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朝、妹の必殺布団はぎによって一緒に包まっていた三毛猫共々叩き起こされ、強制労働者のような待遇に不満を感じていると、
「キョンくーん、早く起きてー朝だよぉー。起きてー、朝、朝、朝だよぉー♪」
我が妹は朝から調子っぱずれのリズムラインを大声で歌いながらベッドの上を飛び回る。
我慢の限界を迎えると、俺は上半身だけを起こし朝一番の刺客である妹の頭を押さえた。
来年には中学生を迎えるというのに、妹の余りの幼さに将来を不安視するのは俺の毎朝の日課になっている。
ベッドから降りると俺は全身に気だるいような何か不思議な違和感を感じた。風邪か?
まだ夜が寒いのにパンツ一枚で寝てたのがまずかったのかもな。

朝飯もそこそこに家を出ると、やはり何かしらの違和感を俺は感じていた。
それがなんなのかは分からないまま、馴れっことなったくだらない坂を登る。
前を歩くさらにくだらない奴を見つけ、俺は声をかけた。
たまには俺から声をかけてやるのも悪くない。俺は見慣れた後姿の肩を叩く。
「よ、谷口」
「なんだ、今日は早いんだな」
谷口は振り返りながらそんなことを言う。
「いや、いつもこんなもんだ」
「キョン、聞いてくれ。朗報だ」
なんだ朝っぱらから。お前から朗報なんてのを聞いた覚えは一度も無いぞ。
「まあいいから聞いておけ。今年の新入生は当たりだ」
ハルヒにとっちゃ今年の新入生は不作だったみたいだったがな。
「俺の独自の調査によると、俺らの年よりAランクの女子が多い。
Aランクっていっても涼宮みたいな狂ったのじゃなくてごく普通の女子高生だ」
それはいいことだな。ご苦労なこった。それより谷口。お前ハルヒのことをけなす前に、自分の顔を見てみろ。現実をな。
「お前も涼宮の肩を持つまでになってしまったか」
谷口は溜息をつきつつ、哀愁たっぷりのダンディーな顔をしつつ、肩をすくめてみせる。やたらと器用だ。
というか、お前それ格好良いと思ってるだろ。よけい馬鹿に見えるからやめておけ。
「それにしても何か変な感じしないか? 今朝からずっと違和感を感じているんだが」
谷口は俺を見ると深刻そうな顔で話す。
お前もなのか。俺も今朝からなぜか体調が悪いっていうかなんていうか。
「別に風邪を引いたわけでもないのにどうしてだ」
風邪か。確かにお前は長門が世界を改変した時に風邪を引いていたしな。
「考えても分からん」
俺は考えるのを放棄して谷口と連れ立って歩いた。

俺の違和感は教室に入っても消えることはなかった。
中ではハルヒがムスッとして席に座っていたし、死の女神というべき朝倉が来たりはしていなかった。
「なあ、ハルヒ」
「なによ」
「お前、なんか違和感感じてるか? なんかこうもやもやした。
鈍感な谷口ですら感じていたんだ、お前もなにかしら不思議な感覚を感じてるんじゃないのか?」
「あれ? キョンもなの? あたしも今朝からずーっと気持ち悪い感じが付きまとってるのよねえ」
「なんだろうなこれ」
「分かんない。けど、みんなが感じてるってことはなにか不思議なことが起こってるのかもしれないわね。これは調査のしがいがあるわ!」
ハルヒは嬉しそうにしていたが、俺の頭の中ではもの凄い恐怖が駆け巡っていた。
なぜなら、今まで不思議なことっていったらSOS団の中だけで起きていただけだったし、
古泉や朝比奈さんそれに長門がいつも絡んできていたからだ。
なんだこれ? 結構マジでやばいんじゃないのか?
ハルヒだけならいいんだが、まあそれも良くはないが谷口も異変に気付いてるってのはまずい。
「おい、国木田」
仕方がないので国木田にも聞いてみる。
「なあに、キョン」
「お前、何か朝から違和感を感じたりしてないか?」
「あれぇ、キョンも感じてるの? 僕もなんか不思議な感じがしてるんだよねぇ」
やっぱり国木田も感じてるのか。
「で、何? なんか起きてるの?」
国木田はやたらと爽やかな笑顔で尋ねてきた。
「いや、なんでもないんだ。気にしないでくれ」
「そう」
国木田以外のクラスメイトにも尋ねてみたが(男子にしか聞けないチキンだがな)、何も感じていないということが明らかになった。
ハルヒに関わったことがある人だけにこの謎の現象は感じ取れるのだろうか?
