学生の本分とはなんぞや?勉強か?部活か?
俺にとっては宇宙人、未来人、超能力者と遊ぶことが学校生活の基本だった。……あの、雨の日が来るまではな。
あの日、ハルヒが振り返り《あっかんべ》をした時の様子が脳裏に焼き付いて離れない。
そう、俺はハルヒに恋をした。その時から俺の学生としての本分は恋愛に変わったのだ。
……正直、初めてこんな気持ちに襲われた。恋は盲目などと言っている奴の気持ちだって今ならわかる。
しかしながら、俺は今のバカのような生活だって気に入っている。
ハルヒに『好き』と伝えたらその生活が崩れやしないか?……という葛藤も同時に覚えていた。
《友人としての楽しい生活》と、《好きな女に憧れる》という選択肢に板挟み……普通の学生っぽいじゃないか。
そんな俺の気持ちも知らずに、こいつはいつだってマイペースだった。


「明日の不思議探索は、午前午後同じ組み合わせで遠出よ!最低一つは不思議な物を持って来なさい!!」
そんなに長く時間を取って何処まで行かせる気なんだ、こいつは。
「片方は電車で3つ上った街、もう片方は3つ下った街に行くわ!」

……現実的過ぎて反論出来ない団員達。もう少しぶっ飛んだ距離の場所なら反論して、計画を潰すことができるんだが……。
そんな思考を巡らせる間にまだまだ一人語りは続いていく。
「不思議な物を持ってこれなかった班は罰ゲームだからねっ!!」
冬に咲く、一輪の向日葵。こんな表現がよく似合う笑顔を作りながらそんなことを言った。
それから明日の集合は夕方のみで、朝からは班になった者同士で集合することとなった。……くじ引きは今からか。
「ちゃっちゃか引くのよっ!!」
くじ引きまで急かすなよ、と思いつつ、くじ引きの様子を眺めた。
朝比奈さん、しるし無し。長門、しるし無し。古泉、しるし無し。俺は自動的にハルヒとの二人ペアに。
これもハルヒ様の思し召しか?と、古泉を見た。
肩をすくめてニヤけ面。何の情報も得られなかった。……慣れてるがな。
「なによ、キョンとなの?……最悪」
グサッときたね、ハートブレイクだよ。あの日からずっと俺の頭の片隅を占領してるハルヒに《最悪》だぜ?
まぁいい、恋愛ってのは諦めたら負けだ。俺の初めての本気の恋、ボロクソになるまで追いかけてやるさ。
「《最悪》だとしても探索はしないとな。何時に集合にするか?」
俺の声には元気がなかった。表面的には単純でも、深層の部分では相当のショックを受けているらしいな。
「え……?ちょっとキョン、元気出してよ。張り合い無いじゃない……」
さっきのハルヒの《最悪》が何度も頭の中で繰り返されていた。……今はちょっと一人になりたい。
「じゃあ、10時に駅前だ。それじゃあ今日は帰る、悪いな」
俺は逃げるように部室を去った。一人で勝手に沈んだ俺を夕陽が照らす。
ちくしょう、俺はなんてうじ虫野郎なんだ。

まったく男らしくないな、好きな女の《最悪》の一言だけで平常心を保てないなんてな。……それとも、これが《恋の辛さ》ってやつなんだろうか?
……わっかんね。バカは考えない方がいいな、どうせ明日にはハルヒに会えるんだ。
しかも一日一緒だぜ?喜ばないと嘘っぱちだ。
そう考えながら、夕陽を浴びつつ坂道を下って帰った。


布団に入り、いざ就寝!……という所で電話がかかってきた。
「あ…キョン?今日なんか元気なかったけど大丈夫?」
ハルヒが俺を心配してくれる声が妙に心にくる。これだけでも幸せであったりする。
「あぁ、気にするなよ」
「でも……あたしが気に障ることを言ったから元気なくなっちゃったんだよね?……ごめんね」
ハルヒの声は、いつになく弱々しかった。
「違うって、大丈夫だ。……明日の探索、楽しみにしてるからな。じゃあ……」
俺は自分から電話を切った。弱々しいハルヒの声を聞くのが嫌だった。
俺のイメージの中のハルヒはいつでも笑顔で、明るい女で、向日葵のように存在感のある人間だ。
そんなイメージを俺の態度で崩してしまうのが嫌で、俺は電話を切ったのだ。
……バカ野郎。なんで気の利いた言葉でフォローしてやれなかった。この、へたれのバカ野郎が。
ひたすら自分に毒づいても今更遅い。ハルヒ怒ってるよなぁ……明日の探索中にしっかりと謝っておこう。
あ~あ、恋って難しいぜ。……なんてな。


