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「そこにもう一つ、ソファーが欲しいわね」
それは、ハルヒのそんな一言から始まった惨事だった。

ハルヒのその一言のせいで、俺は古泉と二人でこのソファーを部室まで運ぶことになった。
学校に余ってるソファーがあったのは不幸中の幸いだ。ここに無ければハルヒは外まで探しに行かせるか、悪ければ新品を買わされることになったかも知れん。俺の自腹で。
しかし、こんなくそ重いソファーを持たされてよくそんな顔してられるな、古泉。仏の顔も三度までと言うが、こいつは何度何をやってもスマイル顔のままだろう。少々薄気味悪いが。
「遅い!何やってるの二人共!ちゃっちゃと運んじゃって!」
やっとの思いで部室棟の階段を半分上ると、ハルヒが上の階から怒鳴ってきた。やかましい。
相手は女というだけに「交代しろ」とも言い難い。忌々しい。
「はいはい・・・」
そう言うことしか出来ない自分を非常に情けなく思うね。

そして、事件が起こったのは、次の瞬間だ。
「おわっ!」
何故だかハルヒに気を取られていた俺は、古泉の意外とズンズン進むペースに合わせられず、あろう事か階段を踏み外した。
「いけません!」
慌てて古泉がソファーを支えようとするが、一人の力ではどうしようも無かったらしい。
俺は、足をソファーの下敷きにされたまま、ソファーに押される形で階段を滑り落ちた。
「痛ってぇぇぇぇぇ!」
踊り場まで滑り落ちると、俺は思わず叫んだ。というか叫ばないやつなんか居ないだろう。
「ちょっとキョン!大丈夫!?」
「大丈夫ですか!?」
ハルヒと古泉が同時に階段を駆け下りて来る。
「すごい音聞こえたんですけどどうかしま・・・キョン君!!?」
朝比奈さんと長門も来たのを、俺は痛みに顔を歪めながらもかろうじて確認した。
「キョン!大丈夫!?大丈夫なの!!?」
「ハ、ハルヒ・・・とりあえず、それ、どかしてくれないか・・・」
まだそのソファーが俺の足に乗っかったままだ。
「わ、解かったわ!皆!手伝って!」
一応全員がソファーの周りに集まり、それを持ち上げようとしたが、恐らく力を入れたのは一人だけだ。いともたやすくソファーが宙に浮いた。
「キョン!」
ハルヒと古泉と朝比奈さんが、俺に寄ってくる。その時長門は、あの忌々しいソファーを下に階に転がしていた。いや、それはそれで危ないとおもうぞ?
しかしその時の俺は長門なんか見ちゃいなかった。というか見えなかったに近い。
ソファーの下から現れたのは、俺の右足。ただし、スネのあたりに新しい関節が生まれていた。
「・・・」
「・・・」
「キョ・・・キョン・・・あんた意外と関節柔らかいのね・・・」
「違うだろ!どう見ても折れっ・・・痛って!」
我を見失ったというか・・・。その時の俺はなんとなく変になってたな。まぁ仕方無いことだが。
「ちょっとキョン!大丈夫なの!?キョン!」
「救急車呼んでくれ・・・」
「キョン!大丈夫!関節が増えてもキョンはキョンだから!」
「だから・・・救急車・・・」
「キョン!落ち着きなさい!まずは落ち着いてタイムマシンを探しなさい!!」
お前が落ち着けぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!
「朝比奈さん・・・」
朝比奈さんに救いを求めたが、それは無理だったらしい。今踊り場の隅で倒れているその人が朝比奈さんです。
「長門・・・頼む・・・」
長門はコクンと頷くと、割と軽い足取りで階段を降りていった。頼むからもっと急いでくれ。

