俺は目の前の状況をしばらくの間、正確に認識出来ないでいた。
なぜここにハルヒ達がいるんだ?まさか・・・
「アンタの今日1日の行動はしっかり監視させてもらったわ」
得意げに語るハルヒ。
やはり・・・つけられていたのか・・・。
どうりで昨日は随分あっさりと俺の欠席を容認したはずだ。
最初から俺の欠席理由が嘘だと気付いてやがったのか。
まさに俺はハルヒの策略にまんまとハメられてしまったのだ。

「神聖なるSOS団の活動をサボって、しかもバレバレな嘘をついてまで、
 そこまでして優先した用事がまさか年上女との密会だったとはね」
ハルヒはニヤニヤとした表情ではあるが、言葉の端々に怒気を孕んでいるようにも思えた。
朝比奈さんはオドオドと、そんなハルヒと俺の顔を交互に見ている。
どうしたらいいかわからないっていう感じの表情だ。
長門の視線は冷たい・・・絶対零度だ。怒ってるのか?
そしてなぜか足元には真っ二つに引き裂かれたタウンページの残骸が・・・。
古泉はやや焦りを浮かべた表情だ。ハルヒの機嫌とこれから起こるやも知れぬ修羅場を危惧しているのであろうか。
「で、あの女は誰?」
ハルヒが問いかける。
さて、ここでまた嘘を重ねるほど俺も馬鹿ではない。
動揺しきった今の俺ではどんな嘘を並べたところで見抜かれてしまうだろう。
ここは正直に答えるしか手はない。

「あの人は俺の従姉妹のねーちゃんだ。訳あって最近この街に越してきたらしい」
動揺が口調に現れてしまわぬよう、精一杯の冷静を装い、答える。
「ふーん、あの『初恋』のおねーさんね」
『初恋』の部分をやけに強調するハルヒ。


「で、アンタはその『初恋』のおねーさんと、今日はどんな用事があったわけ?
 見ていた限り、随分と話も弾んでいたみたいだけど?」
ここも正直に答えるしかない。
「ねーちゃんはまだ越してきたばかりでな。この街の地理に詳しくない。
 そこで一昨日偶然にもねーちゃんと5年振りに会った俺が、案内役を買って出たってわけさ。
 それと『随分と話も弾んでいた』ふうに見えたとのことだがな、
 何しろそこは5年振りの再会なわけだし、お互いに積もる話があるのが普通だろう?」
そんな俺の答えにもハルヒは納得しない。

「だったら最初からそう言えばよかったじゃない。わざわざあたし達に嘘をつく必要があったの?」
うぐっ・・・なかなかに耳の痛い指摘である。
「それはだな・・・不本意にもあんな話をさせられちまった後だったからな。
 そんな昨日の今日でねーちゃんと出かける予定だなんて言えば、変な誤解をされるのは目に見えている。
 だからとっさに嘘をついちまった。それについては悪いと思っている」
『あんな話』とは勿論、俺の初恋の相手がねーちゃんだったという話である。
俺が正直に謝罪の意を示したのが面白くなかったのか、ハルヒは「ふーん」と言った後、数刻黙りこくっていたかと思うと、
いやらしい、意地悪っ子のような目つきで俺を睨み、言葉を続けた。

「本当かしらね~?実はキョン、アンタ満更でもなかったでしょ。
 昨日は『未練はない』とか『過去の話』とか言っておきながら、
 5年振りに再会して一段とキレイになってたポニーテールの『初恋』のおねーさんに、
 胸をときめかせてたりしたんじゃないの?もしくはもう付き合ってるとか?」

『ドキッ!!!』
その台詞を聞いた瞬間――俺は心臓がマジで飛び跳ねたような錯覚を受けた。
顔も一瞬にして赤くなっていたに違いない。


「あら?図星だった?」
そんな俺の様子を見て、追い討ちをかけてくるハルヒ。
コイツ本気で俺を亡き者にするつもりか?

