♪ttt・・・ttt・・・ttt・・・

耳馴染みの無いアラームが遠くから聴こえる・・・
朝・・・か?
少しづつ目を開けると、霞む視界に見慣れない天井が浮かびあがった。・・・何処だ?・・・ここは。
とにかく、起きよう・・・・。

俺は、少しだけ体を起こして辺りを見回した。そして、ここが自分の部屋ではない事を把握する。
さて、どうしたものかな・・・。

「ん・・・、キョン?おはよう・・・!」

・・・!!!ハルヒ!?
俺の隣にハルヒが居る!!?何故だ!?そうだ・・・昨日!昨日の夜・・・っ!

思い出したっ!
帰宅後、鞄の中に提出期限間近の課題に使っていたノートが無い事に気付いた俺は、度々俺の鞄を勝手に開けてCDやら雑誌を持っていくハルヒに、心当たりが無いか電話をした。

で、案の定ノートはハルヒが持っていた!まあ大方、雑誌か何かを持ってく時に紛れちまったんだろうが。
そして・・・ノートを取りにハルヒの家に・・・・っ!

おい、ハルヒっ!マズいだろ!これ!

「んー?何がー?」

いやっ・・ほら、あの・・・親とか!
あと、学校も行かないとっ!

「んー・・っ、煩いわねぇ・・・親はもう二人とも出かけたわよ。それに・・・学校はキョンが家に制服とりに寄っても十分間に合うわ・・・。」

そう言い終えると、ハルヒは少しダルそうにベッドから抜け出した・・・って、おい!

「何よ?」

なんで裸なんだよっ?服くらい着ろよ!まあ、この場合パジャマとか部屋着とかっ!

「本当に煩いわねっ!着てたけどキョンが脱がしたんでしょ?昨日の夜にっ!」

あ・・・

俺は、昨日の夜の一部始終を瞬時に思い出した。俺は・・・ああ・・・全身の血液が・・・・頭に昇る・・・

「とにかく、そろそろ行きましょ?あ、キョンはソコの窓から外に出るのよ?向かいのオバチャンには、流石に見られるとマズイの!」

俺は返事もろくにしないまま、いそいそと着替えを始めた。

「・・・っ!くしゅん!」

自転車をこぐ俺の後ろで、荷台に座ったハルヒがクシャミをする。
それなりに豪快にやらかしてくれたので、少しハンドルをふらつかせてしまった。

「うー、風邪かしら・・・不覚だわね。」

呟くハルヒに『裸で寝てるからだろ』と突っ込みを入れたくなるが、先程の様に反撃されかねないので止めておく。
しかし・・・我ながら昨夜は大胆な行動に出たもんだ、と今更ながらつくづく思う。
完膚なきままに雰囲気に負けた。
コトが済んだ後で「谷口の家に泊まる」と自宅の留守電には入れておいた訳だが、『ノートを取ってくる』と言ったまま、俺が姿を消したのは事実な訳で・・・騒ぎになっていない事を祈るばかりだ。

やがて、俺達はいつもの坂道にさしかかった。
ふらふらと登って行くと、右手にハルヒの住む町がパノラマの様に広がってゆく。
いつもより時間が早いせいだろうか、見慣れた町並みに透明な静けさを感じた。
坂を登りきり、馴染みの販売機の前を過ぎれば、後は下り坂だ。
刺すような冷たい風に首をすくめながら、俺達は加速していく。

ああ、そうだ・・・家に戻って制服に着替えなきゃな・・・。

そんな事を考えながら、少しだけ今着ている服の臭いをかいでみる。昨日はハルヒの家に向かう前に風呂は済ませてあった訳だから、特に気にする必要は無い筈なのだが・・・なんと言うか・・・癖なんだろうな。
そんな俺の様子を見ていたんだろうか。
ハルヒが後ろで笑っている。

「なあに?アタシの匂いがするかしら?」

・・・コイツは!
終始受け身だった癖に、コトが終わった途端に攻勢に転じやがった。
今朝から何回俺を赤面させれば気が済むんだ、まったく!