俺が救急車に乗ったのはそれから10分後のことだ。


全治一ヶ月。医者は俺と俺の家族にそう告げた。
妹は最初は泣いていたが、医者が一生懸命「お兄ちゃんはね、死ぬわけじゃ無いんだ。ちょっと足が壊れちゃっただけ。すぐ治るよ」と言って聞かせると、すぐにケロリと泣き止んだ。この妹は俺が生きていればとりあえず良いらしい。
そして俺は、左足の骨にも軽くヒビが入っていたため、一週間程入院することになった。

こうして俺は、短い入院生活をスタートさせた。


「やぁ、元気にしていますか?」
意外にも、一番最初にお見舞いに来たのは、古泉だった。
「あれは僕の責任が一番大きいのでは無いかと思いましてね」
気遣いはありがたい。
「いや、あれは完全に俺一人のせいだ。気にするな」
「そうですか。そう言ってくれると助かります」
さっきまで多少濁った笑顔だった古泉が、いつもの0円スマイルに戻る。
「入院中は暇だろうと思って、こんなもの持って来ました」
そう言って古泉が取り出したのは、どう見ても将棋盤だ。
「何にしようか悩んだんですけどね。これが一番入院してるという感じがするかなと思いまして」
判断基準がさっぱり分からん。
「一局御相手願います。今準備します」
そう言うと古泉は、盤面に『歩』を並べ始めた。
その際中、俺は古泉の小さな変化に気がついた。
「お前、目にクマ出来てないか?」
「ええ・・・最近勉強が難しくてですね。僕も基本、普通の高校生なんです」
「ふーん」
古泉の返答に俺は納得し、それ以上聞くようなことはしなかった。

「それでは、お大事に」
古泉は結局俺に将棋で負けに来ただけらしい。そのあとはその辺で買って来たっぽいりんご一個と、詰め将棋の本を置いて帰っていった。


その次に来たのは朝比奈さんだ。
「だ、大丈夫ですかキョン君・・・足、真っ直ぐになりましたかぁ・・・?」
「ええ、真っ直ぐに固定してます」
俺の右足は、硬いギブスで覆われていた。
「そうですか・・・良かったです」
「はい・・・」
「・・・」
気まずい。
朝比奈さんが来てくれればこんな足すぐにくっつくものかと思っていたが、意外とそうでも無かった。むしろ気をつかってしまって完治が遅くなりそうな気がする。
「あ、朝比奈さん・・・何か言いたいこととかあるんじゃないですか?」
「い、いえ・・・ちゃんとお見舞いには行っておかないとダメだと思って、とりあえず来ちゃったって感じで・・・」
「そうですか・・・」
こう言うときは俺が何か話しをした方がいいんだろうな。
「朝比奈さん、こう言うことになったらダメですからハルヒの言うことにもたまには反抗しないとダメですよ」
「はい・・・」
「ハルヒが今回のことどう思ってるのかは知りませんが、ちょっとぐらいは自重するでしょう。言えば辞める筈です。まぁ朝比奈さんに重労働はさせないでしょうが」
「はい・・・」
「あ、あとハルヒに―――」
「ねぇキョン君・・・」
朝比奈さんが、悲しいというか寂しいというか、そんな表情になった。
「はい・・・。どうかしましたか?」
「キョン君って、涼宮さんのことばっかですね・・・」
「え・・・」
そういえば・・・そうかもしれないが・・・。
「あ、す、すいません!何言ってるんだろ私・・・」
「いえ・・・」
「わ、私もう帰ります!あ、これお見舞いなんで・・・」
そう言うと朝比奈さんはカバンからネットに5個まとめて入ったみかんをテーブルに置いた。
古泉と同じように「お大事に」と言って部屋から出て行った。

