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…━━━━━放課後、部室へ向かう廊下の途中…
ふくれっ面のハルヒが、俺の横を歩きながら不満げに口を尖らせる。
「あーあ、寒いっ!寒いわね!建物の中でも吐く息が白いって、どういう事かしらっ?」
「俺に文句を言ったって、しょうが無いだろうが!」
「それに…あのハンドボール馬鹿のホームルームは長いのよ!たいした内容なんて無い癖に…」
(お前だって、早々とホームルームを終らせて欲しい理由になる様な用事など、特に無い癖に…)
俺はふと、そんな事を思い付いて「最近、本当に何も無いな…」と改めて思う。
「何も…」とは…他でもない『閉鎖空間』やら『なんとか思念体』やらの事だ。
もう何事も無さ過ぎて、最近では長門や古泉や朝比奈さんが普通の人間に見えてきた…。
でも…まあ、それならそれでいい。
特に何事も無く今年はこのまま……
そうだな、ハルヒの立てた計画の通りに忘年会でもやって…無事に正月を迎えたいものだ━━━━━━…


【コーヒーふたつ最終話・SaveOurSouls】

━━━1日目━━━


別にハルヒの機嫌をとりたい訳では無いが、とりあえず俺は忘年会の話題に会話の内容をすりかえてみる事にする。
ハルヒも、まんざらでは無いようで「忘年会」と聞いた途端に、不機嫌な表情はそのままに目を輝かせながら喋り始めた。

「みくるちゃんとオッチャンには悪いけど、来来軒はパスね?」
「なんでだ?」
「座敷が無いもの!」
「座敷…ね」
「そう!でね?バス通りにある寿楽にしようかと思って!」

どうしてハルヒは中華料理屋ばかり…しかも、どちらかと言えば「ラーメン屋」の類ばかりを候補に上げるのか。
まあ、訊いたところで「安くてイッパイ食べられる」とかそんな返事が返って来るのは目に見えているが…
それでも俺は、とりあえず訊いておく事にする。
何故なら俺的には「忘年会」くらい「それらしい」場所でやりたいと考えていたりするから。
1年の締め括りがイキツケもしくは準イキツケのラーメン屋では、なんともお粗末な話だ。

「ところでハルヒ。何で候補が全部ラーメン屋なんだ?」
「え?…『少しくらい、お酒を飲んでも怒られなさそうだから』に決まってるじゃない!」
「………不良」
「あっ?何よっ、マジメぶって!高校生ともなれば誰だってビールの一本や二本くらい…」
「…一杯や二杯の間違いじゃないのか…?」

「………っ!もういいっ!アンタとは一生お酒を飲んであげないっ!」
「………。(おいおい)」

やれやれ…だ。
万が一バレて大騒ぎになった時の事とか…
考えて無いんだろうな、ハルヒは。
だいたい、ハルヒが普段から酒を飲んでいるなんて話は聞いた事がない。
おそらく、毎度お馴染の「特盛の好奇心」から生まれたアイデアなんだろうが、そんなハイリスクなアイデアは御免被る。
それに俺だって、親父に付き合わされて飲まされた事くらいはあるが、あまり美味い飲み物だとは思わなかったぞ?

とりあえず……話の内容的に廊下ではマズいな。

「なあハルヒ、続きは部室でな?みんな居るかもしれないし、そのほうが都合が良いだろ?」
「それも…そうね!」

ハルヒはすっかり機嫌を直した様で、俺の一歩前に出ると「そうと決まれば善は急げよっ!」とばかりに、俺の手を引いて勢い良く歩き出した。



意気揚々と辿り着いたハルヒとは対照的に、部室は期待外れの静けさに包まれていた。
俺はハルヒが「なーんだ」と落胆の声を出す前に「少し待てば、みんな来るさ」とドアに手をかける。
そしてドアを開け…

……すぐに閉じた!

(な…なんだっ?今のはっ?)

朝比奈さんと古泉が…何か『とんでもない事』になっているのが見えた気がしたが?

「キョン?どうしたの?」
「あ…いや!俺の目の錯覚だ!」
「え?何の事よ?」
「あ…ああ…何でもない」

何でもない訳が無かった。
確かに抱き合ってた…様な…。
俺はもう一度、そっとドアを開けて部室を覗きこむ。
すると…やっぱり朝比奈さんと古泉だ…。
しかも只今…ハリウッド映画顔負けのキスシーンの真っ最中ときたもんだ…。
まあ、二人にはそういう関係になる要素が皆無だったとは言い難いが…

そうなった経緯がさっぱり解らん。
とか考えつつも…
覗いてる俺は只のスケベ野郎…………

あれ?

何か様子がおかしい…?