俺は誰が責任者なのかたらい回しにされた挙句、結局うやむやにされた政治的事件のような不快感を感じながら、
その日の授業をこなした。

放課後。
「ふーん。やっぱりみくるちゃんも有希も古泉君も感じているのね」
ハルヒはシャープペンをくるくる回しながら、楽しそうに言った。
「でも、うちのクラスは谷口と国木田しか感じていなかったのよね。
全員感じててもおかしくないはずなのによりによって谷口だけが分かってるなんて、なんかあたしが変なことを感じてるみたいじゃない」
「彼の立場について知りませんが、僕のクラスでもこれを察知しているのは僕だけでしたね。
理由は分かりませんが、これは由々しき事態のように思われます」
古泉が無駄に深刻そうな顔で言った。
「これは調査のしがいがありそうね! まずはこの学校の全生徒に確認を取らないと!」
「それは楽しそうなんですが、僕はこの後彼と出かける約束があるんです。今日は朝比奈さんと長門さんで調べてくれませんかね」
彼とは俺のことで、古泉は俺に向かって手を差し出しながらこちらをちらちらと見てきた。
古泉と遊ぶ約束などした覚えはないが、おそらく古泉は俺に何か言わなければならないことがあるんだろう。
「すみません」
古泉は困った顔でハルヒに謝っている。
「まあ、いいわ。どうせキョンがいたところで役に立たないしね」
「ありがとうございます」
俺は朝比奈さんの淹れてくれた紅茶をちびちびと飲みながらこの茶番劇を傍観していた。
確かに古泉の言う通り「由々しき事態」というやつかもしれんが、どうしてだが俺は急かされるような緊迫感を余り感じてはいなかった。
それはハルヒのやつがひまわりのような笑顔で目を輝かせていたからか、
茶番劇を演じた古泉の演技が小劇場の芸人のコントよりわざとらしかったからかもしれない。
他にも朝比奈さんの淹れてくれた紅茶が甘美なものだったからかもしれず、
長門がデフォルトの位置で本を読み耽っていたからかもしれなかった。
とにかく、俺はナイフを突き立てられたり、学校にハルヒがいないとか、
そんな非日常のサインがなかったが為に余り緊張感を感じていなかったわけさ。

さて、古泉と帰ることになった俺だが、こいつはどこに行こうとしてるんだ?
さっきから早歩きで俺を無視して歩き続けている。お前から誘っておいてこの仕打ちはないだろうよ。
「おい、古泉。どうしてそんなに速いんだ」
おい、無視か。俺が古泉についていくのを止めようとしたちょうどその時、
「車が来ました。早く乗ってください」
初めて口を開いたかと思えばなんだ。車で移動するのか?
俺達が歩いていた歩道の後ろ側から黒塗りの車が来て路肩に止まり、古泉が先に乗り込むと俺も倣って乗り込んだ。
と、ドアを閉めるか否かってところで車は急発進した。
もちろん俺はそんなことを予想などしておらず、柔らかいヘッドパッドに頭をしこたま打ち付けた。
この場合問題はヘッドパッドの柔軟性云々ではなく首の急激な移動にあるわけで、
俺は痛む首を押さえながらムチ打ち症状を訴え法廷闘争も辞さないという目で古泉を見ると、
「すみません、盗聴の恐れがあったんで何も話せませんでした」
古泉は半笑いで前を向いたまま言った。盗聴? 冗談だろ?