俺はなんとも言い難い気分になった。


その次、(と言っても翌日なのだが)に来たのが長門だ。
「今回のことは、涼宮ハルヒの力も情報統合思念体も関係無い。ただの事故」
開口一番そう言った。
「ああ、解かってるさ」
全く疑ってなかったわけじゃ無いけどな。
「長門。何か変わったことはあったか」
この時俺は「別に」とか「ない」とかそんな感じの答えを期待してたんだけどな。長門の答えはそれとは全く異なっていた。
「涼宮ハルヒの精神が、非常に不安定」
さらに長門は続けて言った。
「あなたのせい」
・・・そんなこと言われてもなぁ。
「でもあなたは心配しなくて良い。私達がなんとかする」
私『達』。長門にもSOS団に仲間意識が芽生えたのか。
「ただ、ここに涼宮ハルヒが来たときは、涼宮ハルヒの望む対応をして欲しい」
「どうすればいいんだ?」
「それは・・・自分で考えて」
長門にしては随分いい加減だな。
「私はもう帰る」
長門はさっさと扉へ向かって行ってしまった。
しかし、しばらくして「あ」と言ってこちらへ戻ってきた。
「どうした?」
「お見舞い」
長門は何処から取り出したのか、バナナを一房、りんごとみかんの隣に置いた。
「お大事に」
そう言うと、今度こそ出て行った。


翌日、再び古泉がやってきて今度はチェスをした。
ちなみに古泉のクマは昨日と変わらなかった。俺はもうその原因が勉強などではないことを俺は知っている。しかし、そのことには触れなかった。
古泉が帰ってからは暇で暇で仕方なかった。古泉が来る前もかなり暇だったからな。入院生活がこんなに暇なものだとは思わなかった。
もう誰でも良いから来てくれ。暇で死ぬ。

でも、出来ればハルヒが良い。

そう思ったとき、扉がノックされた。少し期待しながら「どうぞ」と言う。しかし、入ってきたのは、ハルヒでは無かった。
「よーキョン!元気にやってるかぁ?」
「何だ、お前らか・・・」
俺は入ってきた谷口と国木田に、ハッキリとがっかりした態度を見せた。
「何だとは何だ。級友が見舞いに来てやったんだぜ?礼ぐらい言え」
「ああ、ありがとう」
俺がそっけなくそう言うと、国木田が本当に心配してるような様子で言った。
「大丈夫?キョン。元気無いね。病気でも無いのに」
「ああ、ちょっとな・・・」
「しっかし、元気無いといえば涼宮だよな」
谷口の口から出た言葉に、思わず反応する。
「ハルヒが元気無い?」
「ああ、教室の端にはもう負のオーラが溜まりまくってる。普段ならお前が浄化してたんだろうけどなぁ・・・」
俺はそんな陰陽師みたいな奴ではない。
「そういうわけで早く戻って来いよ。このままだと俺達までハルヒ菌に侵食されちまうからな」
本当にそんなんだったら教室も異空間化してしまうかも知れんな。いや、もうしているかも知れん。
「ああ、あと4日ぐらいで戻れるさ」
「そうか。じゃぁがんばれよ、キョン」
「お大事にね」
それだけ言うとこの二人もさっさと帰っていってしまう。お前らも碁でも打ってくれれば暇が紛れるものを。