窓から差し込む光で、二人の様子は陰でしか知り得る事が出来ないが、キスを止めた朝比奈さんの唇が動くのが何と無く解る…

(サヨナラ…って言った…のか?)

そして…次の瞬間、朝比奈さんは………
消えた。


俺は、突然の事に暫し呆然としてしまったものの、先程まで側に居た筈のハルヒが居なくなっている事に気が付いて、慌ててその場からハルヒを探しに走り出した。

(まさか…『消えた』所を見ちまって、驚いて逃げた訳じゃないよな…)

俺はその「消える」事に対しては何と無く理解しているから大丈夫……
とはいえ、消えた『理由』は解らないんだが。
とりあえず、心あたりのある場所をハルヒを探して順番に走り回ってみる。
そして探し回る事、数十分…
俺は、駐輪場で俺の自転車の荷台にポツリと座っているハルヒを見付けた。
「なんだ…ここに居たのか」と声をかけ、恐る恐る「見たか?」と尋ねてみる。
ハルヒは、うつむいたまま「見たわよ…抱き合ってたわね…」と呟いた。


(よかった、消えたトコは見てない様だ…)

俺は少し安心して話しを続けてる。

「まあビックリしたな…でも、意外だった。」
「何が?」
「いや、ハルヒなら…そのまま部室に踏み込んで『ああっ!見たわよっ?二人はそういう関係なの?いつから?白状しなさいっ?』くらい言うと思った」
「…バカ」
「すまん…」
「…ううん……そうしてやりたかったのはヤマヤマなんだけどね?なんか、力が抜けて…少しガッカリしちゃったのよ」
「なんでさ?」
「…それならそうと、みくるちゃん…何で団長のアタシに先に報告してくれなかったのかな…って」

ハルヒは多分、『何で友達のアタシに打ち明けて…』と言いたかったんだろうと思う。
なんとなく気持ちは解るが……
俺は仮に、谷口が今回の朝比奈さんの様な立場になっても、別段なんとも思わないだろう。
そこらへんは男と女の感情的な部分の構造の違いなのだろうか。
とはいえ…
柄にも無く落ち込んでいるハルヒを見ているのは少々辛い。
俺は「きっと落ち着いたら…詳しく話してくれるさ…」と笑って見せると、ハルヒを乗せたままスタンドを外して、自転車に乗って走りだした。

━━━2日目━━━

俺はハルヒを迎えに行きながら、朝比奈さんが消えた理由をボンヤリと考えていた。
まあ、学校に着いてから古泉にでも訊けば済む事なんだろうが、あまりにも突然だったし何やら悪い予感がする。
それに『サヨナラ』って…
朝比奈さんはもう学校に来ないのだろうか。
だとしたら、仮に古泉だけが事情を知っていたとして、俺や長門…そしてハルヒはどうすれば良いんだろう。

考えていても仕方が無いのは解っているが、どうも頭の中がスッキリしない。
そして頭の中がスッキリしないのは、待ち合わせ場所に現れたハルヒにとっても同じ事の様だった。

ただハルヒの場合は、俺よりも少し軽めの内容で考えこんでいると思われるが。

(まだ…昨日の事を気にしてるのか?
まったく、こっちはそれどころじゃ無いのに…)

俺は「おはよう」と挨拶をした直後から、暗い顔で無口なままのハルヒを少し疎ましく思ってしまう。
そして、昼休みにハルヒが言った思い掛けない一言に、思わずその気持ちを爆発させてしまった…。


「ねえ…キョン…」
「なんだ?」
「アタシ…やめちゃおうかな…」
「何を?」
「SOS団」
「……ちょっと待て!そんな無責任で我儘な話があるか!」
「な…なによ…ムキになる事ないじゃない…」
「ムキにもなるさ!
大体、昨日の事を気にしてるんだろうがな?
オマエがそんなんだから、朝比奈さんだって何も打ち明けられなかったんじゃないのか!?
だいたいオマエは、いつもみんながついてきてくれる事に対して、ありがとうとか思った事が少しでもあるのかよ!」
「………偉そうに!もう、つまらないからやめるって言ってるの!
SOS団はアタシが作ったのよ?
そのアタシがやめるって言ってるのよ!
文句ある?」
「ふざけるな!いい加減にしろ!
今、俺がどんな気持ちでいるかも知らない癖に!」

少し…声がデカ過ぎたか…
ハルヒが目を丸くして固まっている。
そして、そのまま少し黙った後で静かに言葉を投げ掛けて来た。

「アンタの気持ちって…何よ?」
「…いや…それは…」

答えられる訳がなかった。
俺は迂濶な自分を殴りたい気分になる。

そして、そんな気分に追い討ちをかける様に、ハルヒの瞳から大粒の涙がポロポロと溢れ始めた。

「アタシは…何も知らない…みくるちゃんの事も古泉君の事も…
キョンの気持ちも解らない…このままじゃ…多分ユキの事だって…」
「…ハルヒ」
「…アタシ…今日は帰る」

