時が過ぎるのは早いもので、気が付けばもう9月上旬。

 俺がこの北高に入学してからもう1年と数か月が過ぎ去った。

 8月下旬になっても夏の残暑は獲物を捕まえたタコのようになかなか日本から離れなかったが、流石に9月になるともう秋だなと感じる日が多くなってくる。

 SOS団も全力稼動中で、春先に起こったまさに『驚愕』の連続だった事件の後は、特に肝を冷やすような事件はなく、鶴屋家主催の花見や、夏合宿などのその他もろもろのイベントを消化し、そろそろわれらがSOS団団長で、神様というステータスを持つ涼宮ハルヒが文化祭におけるSOS団の活動内容について模索している頃だな…
 今回はいったい何をしでかすのやらと、紫の上に先立たれた光源氏なみの憂鬱感を感じながら、もう慣れてしまったハイキングコース並みの通学路を通り教室へと向かう。
 
 教室に入るとハルヒはちらっとこちらを見るとすぐに窓の方へ向き直ってしまった。
 何か暇つぶしを思いついたときに見せる太陽拳をこえる眩しい笑顔を見せないところを見ると、 今日も平和な日常が流れるのだと
 
 この時は思っていた。
 
 だってそうだろ?
『驚愕』の事件の後のイベントでは特に不機嫌になることもなかったし、むしろ物心つく前のガキのように騒いでいた。イベントがないときだって、大規模な閉鎖空間ができたなんて報告は古泉から聞かされなかった。
 
 ハルヒは実際に現在の生活に不満は抱いてなかったのだ。しかし、ハルヒは今日、まさに俺を『錯乱』に陥れるような事件を起こす。
 
――涼宮ハルヒの錯乱――
 
 俺が席に着くと、ハルヒは道端の小石に語りかけるようにこう言った。
「キョン、あんた、SOS団クビよ。今日からこなくていいわ」
 あの~、ハルヒ君?君はなんと仰ったのですか?
「あんた、こんな日本語も分かんないの?クビって言ってんのよ」
「おいおい、なんでだよ?俺、なんか悪いことしたかよ?!」
「しらないわよ!うっさいわね!…もう話しかけてこないで」
 教室の時間が、いや、全世界が停止した。
 おいおいおい、待てって、なんなんだこの状況?
 誰か分かる奴がいたら今すぐここにきて状況を説明しろ!!
 俺はハルヒになんか変なことをした覚えはないし、先に述べたとおり、ハルヒに特に変わった様子はなかった。それにもうすぐ文化祭という、イベント好きのハルヒが闘牛のように飛びついて行く暇つぶし候補があるのだ…。
 ではなぜ?…なんでこんなにも急に不機嫌になったんだ?
 いや、不機嫌どころか俺を退団させるって、どういう風の吹き回しだ?!
 自分の不機嫌に俺を巻き込んでんじゃねえよ!!
 
 ハルヒの不機嫌の理由を考えているうちに午前中の授業が終わった。午前中に俺はハルヒが俺を退団に処した理由について一つの結論を出していた。授業中のハルヒのシャーペン攻撃がなかったおかげで十二分に熟考できたからな。
 俺は、自分のはじき出した解答の答え合わせをするためにハルヒ以外のSOS団のメンバーを文芸部室に集めた。
「いったいどうしたのですか?あなたの方から僕たちを集めるなんて、珍しいですね?」
 古泉は、困ったような0円スマイルを顔に張り付けている
「ああ、ちょっと厄介な問題が発生したもんでな」
「?涼宮ハルヒは、今のところなんの情報操作を行っていない。また、彼女には何の情報操作も行われていない。」
 長門は首を右に1ミリほど傾げて補足する
「だろうな、今起こっている問題は何の力がなくても起こり得るからな」
「キョンくん?」
 朝比奈さんは不安そうに俺を見上げてくる。
「今日の朝のHR前で、ハルヒに退団を命じられた」
 全員の顔が凍りついた。俺は若干焦っていたなぜなら、俺が午前中に出した答えとは
『SOS団でキョンにドッキリを仕掛けよう!!』というものであった。
それならハルヒの朝の言動も理解できる。イベント好きなハルヒのやりそうなことだし、錯乱している俺をどこかで映像に残していて、文化祭で放映するとかなどというしょーもないことを考えていることもありえるからな。
 この全員の表情も演技かもしれん。演技であってほしい
「みんな、今からの俺の問いに正直に答えて欲しい。これって、ハルヒが提案したドッキリかなんかじゃないのか?」
 