今日に来たのはその3人だけで、ハルヒは来なかった。


翌日。何時の間にやら入院4日目である。
今日は、学校が終わる時間になってもハルヒも古泉も来なかった。ただ、その代わりに来たのが、
「やぁ、キョン君!元気にしてるかぃ?」
鶴屋さんだ。
「ああ、鶴屋さん。こんにちは」
「いや~、本当はもっと早く来ようと思ったんだけどねぇ、何しろ忙しくて。すまないねぇ」
「いえいえ、来てくれるだけで充分ですよ」
本心から言う。
「まぁみくるも心配してるからさっ、早く治しなよっ」
こう言いながら鶴屋さんが俺の右足に装着されたギブスを叩く。
「はい」
「あ、でもハルにゃんの心配のしようは半端無いね。本当に24時間体制だよ」
ハルヒか・・・。
「でもハルヒ、ここに来ないんです」
俺がこう言うと、鶴屋さんは本当におどろいた様子だった。
「なんとっ!?ここに来てない?毎日来てるぐらいに思ってたよ」
そして鶴屋さんは、これに続けてボソリと言った。
「SOS団の活動も休みになってるのに」
・・・何ですと?
「鶴屋さん、今何て言いました?」
「これも聞いてないのかぃ?キョン君が足折ってからSOS団の活動は休止中だよ」
俺が居なくてもちゃんと宇宙人と未来人と超能力者が居るっていうのに。
「ハルにゃんにとっては君が居ないとダメなんだろうね~」
鶴屋さんはこう言ったあと、突然真面目な表情をして言った。
「でもハルにゃんの機嫌が悪いと何か良くないんじゃないのかぃ?早く復帰しなよ」
「え、ええ・・・」
鶴屋さんがそこまで気付いてるとは思ってなかった。この人が本当のことをハッキリ知る日もそう遠くないのかも知れないな。
「それじゃぁあたしは帰るっさ!これ、置いておくよ!暇つぶしにどうぞ」
そう言って鶴屋さんが取り出したのは、小さな液晶のゲームだった。
「ありがとうございます」
正直この手のゲームはすぐに飽きてしまうのが常だが、まぁ数時間は持つだろう。
「いいっていいって!じゃ、ハルにゃんが来たらちゃんと話してあげなよ!」
と、鶴屋さんは、長門と同じようなことを言って帰っていった。

ちなみに、鶴屋さんからもらったゲームは、見た目の割に異常におもしろくて、数週間飽きることは無かった。


入院5日目。今日来たのは、約2名。
「すみません、今の貴方に厄介事を持ち込むのはどうかと思っていたのですが・・・」
「緊急事態」
古泉一樹と長門有希である。この二人の組み合わせのときには、あまり良いことは無い。
「どうした?今の俺にはどうすることも出来なさそうだが」
「ええ、貴方はとりあえず知ってくれるだけで良いんです」
そう言う古泉、いよいよ目の下がLになっていた。折角のハンサムフェイスが台無しだ。
「もう気付いているでしょうが、最近閉鎖空間が頻繁に出現しています。もう三日寝てません。見てください、このクマ」
そんな情に訴えるようなこと言わなくてもとっくに気付いている。
「・・・まぁ俺も代われるなら代わってやりたいところだが、そう言うわけにもいかんだろ」
本心から言っている。今の古泉を見るのは本当に気の毒だ。
「お気遣い感謝します。しかし事態はお分かりのようにそんな簡単なものではありません」
「だろうな」
「とりあえず、何故ここに涼宮さんが来ないかを説明しましょう」
「・・・!」
それは俺がこの入院生活の中で最も気にしていたことの一つだ。・・・他に無いけどな。
「簡単に言いますと、貴方に何か言われるのが怖いんです」
「俺が?怖い?」
「ええ、君が足を折ったのは元を辿れば涼宮さんが貴方に『ソファーを持ってこい』と指示を出したからです。貴方が涼宮さんに何か言ってもそんなにおかしくは無い」
そうだな、まぁ来たら何か言うつもりではいたさ。
「それが怖いんです。それにもしかしたら貴方はSOS団を辞めるとも言い出すかもしれない、とも思っているかもしれません」
「そんな気はさらさら無い」
「でしょうね。しかし、涼宮さんにはそれが解からない」
「それで、俺は何をすればいいんだ?」
そう聞くと古泉は少し考え込む。考えまとめてから来いよ。
「ええ・・・これがただの事故で無ければ長門さんに治してもらうことも出来たのですが、今回はそうも行きませんので」
「・・・」
「では、貴方が知っておくべきことを言いましょう」
ここで古泉は、一呼吸置き言った。
「もし、あなたが今日眠り、起きたら、そこはこの病院では無いかもしれません」
「んん?」
「いや・・・今日は恐らく無いと思いますが・・・一応頭に入れて置いてください。それまでに僕達が涼宮さんをここに向かわせるよう努力します」
「・・・」
そんな中途半端なことを言われて、俺はどうすれば良い?非常に困る。
「一応ですよ。<神人>が出る確率も低いので安心して下さい」
でもそれは出る確率もあるってことだよな?
「それでは、僕は帰ります、仲間が待っていますので。長門さんからも話があるようですよ」
そう言って、古泉は何もゲームをせずに帰っていき、部屋には俺と長門だけが残された。