ハルヒはそう告げると涙で濡れた顔はそのままに、忙しく支度を済ませてから席を立った。

「さよなら…」

俺は何も言えず…ただ、走り去るハルヒの背中を見ていた……

ふと、気が付くと教室に居る殆んどの奴らが、こちらを見ている。

(やばい…な、これは)

俺は、とりあえず何事も無かったかの様に席についたものの…
居心地の悪さに耐えきれなくなって、ものの数分で教室を後にした。

なんとなく校舎の中をふらつきながら、少しだけ時間が気になって腕時計を見ると、とっくに授業の始まる時間を過ぎていることに気が付いた。
しかし…
今は慌てて教室に戻ろうという気にはならない。

(部室にでも行くかな…)

そう思い付いて俺は、結局SOS団の在る生活に心底ハマッちまったんだなと改めて感じる。
そして、おそらくその気持ちはハルヒだって同じ筈なんだ……


そうだ、後でハルヒに電話をしてやろう。
別にメールでもいい。
そして明日、みんなを集めて忘年会の話でもしよう。

しかしそれには、朝比奈さんの事を古泉に確かめる必要があるがな。

俺は、我ながらまとまってきた胸の内に足取りを軽くしながら、部室へと向かった。


とりあえず昼寝でもして時間を潰す…
それから放課後にでも古泉に話を訊けばいい…
頭に浮かんだ予定を整理しながら、俺は部室のドアに手をかけた。

(ん…誰か居る…?)

中から微かに人の居る気配がする。
もしかしたら、ハルヒが待っててくれてるのかもしれない…
何故かそんな気がして、俺は慌ててドアを開けた。

「ハル… あれ?長門?」

部室の中に居たのは長門だった。
相変わらずの無表情を保ちながら窓際に座り、読みかけの本を片手にこちらを見ている。

俺は「ごめんな、何でもないんだ」と告げると適当な椅子に腰を降ろした。
そして軽く眠る為に、机に伏せようと体の力を抜きながら前屈みになろうとした…
…その瞬間!
それまで窓際に居た筈の長門の存在が、俺のすぐ側にある事に気が付く。
驚いて顔を上げると、俺の右側にピタリと寄り添う様に長門が立っていた。
そして、顔を上げた俺を……
優しく抱き締める!?

「な…長門…!これは一体なんだっ?」
「動かないで」
「ちょっ…やめ……」

俺が『やめろ』と言い終わらないうちに、長門は自分の唇で俺の唇を塞いでいた。
(な……なんだっ……?)
突然の出来事に俺は混乱しまくる。
何が何だかさっぱり解らない。
そして…
長門は静かに体温の低いその唇を離すと「来る」と呟いてから再びキスを続けた。
俺は意味も解らずに、長門に唇を重ねられたまま部屋の中を見回す。
(何が来るってんだ?)
と、その時…
部室の出入り口のドアが勢い良く開いた!
そして同時に…
聞き馴染みのある声が聞こえる!

「キョン……ユキ?…何……やってんの?」


声の主はハルヒだった。
長門は唇を離してそっと顔を上げると、何事も無かったかの様に窓際へと戻る。
俺はただ…
ハルヒの方を見るだけで精一杯だ…
ハルヒは声を震わせながら、俺を睨みつけている…
「何…よ。さっきは言い過ぎたと思って、教室に戻ったら居なくて…
ここに居るかなと思って来てみたら…
なんでこんなことになってるのよっ!」
「いや、ハルヒ…違うんだ…」
「………嫌いよ………キョンもユキも…古泉君もみくるちゃんも…
………全員死んじゃえっ!!!」
ハルヒはそう叫ぶと、部室から飛び出して行った。
俺は、とにかくハルヒを追いかけたくて立ち上がろうとする。
しかし…
体が思う様に動かない。
(まさか…これも長門の仕業なのか…?)
俺は振り替えって長門を睨みつけた。
「何で…こんな事を…!」
長門は何も言わずに、ただ俺を見ている。
そして開かれたその瞳から…
一筋の涙を流した。
「…長門?」
「…これでいい」
長門は、そう呟くとゆっくりと立ち上がり部室から出ていった。





一体何なんだ…
昨日消えた朝比奈さん…
突然キスをした長門…しかもハルヒが来るのが解っていた様な感じだった…
それで…俺はハルヒに何て言えば良いんだ…?
「長門がいきなりキスを…」駄目だ…。
本当の事なのに、もの凄く嘘っぽい…。
しかも…
さっきの長門の涙の所為か、長門を悪く言うのは避けたいと感じる。
いっその事「オマエと揉めてて気が立っていたから、長門にキスを…」と嘘をついてしまおうか。
それで、全力で謝る?
無理だな…
ハルヒの前では、俺はいつだって嘘がつけないんだった…。
ついてもすぐバレるから。