坂を下りきり、いつもなら真っ直ぐに抜ける交差点を右に曲がり自宅へ向かう。
考えてみれば平日の朝、私服の俺に制服のハルヒ・・・どう考えても不自然だな。しかも、ここらへんは我が北校生の『レーダー圏内』だ。
早いところ着替えて、日常へ戻ろう。

自宅に着くと俺は、素早く二階に上がり服を脱ぎ捨てて新しい下着と制服を取り出した。母親の問掛けを尽く回避し、再び自転車に飛び乗る。

「ふふん、大丈夫だった様ね?さあ、急ぐわよ?」

言われなくてもそうするさ!しっかりつかまってろ・・・と言いかけた瞬間、俺は見慣れた後ろ姿を少し先の歩道に見つけ言葉を止めた。

長門?

どうやら、ハルヒも気が付いたらしく、俺の背中を叩きながら騒ぐ。

「ねえ、キョン!ほら、あそこ!あれユキじゃない?」

馬鹿な・・・長門がこんな所に居るわけ無いだろ?だが・・・確かに似てるな・・・。

そして、更に驚いた事にその向こう側に男らしき人陰が見える。
歳は・・・俺と同じくらいだが・・・他校生か?何か話してる様だが・・・

「むはーっ!朝からこれはスキャンダルだわっ!他人の色恋沙汰なんざ興味無いけど対象がユキとなれば話は別よっ!キョン、いい事?秘密裏に調査を進め随時アタシに報告よっ?解ったわねっ?」

好奇心を核爆発させるハルヒを尻目に、俺は根拠の無い不安を少しだけ感じながら長門らしき人影とその相手を見送った。


結局、学校へは滑り込みセーフだった。
おいおいっ?何が「制服とりに行ってからでも充分間に合う」だよ、ハルヒの奴!
さっき校舎に入ったと思ったら、瞬く間に一時間目が始まっちまった。
だが・・・まあ、いい!
今は無事、時間に間に合いこの椅子に座り机に向かえる悦びを噛み締めたいっ!
ただいま、俺の日常!

しかし、そんな一時の安息も「ハルヒが後ろに座っている」と言うだけで砂の城の如く崩れさる。そう、ハルヒに退屈が訪れるとともに・・・
「つんつん」
ほら、背中にペンでツンツン攻撃が来たっ!
どうせ、ロクな用事ではない事はバレバレユカイだっ!
それに、俺は只でさえ『課題を忘れた』というリスクを背負っている。まあ、謀らずともハルヒ!おまえが原因だが。
「ツンツン」
無視!

うっ、背中から殺気を感じるっ。
「こら、バカキョン!こっち向けっ!」って言ってるのが微妙に伝わってくるっ!
忌々しい、ああ忌々しい!

「ツンツン つー」

ん?つー・・って何か書いてるのか?背中で筆談か?ふんふん、ナニナニ?














って!おおおおおおいいいいっ!!!
授業中に何て事をっ!
頼むから、頼むからから昨日の話はもう止めてくれっ!連続赤面による脳内血管破裂かなんかで今日中に死ぬぞ?俺!

そんな事をやっているうちに、一時間目は終わってしまった。

-おい!ハルヒっ?
「アハハハハハッ!ゴメンゴメン!キョンが赤くなるのが最高に面白かったのよ!もう最高っ!」
-もう!今度やったら二度と『昨日みたいな事』はやらないからなっ!
「ほ~う?キョン君、『昨日みたいな事』とはどういう事かしら?プププ」
-××××もういいっ!
-「冗談!冗談よっ!ところでさ?アタシ、やっぱり追跡調査しか無いと思うわけよ!」
-何が?
「ユキの事よ!」
-ああ?今朝のアレ、本当に長門だったのか?
「バカね!それさえも、調査すれば判るじゃない!」
-ああ、まあ興味はあるんだが・・・なんか長門に悪いな。
「何言ってるのっ!ユキは見た目通り間違いなくウブよ?妙な相手だったら、アタシ達が目を覚まさせてやらなきゃ!」
-ううん・・・