「貴方には、伝えておく」
古泉が部屋から出た瞬間、長門が喋り始めた。あまり良い予感はしないな。
「何だ?」
「貴方が入院してから一週間が、無限に繰り返されている」
・・・は?
「去年の夏休みと同じ」
なんとまぁ・・・忘れもしない、高校1年の夏。
「それでは、聞こう。今何週目だ?」
ここで一呼吸ぐらい空けて欲しかったんだけどな。長門は間髪入れずに答えた。
「今回で、二万千三十五回目」
「・・・」
もはや日数に換算する気にもならないな。やっぱりアラビア数字はすごい。
「その内、朝比奈みくるが1日目に来たのが10497回、二日目が7342回、三日目に来たのが2190回、四日目に来たのが1006回」
俺は黙って聞いていた。別にショックのせいじゃないぜ?何故か解からないがこの数字には興味があった。
「古泉一樹は毎回一日目に来ている。あと、二日目に来たのが8904回、三日目にも来たのが12084回、四日目に来たのが5332回。それ以降は来ていない」
古泉の仕事が厳しくなったってことか。
それからも長門は、谷口と国木田が来たのが15899回だとか、鶴屋さんが置いてったものが本だったのが7890回だとか、そんなデータを延々喋り、最後にこう言った。
「その全21035回の中で、必ず共通していることが二つある」
「何だ?」
「それ」
そう言って長門が指差したのは、りんごとみかんとバナナ。
「これがどうかしたのか?」
「その寄贈物は、毎回同じ」
「このバナナはお前のだろ」
「私はそれをあなたに寄贈するということに抗えなかった」
体が勝手に動いて俺のところまでバナナを持ってきたってことか?笑える話だな。どちらにしろあまり重要視されることとは思えないが。
「で、もう一つは何だ?」
今回は長門も一呼吸置いた。そして言った。
「涼宮ハルヒが、ここに来ていない」
「・・・」
ハルヒか・・・。
「今回の無限ループもそのせい」
「・・・じゃぁ何でハルヒは来ないんだ?」
「理由はさっき、古泉一樹から聞いたはず」
俺に何か言われるのが怖い、か。
「それだけ。私は帰る」
そう言って本当に帰ろうとする長門を、俺は慌てて引き止める。
「ちょっと待て長門!どうやったらその無限ループからは抜け出せるんだ?」
俺が問うと、長門は振り向き、静かに言った。
「それは・・・自分で考えて」
「・・・」
長門は放任主義になったのだろうか。俺の自立を促してくれてるのか?
「解かった・・・」
「そう」
そして長門は、本当に帰っていった。


その夜。俺は不安で仕方なかった。
このエンドレス入院はどうしようも無いとしても、今日寝て起きたらまた北高にいるかも知れないのだ。
眠らないよう努力しても睡魔は俺を逃がさない。ホラー映画のモンスターの如く俺を追ってくる。そして、やがて捕らえる。
最後に時計を見たのは、午前3時のことだ。

