーヴァント、高度AIの類は解体不可能。
対象が宝具であっても、そのランクや性質如何によっては判定次第で破壊することも可能。

黒衣の騎士:A
三度目の世界大戦において最強騎士『紅蓮の魔女』に並び立ち戦場を席巻した畏怖と憧憬の代名詞。セイバーの在り方そのもの。かつて紅蓮の魔女と交わした騎士の誓い。
セイバーは紅蓮の魔女が没した後は名実共に世界最強の騎士として君臨し、その戦闘力は他の追随を許さなかった。
同ランクの心眼(真)・無窮の武練を内包する。

【宝具】
『自己領域(パーフェクト・ワールド)』
ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:2
光速度・万有引力定数・プランク定数を改変し、自身の周囲1mほどの空間を「自分にとって都合のいい時間や重力が支配する空間」に書き換える。
重力操作による飛行、及びこの領域と一緒に移動することで亜光速による移動が可能。使い方によっては擬似的な空間転移すらできる。
欠点としては、騎士剣・紅蓮が失われたら発動できないこと、自己領域展開中は身体能力制御及び情報解体が使用できないこと、領域内に他者が侵入した場合はその人物も同一条件下で動けること、壁などといった膨大な体積を持つ物体と接触した場合は領域面に矛盾が生じ自動的に解除されてしまうことが挙げられる。

『狂神二式改・森羅(万象之剣)』
ランク:D 種別:対軍宝具 レンジ:1 最大捕捉:1000
かつてセイバーが握るはずだった騎士剣。透き通った緑色の大剣であり、その中枢に搭載された機能こそがこの宝具である。なんらかの形で騎士剣・紅蓮が失われた状態でのみ発動可能。
敵の数や動き、周囲の地形などの要素から最適運動曲線、つまり「最も効率良く殲滅を行うことが出来る仮想上の曲線」を導き出し、それを現実に当てはめての戦闘を可能とする。相手の物理的な弱点箇所を看破し攻撃するためクリティカル補正が付属する。
発動中はI-ブレインにより肉体が完全に支配され自動的に戦闘行動を行う。眼前の敵を殲滅するまで自分の意志で止めることは不可能。また、発動中はI-ブレインにより仮想骨格を形成され、I-ブレインの存在する脳髄を除くあらゆる欠損を仮想的に補うことが可能。
ただしこの宝具の使用中は加速度的にマスターの魔力を消費し、セイバーのI-ブレインひいては霊核そのものに多大な負荷をかけ続けるので長期の戦闘に陥った場合は自滅の恐れがある。
また、この宝具はあくまで殲滅のための機能であるため防御・回避は一切考慮されず、無防備なまま相手の攻撃を受けることとなる。宝具発動中は仮想骨格により半不死となるも、致命傷を負った状態で宝具を解除すれば待つのは死のみである。
敵か己を殺すまで決して止まることができない狂した神の剣。

【weapon】
騎士剣・紅蓮
セイバーが持つ真紅の大剣。I-ブレインの演算処理を補助する外部デバイスだが、騎士の本領である近接戦闘を想定し剣の形を取っている。
銀の不安定同素体であるミスリルで構成されており非常に頑強。セイバーのスキルである身体能力制御及び情報解体の性能を大幅に底上げする効果を持つ。

【人物背景】
かつてシティ神戸に所属していた軍人であり、22世紀末の世界大戦で活躍した英雄。「騎士」のカテゴリに属する魔法士であり、紅蓮の魔女と謳われた七瀬雪を除けば世界最強の騎士と名高い。
恋人であり戦友でもあった七瀬雪がマザーコアとなってシティ神戸を生き永らえさせてからは世界を転々としていたが、雪の次代を担うはずのマザーコア(ヒロイン)が主人公に奪取された現場に居合わせたことをきっかけに10年ぶりに神戸へと帰還し主人公と敵対する。
一人の犠牲の上に1000万の人々を支えるマザーシステムを根底では間違っていると思いながらも、雪が死んだことの意味を失くさないためにシティを守っていた。神戸の事件が終結した後に主人公と和解し、その後は再び世界を放浪することになる。

【サーヴァントとしての願い】
大気制御衛星の暴走事故そのものを無かったことにするのではなく、灰色の雲の下に生きる人と魔法士が足掻いた結果として『青空』を取り戻す。
ただし聖杯に固執するほど強く願っているわけではないため、今はマスターの意志を最優先。


【マスター】
杉村弘樹@バトル・ロワイアル(漫画)

【マスターとしての願い】
プログラムを無かったことにして皆のいる日常を取り戻す。
しかし、己の中にある正義に背くことはできない。

【weapon】
なし

【能力・技能】
拳法を習っており、神童と呼ばれるほどの腕を持つ。漫画の終盤では世界との合一化まで果たした。

【人物背景】
かつてプログラム(クラスメイト同士の殺し合い)に巻き込まれ、そこで死亡した中学生。長身・強面・無愛想の三拍子が揃っているため怖く見られがちだが実際は心優しくシャイな好青年。
元々は気弱な性格故にいじめに遭っていたが、幼馴染の千草の叱咤を受けて強くなると決意し拳法を習い始めた。
プログラムにおいては幼馴染である千草貴子と片思いの相手だった琴弾加代子の捜索を最優先に動いており、千草との別れ・親友である七原との遭遇を経てついに琴弾を発見・保護することに成功する。
しかし直後に桐山の襲撃を受け、善戦するも一歩及ばず敗北、琴弾と共に死亡する。

【方針】
セイバーの言う通り、願いを未だ捨てきれないのも事実であるが、最終的に聖杯を破壊することは確定事項。
少なくとも危険人物に容赦はしないし、いざとなれば命を奪う覚悟もできている。

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最終更新:2015年12月09日 21:09