「作戦はアタシが練るわ!期待しなさい!」

昼休み、である。

昨夜から今朝にかけての一件で、弁当を用意出来なかった俺は、買い置きのカップ麺を求めて部室へとやって来た・・・のだが。

-おい、ハルヒ。それと古泉に朝比奈さんまで!
何の集まりだ?コレは。
「あら、キョン!丁度良かったわ?コッチはアンタに声をかけ忘れたのに今気付いて、どうしようか考えてたトコよっ!」
-そりゃ、どうも。
で、もう一度訊くが何の集まりだ!?
「決まってるじゃない!ユキの恋を見守る会『ハッピーマテリアルプロジェクト』の旗揚げよ!略してハピマテで構わないわっ!」
-・・・。
「さあ、キョン?古泉君とみくるちゃんに現況を報告するのよっ!」
-(何が『するのよっ!』だ。俺の事忘れてた癖に。)

-ああ・・まあ・・・なんだ・・・今朝、ハルヒと学校へ向かう途中に、長門に良く似た女の子が彼氏らしき人と居るのを見掛けたって、だけの話だ。
仮にそれが本物の長門であっても、あまり騒がずに自然体でだな・・・
「ほう!それは大変興味深いですね?」
-おい・・・古泉?
「ふえええっ!お相手の方はどんな人なんですかぁ?」
-あのー朝比奈さん?

「まあっ、そういう事なのよっ!いいわね、コレはあくまでも隠密行動よっ!わかったわね?」
-あーあ。もう知らんぞ・・・ところでハルヒ、長門は?
いつもならソコで、本を読んだりして・・・
「ふふん。それなのよ!最近、ユキはこの時間・・・」
そう言いながら、ハルヒは指で真上を指す。
-ん?屋上か?

「そう!でね・・・ううん、これは直に見て貰った方が早いわね。みんな?移動するわよっ」

そしてハルヒに導かれるままに、俺達は屋上やってきた。
給水タンクの陰に隠れ、ハルヒに指示(?)を受けながら長門を探す。
「こら、キョン!もたもたしないの!みくるちゃんはオッパイの分だけ目立つんだから、更に低く構えるのよっ?古泉君、様子どう?ユキは居た?」

古泉が一人だけ、タンクの陰から頭を出して辺りを見回す。
「あ、いましたよ!みなさん、北側の縁のところ・・・」

長門は縁の部分に腰掛け、膝に置いたパソコンを見ていた。
透き通る様な白い頬を、少しだけピンク色に染め・・・しかも!少しだけ微笑んでいる様にも見える・・・。
そして時折、空を見上げる。
肩の動きから、溜め息をついているのが判る。


「ねえ?ただ事では無いでしょ?何日か前から、あんな感じなのよ!
だから今朝、キョンと現場を目撃した時に、ピンと来たってわけ。」
-なるほどな。確かに・・・普通じゃないな・・・痛っ!古泉、押すなっ!
「ああっ、すいません。しかし絵になりますねえ。『恋少女、空に想ふ』ってとこでしょうか。ねえ、朝比奈さん?」
「ええ、なんか素敵ですねぇ」

しかし、色々な意味で大丈夫なんだろうか。長門は・・・ほら、統一思念なんとかから送られたアレな訳だし。
でも、朝倉は割と普通ぽかったから、ありえなくもないものなのか・・・

「さあっ、一時退却よ!気になる、お相手は放課後に拝見しましょうっ?」


しかしあの、長門がね・・・。

別に、長門に恋人が居ようが居まいが、俺には全く関係ない・・・筈なんだが、いざ現実を突き付けられると身近な女子だけにそれなりに気になる。
それに長門には悪いが、俺は長門の素性を知っているだけに相手が色々な意味で大丈夫なのか少し心配になっていた。
それにしても、相手はどんな奴だ?
長門は最近パソコンを手放さなかった様だが、何か「そっち」の関係で知り合ったのだろうか・・・。
だいたい、あのパソコンは何処から手に入れたんだろう・・・。
まあ、いい。
放課後に・・・少しだけハルヒの探偵ゴッコに付き合うとしよう。
相手がどんな奴か位は見てやりたい気もするし、もう少し・・・色々な長門の表情を見てみたい・・・。


放課後、ハルヒは部室に来るや否や
「あたたたた、お腹が痛いっ!お昼に食べた超盛ペヤングがマズかったのかしらっ?妙に胸やけがしたのよねっ!」
と迫真に迫る(?)演技で、その日の活動を中止に導いた。
あくまでも、表向きだが。

ハルヒに続いて古泉が席を立ち、朝比奈さんも
「わわわわたしも着替えようかしらあ」
と、ハルヒに負けず劣らずの迷演技をする。
そして、長門が部室から出たら準備完了だ。

「いいわね!抜かるんじゃないわよっ!」

そして、俺達の追跡が始まった。

部室棟から校門、校門からバス通り、バス通りから公園の裏口・・・やはり、長門の足は自宅には向いていない。

何処に向かっている?