「……いえ、少なくとも僕は涼宮さんからそのようなことは聞いておりません」
「私も涼宮ハルヒからそのようなことは聞いてない」
「私もきいてないですぅ」
 
 返ってきた答えは俺に奈落の底にある迷宮に落とされたような困惑を与えた。このようなハルヒがらみの話題に対して冗談を言うような奴らではない。まず、古泉から余裕の笑みが完全に失われ、青ざめている。朝比奈さんなんか失神してしまいそうだ。長門も表情こそあまり変わらないものの、動揺しているのはひしひしと伝わる。…ということは
「ええ、あなたの退団は涼宮さんの…」「わかった」
「ふぇ?キョンくん?どうしたんですか?」
「もう…いい」
 俺は精一杯の笑顔を取り繕って
「今までありがとな、古泉、今まで散々悪態ついてきたけどお前の事、割と好きだったぜ?…男同士の友達としてだからな。長門、お前には助けられっぱなしだったな…恩返しできなくて、ごめんな?朝比奈さんも、あなたのお茶は天下一品でしたよ」
「…」
「…」
「…」
 全員が長門譲りの三点リーダの沈黙をしたところで
「さようなら」
 俺は部室を後にした。
 
 はあ、慣れないことはするもんじゃない。自分でも、自分の笑顔が不自然だと分かった。
 ハルヒのあの核融合全開の太陽のような輝きの笑顔に比べたら、俺の笑顔なぞ、向日葵のような太陽の眩しさに顔向けできるようなものでなく、せいぜい月下美人の花のように太陽のいない夜に咲く花くらいの輝きしかないのさ。…長続きしない面もそっくりだ。
 
 …もうあの笑顔を見ることもないだろう。
 そう思うと胸の奥に何かが突き刺さるような感じがする。
 ……なんだろう、この感覚。
 今まで味わったことのない…何とも言えぬ寂寥感、あいつから必要とされないだけでこんなになるなんて。でも、仕方ないな…ハルヒが…神がそう望んでいるなら……。
 
……もしかして……いや、そんなことは、…でも……。
 
 
 午後の授業も終わり、ハルヒは俺に声もかけずに教室を飛び出していった。その後ろ姿にいつもより勢いが感じられないのは俺の気のせいだろう。結局あれからなにも話をしなかったな俺は携帯を取り出し、ある奴に電話をかけた。
 
 
――その頃・文芸部室――
 
 これは困ったことになりましたね。まさか涼宮さんが彼を拒絶するなんて…。この事態に『機関』も恐慌状態です。彼が涼宮さんの精神安定剤のような働きをしていたのですから。
 でも、涼宮さんはその薬の投与を自ら否定した。
 今後、彼女の精神状態がどう転ぶかは
「まさに『神のみぞ知る』…ですね」
 いま、文芸部室には涼宮さんと彼を除いた部員が集まっています。議題はもちろん『涼宮ハルヒの今後』について。
 今回の事態に対して、『機関』『未来人勢力』『情報統合思念体』の3勢力は協力協定を結び、この事態の解析、及び今後の対策についての協議をすることとなりました。いままでいがみ合っていた勢力が協力関係を結ぶほど、今回のことは大事なのです。
 
「今回の出来事は、未来の規定事項から大きく外れているんです」
 とは、未来人勢力代表の朝比奈みくるの言葉です。先の出来事で異時元同位体の朝比奈みくるによれば僕は上級要注意人物で、彼よりも禁則事項に該当する項目が多いはずなのですが、未来人勢力は今回特別に禁則を解除するそうです。
「本来ならばキョンくんはSOS団の団員その1の平団員として、高校生活を全うし、涼宮さんと同じ大学へ進学するはずだったのです」
 最後まで、昇格なしですか…んっふ、彼は世界のために一番活躍しているんですがね
「その大学には、貴女や、僕、そして長門さんはいるのですか?」
「はい、大学に入った後もまだまだ不確定要素があるんです。それを消化するにはSOS団の存在が必要不可欠になんです。あっ、SOS団も結成するんですよ♪」
 ですが、今回の出来事で、それが規定事項でなくなったと、
「そうですね…未来からもそれなりに大きい時空改変が観測されているらしいんです」
 そうですか…、長門さん。今回のことに宇宙人は関与していないんですか?
「情報統合思念体からは何の報告も来ていない。彼にも言った通り、情報操作の痕も残ってない」
 九曜周防らの『天蓋領域』からの干渉は?
「それもない。現在、天蓋領域には情報統合思念体の監視がある。九曜周防については前回の事件以降、天蓋領域に回帰している。」
 