いくら日本が物騒になったからって公然と行われていいわけないだろ。
「盗聴は盗聴ですよ。知らないんですか?」
馬鹿にするな、意味ぐらい知ってる。よくコンセントとかに隠してあるあれだな。
「それならお解りでしょう」
いや、解るわけ無いだろ。というか、盗聴なんて箱型電波受信機の中でしか見たこないし。
盗聴なんてそんないかがわしいもの誰がやってるんだよ。
「僕達機関と逆の立場を取る組織が存在することは前にも言いましたよね?」
言ったな。それに長門や朝比奈さんにもいることは知ってる。鼻につく未来人なら二ヶ月前に会ったばかりだ。
「盗聴を仕掛けているのはその逆の組織です。
今回の事件に便乗して僕達SOS団を壊滅し、かつ涼宮さんの能力を独占しようとしています」
ちょっと待て! 今さらっと怖いこと言わなかったか? SOS団を壊滅とかなんとか。俺達は何をされるんだ?
「僕達SOS団のメンバーを殺害、または監禁といったところでしょうか。
もしくは涼宮さん自身を監禁し洗脳する、不可能な場合直接殺すという手段を取る可能性もあります。
そして盗聴のことですが、もちろん部室にも盗聴器が取り付けられていました。しかし、今まで長門さんが全て破壊してくれました」
なんで俺が殺されたりしなきゃならんのだ。くそっ、ハルヒに関わったばっかりに。
でも、こっちには長門という核兵器より強い最強の宇宙人がいるはずだが。
「そうなんです。敵対存在にとって最上位TFEI端末である長門さんは最大の脅威です。
しかし、長門さんに匹敵する別組織のTFEI端末をあててくるでしょう。彼らはSOS団の壊滅を最優先に考えています」
広帯域なんたらっていう新型のネット通信に使われそうな名前のやつも狙ってるのか。やっかいだな。
「そうです」
「で、それはいいんだがってよくはないが、俺が今感じている違和感について教えてくれないか?
今回の事件ってのはこれのことを指しているんだろ?」
「あなたは時に驚嘆するような鋭さを見せますね。賞賛に値しますよ」
「お世辞はいい。で、お前は知ってるのか? この違和感が何なのかを」
「知っているというのは大げさでしょうが、ある程度は把握しているつもりです。機関はそのためにあるのですからね」
「教えてくれないか? 今朝から気持ち悪いったらありゃしない」
「教えてもかまいませんが、知らないほうが幸せだったということもあります。先に言っておきますが絶望するかもしれません」
確かに俺はこんなことには関わりたくねーよ。
だがな、こんなこと頼めるのはおそらくこの世界で俺だけだ。
相対性理論を完全に無視して、過去やら閉鎖空間やらに行き来して平常心を保っていられる俺は大物に違いない。
物理法則ってのは経験則だって聞いてるし、そろそろ書き換えが必要だろうな。
俺がこれまでの大事件を振り返っていると、車は急激に停止し、またしても俺は前座席に身体ごとめり込んだ。
だから、言ってるだろ! ヘッドパットは、……もういい。
「痛てーな! さっきからなんなんだ!」
俺が古泉をじゃれあってたはずなのにいつの間に本気になってしまった時のような目で睨みつけると、
「すみません。後ろからつけてきている車がいたもので」
古泉はしれっと笑いながら謝ってみせる。
「そいつから逃げ切る前に、俺が死ぬわ!」
「はは、面白い冗談ですね」
真面目な顔で、気味の悪いことをいうな。しかも、そんなで面白いとか言われたら俺のほうが寒いわ!