しかし、長門の歩くペースが恐ろしく早く感じるのは気のせいだろうか。
「ちょ、ちょっと!ユキ、歩くの早くないっ?」ハルヒが息を切らす。
歩くというよりは駆け足で追い掛けた方が楽な速度だ。
さすがに古泉も辛いとみえて、ニヤケ面を維持しつつも眉間にシワを寄せている。
朝比奈さんに関しては・・・やばい・・・真っ青だ!

-ハルヒ!何処かで休もう!
「そうね!みくるちゃん、大丈夫?吐いてもマニアが喜ぶだけよっ?」
「らめれすう~目が回りますう~」


結局、俺達は丁度近くにあったファミレスに入って、ドリンクバーで喉を潤した後、しばらく休んでから帰る事にした。

帰り道、ハルヒが悔しそうに呟く。
「案外、バレててさ?巻かれたのかもね・・・。」
-いや、それは無いと思うが。
「なんで?」
-なんとなく、さ。

ハルヒはそう言ったものの、実は俺も同じ疑念を抱いていた。
もしかしたら長門は俺達の存在に気が付いていて、ワザと弄んだのではないだろうか・・・
仮に、長門の心の中に悪戯少女的部分があったと仮定して、だが。
それに朝比奈さんがダウンすると同時にファミレスが目の前に現れたのは偶然・・・?いや、考えすぎだ、多分。

古泉は朝比奈さんを担いで後から続く。
「変わるか?」と聞くと、平気ですよ。と少し疲れた様に笑った。
やがて、俺達は部室棟に戻ってきた。
もう、日が沈もうとしている。

「じゃあ、みんなお疲・・・」
-ハルヒ、どうした?
「あれ・・・!」

ハルヒの指差す方向を見て、俺は息を飲んだ!
古泉も、ふらふらになっていた朝比奈さんまでもが、その方向に釘付けになる!

長門だ!

相手も居る!

ここから100m位はあるだろうか。
俺達は隠れるのも忘れて、長門とその相手の様子を見つめていた。
肝心の相手の顔は逆光で見えない。
何か話をしている様だったが、盛り上がっている様子もない。
そして二人は手を振る訳でもでもなく、その場所から互いに別の方向へ歩き出した。


「・・・まあ、こんなとこですか?」
最初に口を開いたのは古泉だった。
朝比奈さんは疲れで声も出ない。
-もう良いだろ、ハルヒ?帰ろう。
「うーん・・・!キョン!?ちょっと待ってて?アタシ、相手の顔だけでも見てくるっ!今からなら追い付けるわっ!」
-おい、ハルヒ!
「みんなは解散!お疲れ様っ!」

やれやれ、部室で待つか。

仕方なく部室に入ると、そこには・・・長門が居た!
いつもの場所に座って此方を見据えている。

なるほどな・・・。
長門と目があった瞬間、俺の追跡開始直後からの疑念は確信に変わった。

-・・・気付いていたんだな。
「気付いていた。」
-おかげで体の鈍りを解消できたよ。
「そう。」
-だが、悪く思わないで欲しい。
ハルヒはハルヒなりに、お前の事が心配で気掛かりなだけなんだ。
勿論、古泉も朝比奈さんもな?
「知ってる。」
・・・そうか。
-さっきは、邪魔にならなかったか?
「・・・。」
-・・・すまなかったな。
「あの人は・・・もういい。」
-!?・・・そう・・なのか?
「そう。」