色々と考えてるうちに、窓の外はすっかり暗くなっていた。
どうやら、古泉は今日は来なそうだ…。
(帰るかな…)
とりあえず、戸締まりの点検がてら部室の中を見回す。
長門のいつもの席…
ハルヒの机…
朝比奈さんの衣装…
古泉の机の上にあるオセロ…
一昨日までの日常が、昨日から突然訪れなくなった部室は、俺を言い様も無い位に寂しい気持ちにさせる。
そして、いつも隣で笑ったり悪態をついていたハルヒも今は居ない。
会いに行こうと思えば行ける…
けど、長門のキスの言い訳が全然思い付かない今は行っても無駄だ。
(やれやれ…明日から、どうしたもんかな…)
俺は電気を消すと、部室を後にした。


━━━3日目━━━

家に帰ってからも、ダラダラと学校での出来事について考えていた俺は、全く眠れずに朝を迎えてしまった。

当然の事ながら…
何も答えなんて出ないし、出るわけがない。
ただなんとなく、学校に行く前にでもハルヒの家に寄ってみようとは思っていた。
今や電話もメールも拒絶されてしまったものの、直接会いに行けばどうにかなりそうな気がしたからだ。

しかし…
その僅かな希望も、学校へ行く支度を整えて、自転車を家の庭から引きずり出した時点で潰えた。

(ちっ、パンクしてやがる…しかも前後両方…)

仕方なく俺は、学校へと歩き始めた。
まったく…良くない事とは重なるものだな。


家の前の路地から大通りへ出ると、同時に眩しい冬の朝の日差しが寝不足の俺の頭を直撃した。
色々とあった所為かそれだけで憂鬱になり、思わず今日は休もうかと思ってしまう。
だが…そうもいかないんだな。
古泉に会って、朝比奈さんの事を確かめなくてはいけないし、長門にだって昨日のキスの理由を確かめたい…

俺は半開きの眼差しのまま、背中を丸めつつ大通りを歩いた。

歩き始めてからしばらく…
俺は背後から迫ってくる車の音に気付き、それを避ける為に少し体を車道から遠ざけながら立ち止まった。
(危ないな…飛ばして来るなよ…)
しかし、そんな俺の気遣いもよそに、その銀色の車は俺の直ぐ側をかすめる様に通りすぎて行く。
そして…
俺を追い越したその場所から少し離れた場所で…停まった。
(な…なんだ?道でも尋ねるつもりか…)
俺は立ち止まったまま、その車に視線を向ける。
運転席のドアが開き、誰かが降りて来るのが見えた。
そして…その降りてきた人影に、俺は…愕然として思わず声をあげた…!!

「…っ…古泉!?」

運転席から降りてきたのは間違いなく『あの』古泉だ!
古泉はいつになく神妙な面持ちで、こちらに向かってくる。

そして、俺の側まで来ると「すいません…とりあえず、乗って頂けませんか?」と引きつった笑みで語りかけてきた。

「な…なんだ?しかもお前…車の運転って…」
「時間がありません…早く!」
「あ…ああ…」

古泉の態度に唯ならぬものを感じた俺は、言われるままに車の助手席へ乗り込んだ。
そして俺がドアを閉めた瞬間、車は物凄い勢いで走り出した。

「古泉…これは一体…?」
「申し訳ありません…しかし…今は説明する時間すら惜しまれる…」
古泉は険しい顔のままハンドルを回しながら、呟く様に語る。
「……異常事態です。しかも…貴方がこれまでに経験したこの無い程の」
「………まさか、ハルヒの仕業か?」

俺は、昨日までの出来事を瞬時に思い出した。
そして…すっかり忘れていた事だが、ハルヒの今の状態は非常に『危険』だという事も。

待てよ…?

だとしたら、昨日の長門の行動はツジツマが合わない。

長門だって、ハルヒがあの…「閉鎖空間」を作ってしまう事や「世界を改編する」のを防ぐ様な目的で、古泉や朝比奈さんと行動を共にして来たんじゃなかったのか?
明らかに昨日の長門は…ハルヒが来ることを知っていながら、俺にキスをした…。

どういう事だ… ?