「すみません」
「もう、大丈夫、……なのか?」
「そうですね。おそらくちょっとした監視だったみたいですね。撒けたみたいです」
「それならよかった」
俺はほっと胸を撫で下ろし、大げさに息を吐いてみせる。
車は今度はゆっくりと走り出し、そのまま緩やかな走行を維持した。
「では、もう一度聞きます。あなたは絶望的な状況になってもSOS団員として行動できますか?」
さっきから古泉のやつは俺と目を合わそうとしない。ずっと前を見たままだ。
「もちろんだ」
「そうですか、それは嬉しい限りです。あなたにも協力してもらわなければなりませんから。どこから話しましょうか?」
「最初から頼む」
「四月に入り涼宮さんは未だ閉鎖空間を発生していません。
というより閉鎖空間を発生させることができないといったほうが正しいですね」
「どういうことだ?」
「詳しくは分かりません。前にも言った通りなぜか分かってしまうんです」
「というか、お前ら機関にとってはありがたいことじゃないのか? ハルヒが閉鎖空間を発生させられないなら」
「確かに四月の頭の段階ではそう考えられていました。しかし、時間が経つにつれ、驚くべきことが明らかになったのです。
この世界は終焉に向かっている、ということがね」
「はぁ!? そ、それ、……冗談だろ?」
俺には古泉の言っていることが一九九九年に世界の終わりを予言したポッとでの預言者と同じぐらいにしか感じられなかった。
「冗談ではありません。あなたも感じているでしょう? 世界が終わるその予兆を」
「そんな真面目な声色で言われても納得はせんぞ。だがもしかして、この気持ち悪い粘着質な不快感のことか?」
「そうです」
「どうしてこれが世界が終わる予兆なんだ。風邪引いてるのとそんな大差ないぞ」
「風邪ですか。確かに何らかの身体的影響が現れてもおかしくはありません。しかし、事態は想像以上に深刻です。
感ぜられる兆候として、世界が軋み始めているというのがあげられます。
そのため、涼宮ハルヒに近い人物達はその予兆を感じているのでしょう。
僕達もどのように世界が終わっていくのかは分かりません。神のみぞ知るといったところですかね」
「ハルヒに世界を終わらせる力なんて本当にあるのか?」
「あるとも言えるし、ないとも言えます。僕達と相対する勢力はこの世界の終焉の危機に伴い、強行的な手段をとろうとしています。
この車は機関のものなので安心してください。運転は新川さんがしてくれていますし」
「どうも。よろしくお願いします」
運転席から会釈する新川さんに、俺も答えた。
「俺はこのことを信じていいんだな?」
「それはあなたで決めてください。誰が正しいのか間違っているのかはあなた自身が判断することですよ」
「そうか。でも俺はお前のことを信じるよ。SOS団として一緒に時間を共有してきた仲だからな」
「ありがたいですね。僕達機関は現在をもってこの原因を調査中です。いずれあなたに報告できる日が来るでしょう。
それに、報告しなくても世界の軋みは顕在化してくるでしょう。それがいつになるかは不明ですが」
「それだけ教えてくれれば十分だよ。SOS団には朝比奈さんも長門もいるしな。
それにどうなるかは分からないが、ハルヒが世界を終わらせるなんて野暮なことするはずがねぇって思ってる」
「そうですね。自身も世界に内包されている神である涼宮さんが世界を終わらせることはない、ごく自然な思想です」
「そうであってほしい、だろ?」
「はは、そうですね」
古泉はやっと素直な笑みを浮かべた。今までやたらと真面目な顔をしていたからな。
車が止まる。俺の家だ。
「あなたの家まで送らせて頂きました。あなたの信頼なさっている長門さんがお待ちですよ」
古泉の言う通り俺の家の門前で長門が一人佇んでいた。
「お疲れ様です。今日話したことはゆっくり考えてみてください。
僕達は涼宮さんに危害を加えることなくこの世界を元に戻さねばなりません。
どういう手段を取れば良いのかは分かりませんが、きっとあるだろうと信じて探すだけです」
「ありがとな。今日は楽に帰れて嬉しかったよ」
「ははっ、それは光栄ですね」
俺は車から降りると、新川さんに一礼してから車が走り去っていくのを見守った。古泉は終始笑顔でどこか満足げだった。
「待ったか?」
俺は門の前で立ち尽くす長門に話し掛けた。長門は首を振る。
「そうか、それならいいが。それでだ長門、お前も何か知っているのか?」
俺は動かざること山の如しを地でいく長門に尋ねる。
「ある程度知っている」
「お前がある程度なんてのは珍しいな。立ち話もなんだし、とりあえず家に上がれよ。話すことがあるんだろ?」
長門はあごをわずかに引くと、意志の強い目で俺を見つめた。

長門を連れて家に入ると、妹に見つからないように素早く二階へ上がり、音を立てまいとゆっくりとドアを開けた。
テーブルの脇にクッションを置いて長門が座れるようにする。
「長門、座れよ。安物のクッションで足が痛くなるかもしれないがな」
「いい」
俺はそれを肯定と取り、ベットに腰掛けた。
「それじゃあ、遅くなるのも悪いしハルヒのことでも話そうか。これを話しに来たんだろ?」
俺は目の前で正座をしながら窓を見やる長門の横顔に尋ねた。
「そう」
「長門も本当に世界が終わると思ってるのか?」
「あなたにとって世界とはどの範囲を言うの?」
長門は疑問を疑問で返してきた。
世界って言われても確かに日本なのか、それとも地球なのか、それとも俺が見てきた全てなのか。
もしかしたら形而上学的なものかもしれない。メタファーとか脱構築かもしれない。
だが、結局俺はこの場に即した解答を言うことにした。
「宇宙かな」
「そう」
「………」
「………」
「何かまずいことでも言ったか?」
長門は首を横に振る。
「わたし達情報統合思念体もこの宇宙の創生と共に発生し、宇宙と共に進化してきた。宇宙外のことは把握できない。
例えば、古泉一樹が閉鎖空間と呼ぶ涼宮ハルヒの精神空間については情報統合思念体も認識することは不可能」
「そうなの……か?」
「そう」
と言われても、訳が分からんのだが。どこからが宇宙で宇宙じゃないんだ?