長門は、喋り終えると鞄を手にとり部室の出入り口へと体を向けた。不意に、ドアの手前に立ち尽くしていた俺の横をすり抜ける。
俺は思わず、長門を呼び止めた。

-長門!
「何?」
-ごめんな。
「あの人は・・・」
-?
「貴方じゃなかった・・・・」

(あの人は、貴方じゃない)

どういう事だ?
俺でなければ何だと言うんだ。
そもそも、「あの人」が俺である理由は何だ・・・

さっき、長門がこの部屋を出る時に残した言葉が、俺にそれ以外の思考を許さない。
それどころか、俺の体を縛りつけてこの場所にとどまらせていた。
言い様の無いもどかしさが、普段は騒がしい癖に今は窒息しそうな静けさを湛えたこの部屋を駆け巡る。

畜生・・・。

するとその時、廊下に独特な足音が響いた。
そして、それは此方に向かってくる。

ハルヒだ!

「キョン、ごめん!待たせたわね!」

救われた。

「なに府抜けてんのよ!どうしたの?」
-いや、なんでもない。
それより・・・見れたのか?お相手さんは。
「駄目。追い付けなかったわ。全力で走ったんだけどね・・・。」

なるほど、髪型が何処と無く乱れているのはそれでか。
しかし、ハルヒの全力疾走を振りきるとは、どういう俊足だ・・・

「まあ、いいわ。また機会があるでしょ?
それより、帰るわよ。火元と窓の点検よろしくっ!」
-へいへい・・・ん?
「どうしたの?」
-長門のだよな・・・。
「あ、パソコン!」

俺が見つけた、椅子の上に置き去られたパソコンは紛れも無く長門のモノだった。
よく見ると「コンピュータ研究会」と書いた小さなテープが貼ってある。

「ふーん、そういう事?お隣さん、随分気前がよろしいのねぇ?」
-まあ、いいだろ。どうする?家まで届けてやろうか?
「あれ?ユキの家、知ってるの?」
-・・・ああ、前に・・・少しな。
「ふーん・・・。じゃあさ・・・届けちゃう前に、チョッとだけ。」
-あっ!やめろ!良くないぞ?そうやって勝手に見るの!

「イイじゃない!減るもんじゃなし!ちょっくら『お気に入り』を見てやるだけよっ!

ハルヒはそう言うと、目にも止まらぬ早さで長門のパソコンを立ち上げた。

-しらんぞ?もう・・・
「ふっふ~ん。ナニナニ?『けんたろうのオマカセ晩御飯』、『亡国にユングを語る』、『パソコン最新モデルガイド』・・・案外普通ね・・・ん?コレは何かしら?」
-やめろよ、ハルヒ!
「んーっ、少しだけ・・・・」
-あ、アクセスしやがったっ!
「ふむふむ・・・ねえっ?キョン!これ、面白いわっ!」
-何だよ・・・ああ、自分の顔写真を取り込んでキャラクターを作る奴か。
「それだけじゃないのよ?そのキャラクターで、色々な人と会話したり出来るんだって!」
-なるほどな。
「ふふふっ。ちなみにユキは・・・あった!可愛いっ!」
-本当だ・・・(長門って、漫画にするとこんな感じなのか。)
「ねえねえ、この『友達りすと』って、何かしら?」
-もう、やめとけよ。
「いいのっ!これだけ・・・あれ?一人だけだ・・・。」

「でも見て?男子よ!しかも、この空欄に書かれてる『約束は明後日』ってデートかしら!」
もう、やめとけよ。な?
「あれ、でもこれって・・・キョン?」
-え?
「ほら!この相手のキャラクター!」
ー本当だ!・・・だが、俺である筈がないな・・・。漫画とはいえ、よく見ると少し違うし。」


っ!まさか!

不意に俺の中に最近の長門の様子が駆け巡った!
パソコンを見ながら頬を赤らめる長門・・・
あの人は貴方じゃない・・・と残して消えた長門

まさか!いや、そんな事ってあるのか?

「どうしたの?キョン・・・」

その時、部室の入り口のドアが開いた!
俺達の視線が驚きとともに部室の入り口に釘付けになる。

そこには、呆然と立ち尽くす長門が居た。

長門っ?

「ユキっ!?」

俺達が声をかけおわらないうちに、長門は廊下へと走りだした!