次の日、俺はハルヒに遅れをとらないように1時間前に駅前に着いた。
さすがにハルヒは来ておらず、俺はゆっくりと待つことにした。

……これはどういうことだ、ハルヒは集合時間を5分過ぎても来なかった。電話すら入らず帰るかとか思っていると、そいつは来た。

「キョン、待たせちゃったわね。今日のお昼は奢ってあげるから早く行くわよっ!」
まったくもって図々しいやつだ、謝りくらいしやがれ。まぁ、昨日の弱々しい態度よりかはマシか。
俺達は駅に入り、3つ下った街へと向かった。


「あんた今から行く街、行ったことある?あたしは無いんだけど」
隣りに座るハルヒが俺に顔を近付けながら話しかけてきた。近い、唾がかかる。
「ガキの頃に無茶して自転車で行ったな。たしか……展望台が見たかったか何かだ」
俺がガキの頃、汗だくになりながら向かった展望台。そこまで自転車で行き証拠の写真を持って行くことで、仲間達から100円ずつ回収したのだ。
今思うとまったくバカらしいことをした。
「ふ~ん、今でもガキだとは思うけどね。いいわ、そこに向かって歩きながらいろいろ探しましょ」
「……マジかよ。あそこの登りもキツいんだ、これが。しかも雨が降りそうな曇天だぜ?」
「関係ないわ。もう着くわよ、準備しなさい!」
俺は渋々電車から降りる準備をして溜息をついた。


街についた俺達は少し早めの昼食を取り、俺の記憶だけを頼りに展望台の方角へと探索をした。
もちろん何も見つかるはずも無くただの散歩状態になっているのは言うまでもない。
そして展望台に登る坂道に入る直前に俺は気がついた。
……そういえば、傘買ってないな。
ハルヒをしばらく待たせコンビニで傘を買った。一本だけの、少し大きめの傘を。
「あら。あんたにしちゃ気が利くじゃない……でも、なんで一本なの?」
あの日、ハルヒから言われた言葉をそのまま返してやる。
「一本あれば充分だろ?」

「ん~……そうね。それより降りだす前に急ぐわよ」
やれやれ、これで頬の一つでも赤らめてくれればうれしいんだけどな。
そんなものとは無縁の団長様はテンポよく坂道を歩きだした。はぁ、休日まで学校に行ってるみたいだな……。

歩き歩き、俺達は展望台に辿り着いた。その時間15分。
ガキの俺よ、よくこんな坂を全部自転車で登ったな。今なら何か特別賞でもくれてやってもいいぜ。
「へぇ……なかなか綺麗な景色じゃない」
ハルヒに言われて俺は気付いた。ガキの頃はただ高いだけと思っていた景色、今になり、あらためて見るとなかなかの景色だ。
「そうだな……。晴れた時のここも見てみたいがな」
「じゃあまた来ればいいじゃない。今度はみんなで来ましょ、みくるちゃんにお弁当作らせて」
大いに賛成だ。これに反対する奴がいようものなら俺がここから突き落としてやる。
「……顔がニヤけてるわよ。じゃあ、帰るわよっ!」
またもや先に歩きだすハルヒ。俺を置いてくな、そんなに速く歩くとコケるぞ。


坂を半ばまで歩くと雨が降りだした。それも小雨なんかではなくいきなり本降りだ。
「うわっ!ちょっとキョン、早く傘を開きなさいっ!」
言われるままに傘を開くとハルヒが隣りに入ってきた。
ハルヒとの距離が一気に縮まる。と同時に俺の心臓が高鳴り始めた。
「もうちょっとそっちに行かないとあたしが濡れる!あ~もう、濡れたから少し寒いわ!早く帰るわよ!」
そんな言葉を聞いた瞬間だった。何を考えてるんだろうね、俺は。

