よっぽど俺の動揺ぶりが顔に出ていたんだろう。
「だらしないわねえ…、自分が散々使った手なのに。」
「目を剥いてるわね……。」
「口をパクパク開けてるわね…。」
「ガタガタ震えてるわね…。」
「明らかに挙動不審ね……。」
「このまま外に出たら職質されるわね…。」
「こういう返しが来るのはある程度予想できたのにね。」
「自分が不意打ち掛けられるのには慣れてないのね。」
だまれ、外野うるさい…。そういうのに慣れている奴って一体どんなや…。
「あんた、自分のものにしたいとか考えないの?」
おいっ、今どう答えるべきか考えてるんだから、追い打ちをかけるな…。
「自分だけのものにしたくはないの?」
とどめを刺すな…。
 
これはどういうことだ?
いや、ここは余計なことは考えるべきではない。
いくら考えてもわからないものはわからない。
だいたい今まで、あらかじめ考えておいてどうにかなったことなんかあったか?
全ては流れの中で解決していったんじゃないのか?
流れにまかせる、いや、流れに乗るんだ。
深読みはせず、見た物聞いた物をそのまま受け取るんだ。
ハルヒたちに付き合っていて俺が唯一得た教訓だ。
全ては感じたままに……。
全てはただあるがままに……。
それで恥をかくことになったとしても、それは俺がここで恥をかくべき奴だったということでしかない。
やらずに後悔するよりは、やって後悔した方がいい!
風は常に、勇者の望む方に吹く。
運命は、どんな時でも勇者の下僕だ。
この事態を素直に受け取れば、正念場だということだ。
誰にだって正念場というものがある。
俺にとっては、今がその時なんだ。
それで後悔したっていい!
このまま直進する。
もらって撃沈されたなら、それまでだ!
正念場なんだ、こいつはもらうぞ!
「きゃー!」
「がんばれ!」
「がんばりなさい!」
「『こいつは』じゃなくて、『こいつを』もらうんでしょ!」
「その子をもらっちゃいなさい!」
初めて外野をうるさいと思わなかった。
むしろ後押ししてくれている。
「ハルヒ、その、おまえがくれるって言うんだったら……。」
「そんなこと言ってないでしょ! あたしがどうするかじゃなくて、あんたがほしいと思うかを聞いてんの!」
わかった…、トラップだこれは!
俺は右手で舵輪をつかんで思いっきり左に廻した!
「105円の鏡でも嬉しいと思うぞ。」
一瞬にして水を打ったように静かになった。
スピーカーからも外野からも何も聞こえてこない。
「か、かわした……。」
 
「意気地なし…。」
 
スピーカーから聞こえたのか、店の中から聞こえてきたのかはわからなかった。
「根性無し…。」
「臆病者…。」
「ヘタレ野郎…。」
「がっかり…。」
「この子がかわいそう…。」
女どもが勝手なことを言っているがこれで良かったんだ。
よし、かわしたぞ。
転舵した。思い切り舵を切った。取り舵一杯だ。敵前回頭だ。
最後のはちょっと違うな。
相手が急降下してきたギリギリでかわすことができた。
ふふん、駆逐艦は戦艦より防御力攻撃力ともにまるっきり劣るが、スピードと小回りの効きは桁違いだ。
もう二度と特攻はしない。水上部隊の特攻なんて大和でさえ撃沈されるだけだった。なんの戦果もない。駆逐艦が特攻したってそうだとさえ誰も気づかないだろう。
あいつは「これ」としか言ってない。
わざと俺をからかうためにそうしたんだ。
「あたしはそんなことは言っていない。あたしがどうするかじゃなくて…。」
と言っていたのは、俺がなかなか答えを出さないのを聞いていて、思わず焦って本音が出たんだ。
あいつは俺をどうするつもりもなければ、俺に何を言うつもりもないんだ。
そんなことは初めからわかっていたことだ。
ざまあみろ、ハルヒ。
「何マジな声出してんの。あたしが言ったのは鏡のことよ、鏡!」
そう言ってゲラゲラ笑うつもりだったんだろう。
孤島での「大好…」の寸止めを思い出した。
そうそういつもいつもやられてたまるか。
おまえが無意識に出した台詞から、俺はおまえの趣味の悪いたくらみをとっさに見やぶ
 