-・・・ハルヒっ!すまんが、今日は電車で帰ってくれ!
俺は・・・長門を!
「アタシも行くっ!」
-大丈夫だから!俺に任せろ!
「・・・わかった!気を付けて!」

俺は部室を飛び出して長門を追った!
廊下を走っていくと、バタン!と大きな音が向こうから聞こえる。間違い無く部室棟の正面玄関の扉が閉じる音だ。

(部室棟の外に出たか?)

俺は全力で廊下を走り抜け、体当たりに近いカタチで正面玄関の扉を開けると、長門が走っていったと思われる方向に再び走りだした!

全力で走りながら、俺は頭の中で繰り返す。

長門、ごめん!

パソコンを勝手に見たから?違う!
気持に気付いてやれなかった!
気付いたところで何もしてやれなかったけど・・・
俺は・・・俺はハルヒだけを見ていた!
そんな俺を、お前はどんな気持ちで見ていた?
どんな想いで偽者の俺を求めた?

長門!

走りながら、涙が溢れた。

気が付くと、俺は校庭に居た。
そして、人の気配に振り返ると少し離れた所に佇む長門を見つけた。

暗くて見えないが、此方を見据えているのがはっきり判る。

長門・・・

俺は、長門の居る方向へ歩み寄った。
彼女は動かない。

-長門!
「見た?」
-・・・ああ。
「気付いた?」
-・・・・ああ。
「忘れて。」
-?
「忘れ・・・て・」

長門・・・泣いているのか?

「・・・私は、今回の事態に対しての情報の消去及び操作を拒否する。だから、貴方が自分自身で忘れて・・・キョン・・君」

-・・・いやだ!
「・・・何故?」
-俺は、今は長門の想いには答えられない!
「知ってる・・っ。」-でも・・・明日から今まで通りにやれる自信があるんだ!
長門は大切な仲間だから!
何を聞いたって、何を見てしまったって、今まで通りにやれる自信があるんだ!

だから、そんな悲しい事言うなよ!
「貴方が優しすぎるから・・・」
-え?
「辛くなる」

そう言うと長門は、立ち尽くしたままの姿勢でスッと前に倒れた。

慌てて、俺は抱きかかえて受けとめる。
長門は・・・震えていた。

-長門?
「何?」
-今だけ、こうしても良いか?
「いい・・・っ ふぇ・・・・・ひ・・・ふぇひっく・・・うわわああああん」

俺は子供の様に泣きじゃくる長門を、ただ抱き締める事しかできなかった。

抱き締めながら見上げた夜空には、かたむいたオリオン座と月だけが青白く光っていた。


あれから、どれくらい涙を流しただろう。

長門は、少し前に泣くのを止めて、涙も拭わないまま俺の腕の中に居た。
俺はただ、かける言葉すら見付けられずに沈黙を続ける。
すると、不意に腕の中の長門が身をよじった。

-どうした?
「もう、大丈夫。」

長門は立ち上がると軽く足に付いた砂埃をはらい、俺に背を向けた。

「帰る。」
-・・・送ろうか。
「いい。・・・私は・・・独りで平気。」

そう告げると、長門はゆっくりと歩き出した。
俺は、出口の無い迷路に迷いこんだ子供の様に、ただ立ち尽くすしかなかった。
長門の小さな背中が闇に消えていく・・・
そして・・・見えなくなった。

家に帰ってからの俺は、やり場の無い苛立ちにも似た想いをどうする事も出来ずに、ベットに腰を降ろし頭を抱えていた。

俺は・・・どうすればいい?

いくら考えても、答えなんて出る訳が無かった。
ただ時間だけが無表情に過ぎ去っていく。

畜生!どうにでもなれ!

