あの日。
俺は重い体を自転車に乗せ、学校まで行った。
体が重いと感じるのは、前日にいろいろあったのと、ハルヒにあることを言わなければならないからである。
俺は後ろの席のハルヒに適当に挨拶をして、しばらくぼんやりしていると予鈴がなり、岡部が入ってきた。

その日の授業にはてんで身が入らず、昼休みを迎えるとハルヒに後ろからシャーペンでつつかれた。
「あんた今日やけにぼーっとしてるけど、なんかあったの?」
相変わらず、鋭いやつだ。
「昨日いろいろあったんだよ。それはそうとハルヒ、今日暇か?」
「暇だけど、何?」
いったん、深呼吸。
「ちょっと話があるんで、放課後に部室に残っててほしいのだが」
ハルヒは怪訝そうな顔をした後、いかなる理由か、顔を俯かせた。ちょっと赤かった気がするが、見えない。
「いいけど、変なことするんじゃないでしょうね?」
「しない」
そんなことした日には、その日が俺の命日になりそうだ。
鶴屋さんは、許してくれるんじゃないかって言ってたが、ほんとのところどうなんだろう?
……いかん、いかん。考えが脇道にそれてる。しかも、何考えてるんだ俺?

放課後である。
昼休み以降のハルヒのテンションはなぜか高めで、部室に行ってもそれは続き、
主にそのテンションの高さの餌食になるのは朝比奈さんで、
普段の俺なら止めるようなこともしていたが、今日の俺は止めない。
それだけ悩み事に俺のちっぽけな脳をフル動員していたのだ。

ふと顔を上げるとそこにはいつも通りのSOS団がある。
朝比奈さんはメイド服でお茶を入れ、長門は黙々と本を読み、
古泉は俺の前でにこやかな笑い顔で座っている。
そして、ハルヒ。
いつもよりニヤニヤしながらコンピュータの前にいる。時折こっちを見ているようだ。

あぁ、もうこいつらと出会ってから一年か、と無駄に感慨にふけっている。

長門がパタン、と本を閉じ、俺たちは帰り支度を始める。俺とハルヒをのぞいてだが。
古泉がいつもより50パーセント増しのニヤケ顔をこちらに向け、ウインクまでしてきやがった。おぞましい。
長門は黙ったまま部屋を後にし、朝比奈さんも文芸部室を出て行った。

今SOS団アジトには俺とハルヒしかいない。
「で、話って何なの?つまんない話だったら冥王星までぶっ飛ばすわよ」
冥王星ってお前、勘弁してくれ。
「ちょっとまじめな話なんだ。気をしっかりもって、出来ればあんまり熱くならずに聞いてくれるとありがたい」
「何それ?」
ここで自分の肺活量の限界まで深呼吸。そして吐く。


「ハルヒ、俺はSOS団の活動にでられなくなるかもしれない


ことのはじまりは昨日の夜である。
前々から俺を予備校に放り込みたくてたまらなかったおふくろの堪忍袋の緒が切れたのだ。
どうやら二年になってまであの謎の団体で遊ぶ、もとい、活動するつもりだとは思ってなかったらしく、
散々なことを言われた。
曰く、ほんとに進学する気はあるのか、とか、あんな成績でどうする、とか。
しまいには、(文化祭の映画を例に出して)あんな馬鹿な遊びをいつまで続ける気か、とまで言われた。
つい俺もかちんときて、売り言葉に買い言葉。
久々に大げんかしたよ。いい歳して何やってんだか。

しかし昨日のおふくろは本気だった。
学校側に話をつけて、我らが未公認団体を活動停止にするとかしないとか。
もし、学校側がまじめに俺の親の要望を聞いて文芸部室から俺たちを排除でもしたら、世界が終わるやも知れん。
ハルヒは一度手に入れたものは意地でも手放そうとしないだろうし、一悶着あるのは確実で、
さらに言えば、俺たちの悪行、というよりハルヒの悪行、を考えれば、近頃は落ち着いてきたとはいえ、いい加減停学になるかもしれない。
だから、ここで親の言うことを聞いて塾にでも入った方が世界のためであるような気がした。


というわけで、俺は気の進まない宣告を今、ハルヒにしているわけだ。

当然のごとく、ものすごい顔でこっちをにらんでいるハルヒ。大きく息を吸い込んで
「バカキョン!絶対認めないからね!脱退するなんて言い出したやつは一万回死刑にしても足りないんだから!」
耳が、耳が、つーか、鼓膜、破れる。いや、本当に。
痛い痛い痛い耳が痛い痛い痛い……
「…んた…いない…だん……んか…あた…に…いみ…ない……」
ハルヒのやつが悲しそうな顔で何か言っているが、俺の耳はまだ正常に働いていない。