「そ、そんなわけないだろっ!」
目に見えて焦りまくる俺を尻目に、ハルヒは「フン」と鼻を鳴らし、
「冗談に決まってるじゃない。キョンがあんなキレイなオトナの女性と釣り合うわけないでしょ」
と、のたまう。それは確かにそうかもしれないが・・・。
「初恋の人だか何だか知らないけど、相当重症の精神病にかかっちゃてるみたいね」
出た。ハルヒの十八番、『恋愛=精神疾患』理論だ。
これで、
『お前が感じている感情は精神疾患の一種だ。治し方は俺が知っている俺に任せろ』
とでも言ってくれればまだマシだったのだが、ハルヒは更にキツイお言葉を投げてきた。

「アンタ、あの女に遊ばれてんのよ。そんなのにも気付かない?
 私が見るに、あのオンナ相当手馴れてるわよ。
 星の数ほどのオトコを色気で騙しては、飽きるとすぐにポイしてきた――そんな感じね。
 アンタも騙されてるのよ。あーいうのをまさに天性の遊女って言うのかもしれないわね」

それを聞いた瞬間、俺は全身の血の気がさーっと引いていくのを感じた。
アタマに血が上ったのではない。引いたのだ。

そして次に俺が発した台詞は――恐ろしいくらいに感情のない、冷たい口調で吐き出されていた。


「あのな、確かに俺はねーちゃんとは釣り合わない。
 顔がいいわけでもない、頭がいいわけでもない、金もない、
 男として人に誇れるものなんて何も持ち合わせちゃいない。しかも嘘までつくときてる。
 ねーちゃんもこんな俺を隣に連れて歩くだなんて、実はムチャクチャ恥ずかしかったかもしれない。
 そんな俺を馬鹿にするならいくらでもしてくれて構わない。死刑にするならいくらでもしてくれて構わない――」

「べ、別にそこまで言ってるわけじゃ・・・」
ハルヒは言葉を濁す。

「でもな。ねーちゃんを悪く言うのだけはやめてくれ。あの人はそんな人間じゃない。
 それに、オマエにねーちゃんの何がわかるって言うんだ。何も知らない癖に勝手なことを言わないでくれ。
 俺は自分がいくら悪く言われようが何とも思わん。だけどねーちゃんが悪く言われるのだけは我慢ならん。
 今回の件は全て俺の責任だ。パトロールをサボったのも、嘘をついたのも俺の責任だ。悪いと思ってる。
 ・・・・・・だからその代わり、ねーちゃんを悪く言うのだけはやめてくれ」

俺の口から、氷のように冷たく、しかしその中にはどんな高性能のハードディスクにも
収まりきれないほどの容量を持っている、そんな言葉が吐き出された。

数刻前までは、情けないほどの狼狽を見せていた俺の突然の豹変振りに、
ハルヒはじめ、朝比奈さんも古泉も唖然とした表情を浮かべている。
あの長門でさえもその瞳の色を微妙に変えた。

俺のこの機械的な心情の吐露は、どんな大きな怒り、喜び、悲しみを持った叫びよりも
物言わぬ石のような沈黙に覆い尽くされた闇夜の空間に、深々と響き渡ったようであった。

そしてすぐにまた、街頭の光に群がる虫達の羽音まで聞こえてくるような静けさが俺達を支配する。


そんな沈黙を破ったのはハルヒだった。
「わ、わかってるじゃないのよ!
 そうよ!今回の件は全てアンタに責任があるわ!
 罰として明日の市内探索パトロールではアンタが交通費から昼食代まで・・・
 とにかくあたし達全員の分、全額出すこと!」

俺は黙りこくっていた。それを無言の肯定と受け取ったのか、
「それじゃあ明日は9時に駅前に集合!
 遅れてきたら死刑だからね!以上!今日は解散!」
そう言い残し、ハルヒは闇夜に消えていった。

意外に思ったのは、ハルヒが俺の台詞に対し激高しなかったことだ。
俺がここまで楯突いてきたんだ。てっきりハルヒは烈火のごとく怒り出すと思ったのだが・・・。
実際、先の沈黙の間、古泉が恐々とした表情を浮かべていた。
ハルヒの余りの怒りにより、またあらぬ事態が発生することを危惧していたのだろう。
そうなったらまたあの灰色空間に派遣される運命だしな。

「改めて、嘘ついたりして悪かった」
俺は再度、残った3人に謝罪の意を示す。
「そんな・・・キョンくんに謝ってもらうようなことは・・・何もないですよ」
朝比奈さんが控えめに俺に声をかける。
古泉と長門は黙ったままだ。


そして残ったメンツも、自然消滅的な流れで解散となった。
朝比奈さんと古泉は最後まで複雑そうにしていた。
長門は・・・正直よくわからない。今日に限ってはアイツの感情は殆ど俺には読み取れなかった。