ということは宇宙人も今回の事件には関与していないと?
「そういうことになる」
ということは、今のところ一番可能性が高いのは……
「涼宮ハルヒが彼の退団を望んだということ」
「やはりそうですか…」
どういった心境の変化なんでしょうね……今までは彼が離れようとしても放さなかったのに…
 タッタッタッタッタタタタ…
おや、涼宮さんが来たようですね。ではこの話はお開きにしましょうか
 
――何時もの喫茶店――
 
 4時半…約束の時間まであと30分もある。SOS団ご用達のこの喫茶店も、一人でいると違って見えるもんだな。俺がここに人を呼んだのは、俺の中に浮かんだもう一つの解答の答え合わせをするためである。だが、俺はこの答えが真実であってほしくない。だが……可能性はある。
 
 俺が時間を待つ間、口がさびしいのでコーヒーを注文し、それを何も考えないまま啜っていると、ドアの鈴が鳴った。
――カランカラン…
俺が呼びだした二人は俺を見つけると、一人は軽くお辞儀をし、もう一人は手を挙げ、席に座った。
「久しぶりだね、キョン。またこうして会えるとは思っていなかったよ。」
「お久しぶりです、キョンさん」
 俺が呼んだのは、橘と佐々木の二人だ。悪いな、二人とも、学校の勉強で忙しいだろうに。
「くっくっ、水臭いよ、キョン。僕らは“親友”じゃないか。遠慮することはない」
「私も、前回といい、前々回といい、何度もご迷惑をおかけしてしまって…」
 そのことはもういい橘、お前にまず聞こうか。
「なんでしょう?」
 以前、佐々木こそが、ハルヒの能力を持つはずだった存在だといっていたよな?
「…はい」
 前の事件から何か佐々木の能力に変化はあったのか?
「一応は…」
 やはり…そうなのか?
 俺の出したもう一つの解答は『ハルヒの能力が佐々木に譲渡、或いはコピーされたことにより、佐々木がハルヒに情報操作を施した』こと。自分の力を自覚した状態の佐々木なら、長門の目を欺くことも簡単だろう。
「なぜ、そんなことを聞くんだい?キョン」
「ああ、実はな…」
 俺は今日あった出来事を話してやった。
「…それは……また急な話だな。だが、それが僕たちと何の関係があるんだい?」
「幻滅しないで聞いてくれ……俺は、お前がそうなることを望んだからではないかと思っている。」
「……なんで僕がそんなことを望むというんだい?」
「前回の事件の後、おまえと二人で話したよな?今回のことがあって、その内容を思いだしたんだ」
「そして気づいた……お前の気持ちに」
「…」
「すまんな…親友のくせに、気付いてやれなくて…俺はあの時『勘違いをすべき』だったんだ」
「………」
「だが…お前の気持ちにには答えられん……こればかりは、な」
「…………」
「…ひぐっ……うっく…」
 突然、佐々木が堰を切ったかのように泣き出した。
 わりぃ、突然でショックだったか?
「ああ、ごめん…ぐすっ…嬉しいの……キョンが、私を女としてみてくれたことが…んぐっ…私の気持ちに気づいてくれたことが…」
 女言葉で話す佐々木は割かし可愛かった
 