必死で考える俺を横目に、古泉は話を続ける。
「とりあえず…現時点で言えることは、以前貴方が経験した『世界の改編』が全く別の形で始まってしまったと言う事……そして、それに合わせる様に別の『脅威』が発生してしまったという事です」
「別の…脅威?」
「ええ…そして、その脅威は貴方を狙っています」
「…………!?俺を?」
「以前僕は…世界の命運を貴方が握っているのかもしれない、と言った事がありましたよね?」
「え…?ああ…」
「つまり…そう考えているのは僕だけでは無いって事です。」


車は、気付かぬうちに学校へと近付いていた。
そして、校門の少し手前で古泉は車を停める。
「とにかく、キョン君は安全な場所に居てください。…そうだ、部室が妥当でしょう!」
「え?……ああ、解った…」


「僕は仲間達と共に、事態の収拾に当たらなければなりません。
……ただ、必ず後で戻って来ますから」
そう告げると、古泉は俺を車から降ろして走り去ろうとした。
「…おい、待ってくれ!」
俺は、朝比奈さんの事を訊きそびれた事に気が付き、慌てて問掛ける。
「朝比奈さん…朝比奈さんは、一体どうしたんだ!?」
「朝比奈さん?」
「ああ…一昨日お前の前で消え………すまん、覗くつもりはなかったんだ」
「…………彼女は、緊急で連れ戻されました。つまり、今回の事態はそれほど深刻という事になります」

俺が「そうだったのか」と答える間もなく、古泉は走り去って行ってしまった。


仕方なく俺は部室へと向かう事にする。
そして歩きながら、ハルヒが昨日部室を出ていく時に叫んだ言葉を思い出し、少しだけ恐怖した。

『みんな、死んじゃえ』

まさか…今俺は、そのままの結末に向かっているわけじゃないよな…
畜生…せめて、あのキスの誤解さえ解ければ…

部室へ近付くにつれ、やりきれない思いで胸が一杯になる。
そして部室に辿り着いた俺は、そっとドアの内側に身を隠すと…

……声をあげ泣いた。

━━━0日目━━━

どれくらい時間が経っただろうか。
俺はいつもの席に座り、ただ刻が過ぎるのを待っていた。
素直に古泉の言う事を聞くのは少し癪だったが、俺は古泉が語った言葉に含まれる恐ろしさを、これまでの経験から痛いほど分かっていたし…
…こうする以外、今は何も出来なかった。

そして俺は壁に掛けられた時計を見て、針が動いていない事に気が付く。
恐らく、それは『電池切れ』なんていう生易しい原因によるものでは無い。
何かが…始まっちまったんだ…
思わず目を伏せて溜め息をついたその時…
部室のドアが『ガチャリ』と開く音がした。
「古泉か…早かったな…!」

俺は顔をあげ、思わず安堵の声を漏らす。
しかし、ドアの前に立っていたのは…
見覚えのある、かつてのクラスメイトだった。

「朝倉………か?」

朝倉涼子!かつて、俺を襲い…それを阻止するべく現れた長門に敗れて消えてしまった筈の彼女が今…此処にいる!

「お久しぶりね」

屈託なく笑う朝倉に、俺はあの時の恐怖を思い出す。

それと同時に、さっき古泉が車の中で言っていた『脅威』と『異常事態』の事も思い出した。

「何をしに来た…」
「簡単よ…あなたを殺しに来たの」
「…今更…だな。もう…俺を殺した所でどうにもならない」
「何故?」
「よく…解らんが、世界は書き換えられはじめたんだ…」
「知ってるわ」
「…………!」
「でも…これじゃないの」
「何?」
「私『達』の望む結末は、これじゃない…だから、あなたを殺す」
そう言われた瞬間、俺は思わず朝倉の手元を見た。

(ナイフは…持って無い様だ)

しかし、そんな少しばかりの安心も次の瞬間には見事に打ち消された。

俺の体が…浮いている…。
朝倉が浮かしているのか…?


そして浮いている自分を自覚した直後…

俺は床へと物凄い速度で落下し、激突した!息も出来ない程の激痛が全身を支配する…
目眩と耳鳴り…嘔吐感…
それらの隙間から…朝倉の声が聞こえてくる。

「うふふっ…どう?痛い?」

答えられる筈がない…それなのに、朝倉は喋り続ける。

「ねえ、あと何回…これに耐えられるかしら…」

何回!?まさか…俺がくたばるまで続けるつもりかよ…
勘弁…してくれ!

「そうね…あんまり苦しめてもキョン君が可哀想だし…次で終らせてあげるね?」

再び、俺の体が軽くなっていく感覚を感じる。
そして体が浮きあがろうとしたその時…
俺の体に働いていた力が突然抜け、俺は床に倒れ込んだ。

「い…痛てえっ…」

なんとか声は絞り出せたものの、体が思う様に動かない。
今何が起きたのか…
どうにか確かめたくて、俺は起き上がれないままに必死に辺りを見回した。
すると…
俺の目の前に見覚えのある上履きが見えた…横に小さく名前の書いてある、あの上履き…
(長門…長門か?)