さて、俺もそろそろ帰るか・・・。
自転車を転がし、歩き始めたその時、俺は何かに服を引っ張られているような錯覚を覚えた。
正確に言うと錯覚ではない、実際に誰かに引っ張られている?
そしてその『誰か』正体は・・・長門だった。背後から俺の服をチョンとつまみ、佇んでいる。
「長門・・・帰ったんじゃないのか?」
確かに長門は朝比奈さんと古泉に付き従うように闇夜の中へ消えていったはずだ。
それがなぜかいつの間にやら俺の背後にいる。ちょっとしたホラーだぜ。

「あなたのことが心配で、戻ってきた」
「心配?」
「今日のあなたからは、あなたを構成する情報の不規則な起伏が、終始観測された」
「俺を構成する情報?何だそれは?」
「あなたが理解しやすい言葉で言えば、『感情』と言うのが最も適切」
「つまり今日の俺は『感情』的にどこかおかしかったってことか?」
「そう。不規則な起伏が終始観測された。こんなケースはこれまでには皆無だった」

 
長門の言わんとすることを正確に掴むことは難しいが、要は俺が今日1日中何かしらの動揺をしていたってことか。
長門は更に言葉を続ける。

「そして、ついさっき。涼宮ハルヒの発した言葉に対するあなたの『感情』の起伏、
 その反応の値はこの1年間で最高値を記録している」


ああ、アレか。確かに口調は冷静だったがあの時の俺の心の中はこれでもかっていうくらい掻き乱されていたからな。

「その原因が何なのかは正確にはわからない。ただあなたが涼宮ハルヒが発したあの女性に関する言動、
 そして『初恋』という単語に過敏に反応していたことは把握出来た」
「そうなのか」
「そう。私にはあなた達の言う『初恋』という単語の意味や、
 あなたがあの女性に対して抱いている『感情』の詳細は理解出来ない。
 だからこそ、あなたが心配」
そう言いながら長門は、俺の目をまじまじと見つめている。
「そうか、そんな心配をかけちまったか。すまなかったな長門よ」
「別に、いい」
「ただな、その『感情』とやらだが正直俺にもよくわからない。
 なんでハルヒの言葉にあんな反応をしたのか、それ以前に俺が今ねーちゃんに対してどんな気持ちを抱いているのか、
 正直まだ俺自身にもイマイチ判断がつかないんだ」
「そう」
「だからな、お前を安心させてやれるような言葉をかけることも出来ない。情けない話だがな。
 すまんな、長門」
「別に、いい」
「ただな、俺にもわからないその『感情』とやらだが。
 俺はな、長門、お前にもいつかきっとわかるもんだと思うぞ?
 根拠はないが、何となくそんな気がするんだ」

長門は答えなかった。そして、
「また明日」
と一言残し、今度こそ闇の中へ消えていった。
しかし、長門を心配させるほど今日の俺は異常だったのか・・・。

俺はそんな今日の自分を省みつつ、1人帰路についた・・・。


家に着くなり、部屋へ直行し、ベットに倒れこむ。
今日はとてつもなく疲れた。
ねーちゃんとのデートでは緊張しっぱなしで気を緩める暇も無かったし、
その後のあの背筋の凍るような修羅場寸前のハルヒとのやり取り、
そして長門の言葉。

長門は、俺の『感情』が揺れ動いていると言った。
そしてそれに最も密接な関わりを持つ『初恋』というキーワード・・・。

俺は今日のデートでの楽しそうなねーちゃん、
そして別れる寸前のあの悲しそうなねーちゃん、
というねーちゃんの2つの対照的な姿を思い出していた。
楽しそうなねーちゃんを見ていると俺の心も弾み、
悲しそうなねーちゃんを見ていると俺も悲しくなった。

今まで認めたくはなかったその気持ちに、俺は気付きかけていた。
俺は――ねーちゃんにまた魅かれはじめているのかも知れない、という気持ちにな。

時刻はまだ10時を少し回ったところであったが、
身体的な疲れと精神的な疲れ、その両方に今日1日で完全に侵されていた俺は、
気付かぬ内に眠りに落ちてしまっていた。


翌日、日曜日。
ハルヒの宣言どおりSOS団の市内探索パトロールが行われた。
そして俺は最初に入った喫茶店でも昼食のレストランでも全員分の飲食代を奢らされた。
いくら奢らされたか?怖くて言えないくらいの額だね。