よし、なおってきた。
「今なんて言った?」
「ッ……!教えない!それよりいきなりなんなの、SOS団やめるって」
俺は昨日の親との会話を要約してハルヒに教えた。
「ふむ」
何やら考えている風である。
「わかったわ」
わかってくれたか。でもどこかで強引に反対してくれることを期待していた俺もいるのだが。
「要するにあんたの成績が上がればいいのね」
それは、そうだな。さもなきゃ塾なんぞに行く必要はない。
「安心しなさい、あたしが教えてあげるから」
ハルヒが?ものすごい遠慮したいのだが、そうも言ってられない俺である。
「大丈夫よ。前にも言ったかもしれないけど、半年あればあんたでも国木田レベルまでにしてあげるから」
そこまで行けばおふくろも文句は言わないだろう。問題は半年も待ってくれるかどうか、だが。
「そこはなんとか説得しなさい。だいたい、赤点スレスレだったあんたが一日そこらであがるわけないんだから」
確かに。一年の学期末が赤点レーダーに引っかからなかったのはひとえにハルヒの一夜漬け勉強法のおかげであり、
一夜漬けであれ以上の成績を出すのは無理、と俺は理解している。
「わかった」

その日、俺はなんとかおふくろを説得できた。
どうやら昨日はたまたま機嫌が最高に悪かっただけらしい。だからって子供にあたるなよ。

次の日俺が学校に行くと珍しく古泉が教室の前にいた。
「よう、珍しいな」
「少しあなたに聞きたいことがありまして」
「なんだ」
「昨日久しぶりに閉鎖空間が発生しました。あなたは部室に涼宮さんと残って何をしていたんですか?」
閉鎖空間、ねぇ。まぁ、理由は分かるが。
俺は昨日の出来事を古泉に話した。
「なるほど。出来れば涼宮さんの期待を持ち上げてから
落とすような真似はしてほしくなかったんですが、そういう事情でしたか。」
ハルヒの期待を、持ち上げてから落とす?何だそりゃ?
おい、ため息をつくな。あからさまに馬鹿にした目で見るな。
「あなた、本当に男ですか?もしかして女性に興味がないとか?
普通、放課後の部室に呼び出されて期待するものは何ですか?」
そうだな、美人の同級生に刃物を向けられることかな。
……嘘だよ。冗談だよ。俺はあんな経験二度としたくない。
さらに言えば、俺はホモではない。断じてない。
ともかく、古泉の言いたいことがだいたい分かってきた。
しかしあのハルヒがねぇ。信じられん。どうせ古泉の頭でっかちの推理だろう。
いくら古泉がハルヒの精神分析の専門家でも、間違えることぐらいあるさ。そうに違いない。
「それで、勉強の方はどこでやるつもりですか?」
そうだな。放課後の文芸部室かな。しばらくお前とのボードゲームも封印だ。
「休日は?」
休日くらい、休……んじゃ駄目か、やっぱり。
「そうだな、適当に図書館かなにかで」
「あなたの家でやる方がいいかと思うのですが」
「なんでだ」
また、ため息つきやがった。
「とぼけているんですか、本当にお分かりでないんですか?」
わかってる、わかってるよ、古泉。だから顔が近いって。
「ならいいのですが」

ではまた、とあきれたような、疲れたような声を残し古泉は去っていった。

教室に入ってからしばらくするとハルヒが入ってきた。
「今日から始めるわよ」
「おう。ところで、休みの日はどうする?」
「そうね、土曜日は市内パトロールの日に残しておいて、日曜日にあんたの家で。一日中。」
「わかった」

こうしてハルヒによる地獄の猛勉強が始まったのである。

ハルヒ鬼教師による授業はそれはそれは厳しかったとも。
例えば、数学の問題を汗水たらして解いても、容赦なくバツがつく。
しかも、やけに嬉しそうにバツをつけるんだ。

しかし、ハルヒのおかげで成績は確実に上昇していた。
約束通り、半年後にはクラスの上位にいたからな。

試験の結果を見ながらのおふくろとの会話。
「あんたもやれば出来るのね。それとも、あの子の教え方がうまいのかしら」
後者だね。間違いなく。断言できるのが悲しいが。
おふくろがニヤニヤしながら続ける。
「あんたが学校でいつも遊んでるのはあの子がいるから?もうどこまでいったの?」
親に殺意を抱いたのは初めてだ。
目の前に、刃物、鈍器、銃火器のたぐいがなかったことを感謝しろ。

ある日曜日。
久々に日曜日に外に出たな。
半年間、毎週日曜日にハルヒは俺のうちにきて勉強を教えてくれていたわけだが、
今日はそれはなし。
なぜなら今日はハルヒを誘って、外出予定だからだ。
さすがに今日はハルヒより先に来たぞ。

ところで、半年間という期間は俺が自分の気持ちに素直になるのに十分な期間らしい。

そんなわけで、今俺はハルヒを待ちながらある難問を考えている。
こればっかりは猛勉強しただけでは解けない難問だ。
多分これが正解、なんてのがないからな。その場、その雰囲気で決まるものだしな。

何かって?

それはな

どうやってハルヒに「好きだ」って伝えるかだ。

fin.

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