全てを投げ出したくなって後ろに倒れこむ・・・その瞬間、ポケットの中で携帯が震えた。

・・・ハルヒからだ!
「もしもし?キョン?」
-ああ。
「・・・ユキ、どうだった?」
-ん、大丈夫・・・だ。
「そう。」
・・・なあ、ハルヒ・・・
「何?」
-今夜、そっちに行ってもいいか?
「!・・・どうしたの?」
-逢いたいんだ・・・。

俺は電話を切ると、自転車に飛び乗りハルヒの家へ向けて走りだした。
いつもの町並みを抜け、ハルヒの住む街へ・・・。
いつもの坂の手前で信号に足止めを食らう。

夜は車なんて大して通らない癖に、律儀に赤色に変わる信号器がもどかしい。
そして、立ち止まって少しだけ考える。
もしかしたら、俺はこの現実から逃げ出して、ハルヒに逢う事で少しでも楽になるのを心の何処かで望んでいる・・・
そんな自分が、つくづく嫌になる。


それでも、今夜はハルヒに逢いたい。


ハルヒの家に近付くと、ポケットの中で携帯がまた震えた。
一回だけ・・・今度はメールか・・・。
いつもの場所に自転車を停め、携帯を開いてみる。

『窓から、入ってきて』

俺はハルヒの家まで辿りつくと、玄関の脇から裏に回りこんだ。
とりあえず部屋の窓を少し叩いてみる。
すると、少しだけ窓が開き、中から「はいって・・・」とハルヒの声がした。

部屋に入ると、ハルヒはキャミソールに短パンという相変わらずの部屋着姿で髪にタオルを巻いていた。
それを見て俺は、この部屋に暖房が効いている事に気が付き、上着を脱ぐ。

-来て・・大丈夫・・・だったか?
「なによ、今更ね。もう、アタシ以外の家族はみんな寝てる。」
-悪いな・・・。
「座れば?」
-ああ。

俺はベットの裾に腰を下ろした。
ハルヒも隣に座り、話しを続ける。

「いいのよ、アタシも何となく逢いたかったから。」
-そうか。
-あのな、ハルヒ・・・
「待って!」
-・・・?
「言わなくていい。アタシ・・気付いてた・・・・。」
-・・・そうか。

「ねえ、キョン・・・」

-?

「しよう?」

そう言うとハルヒは、俺にもたれかかる様に崩れた。
ベットの上で二人が重なる。

「今日は・・・アタシに任せて・・・。」

ハルヒはそう呟くと俺のシャツのボタンを外しながらキスをした。
唇から首筋・・・そしてその下へ・・・数えきれない程のキス・・・
まるで、俺が自分の為のものである事を確かめる様に・・・ハルヒのキスは続く・・・。

そして幾度目かの甘い揺らぎの果てに、俺達は繋がった。
俺の上に重なり少しづつ体を揺らしながら、ハルヒが耳元で囁く。

「どこにもいかないでね・・・」


そして、俺たちは互いを溶かしあい果てた・・・

あれから、どれくらい経っただろうか・・・

俺の胸の上でハルヒが寝息をたてている。

答えなんて・・・初めから出ていた。

明日もう一度、長門に話をしようと思う。

もう一度・・・。


「起 き ろ ー っ ! 」

-うあっ!?

目が・・・覚めた。
慌てて体を起こして部屋の中を見回すと、俺のすぐ側で制服を着たハルヒがニヤニヤと笑っていた。

「今の飛び起きた顔!最高だったわね!」
-・・・そいつはどうも。もう、着替えたのか?
「早くしないと、この前みたいにギリギリになるわよ?」
-あ、ああ。

ハルヒの部屋で目を覚ますのは、これで二回目か・・・。

-なあ、ハルヒ。
昨日は急に押し掛けて、その・・・なんだ・・・悪かったな。
「今更何言ってんのよっ!あーんな事や、こーんな事もした癖に!」
-おまえなぁ・・・
「それと・・・ユキにちゃんと言っときなさいよ!」
-えっ?
「『俺はハルヒにメロメロだから悪いけど諦めてくれ』ってね!」
-ハルヒ・・・

「男が色恋沙汰て湿っぽくなってる事程、無様な事は無いわっ!
キョンはアタシのもの!
今回の事はそれでオシマイ!
わかったわね!?」


そう吐き捨てるように言うと、ハルヒは鞄に手をかけ体を部屋の出口に向けた。
そして、少し振り向いて「キョンは窓から出るんだからねっ!」と念を押す。

俺は、昨日の夜の途方に暮れていた自分を思い出して、少し笑った。

まったく、ハルヒには敵わないな・・・







学校へは、この前よりも早めに着いた。

俺とハルヒは何食わぬ顔で席に座り、普段通りに授業の準備をする。
授業が始まると三十分もしないうちに、退屈したハルヒが俺の背中をペンでつっつく。
俺は体を揺すったり、時には振り返ったりしてあしらう。