なんとか上を見て確かめようとするが、これ以上首が曲がらない。

しかし、声だけは聴こえてくる…

間違いなく…
長門だ…

「朝倉涼子……何故…あなたが此処にいるの」
「そう望まれたからよ」
「………………。」
「丁度良いわ…長門さん?あなたもついでに殺してあげる。
本当の事を言っちゃうとね?この前…少し悔しかったんだ…」
「今から空間閉鎖をする気?」
「そんな面倒な事はしなくて良いのよ…。うふふっ…」
「……………?」
「もう全て終わってるの。だからアナタのセオリーは通用しない」

朝倉が言い終える…と同時に長門の体が宙に浮く。
そして、身動きがとれない俺の限られた視界をそのまま真横に滑る様に飛び、壁に激しく激突して止まった。


そのまま長門は…まるで壁に貼りつけられた様に固まっている。
朝倉はそこに近付くと、蔑む様な声で長門に語り始めた。

「長門さん…あなたも不敏ね…」
「…………?」
「わざわざ…彼の唇まで奪って凉宮ハルヒを刺激したのに、凉宮ハルヒは彼との二人の世界を望むどころか……おそらく全ての消滅を望んだわよ?」
「…………!」


「まあ、おかげ様で私も予定通りここに来れたから良かったけどね。
あなたの狙い通りに、また凉宮ハルヒが彼を『取り込んで』アレを始めてしまったら、打つ手がなかったわ」
「……情報結合の解除を申請する」
「あはははっ!だから無理なのよ!もう、そんなのは終わってるの!
長門さん?あなただって薄々気付いているんじゃないのかしら?」

俺は昨日の出来事を思い出しながら、なんとなく朝倉と長門の会話の意味を理解しかけていた。
おそらく長門は知っていたんだ…
この…以前にも増して凶暴になった朝倉と、自分でもどうにも出来ない事態が訪れる事を…
そして…あの、夏の少し前の日の出来事と同じ状況を作り出す事で、迫り来る『脅威』から俺とハルヒを遠ざけようとした………?
しかし……だとしたら、あの涙の意味はなんだ…

「長門さん?まず、あなたから死になさいな」

俺が僅かばかりの思考を廻らせている間に、状況は悪化していた。
朝倉が長門の首に手をかけ絞め上げている!
俺は「やめろ」と叫ぼうとするが、声も出せず床にヘバリついたままだ。

「このまま…苦しみなさい?そしてゆっくりと、苦しいままの…あなたの『情報連結を解除』してあげる」

長門の喉元にある朝倉の手が爪を立てているのが見える。
そして、その爪先から幾筋の赤い血が流れているのが見えた。

もう…やめてくれ…


声にならない声が、俺の口元から無様な呼吸音になって漏れた。

その瞬間…

「バタン」とドアの開く音が聞こえ、それと同時に物凄い爆発音が部室の中に鳴り響いた!

ズドン!

何が起きたのか判らない…
ただ…先ほどまで微笑みながら長門を追い詰めていた朝倉が、苦痛の表情を見せている…。
目を凝らしてよく見ると、それが背中に受けた攻撃によるものである事に気が付いた。
そして…その爆発音とともに朝倉に攻撃を仕掛けたのは…

…古泉だ!

古泉が手元に拳銃の様な物を構えて、朝倉を睨みつけている!

そして、睨みつけながら「お待たせしましたね…」と口元だけで笑った。
俺は必死に声を絞り出しながら、古泉を見る。

「古泉…来てくれたのか…」

「遅くなりまして…それと、申し訳ありません。
貴方に部室に居てくれと言ったのは誤算でした。まさか、『脅威』の正体がコレだったとは…」
「べ…別に良い…それより、手に持ってるソレは…」
「ご安心ください、『本物』ですよ」

この世に、本物の銃を見せつけられて安心する人間が居たら紹介して欲しいものだ。
しかし今は…
古泉の持つソレは、朝倉の動きを止める一番有効な手段だと思う。

「機関から『有事の際に』とコレを渡された時は、正直困惑しましたがね?なるほど、こういう事態も有りうるという訳ですね…」

古泉は喋りながらも、銃口を朝倉から反らさない。
そして、朝倉は…
震えながら古泉に向かって何か呟いている…

「………ないわよ」
「なんです?朝倉さん?」
「邪魔するんじゃないわよ!このチンカス野郎!」

朝倉が叫んだ瞬間、古泉の体が宙に浮かんだ!
そして、天井高くまで浮かんだ古泉の体が、目で追えない程の早さで床へと叩き付けられる!
それも…一回や二回じゃない、何度も何度も…