 泣いた佐々木が落ち着くまでに10分かかった。すると佐々木は何時もの口調で
「それで、僕がキョンといつも一緒にいる涼宮さんに嫉妬しているから君をSOS団から離そうと僕が思ったと考えたんだね?」
 ああ、その通りだ。すまんな、下卑たこと考えて
「いや、いいんだ、キョン。ただ、信じてくれ。僕は“親友”として君の幸せを願っているんだ。君をSOS団から離そうと、ましてや涼宮さんを利用してなんてそんな外道なことはしない。」
 ?…なんでそこでハルヒなんだ?
「…」
「…」
 二人は上流階級のパーティーに紛れ込んできたホームレスを見るような目で俺を睨んできた…
やめてくれ…泣きたくなっちまう
「「はああああああ」」
二人はマリアナ海溝よりも深いため息をついた
「キョン…君って奴は常に僕の予想斜め上を行く奴だな…」
 なんだよ、俺は偏差値にしたら50ジャストの超普通人だぞ?
「じゃあ聞くが、さっきはなんで僕の告白を断ったんだい?」
 それは…もしかしたら…
「言っておくが、僕には願望実現能力はないよ。ちなみに、もう閉鎖空間も発生していないらしい」
 へ?どういうことだ?
「それは私から説明します」
 橘が徐に話し始める
「前回の事件が終了し、現実世界に戻ってきたと同時に、佐々木さんの力は消滅しました。佐々木さんは元から一般人だったんです。能力に変化があったというのは、能力の消失のことです」
 おいおい…冗談だろ?
 じゃあ、前回の事件はなんだったんだよ?!佐々木が神とかなんだとか…
「それは藤原さんが言った通り、自分の思い通りの未来を勝ち取ろうとした時に、都合のよかったのが佐々木さんだったんです。精神の強い方ですし、涼宮さんの『鍵』である貴方にかなり近い存在だったので……何より、力を自覚して使えるし…その藤原さんの陰謀を察知した涼宮さんが佐々木さんに力を与えたんです…一時的にね」
 
 なんてこった……じゃあ俺に近い人物なら誰でも良かったのかよ?!
 …すまんな佐々木、変なことに巻き込んじまって。
「くっくっ、謝らないでくれ、キョンこちらとしては大変貴重な体験をできたんだ…むしろ感謝したいくらいだよ」 
 …そうかい。おっと、もうこんな時間だ。悪いな二人とも、時間とらせて今日はサンキューな。
 
「ええ、さよなら、キョンさん」
「また逢おう…親友」
 
「って、待ってくれ!!まだ僕の質問に答えてくれてないじゃないか!!」
 ……そんなの、言わなくてもお前にはお見通しだろ?“親友”?
「!!!……ああ、そうだな」
 
 
――文芸部室――
 
 キョン君のいなくなった初日の部活、どうなるのでしょうね?…やれやれです
「みんな!!集まってるわね!!」
 外面だけは何時もどおりですね。まるで何もなかったかのように…
「…まだ彼が来ていない」
「ん?…彼?…ああ、キョンのこと?あいつならもう来ないわよ。私から退団を命じたから」
 ……まるで昨日のドラマの内容のように言ってくれますね………まあ、そこも彼女らしいといえるでしょう。
「そんな事よりも、今から文化祭で行うSOS団の活動内容を発表します!!」
「ちょ、ちょっと待ってください!!涼宮さん!!!」
 涼宮さんの饒舌を止めたのはなんとあの朝比奈さんでした。
「どどどどど、うしてて、キョ…キョンくんをt」
「黙りなさい」
 涼宮さんは窓の方を向いて仰いました。
 思わず鳥肌が立ちましたよ。いやあ、こんな声も出せるんですね?涼宮さん。今の貴女は怒った時の森さん位迫力がありますよ?
 おやおや、朝比奈さんもあんなに顔を蒼くして…彼女でなくてもそうなるでしょうが
「金輪際、キョンの事を口にするのは禁止するわ。それと、団活に関わらずキョンと接触するのもだめよ。それが守れないものは…」
 
此方をくるっと向いて
 
ケンタウロスさえ射止めてしまうような眼光で
 
「死刑よ」
 
 何時も“彼”に言ってのけるそれとは違う、本当の意味での“死刑”を宣告されたような気がしました
 
「携帯の電話帳も、キョンの分を削除してもらうわ。…いいわね?」
 
 
~一か月後~
 
 ハルヒからSOS団の退団を命じられてから一か月。
 SOS団という縛りがなくなった俺は放課後や休日の時間を持て余していた。最初の2週間くらいは谷口や国木田とつるんだり、クラスの女子と遊びに行ったりもした。
 これが、俺が以前思っていた理想の高校生活だったはずなんだがな…
 俺はすぐに物足りないと感じるようになった。何かにつけてSOS団のことを思い出し、女の子といるときにはなぜかハルヒの事を思い出す。
 それらが嫌になった俺は、SOS団の事を忘れようと、ひたすらに勉学に励んだ。すぐに効果は出るもんじゃない。
 だが、この2週間ちょっとで授業の内容は何となく理解できるくらいにはなっていた。俺もやればできるもんだな。
 