気がつくと、傘を持ったままハルヒを抱き締めていた。

「ちょっ……キョン!?」

俺達は恋人同士なんてもんじゃないし、俺はハルヒの気持ちなんか知っちゃいない。
距離が近付いた。愛しくなった。俺はそれだけの理由で、気がつくとハルヒを抱き締めていた。
「は、離しなさい!」
ハルヒの声が聞こえた。そして、俺がハルヒの顔を見ると……涙目だった。
「わ、悪い……俺……」
「………帰る」
そう言うと、俺の手から傘をひったくってハルヒは一人で歩いて行った。
その場に一人残された俺に雨は降り続いていた。
「何やってんだよ……」
自嘲のセリフが思わず口に出ると、何か大切な物をなくした気持ちになった。
ハルヒの姿が見えなくなると、俺は歩きだした。
「寒いだろ、バカ。あれは俺が買った傘だっつーの」
そんなセリフを吐きつつ、ハルヒより一本遅らせた電車に乗って、住み慣れたあの街へと帰って行った。

日曜日になり、俺は喫茶店で一人で待っていた。
俺からの呼び出しは気まずいから、古泉に頼んでハルヒを呼び出してもらったのだ。
昨日、一方的に抱き締めて何も出来ないままハルヒを離してしまった自分が恨めしい。
抱いた手を離さなければよかった。離した後に『好きだ』の一言でも出せばよかった。…いまさら後悔してもな。
まずハルヒが来たら謝ろう。そして気持ちを伝えよう。
『いらっしゃいませ!』
店員の声が響くと同時にこちらに向かってくる、元気のない顔をした女。
ハルヒは俺の目の前に座ると、店員に適当に2、3個注文した。
さて、何から始めるか……と、思案しているとハルヒが口を開いた。
「昨日、ごめんね?勝手に帰ったうえに傘まで持ってっちゃった」
ハルヒらしくない物言い。俺は多少の動揺を覚えたまま返事を返し、頭を下げた。
「違う、謝るのは俺の方だ。勝手に抱き付いたりして……わけのわからんことをした。すまん」
ハルヒはそんな俺の頭を持ち上げて言った。
「うれしかったのよ?キョンがあたしを抱きしめてくれたこと。……だって、あたしはずっとキョンが好きだったから」

「だ、だったら何で涙目だったんだよ!」
「……うれしかった。口では離せって言ってたけどうれしかったの。やっとキョンと結ばれたんだって思ったら涙が出たのよ……」
俺は再びハルヒの目に涙が溜まって行くのを見た。
「あんたがあたしを離した時『好き』って言ってくれると思ってた。そしたらあんたは謝っただけ、そりゃあたしだって怒るわよ」
へたれな俺の性格に今ほどムカついたことはない。俺の口は開かず、まだハルヒの話を聞くだけになっている。
「言いたくないけど……家に帰ったあと、あたし泣いたのよ。キョンはみんなに優しいから、あたしが寒がってたから抱いただけなんだ……って、そう考えたら涙が出てきたの。あたしはキョンと結ばれないんだ……って」
俺はハルヒの横に移動して、抱き締めてやった。頭を抱いて泣いてる様子が他の客に見えないように。
「ひっく……今あんたに抱き締められてるのは……ひっく……信じていいのね?」
俺の胸の中でハルヒはそう呟いた。答えなんぞとうに決まっている。
「あぁ、すまなかった。ハルヒ、俺はお前が大好きだ。もう……不安にはさせない」
「うぅ…キョン、キョン!うううぅ~!」
俺の名前を呼びながら、泣き声を押さえるようにハルヒは泣いた。
俺はバカだ。女を泣かす最低の男だ。だが、今はもうそんな最低なことをしないと心から言える。
なぜなら、ハルヒには泣き顔は似合わないからな。


「北高の坂でいいからやり直してよ」
ハルヒは泣きやむと開口一番そう言った。
「傘をさして、あんたがあたしを抱き締めて……そこからやり直して」

言われるままに、二人で北高の坂に向かった。俺にも、やり直したい気持ちはあったからな。
北高に向かう坂の途中で、晴れてるにもかかわらず俺は傘をさし、ハルヒを抱き締めた。
「ちょっ……キョン!?」
昨日と同じセリフをハルヒが言う。
「は、離しなさい!」
だけど、そのセリフに込められた気持ちは完全に違うものだとわかった。
俺は抱き締めた手を離し、ハルヒに向かってゆっくりと口を開いた。
「好きだ」
涙目で俺を見上げるハルヒに、俺は口付けた。ただやり直すくらいならおまけをつけた方が得だろう?
「いきなりキスなんて……反則。罰金……だからね?」
肩を震わせながらの、返事に俺はもう一度抱き締めて答えた。
「一生かけて払ってやるよ」
俺達は二人で身を寄せあいながら坂を降りて帰って行った……。


おわり

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