「でもさ、俺が朝倉に襲われた時のあの空間はなんだったんだ? カマドウマの時も謎の空間に行ってるし」
「朝倉涼子が発生させたのは擬似空間と呼ばれるもの。空間の構成情報を書き直して空間を再構成させて発生させたもの。
つまり、この宇宙内で行われたこと。カマドウマの時も同じ」
「で、世界の定義についてはいいんだ。とりあえず、ハルヒの奴がこの世界を終わらせちまうのかどうなのかってことを聞きたいんだ」
「どちらとも言えない。もっとも、わたしのような端末では詳しくは分からない。
最近、広域帯宇宙存在がジャミングを発生させて思念体とのコンタクトを妨害しているため、正確な情報については把握できていない。
でも、あなたの言う世界は確実に崩壊へと向かっている。これだけは真実」
長門は窓の外を見るのをやめ、俺を見つめた。俺はその真剣な眼差しに少しだけ怯んでしまった。
「長門が言うんだからそうなんだろう?」
「こればかりはわたしでも把握することはできない」
「というか、これ直るんだろ? 長門も朝比奈さんもいるしな」
長門は首を振った。
「ほら、また過去に行ったり、ハルヒのご機嫌を取ったりしてさ」
長門は先ほどより大きく首を振った。
「じゃあ、どうするんだよ? 長門の力でも駄目なのか?
ほら、前みたくハルヒの能力をちょろっと借りてさ、世界改変しちゃえば大丈夫だろ」
「涼宮ハルヒの能力は失われつつある。だから、世界が崩壊へと向かっている。
涼宮ハルヒの能力を使って世界を再構成しなおすには情報が足りない」
「……じゃあ! どう、…すんだよ?」
俺は知らない間に長門を頼っていたことに気付いた。
いつも大げさに言う古泉のことと軽くみて、長門や朝比奈さんとまた何かをすれば元に戻るはずだ、そう考えていた。
そして、一縷の願いが砕かれた今、俺はこうして何も悪くない長門に対して怒鳴ってしまったわけだ。
「あ、いや、そのすまん。怒鳴って」
「いい。人は世界の終焉に常に恐怖を感じている生物。だから宗教がある。
こうやって現実化したときの精神的ストレスは人である以上仕方のないこと」
「そうか、すまんな」
「……それより、わたしはあなたに一つの質問をしに来た」
「そうだったな。そのために、俺の家の前で待ってくれていたんだもんな」
長門はゆっくりと瞬きを一つして、俺に尋ねてきた。
「あなたは世界の崩壊を防ぐために行動を起こす勇気がある?」
やはり、そのことか。古泉も訊いてきたな。
「あるさ。俺はまだ生きたいからな。それに他の人にもまだ死んでほしくはない」
「そう。なら、わたし達は行動を起こす必要がある」
「どんなだ? 何をしたら世界を救える?」
「分からない」
分からないって、長門でも分からなかったら誰が分かるんだよ。俺は頭を掻きながら、古泉の言っていた意味も考えた。
「でも、何かをしないと世界は変わらない」
「どうすればいいんだ?」
「そのためにSOS団はある、そうでしょ?」
長門には教わることがたくさんある、そう思った。一人で考えても何も思い浮かばないなら、みんなで考えればいい。
「それにまだ時間はある」
「そうだな。時間はあるし、SOS団で頑張ってみようか。ところでこれはハルヒに言ったほうが良いのか?」
「推奨はできない。しないほうが妥当」
「……そうか」
「そう」
「………」
「………」
俺達ってすぐ無言になっちまうな。倦怠期の夫婦みたいなもんか?