 その間他のSOS団のメンバーからは何の連絡も来ていない。電話をしてもいつも留守電になっているし、例え校内で顔を見て、お互いに目が合ったとしても直ぐに逸らされ、話そうとしても取り合ってくれない……
 これだけでも十分つらかった。今までの当たり前だった繋がりが何の前触れもなく断たれてしまうつらさは想像以上だった。
 ハルヒが退団を命じた翌日、席替えがあった。
 ハルヒは変わらず窓側最後尾。俺はハルヒの席から前に一個、右に二個という中途半端な位置に置きやがった……視界の端にハルヒが映る席だった。
 それからはハルヒと話そうとしてもあいつは逃げていくように俺の前から走り去った話を聞いてもらおうとしても肩を掴むとローキック、腕を掴めば逆の腕から繰り出される裏拳。
 正面から止めようとすれば
ボディー → 頭突き → ドロップキック の3連携か、
ボディー → 回し蹴り → シャイニングウィザード の3連携だ。
 
 体の傷よりも、心が痛むのは、俺の気のせいではないだろう。
 
 放課後、いまだに部室に行きそうになる足の方向を下駄箱へと修正し、今日は勉強した後ランニングして体を鍛えてみるか、などと考えつつ、学校前の坂を下りて行った。
 人通りの少ない所まで歩を進めていくと、
 
 道路の反対側に朝比奈さん(大)がいた
 
 やはり来てくれましたか、朝比奈さん(大)。朝比奈さん(大)もこちらに気付いた。
 十中八九、今回の出来事についてだろう。
 さて今回はどうなる事やら朝比奈さん(大)が道路を渡ってくる。その刹那
 
 バキィ…グシャッ
 一瞬何が起こったのか分からなかった。必死に目の前の光景について理解しようとしていると
 ブチッ…ガラガラッ……ズンッ
 俺は絶句した。
 朝比奈さん(大)が角材の下敷きになっていたのだ柱の下から覗く鮮紅色の水たまり。
 急に血の気が失せる感覚が襲い、あたりに吐瀉物をまき散らした。
 なんで?なんでこんなことに…?……うっっ!!
『僕はあなたを救いたいんだ、姉さん』
『だめだ、いずれやってくる分岐の合流ポイントであなたは消滅する』
 あの空間での藤原の言葉が脳内で再生される。
 まさか…こんな時に…
 俺は何も考えられなくなり、 
 
 
 
目の前が暗転した
 
 
――古泉の自室――
 僕は今、『機関』が用意してくれているマンションの自室にいます
 つまるところ、今日のSOS団の活動を、涼宮さんは休止なされました。
 そういえば、今日で彼が退団してからちょうど1ヶ月になりますね、彼はどうしているのでしょう?
 本来ならば、彼を含めたSOS団全員の1日の行動は『機関』によって24時間監視されている
はずなのですが、涼宮さんが部室で彼の退団を報告し、我々に彼との接触を禁じてからというものの彼の行動が掴みにくくなっているのです。最近では、もう彼が在宅しているときくらいしか
機関は彼を認識できていません。
 もちろん僕も例外ではありません。学校で見かける以外、彼を認識できませんから本当は伝えたいことがかなりあるんです。
 『機関』の一員として、そして、SOS団副団長として…
 しかし、如何せん涼宮さんがそれを阻みます。
 学校で会うときは、彼の背後にいつも涼宮さんがいるのです。
 まるで「口をきいたら死刑」という視線でこちらを睨んできます。
 朝比奈みくる、長門有希も同様で、彼と接触できないでいます。
 
 僕と朝比奈みくる、長門有希の3つの組織はすべて「静観する」という姿勢を見せています。
 初めての出来事ですからね、慎重になるのも当然と言えるでしょう。
 僕もこの意見には同意します。この1ヶ月、閉鎖空間も数回発生しました。
 規模もそれなりで、『神人』の強さも並といったところでしょう。
 しかし、その中で通常とは違う点が一つ…。
 