チュンチュンと、小鳥が鳴くのが聞こえる。どうやらここは病院のようだ。
「・・・」
古泉のせいで軽く寝不足になっている。もしかして古泉は目にクマ仲間が欲しかっただけじゃないのか?
俺が異空間に迷い込んだのは21035回中何回だったんだろうな。聞いておくべきだった。
今日も暇な一日になるだろうが、俺は既に懸案事項を2つ抱えている。今日はそれに悩まされることになるだろう。
・・・といっても俺にはどうしようも無いんだけどな。
俺は鶴屋さんから貰ったゲームを手にとり、電源を入れる。チャチな電子音が病室に響いた。
長門によると今日古泉が来ることは無い。朝比奈さんもどの週にしても一回しか来ていないらしい。
谷口か国木田か鶴屋さんか、来てくれればいいんだけどな。
丁度そう思ったときか、扉がノックされたのは。いつもいつもこのタイミングでよく来られるものだな。
「どうぞ」
「よー、元気にやってるか?」
この台詞だけ聞くと谷口っぽいが、それは違う。
「ええ、まぁまぁです」
「日頃スポーツをしてないからこうなるんだ。退院したらハンドボール始めてみたらどうだ?」
来たのは、担任の岡部である。
その時した話は本当にどうでも良いので割愛させて頂く。いや、と言うか覚えてない。
「それじゃぁな!体を大切にしろよ!」
最後にこう言って帰っていったのだけはかろうじて覚えている。
まぁ普段はうざったい体育系教師も、少しは暇つぶしになってくれたさ。あ、もしかして俺ヒドイこと言ってる?

それからは鶴屋さんからもらったゲームに興じていたのだが、昨日の古泉と長門の言葉が頭から離れない。
「もし、あなたが今日眠り、起きたら、そこはこの病院では無いかもしれません」
「貴方が入院してからの一週間が、無限に繰り返されている」
いつもなら事態の解決のために奔走するところだろうが、今日はそういうわけにもいかない。この足だからな。
俺にも何か―――。

トントン

・・・今日は来客が多い日かもしれないな。
「どうぞ」
俺の言葉を聞いて、扉を開けて入ってきたのは他でも無い、長門だ。
「ああ、長門・・・」
そうか、そういえばコイツは自分が何回来たとかそんなことは言ってないな。
「何か用か?」
「様子見」
そう言うと長門は、ベッドの傍の椅子に腰掛け、ジーっと俺を見る。
様子見って、そうやってることを様子見って言うのか?どっちかと言うとガン見っぽい。
「・・・」
そうだ、コイツにはいろいろ聞きたいことがあったんだ。今の内に聞いておこう。
「なぁ長門、俺が前見たいに閉鎖空間に飛ばされることは今まで何回あったんだ?」
「解からない」
長門の即答に、俺は少しうろたえる。
「恐らく、そのようなことがあるとすれば最終日。私が知る前に世界がリセットされているものと思われる」
・・・ということは、そういうことになっても長門は助けてくれないかも知れないってことか。
と言うか古泉お前、今日ある、見たいなこと言ったよな?な?
「あと長門、明日は誰か来るか?」
この質問はまぁそんなに重要なことじゃないけどな。
「解からない」
しかし、長門はこう答える。
「世界がリセットされるのは、今日」
「ん?」
そうか、俺は明日退院するんだ。となれば最終日、最後の夜は今日の夜だ。
「そうだった・・・」
「厳密には、明日の午前3時32分」
何というか、俺はもっとも大事なことを忘れていたな。入院してるせいか日数の感覚が少し曖昧になっていた。
「私も出来るだけの対策をこうじる。あなたが異空間に転送されても助ける」
「ああ、ありがとう長門」
「いい」
そんな会話があってから数分後、長門は「じゃぁ」と言って帰っていった。俺は引き止めるようなことはしない。


結局そのあと誰かお見舞いが来ることも無く、面会時間は終了となった。
その日のすべての雑務を終え、あとは寝るのみなのだが。
「・・・」
果たして、このまま眠ってしまって良いものか。このままでは、明日にはこの一週間の記憶を失い、また入院生活を開始させられるハメになるだろう。
といっても今の俺にはどうしようも無い。ん?俺、今回「俺にはどうしようも無い」的な発言しすぎか?自分に自信を持つべきか?
「つっても、足折ってるんだけど・・・」
俺は声に出して一人呟く。
確か長門は世界がリセットされるのは午前3時32分のことだと言っていた。よし、その時間までは起きてよう。