やがて、何度も床に叩き付けられた古泉は、床に貼り付いたままピクリとも動かなくなった。

「もう…本当に腹立たしいわ…男子はこれだから嫌。ね?長門さん?」

朝倉は、動かなくなった古泉を見下ろしながら、壁に貼り付いた長門に微笑みかける。
そして、長門の腹に拳を突き立てながら喋り始めた。

「あーあ、なんだか本当に頭にきちゃった!
そうだ、長門さん?死ぬ前に私に辱められてみる?」
朝倉はそう言いながら、拳を長門の腹に食い込ませる…いや!長門の腹を拳で裂いている!
俺はあまりの惨状に反射的に目を閉じた。

「ねえ、長門さん?知ってる?私達のタイプの筐体はね、体内を掻き回されると気持ち良いんだって!」


目を閉じた俺の耳に「グチャグチャ」と気持ちの悪い音が聞こえる。

「どう?長門さん…」
「…あなたは…最低」
「そう…。でも、私の気分は今最高なの!それに、なんだかとても愉しいわ!」

恐る恐る目を開けると…壁に貼り付けられた長門と長門の腹に右腕を突き刺して動かしている朝倉が見えた。
そして…その朝倉の背後に、倒れながらも銃を構える古泉が居る!

「それ…ま…で…だ…今すぐ…長門さん…解放…しろ…」
瀕死の古泉が銃口を向けながら、朝倉に言う。
しかし…朝倉は「あははっ」と笑うと古泉に蔑む様に言い返した。
「あらあら…私の頭を狙ってるのは正解だけど…その距離でそんなものを私に当てたら、突き抜けた弾はどうなるかしら?」

朝倉の頭のすぐ向こうには、長門の頭がある。
弾が朝倉を貫通したとすれば…間違いなく長門にも当たる…。
古泉もそれが解るのだろうか…
狙いを定めたまま、微動だにしない。

「どう?古泉君?残念ね」


朝倉がそう言いながら微笑みを浮かべた時、長門が静かに呟いた。

「…ちなさい」
「あら…長門さん、何か言ったかしら?」
「…撃ちなさい」
「ん~?なあに?」



「撃ちなさい!古泉一樹っ!!」


古泉の腕が一瞬ビクッとした!
その瞬間、再び先ほどの爆発音が部室に響きわたる…
そして……まるで、地面に落とした西瓜の様に朝倉の頭が吹き飛び…
壁から長門が落ちるのが見えた…







それから暫く…呆然としていた俺は、慌てて足元に倒れていた古泉を揺すってみる。
しかし…古泉は冷たくなっていた。
そして…長門…

そうだ!長門なら、どうにか出来るかもしれない!
長門っ!

痛みを堪えて体を引きづりながら、長門に近付く。
そして少しだけ体を揺すると…長門がゆっくり目を開いた…。
頭にある傷は…先ほどのか…

「大丈夫か…長門…」
「……駄目」

長門はひと言だけ答えると、震えながら腕を伸ばして俺に指先を向けた。
その指先は…俺の口元に近付く…

「長門?」

そして、指先が俺の唇に触れた瞬間…

長門は微笑みながら、静かに目を閉じた。





「長門!古泉!おい!おまえら何なんだよ!冗談じゃないぞ!
今、救急車を呼んでやるから!
こんなのは…冗談じゃない!」

俺は夢中でポケットから携帯を取り出す。
しかし無情にも、ディスプレイには『圏外』の二文字が踊っていた!
(畜生!)

俺は部室棟の入り口にあった公衆電話を思い出して、部室から出ようと体を引きづりながら、ドアを開けた。

すると…廊下の彼方から近付いてくる足音がある事に気が付く…

(今度は何だ…)

足音は近付きながら、その姿を徐々に現した。
そしてその姿を、俺は一番良く知っている事に気が付く…。

(ハル……ヒか?)

ハルヒだ!ハルヒが居る!ハルヒが来てくれたんだ!
俺は体を引きづりながら、ハルヒに近付く。
そして、ハルヒの足元にすがりつきながら、これまでの事を必死に訴えかけた!


「大変なんだ!古泉も長門も!死にそうなんだ!ヤバイんだ!」
「……………」

ハルヒは黙ったまま、何も言わない。

「ハルヒ………?おい、ハルヒ!何とか言えよ!ハルヒ…」
「…………ろう?」
「えっ?」
「帰ろう…?」
「ハルヒ?」



「一緒に…帰ろう?」



その瞬間…目に映るもの全てが白く輝き出し……俺とハルヒを溶かすよう包みこんだ…。
なんだ…この感じ……

もう…おしまい…なのか…………
それとも……


はじまるのか…

━━━エピローグ━━━


気が付くと、俺は授業中の教室に居た。
辺りを見回すと、日常の光景が目の前に広がる。
そして…振り返ると、教科書にマンガを隠しながら読むハルヒの姿が見えた。
(…悪い夢を見ていたのか…)
いや!そんな事はない!
今感じているこの感覚…
眠りから醒めた感覚なんかじゃない!
俺は立ち上がると、夢中で教室の出口に向かって走り出した。