更に肝心のハルヒの機嫌であるが・・・まあ良くはない。
朝からずっとブスっとしている。
ただ、昨日の件には全く触れてこなかったし、古泉の話によると昨夜は閉鎖空間も観測されなかったらしい。

そんなこんなで午前のチーム分けのくじ引きが行われる。
その結果は、俺と朝比奈さん、ハルヒと長門、古泉という組み分け。
普段の俺だったら朝比奈さんと2人きりというシチュエーションに喜び勇むだろうが、
今日はそんな気分でも雰囲気でもない。
少なくともハルヒとペアになるよりはマシだがな。

特に探すような不思議が転がってるわけでもない。
俺と朝比奈さんは川沿いの並木道をブラブラと歩く。
こうしているとちょうどい1年前、朝比奈さんが自分が未来人であることを告白した時のことを思い出す。
ボーっと水面を見つめていた俺にそれまで押し黙っていた朝比奈さんが急に話しかける。

「キョンくん、怒ってますか?」
「へ?」
俺は思わずマヌケな声を上げてしまった。
「いきなりどうしたんですか?」
「いや・・・昨日はキョンくんを尾行して監視するみたいな感じになっちゃって・・・。
 キョンくんにだって人に知られたくないことがあって当たり前なのに・・・、
 それを穿るような形になっちゃったし・・・」
「怒ってるわけないじゃないですか。昨日も言いましたが、むしろ悪いのは嘘をついた俺のほうです」
それでも朝比奈さんは意気消沈したままだ。心が痛む。あなたには悲しい顔は似合いませんよ?


「わたし・・・最初からわかっていたんです」
「何がです?」
「あの女性がキョンくんの初恋の人だってこと・・・」
「そりゃあ朝比奈さんは未来人ですからね。この展開を知っていてもおかしくは・・・」
「そうじゃないんです・・・!」
少し語気を荒げる朝比奈さん。

「キョンくんがあの女性と一緒にいるときの顔・・・凄く楽しそうでした。
 それを見てわかったんです。ああ、この女性は昨日キョンくんが部室で話していた人なんだなって。
 直感みたいなものです」
女の勘ってのは鋭いって言うからな。
「そのときのキョン君は・・・何ていうか・・・恋をしている顔でした・・・」
「ななななな・・・何を・・・」
慌てる俺に構わず、朝比奈さんは続ける。
「確信したのは涼宮さんのあの女性に対する台詞へのキョンくんの反応です。
 確かに涼宮さんの言い方も悪かったかもしれません。
 でもあのときのキョンくんは怒ってるとか、そういうのを通り越して、真剣でした。
 あれだけ相手に対して真剣になって・・・自分を犠牲にしてもかばえるのは・・・」
その相手を好きなっている証拠、と言いたかったのかもしれない。
だが朝比奈さんはそれ以上の言葉は飲み込んでしまった。そして、
「きっとそれに涼宮さんも長門さんも感づいてるはずです」
昨夜のハルヒや長門の台詞が思い出される。


「キョンくんは・・・あの女性のこと・・・好きなんですか?」
ああ、とうとうこのお方にも聞かれてしまった。
いつか来るとは思っていたが、今まで無意識のうちにこの質問から逃げていたのかもしれない。
朝比奈さんはじっと俺の顔を真剣な眼差しで見つめる。
そんな朝比奈さんのどこか何かを決意したかのような、この真剣さから逃げるわけにはいかないだろう。
俺は・・・。

「正直・・・俺にもわかりません・・・」
俺は素直な心情を答えるしかなかった。
「わからない、ですか・・・」
「ええ、情けない話ですが。ねーちゃんと再会して・・・あんな形でデートみたいなことをして、
 嬉しかったし楽しかったのは事実です。でもそれが恋愛感情なのかは・・・わからないんです。
 まだ自分の気持ちに整理がつかないっていうか・・・すいませんヘタレた答えで」
「ううん」
首を振る朝比奈さん、ふわふわの髪が揺れる。
「その答えでも今は十分だと思います。でもこれだけは覚えていて下さい」
「キョンくんの決断が・・・涼宮さんに大きな影響を及ぼすことです。
 古泉くんの言うような意味ではなくて・・・上手く表現できないんですが・・・
 とにかく涼宮さんの気持ちも考えた上でキョンくんには決断してもらいたいと思うんです。
 なぜなら涼宮さんもきっとキョンくんのことを・・・」
そこまで言って言葉を止める朝比奈さん、続きが気になるのですが・・・。
「やっぱりこれ以上は禁則ですね、キョンくん自身で気付くべきです」
と、いつものような眩しいくらいの可愛らしさで微笑んでくれた。
ちなみに俺はもうひとつ気になることがあったので聞いてみた。
「あとさっき『涼宮さんも』って言ってましたよね。ということは長門やあなたも俺に対して・・・」

