何時も通りの登校。いつもと同じ、問題ない。
落書きで埋め尽くされた上履き。いつもと同じ、問題ない。
彫刻刀によって凸凹になっている机。いつもと同じ、問題ない。
教室に滞在していると危険なので部室へ移動。その際、教室に私物を置いていっていないかチェック。……問題ない。部室へ移動する。
始業時間まで読書。その際、本に細工をされていないかチェック。……ゴキブリの触覚を発見、除去する。予鈴がなったため、教室へ移動。その際、出来る限りここに荷物を置いていく。

今日はあまり問題ない。廃棄物の投擲を五十九回。揶揄を百二十三回。暴行を三十四回。全て許容範囲内。……でも、少し辛い……。
「どうした、長門?」
彼が声を掛けてきた。しかしただでさえ涼宮ハルヒのことで心身を疲労しているので、あまり苦労をかけたくない。
「何でもない」
「そうか。ならいいんだけどな」
彼は信用してくれたらしい。これでいい。これで……

「…………」
「少しはしゃべれよ、ブス!」
「反抗の一つもしないなんて、あんた、マゾ?」
「うわっ、キモッ」
「…………」
ある日の放課後、夕暮れの教室で私の周囲を囲み、よってたかって私を蔑み、虐げる三人の同級生達。物品は再構成すればいいが、これは私のメモリーに残る。それが蓄積するたび、私の何かが酷く痛むような気がした。
これが、「心」なのだろうか……?
「なあなあ。コイツで刺したらさすがになんかゆうんじゃないか?」
『さんせーい』
一人がナイフを取り出し、提案する。それを残りの二人が肯定する。ナイフがじりじりと私に近づいていく。
「どこ切ったら面白いかな? 腕か、足か? やっぱり顔かなあ……」
狂気に歪んだ笑顔を湛え、私の顔目掛けてナイフを振るう――
「――長門、ここか?」
私の顔にナイフの切っ先が接触しようとする瞬間、彼が教室の戸を開き、入ってきた。反射的にそちらの方を向く私。すると顔面を切りつけるはずだったナイフが、私の首筋を切りつけた。
夥しい血が私の首から吹き出る。不思議と痛みは無い。彼の驚愕、同級生達の怯え。それが視認出来る。
同級生達は我先にと教室から出て行く。彼のことなど、まるで無頓着だ。
「長門!」
彼が私を以前のように抱きかかえる。いつのまにか私は倒れていたらしい。気がつかなかった。
「おいしっかりしろ!」
「だいじょうぶ」
「どごがだ!」
こういう時、私は困ってしまう。どうすれば彼に心配をかけないように――心労を増やさないように出来るのだろうか。
「傷の修復を優先するから、衣服の再構成は後回しに……」 
「当たり前だ!」
血で赤く染まっている衣服など気にせず、私を気に掛けてくれるのは嬉しかった。ただのインターフェースではなく、一人の人間として――女性として扱ってくれるのが、嬉しかった。
「どうしてこんなことに……。ごめんな、気付いてやれなくて……」
「いい。これは私の不手際」
だから――
「だから、泣かないで」
私に降り注ぐ少し塩辛い雫。それは彼の悲しみ。彼の感情の激動。

「すまん。今度はもっと――そばにいて、いつでも気付けるようにするからな……」
私は彼の首に手を回し、唇を彼の口に押し付けた。しょっぱい。……これで少しは伝えられることが出来ただろうか。
彼への想いと、感謝を。



「有希?」
隣で彼が怪訝顔していた。どうやら泣いていたらしい。慌てて拭う。
「昔のことを……思い出していた」
察しがついたのか、彼はすまなそうな顔をした。
「あの時は、本当にすまん」
「いい。だって今は――」
蒲団の中を動き、彼に抱きつく。……温かい。
「今はとても、幸せだから……」
彼が抱き返し、より一層密着する。私は安心感を覚え、まどろみ、また、夢の中へ――
「今度はいい夢、見られるといいな」
意識を手放す瞬間、彼のそんな言葉を聞いた。 

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