「帰る」
長門は立ち上がるとそういった。
「そうか。家まで送るよ」
「いい」
「送らせてくれ。いや、送らせろ。無理って言うならついて行く」
「そう。じゃあ、送って」
「まかせろ」

俺達は部屋を出るとまた階段を音を立てずに下りた、――ところでちょうどリビングから出てきた妹に見つかってしまった。
「あーっ! 有希ちゃんだ! 有希ちゃんだ! どうしてここにいるの!?」
「うるさいな、ちょっと用事があったんだよ」
妹は長門に抱きつき嬉しそうにしている。長門もそれに答えるように、妹の頭を撫でていた。
「長門はもう帰るんだ。お前に付き合っている暇はない」
消波ブロックに張り付いている貝のように長門に抱きつく妹を引き剥がし、炙って食べるではなく、
永久磁石ばりに元に戻ろうとするのを必死で押さえつけた。
(長門がNで妹がS、って上手いこと考えてる場合じゃないか、上手くない? すまんな)
「有希ちゃん帰っちゃうの?」
そんな甘えた目で見ても無駄だ。どう言おうと長門は帰るんだから。
「いっしょに晩ごはん食べていこーよー。今日はカレーだよー?」
まずい。その献立は非常にまずい!
「………カレー」
「そう、カレーだよ!」
「………食べたい」
おい、長門。目がマジだぞ。
「じゃー、リビングに行こう!」
俺の腕からするりと抜けた妹は、長門の手を引っ張るとリビングへと一瞬で連れて行ってしまった。
あれ、さっき世界崩壊の危機とか言ってなかったっけ? やれやれ。
この世界は馬鹿ばっかりだ。

リビングは小奇麗になっていて、テーブルの上に朝刊とテレビのリモコンが置いてあった。
長門の服の裾を掴んでいる妹はお気に入りのアニメ番組をかけると、
「有希ちゃーん! キョン君がごはん持ってきてくれるまでいっしょに見よう?」
妹は長門をダイニングテーブルに座らせると、テレビを指差して長門に見るように薦める。
そういえば、長門の部屋にはテレビ無かったし初めてだったりするのか?
妹に催促されてテレビ画面を見つめる長門はとても新鮮に見える。
いつも活字を目で追ってるのしか見てないからな。
そんな長門に頬を緩めながら俺はキッチンに入って、何か残り物でもないかと捜索を開始した。

長門、妹と並んでスプーンを持って待つのは止めてくれ。カレーは逃げたりしないから安心しろ、な?