 発生の原因が違うんです。
 今までは彼の行動、挙動、言動に対して不満、不安、などの精神の不安定化が起きた時に発生していました。涼宮さんの力を狙った組織による事件の際も、普段とは違う発生の仕方でしたがそれも彼のためであって結局のところ、発生原因は彼に帰結するものでした。
 けど、この1ヶ月で発生した閉鎖空間の発生原因はほかならぬこの僕だったのです。彼に学校で会おうと彼の教室に向かい、彼を見かけたとき、彼の自宅に行こうとしたとき、まさにその瞬間僕の携帯が振動します
 
 まるで、僕を彼に近づけたくないというように…。
 彼女は第六巻の鋭い方です。おそらく、無意識下で僕の、彼への接近を遠ざけているのでしょう。
 僕が閉鎖空間の原因になっている以上、これ以上涼宮さんの機嫌を崩すわけにはいきません。
僕の最大の任務は『涼宮ハルヒの精神の安定化』です。幸い彼も彼なりの普通の生活を行くっているようですし、これ以上彼にかかわろうとするのは、デメリットのほうが大きい。
 彼への接近を一時中断しましょうか。
 ……?おや?携帯が鳴っていますね?
『機関』のメンバーからですか……
 
 ハイ…
 彼の足取りがつかめた?今どこにいるんです?
 ……へ?病院?
 
 今、僕は彼の入院した病院へ向かっています。
 無論、朝比奈さんと長門さんも一緒です。僕が呼びました。
 その道中
「長門さん、彼が病院へ搬送されたことについて、何かご存じありませんか?」
 長門さんは、一瞬躊躇うようなそぶりを見せ、朝比奈さんのほうを見ました。
「ふぇ?」
「ある程度予測はできる。しかし、この場で話すことは推奨できない」
 そう言うと、長門さんは口を紡いでしまいました。
「朝比奈さん、未来との連絡は?」
「えっ?えぇえと……辛うじてまだ連絡はつきます…けど……」
 けど?
「私、時間移動ができなくなっちゃいました…」
 それではあなたは元の時間に帰れないじゃないですか!!
「それはそうですけど…でも、この事件が解決するまでどのみち帰れませんし、帰れないならそれはそれでいいかなぁ、なんて思ったりもするんですよ」
 
 その時僕は思った。ああ、朝比奈さんにとってはSOS団はもう故郷のような存在に、帰りたいと思う場所になっているのだと。等という会話をしていると彼のいる病院に着いた。
 彼の身が案じられる。僕たちは病院内へ入ろうと自動ドアの前へと進みました。
 その時
「あんたたち、何してるの」
 聞き覚えのある声。
 そう、我々の目の前にいるのはSOS団団長、涼宮ハルヒ、その人である。
「実は僕の親戚がこの病院に入院していらしゃるので、お見舞いに。お二方は今日は団活は休みだからと付き添ってくれたのですよ。僕もよく皆さんのことを紹介してるんですよ。いつかの機会にぜひ合わせてくれとも言っていたので、ちょうどよいかと思いまして」
 僕はとってつけの言い訳をする。口が裂けても彼を見舞いに来たなどとは言えない。
 
「ふーん」
 涼宮さんはさも信じられんという眼差しを僕に向ける。
「涼宮さんは、どういったご用件で?」
 とっさに話題を変える。
「薬を処方してもらいに来たのよ」
 涼宮さんは錠剤の入った袋を僕たちに向けてぶらぶらさせている。
 
「「「えっ」」」
 長門さんまでも声を出して驚いてしまった……。
 この薬は…
「ところで、古泉君?」
「は、はいぃ!!」
 突然声をかけられ、思わず声が裏返ってしまった
「ぷっ。なによそれ」
 涼宮さんがいたずらっぽく笑う…正直、たまりません……。
「お見舞いは、どうしても今日じゃなきゃダメ?」
「いえ、そういう訳では…」
「じゃあ、今度にしてくれない?」
 え?
「せっかく団員みんな揃ったんだし、このままこの町で不思議探索しましょ」
 …違う、『みんな』揃ってなどいない。この彼が欠けたSOS団など、朝比奈さんのおもうSOS団ではない。
「レッツゴー!!」
 涼宮さんは、精神安定剤をバッグにしまうと僕の手首を引っ張って走り出した
 
 
 
…ああ、神よ、……あなたは何をお望みなのです?
 

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