驚くハルヒの顔…
「どうしたんだ?」と叫ぶ教師の声…
ざわめくクラスメイト…
全てを振りきって俺は走る…!
やがて俺は部室棟へと辿りつくと、俺達の部室へと階段を駆け上がった。
俺達の…
SOS団の部室へと…

そして、遂にドアの前に立った俺は、思わず床に膝をつく。
(やっぱり…だ)
ドアには鍵がかかっていた。
そして…

いつだったか、ハルヒがマジックで書いた「SOS団本部」のプレートが無い。
ふと、頭の中を「書き換えられた世界」という言葉が駆け巡る。

(こういう事かよ…)

やりきれなくて…
悲しくて…
でも不思議と涙は出ない…

俺は立ち上がると、フラフラと教室へ歩き始めた。


そのまま一日は、普通に過ぎていった。

気が付くと放課後になっていて、帰り支度を済ませたハルヒが席に座ったままの俺の横に来て微笑む。
俺も、それとなく微笑み返すと立ち上がり、コートをはおりながら鞄に手をかけて、ハルヒの手をとり歩き出した。
そして教室から出たところで、ハルヒが微笑みながら「寒いわね、何か暖かいモノを飲んでから帰ろう?」と言う。
俺は「買ってきてやるよ、何が良い?」と聞きながら、カフェオレ…とハルヒが答えるのを待った。

「やぁねぇ、いつもの…アンタと同じので良いわよ」
「……同じ…か?」
「な、なによ?同じじゃ駄目なのっ?」
「い、いや…なんでもない……」

俺は、昇降口の横にある販売機で紙コップに入ったコーヒーを2つ買う。
そして、それを手渡されたハルヒは美味しそうにカップを傾けて見せた。

「ふーっ、温かい!生き返るわね!」
「……そうか」
「さあて!キョン、行くわよ?」

ハルヒの「行くわよ」に、思わず「部室へ…だよな?」と言葉を返しそうになる。
しかし、ハルヒが俺の手を引いて向かったのは駐輪場だった。

つまり…
そういう事なんだ…
ここにはもう…朝比奈さんも古泉も長門も居ない…
そして…
SOS団も…

俺はハルヒを荷台に乗せ、ボンヤリと自転車を走らせる。
これで良かったのかどうか解らないまま…
ただ…
ハルヒの家へと…







「ちょっと、キョン!どっちに向かって走ってるのよ!」
「えっ?な、なんだ?」
「そっちじゃ無いでしょ?寿楽よ!寿楽っ!」
「な…」
「早く戻りなさいよバカキョン!みんな待ってるんだからね!」

…みんな?
みんな…って、どういうことだ?

「早くっ!」

俺はハルヒに急かされるままに今来た道を戻って、バス通りにある寿楽へと向かった。
そして、店に着き暖簾をくぐると…

…奥の座敷に見慣れた人陰が見える!
立ち尽くす俺を追い越して、ハルヒが先に座敷に向かう。

「みーんな!お待たせっ!」

「いえ…僕らも今来た所ですから…」
「うふふっ…鈴宮さん、お鼻が真っ赤ですよ?」
「………………。」

古泉!朝比奈さん!長門!

……おまえら…!

驚く俺に、古泉が語りかける。


「本当に僕らは『今』ここに来たばかりなんですよ。…でも、これで良いのかもしれません。ね?長門さん?」
「………私もこれで………………これがいい」
「……………キョン君……黙って消えてしまってごめんなさい……でも、ただいま!……です」

俺は何か言葉を返そうと必死で考える。
でも…無理だ…
涙が止まらない……

そんな俺を見て…ハルヒが不思議そうに首を傾げる。

「あれ?キョン、なに泣いてるの?」
「う…煩い…自転車をこいでる時に…目にゴミが入ったんだ…」

「ふーん、まあいいわっ!それより…みんな見て!」
ハルヒは何やらカバンを開けてガサガサとやると、中からノートくらいの大きさのパネルを取り出した。

「はーい注目!我がSOS団の新しい表札よっ!ちなみに…古いのは昼休みに外して捨てちゃったからね!」


あ、部室のドアのパネル…

「さてさて?みんな揃った所で…ちょっとアタシの話を聞いてくれる?」

全員の視線がハルヒに集まる。
そして、ハルヒが頬を赤くしながら喋り出した。

「みんな……あのね?いつもアタシに付き合ってくれて……ありがとう。
今年はもう少しで終っちゃうけど、来年も…これからもよろしくねっ!」







コーヒーふたつ・完
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