今日は母親が出かけているようで、そのため温めればいつでも食べれるカレーを作り置きしてくれていたのだろう。
俺はカレーを温めつつ、アメリカのようなサラダを作り、仕上げに和風ゴマドレッシングをかけた。
炊いてあったご飯を特盛に皿に盛り、カレーをかけたら出来上がりだ。
海外の山脈の名前で表記された日本製のミネラルウォーターに水を入れると、妹を呼んで持って行かせた。
やたらと多国籍な料理だなと感心していると、
そこでスプーンを持ってカレーを心待ちにしている人物が宇宙人だということに気付いて気が遠くなった。

俺は席に着くと、いつもの通り合掌して、
「じゃあ、食べるか。頂きまーす」
「いただきまーす!」
「………頂きます」
小さな丘を作っているカレーを正確なリズムで食べる長門を見ながら、
長門と食事ができてご機嫌の妹をもっとゆっくり食べなさいと叱った。
「長門、うまいか?」
「………おいしい」
「それはよかった」
「有希ちゃんがおいしいって言ってくれて嬉しいな!」
「そうだな」
俺は妹に同意すると、サラダの色合いを保っていたトマトに手をつけた。
長門とカレーを食べるのは二度目だが、やっぱり乙なものだと感じざるを得ない。
カレー以外に興味がないかのようにテンポ良くスプーンを口へと運ぶ長門には芸術的価値があるような気がしてくる。

「おいしかったー!」
とっくに食べ終わっていた俺と長門は妹が食べ終わるのを待っていた。
「ごちそうさまは?」
「ごちそうさま!」
「ん。じゃあ、片付けるか」
「うん!」
素直なのがこいつのかわいいところだ。で、お兄ちゃんって呼んでくれたら最高なんだが。
「ん、長門はそのままにしてていいぞ。俺が片付けるから」
「いい」
長門は無視して立ち上がり、俺の脇を通ってキッチンへと皿を運ぶ。
「置いといてくれてよかったんだぞ?」
「………このぐらいはしたい」
「そうか。それはそうと、もう帰るだろ? さっきも言ったが送ってくよ。もう八時過ぎてるし」
「……分かった」
長門はこくりと頷く。
「じゃあ、お前は待ってろよ? 留守番できるな?」
妹に言うと、妹は満面の笑みで、
「うん!子供じゃないもん!」
玄関まで来ると、妹はまたも岩に張り付くイガイのように長門に抱きついた。
お前は抱きつくこと以外にすることがないのか。
そして悲しい顔を浮かべて長門を見上げると、
「有希ちゃんまた来てくれるよね?」
長門はこっくりと頷くと、
「また今度」
妹の頭を撫でてそう言った。少しだけ嬉しそうに見えたのは内緒だ。

家を出ると既に外は真っ暗で、といってもそこまで田舎ではないしそれなりに明るい。
玄関で手を振ってさよならを言う妹を背に、俺達は長門の家へと向かっている。
「遅くなっちゃったな」
長門は俺を見て、見るだけの合図を送る。つまり、見ただけでなにもしなかったわけだ。
「こうやってさー、長門と一緒にカレー食ってると本当に世界ほーかいの危機なのか分かんなくなるよな。
こうやって、一緒に帰ったりしてるとさ。ホントに世界が崩壊なんてするのかなー、って思う」
「……油断大敵」
「……そ、そうだよな。でもさ、実感がわかねーんだよな。感じてるのはこの風邪みたいな気だるさっていうか、違和感だけだし」
「………」
沈黙。無駄なことは話したくないのが長門だったな。最近少しずつ喋るようになってたから忘れていた。
手持ち無沙汰になった俺はとりあえず、空を見上げることにする。
音の無い月が夜空にべったりと張り付いていて、その周りにチカチカとうるさい星達が散らばっていて……、
ってなんで俺はこんなにセンチメンタルになってるんだか。
三国時代の名軍師なんかは星空を見ただけで天候やら人が死んだやら分かったらしいが、俺もそんな気分だね。
近日公開予定って発表されたはいいが、永遠に陽の目を見ない超大作が公開されるそうだって言われてるような気分だ。
いつもと変わらない長門やカレーやこうやって吸ってる少し冷たい空気が俺をそういうふうに思わせるんだ。

で、俺は今右手に冷たい感触を感じて、それが何か確認するために俺の右手を見た。
「……長門、どうしたんだ?」
長門がその小さな左手で俺の右手を握っていた。
「………」
ここでも、だんまりか。
別に悪い気はしないし、夜にかわいい女の子と手を繋いで家まで送るなんてシチュエーションは正直嬉しい。
「………」
「………」
「……なあ」
「……何?」
「お前、手冷たいんだな」
「……そう」
長門は俯きながらそう答えた。俺は長門の細い指に自分の指を絡めると、少しだけ強く握った。
肌寒いくらいの気温なのに手が汗ばんでいて、何だか憂鬱だ。長門も答えるようにほんの少しだけ、握り返してきてくれた。
「………」
「………」
いつもなら苦になる無言でも、俺が気の利いたこと一つ言えなくても、どうでもいいことのように思えてきた。
そのまま俺はほとんど言葉も交わさないまま長門をマンションの下まで送り、
「また明日学校で。じゃあな」
と言って、長門が頷くのを確認すると、俺は来た道をトレースして帰った。
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