その時間まではかなーり暇だったんだけれども、なんとか鶴屋さんのゲームで3時過ぎまで持ちこたえられた。
さて、3時32分まであと10分。
『そのとき』は一体どんな感じなのだろうか。
世界がねじれる感じ?宙に浮く感じ?それとも次の瞬間にはもう一週間前に戻っているんだろうか。
あと5分。
あと4分。
あと3分。
あと2分。
あと1分。
俺は、時計を見て、一人カウントダウンを開始した。0を数えるとき、俺はどうなっているんだろうな。
「10、9、8、7、6、5、4・・・」
いよいよだ。どうなる、俺、世界。
「3、2、1・・・!」
何も・・・起こらない。どういうことだ?
俺はもう一度時計を確認し・・・そして悟った。時計が、3時31分59秒で止まっていた。

時間が、止まっていた。


いや、時計が止まったからといって時間が止まったと判断するのは早計すぎるだろう。思考がハルヒ的になってきている。
俺は、ベッドに立てかけてある松葉杖を取る。面倒だからあまり使っていなかったが、今は病室の外に出て様子を確認すべきだ。
俺はぎこちなく松葉杖を使い、病室を出た。
そこらの時計は全て止まっている。いずれも3時31分59秒。デジタルの電波時計も見つけたが、3時31分59秒99となっていた。
本当に時間が止まったのか。いや、まぁ心の準備は出来てたさ。
それに、人が全く居ない。この時間でも、事務室はいつも誰か人が居る。
仕方無い、気は進まないが病院の外に出よう。
俺が慣れない3本足歩行での遠足を覚悟したときだ。
パタパタパタパタパタパタパタパタ・・・
間違いなく人間の足音。スリッパ着用。しかも走っている。
さて、誰だろうな?長門?古泉?朝比奈さんは無いだろう。もしかすると――――。
「キョン!」
その声が、俺の思考を停止させた。
俺が後ろを振り返ると、そこには――言うまでも無いが――涼宮ハルヒが立っていた。

この暗さでもハッキリ解かる。こいつはハルヒだ。
「ハルヒ・・・」
一応聞く。
「お前、何やってんだ?」
「解かんないわよ!寝て、起きたらここだったの!?」
ああ・・・。そうなの。
「あ、待って?じゃぁこれって夢?夢よね?」
「そうだろうな」
そう思わせておいた方が、いろいろ都合が良い。
「じゃぁ言うけど・・・」
ハルヒは、一瞬躊躇い、決心したように顔を上げたと思ったら、その顔をまた体を折り曲げることによって下げ、言った。
「ごめんなさい!」
「・・・?」