「それはもっと禁則事項です♪」


午後の組み合わせは・・・何と古泉とペアである。
背後、特にお尻の辺りが何とも薄ら寒くなる危険な組み合わせだ。
まあこいつとペアになってもそこら辺をブラブラ歩くぐらいのことしかしないだろうが、
間違っても人気の少ない公園とかには近づかないようにしなくては。
特にトイレは危険だ、トイレは。

「今回の件の原因を僕なりに推察してみたのですが――」
突然話し出す古泉。
「今度は一体なんだ」
「まあ、聞いてください。今回の件、あなたが初恋の女性と5年振りの再会を果たした。
 それはとても喜ぶべきことでしょうが、何か上手く出来すぎているような気がしませんか?」
そんなことを言い出したらこの世の全ての偶然に何らかの意図・原因を見出さなければならなくなる。
ナンセンスな話だ。あくまでも今回の再会は偶然の産物だろう。
「確かにそう考えるのが普通でしょう。ただあなたは覚えていますか?
 3学期の会誌発行事件のことです」
忘れるわけはない。つい2ヶ月くらい前の話だし、トンデモ編集長ハルヒのおかげで、
俺が恋愛小説なんてこっぱずかしいモノを書かされたんだからな。
「あの時、あなたが恋愛小説を書くことになったのは偶然ではないと言いました。
 今回の件もそれと同じことです」
「またハルヒのせいだとでも?」
「ええ。涼宮さんはあなたの過去の恋愛体験を知りたいと思ってるんですよ。
 今回はあなたの『初恋』についてです」

段々と古泉が言いたいことが読めてきた。
「つまりはハルヒのせいでねーちゃんは偶然にもこの街に越してくることになり、俺と再会を果たすことになった。
 そして、そんな初恋の相手であるねーちゃんとのデートを監視することで
 俺の過去の初恋模様を垣間見ようとしたってワケか」


古泉は俺の推理に手を叩きながら、
「見事な推理です。そしてその説を証明するかのような事実もあります。
 それは昨日の涼宮さんの態度です」
ハルヒの態度?
「昨日の涼宮さんはあなたとあの女性の決定的な密会現場を目撃したにも関わらず、
 決して激怒と言えるほどの感情の爆発をおこしませんでした。
 それは涼宮さん自身があの状況を心のどこかで望んでいたからです」
あんな修羅場一歩手前の状況を望まれてもな・・・。

「そして肝心なのはこれからです。涼宮さんはあなたの過去の恋愛模様について知ることができた、
 これについてはい大いに満足しています。しかしその一方でジェラシーも感じています」
「なぜハルヒがそんなもんを感じる必要があるんだか」
俺が素直な気持ちを言うと古泉はやれやれといった風に首をすくめ、両手を上げる。
「そんなこともわかりませんか?やはりあなたは一部の感受性において非常に愚鈍であるとしか・・・」
「五月蝿い、悪かったな、愚鈍で」
つっけんどんに答える俺を尻目に、古泉は更に続ける。
「問題なのはあなたのあの女性への感情です。
 涼宮さんはあなたの口から、あなたの初恋についての概要を聞ければよかった。しかしあなたは口を割らない。
 そこで実際の初恋の相手との再会やデートまで『仕組んだ』ワケです。
 その結果、涼宮さんも予想していなかったことが起こった。それはあなたの気持ちの変化、
 つまりあなたがあの女性への恋心を再燃し始めている、ということですよ」
長門や朝比奈さんだけでなく、どうやらコイツにも見抜かれていたみたいだ・・・。
そんなに昨日の俺はわかりやすかっただろうか・・・。


「予想外のあなたの気持ちの変化に涼宮さんは嫉妬しているんです。
 幸いなことにまだその度合いは大きいものではありません。閉鎖空間も発生してませんしね。
 だからこそあなたの今後の行動が問題です。前もお話しました通り、閉鎖空間が現れるのは
 涼宮さんのイライラ、つまりはこの世界を面白くないと思ってしまった時です。
 今は小さなこのジェラシーが増幅していけば・・・世界はどうなることでしょうね」
含みのある言い方で長台詞を終わらせる古泉。
しかし、またハルヒか・・・。俺は古泉に向かって素直な思いを吐き出す。