そんな事を何回か繰り返して、瞬く間に昼休みになった。

俺は長門に会うために部室へ向かった。
長門がそこに居る確証はなかったが、そこに居なければ探せばいい、と前向きに考えてみる。
とにかく、話しをするんだ。
俺にとって、長門は大切な仲間・・・いや「友達」なんだから。


部室へ着くと俺は、買ってきた二本の缶コーヒーを小脇に抱え、ドアに手をかけた。
ふと、中に誰か居る気配を感じる。
長門か?いや、もう一人・・・

!!朝比奈さんっ?

しかも・・・この入って行きずらい雰囲気は何だ?まいったな・・・


困惑する俺の耳に、ドアの向こう側から朝比奈さんの声が聞こえて来る。

「・・・やっぱり、ここに居たんですね。」
やっぱり?朝比奈さんも長門を捜していた?
「昨日の事、謝りたくて・・・気付いてたんですよね?私達が居た事。」

返事が無いのは、長門が頷いているからだろうか。

「何故・・・そう思うの?」

!・・・長門の声がする!

「私が気持悪くなった時ね、ふと気が付くとファミレスが目の前にあったの。おかしいですよね?そこにはガソリンスタンドがあった筈なのに。それで・・・もしかしたら、長門さんの仕業じゃないかって思ったの。
私達と『追いかけっこ』をしているうちに、私が気持ち悪くなったのを見兼ねて・・・情報制圧・・・だったかしら?そんな感じの力を使って、そうしてくれたんじゃないか、ってね?」

「そう。」


「それで・・・謝らなくっちゃいけないと思ったのは、長門さんの彼との別れ際の様子が気になって・・・私達、邪魔だったな・・・って。」

「そんなこと・・・ない。」

朝比奈さんも気が付いていたんだな・・・。しかし長門よ、もう少し言葉を並べないと、まるで朝比奈さんの一人舞台だぞ・・・。
ほら、もう会話が止まりかけてる。

「・・・それで、その後、彼とはどう?」

「終わった。」
「やっぱり、本物じゃなきゃダメ?」
「!・・・あなたは、それを知らない筈。」

まったくだ、何で朝比奈さんがそれを知ってる?
パソコンを見ちまったのは、俺とハルヒだけの筈なのに。

「私が・・・この部屋の中で普段立っている所ね?長門さんのパソコンの画面が見えちゃってたのよ。ほら、丁度長門さんの後ろにある書棚のガラス扉に反射して・・・。ごめんなさい、覗くつもりはなかったんだけど。長門さんも・・・私と、同じなんだなぁって・・・。」

「同じ?」

「ふふっ、私もね?キョン君の事が好きなの。」

俺は、朝比奈さんが消えたあの公園での出来事を思い出した。

朝比奈さんは続ける。
「でもね、私は彼に想いを告げる事は禁則事項だから絶対に出来ない。出来るとしたら、ここを離れる時くらいね。」

「・・・。」

「だから・・・私は彼の前ではいつも笑顔でいて、そして彼の笑顔を見ていたいと思った。」

「何故?」

「私と・・・同じ時間と同じ場所で彼が笑っているのが・・・幸せに思えたから。」

「・・・それで、いいの?」

「いいのよ。ねえ、長門さん?これは・・・他の人の言葉の受け売りだけど・・・たとえ相手と結ばれなくても、想い続けているだけで報われる恋もあるのよ。だから・・・ね?」




「・・・朝比奈さん」
「ん、何?」



「ありがとう。」

俺は、部室へ入るのを諦めた。
長門とは放課後に話す・・・いや、もしかしたらこのままで良いのかもしれない。
とりあえず今は、ここから消えるとしよう。コーヒーは・・・谷口と国木田にでもくれてやるか。







放課後。

廊下で、長門とすれちがう。

昨日は悪かったな?と軽く手を振ると、
「気にしないで」と長門が微笑んだ。





コーヒーふたつ6・おしまい

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