ごめん‐なさい【御免なさい】
〔連語〕
1自分のあやまちをわびるときの言葉。「―、もう二度としません」

ごめんなさい、の国語的意味はこれで合っている筈だ。だが、ハルヒが俺に謝罪?
「私がソファー欲しいなんて言わなかったら、あんたも足折ったりすること無かったのに」
そりゃぁまぁそうだけど。
「怒ってる・・・わよね?いいの、今回のことは私が悪いの!でも、私何でもするから!何でもするからキョンはSOS団を辞めちゃだめ!!」
喜怒哀楽の感情のまえに俺の頭には「?」マークが100の100乗ぐらい浮かんでいる。ハルヒガオレニアヤマッテル。
「・・・キョン?聞いてる?」
「ん?あ、ああ・・・」
長門と古泉が言っていたのはこういうことだろう。このとき俺がハルヒを怒ったりしちゃいけない、ってことだな。
だが、俺には元からそんな気は全く無い。あったとしても、今のハルヒの謝罪で充分だ。だってよ、あのハルヒが謝ったんだぜ?夢と思っているとはいえ。
「ハルヒ、大丈夫だ。俺はSOS団を辞める気なんかこれっぽっちも無い」
これで大丈夫だろう。
「ただ、これからはこの間みたいな重労働は減らしてくれるとありがたい」
「解かった!約束する!」
ハルヒが・・・約束か。守ってくれるだろうか。
「それだけか?」
「それだけ・・・なんだけど・・・」
もう話すことが無い。他の話はここでするには相応しくない。
ここは俺がなんとかしてやらないといけないのか?
ハルヒはさっき、「起きたらここに居た」と言っていた。それは前回の同じ状況だ。もしかしてここはもう閉鎖空間なのか?
いや、しかし俺はずっと起きていた。それは自信がある。何処かに飛ばされた感じもしなかったが。
「この夢、なかなか覚めないわね・・・ていうか、嫌にリアルな夢ね。こんなのは初め・・・あ、2回目だわ」
こんな独り言をボソボソ言っていたハルヒは、急に俺の方を向いた。
「ねぇ、あんたは私の夢の中のキョンなんだからあのときの事は知ってるわよね?」
あの時って・・・あの時だよな?
「ああ・・・」
「そのときは、どんな風に夢から覚めたか、覚えてる?」
・・・お前、何が言いたいんだ?
「ねぇキョン・・・」
暗くて、ハルヒがどんな顔をしているのか解からない。

「キス・・・して?」


「貴方は、間違いなく閉鎖空間へ飛ばされていました」
翌日、退院前に古泉から聞いた話である。
「あの一週間を何万回も繰り返すうち、後悔の念が少しずつ貯まってきたんでしょうね。それであの空間を作り出し、貴方に謝罪を」
ここまで言って古泉はクスッと笑う。新パターンだ。
「貴方が飛ばされたのは恐らく3時31分59秒。時間が止まったと感じたときです」
閉鎖空間に飛ばされるときってのは何も感じないんだな。そういえば古泉と一緒だったときもそうだった。
「しかし、あそこから出るのもあまり容易では無かった筈ですよ?ヒント無しでよく気付きましたね」
ヒントと言うか・・・あいつから要求してきたんだが。
「まぁ良かったではないですか、我々が今日を迎えられたのも、貴方のお陰です。ありがとうございました」
というわけで、昨日のアレは本当に閉鎖空間だったらしい。
そこで何があったのかは先に話した通りさ。ああ、後半のことは割愛させて頂く。文句あるか?
あ~あ~、何も聞こえな~い。

「キョン!今日退院でしょ!忘れてたわ!」
ハルヒが来たのは、古泉が帰った直後、退院の準備をしていた時だ。奴はハルヒが来るのを知っていたに違い無い。
「いや~、あんたも一応SOS団員だもんね!誰か欠けてると意外と落ち着かないわ~。それがあんたでも」
本当に元気だな。お前、夢の中で謝れたらそれで満足なのか?
「ほら、さっさと立ちなさい!あんたの退院パーティーでもやったげるわ!鍋で良い?」
「ああ」
俺は荷物をまとめる途中、皆から貰ったりんごとみかんとバナナを手に取る。
これは結局どういう意味だったんだろうか。まさかりんご=『白雪姫』ってことじゃ無いだろう。
「あ、そうだ。私、お見舞い用に果物買ってきたのよ!ハイ」
そう言ってハルヒが取り出したのは――――。
「ちょっと待てハルヒ。それは何だ」
「ドリアンよ。高かったんだから」
結局お見舞いの果物一つでも、ハルヒが王様。とでも言いたかったのだろうか。
しかしこれで俺も、やっと北高に戻れる。SOS団に戻れる。
「ハルヒ・・・」
「うん?
「俺は結構、SOS団の活動を楽しいと思ってるよ」
「え・・・?どうしたの突然」
「いや、別に」

ちなみに、部室で食べたハルヒの鍋は最高に美味かった。

                                  end.

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