「それじゃあ何か?俺がハルヒに『俺が愛してるのはお前だけだぞハニー』とか何とか言って
 熱い抱擁と接吻でも交わせとでも言うのか?俺には自由に恋愛をする権利すらないのか?」
俺の口調に少なからず怒気が含まれていることを感じたのか、古泉は俺をなだめすかすように、
「これはあくまでも全て推測の話です。僕はあなたが涼宮さんと結ばれることを強要しているわけではありません。
 それにあなたが本心でもないのに涼宮さんに愛の言葉を囁いても意味はありませんよ。彼女は敏感ですからね」
「じゃあ俺にどうして欲しいんだお前は」
俺は古泉を睨む。古泉はふっと1つ息をつき、答える。
「とにかく、あなたの気持ちを左右することは僕には出来ません。勿論『機関』にもね。
 ですからあなたには納得のいくまで悩んで、答えを出して欲しい、それだけですよ。
 それがあなたの本当の気持ちなら――それで世界が滅ぼうと僕は満足です」
古泉はそう言うとふと空を見上げた。
「まあ涼宮さんもそれなりに分別のある方です。
 あなたがあの女性を選ぼうとも、それを仕方ないと納得してくれるかもしれません。
 何にせよ、私はあなたの決断を尊重しますよ」
いつにない真剣な表情だ。コイツは本心で言っている、俺は何となくそう思えた。
「お前の誇張されまくった推論には付き合いきれん、が俺も答えは出す。
 それまでせいぜいハルヒのお守りを頼むぜ」

そう言うと、ニコッとまた気味の悪い笑みを浮かべる古泉、
「あなたならそう言ってくれると信じてましたよ」


その後、すぐに市内探索パトロールは終了、各自解散という流れになった。
ハルヒは相変わらずどこかブスっとした表情、そして少し元気がない。
「今日は目ぼしいものも見つからなかったみたいだし解散」
それだけ言い残すと、スタスタと帰路についてしまった。
朝比奈さんと古泉の台詞が思い出される・・・。
俺が出す答えが問題か・・・。
さしあたっては未だ整理のつかないねーちゃんへの気持ちにまずは答えを出すことが先決だな。
俺は帰路につく自転車の上で、そんなことを考えていた。

翌日、学校では、ハルヒはどこかブスッとしていて、
だからと言ってそれをわめき散らすこともなく、静かに窓の外を見つめているという様子だった。
放課後部室に顔を見せるものの、特に何をするでもなくグダグダと時間を潰し、
日が沈む頃になると、解散を言い残して1人で帰ってしまう。
勿論俺は微妙な気まずさからハルヒに話しかけることもできない。

その一方でねーちゃんからは毎日のようにメールが来ていた。
その内容はどれも他愛のないもの。次にデートへ行くならどこがいいかとか、
相変わらず学校のこととか、そんなものだ。
そして変化がひとつ、メールだけでなく電話をするようになったことだ。
毎日、俺が寝る前、時間にすると夜の22時くらいから。
いつもねーちゃんの方から着信があり、こちらでも他愛のない話をしていた。


ある日、ねーちゃんに電話の中でこんなことを聞かれた。

『キョン君って部活とかやってるの?』
「部活ですか・・・一応似たようなものに所属してはいるんですが・・・」
『へえ~どんなの?スポーツ系とか?』
さて、どう答えたものか。正直、あのSOS団の活動内容を簡潔に説明しろと言われても難しい。
何故って、それは俺にもわからないからだ。
仕方ないので俺は活動内容は適当にでっち上げ、他の部員の話題を出すことでお茶を濁した。

『元気な団長さんに、マスコットみたいなカワイイ先輩、無口な読書少女、背の高いイケメン君か~。
 なんか面白いメンバーだねっ!』
見事に食いついてくれたねーちゃん。
「まあ、そんな中に放り込まれて、苦労してますよ」
『でも楽しそうだねっ!青春だよ、青春!
 そっか~そんな面白そうなら私も是非会ってみたいな~』
まさか実はすでに会っているとは言えないだろう。尾行された、という形でだがな。

そして、そんなフラグを消化するかのような出来事が起こってしまうとは、
この時の俺は想像もしていなかった。



|