「意気地なし…。」
 
今度ははっきりと聞こえた。
あきらかにスピーカーからだ…。
大事なことだから二度言ったのか?
まさかとは思うが、もしかしたら……。
今のはトラップなんかじゃなくてそのまんまだったんじゃ…。
周囲のあまりにも冷ややかな視線をようやく痛く感じ始めた。
俺の頭の中で舵輪が空しく回っているのが見えた。
カラカラという音まで聞こえた。
ここまでやってきた機会が魚雷のような速さで遠ざかっていくのが見えた。
ホーミングモードじゃないな。
さよなら、ハルヒ…。
「なにがさよならだ、バカッ!」
ああ、本体はここにいたか。
だけどこれは、さっきまでの本体ではない。
なんだかものすごく損をしたような気がする。
こんな機会はめったになかったんじゃ…。
今のはかわさずにもらえば良かった…。
「君ねえ、『ほしいんだったらほしいってちゃんと言いなさい』って子供のときに言われなかった?」
店長さんが軽蔑しきったような視線を投げてくる。
「結果論ですよ。あいつが『鏡のことだわよ、バカ』とか言って俺を笑いものにしてくる可能性だってありました。」
「あの子がそう言ったとしても、君が『おまえが何のことを言ったのかなんてどうでもいい。俺がほしいのはおまえだ』っておっかぶせてしまえば、それであの子はぐうの音もでないわ。」
「俺にそんなことができたら、俺達はいつまでもこんなバカなことをやってませんよ……。」
「ふーん。『俺達』ね……。」
二人してえらい恥をかいてしまった。
「あいつが『これ』としか言わないのが悪いんですよ。抽象的すぎます。もっと具体的に言ってくれれば…。」
「君だって抽象的なわけのわからない言い方をしてたじゃないの!」
「これが俺達の限界でしょうね…。」
「やっぱり、『俺』じゃなくて『俺達』なんだ…。」
携帯が鳴った。
「古泉、俺が何をしでかしたかは聞くな。
絶対聞くな。
俺は勇者ではない、それだけのことだ。
剛速球が来たんで思わずバッターボックスを外しただけだ。
ビーンボールかと思ってよけたら、ミットに納まった時には絶好球だった。
東郷ターンは無茶苦茶な攻撃機動だったが、俺はギリギリで防御機動をとった。
俺はリスクを承知で相手に肉薄したりはしないんだ。
俺はルビゴン河で賽を振るような男じゃないんだ。
いきなり間合いに入ってこられたら防御の姿勢を取るのが普通だろう。おいっ、それが普通だって言え!
わかるな!」
「わかりません!」
鈍い奴だな。いつもは鋭いのに。
一気に早口で言った。
「実は誰よりも臆病なあいつが勇気をふりしぼって差し出したプレゼントを受け取るのに失敗しただけだ!」
「だけ?」
「だけ?」
「だけ?」
「だけ?」
「だけ?」
  :
  :
  :
  :
「君さあ、そこまでわかってて『だけ』ってのはないんじゃないの?」
女性陣全てに非難されたあげく店長さんにとどめを刺された。見事な集団戦法だ。モンゴル人もびっくりだ。
「なんとなくでもわかったか。」
「はっきりとわかりました。涼宮さんの命がけの告白を断ったわけですね。」
「断ってねえ! はぐらかしただけだ。そんな勿体ないことするか!」
「君のMOTTAINAI精神は女の子を傷つけるのよ!」
「それで古泉、閉鎖空間は? さっきよりマシだと思うが。」
「君ねえ、わけのわからない話をしてないで人の話を聞きなさい!」
わかってもらっちゃ困るんだが。
「確かにさっきのように拒絶されたわけじゃないですからいくらかマシだとも言えますが、じんわりと効いてくる恐れがあります。
さっきのがテンプルへの一撃だとすれば今度のはボディーブローでしょうか。」
おまえの比喩はいつでもわかりにくいんだよ。
「あのな、なんで『結婚式に呼ばなくてもいい』っていうのが拒絶になるんだ? あいつはそんなに俺を自分の結婚式に呼びたかったのか?」
できればそんなところを見たくはないんだが。
「まだ閉鎖空間は発生していません。しかし予断を許さない状況であることは確かです。何かをきっかけにして噴出するおそれがあります。」
「おまえも人の話を聞け。」
「その件については、あなたとは後でじっくり話し合う必要がありそうですね。」
「説教なら勘弁しろ。」
「多分そうなります。」
この野郎…。
「だいたい閉鎖空間ならお前らがなんとかすればいいだろうが。俺が失敗したらどうする!」
「もちろんできる範囲のことはしますよ。それが我々の仕事ですからね。しかしあなたがどうにもできないことを我々にどうにかできるとお思いですか。」
「買い被りだ!俺はあいつに対して髪型変えさせる程度の影響力しかないぞ。」
なんだか余計なことを言ったかもしれないが、スルーしよう。今はそんなことにかかずらっている暇はない。
「あなたは知らないでしょうけどね。中学時代の涼宮さんはそれはもうひどい荒れようでした。あなたはそんな彼女の心の壁をほんの数週間で打ち破ってしまいました。」
「そんなたいそうなことじゃねえ。おれの後ろに仏頂面をしたものすごい美人が座った。こいつが笑ったらきっとかわいいだろうと思った。だから笑顔にさせた。おれがやったことはそれだけだ!」
「へえ君、あの子を本気で怖がらせることもできれば、本気で泣かせることもできる、本気で怒らせることもできれば、笑わせることもできるんだ……。
何が『ナントカ程度の影響力』よ。
何でもできるってことじゃない!
だったら笑わせてあげなさいよ!」
「いつもはそうしてますよ……。今日はなんかがズレただけです。」
笑われているだけっていう気もするがな。
もっとも同じことだ。
あいつが笑っているっていうことに変わりはない。
「危なくなったら連絡します。」
「おまえと悠長に電話している暇はなさそうだ。メールで送れ。」
「もう一つ問題があります。長門さんが誤作動を起こす恐れがあります。」
「そんなことまでよく知ってるな。」
長門に入っちまったスイッチを落とせということか。
「わかってしまうのだから仕方がありません。」
おまえが自然にわかることっていうのはハルヒの心理状態とその影響だけだったはずだが。
「いえ、実は涼宮さんが長門さんの部屋にいるということがようやくわかったものですから、盗聴させていただきました。」
「悪趣味だな。」
「全くです。」
全くです、ですませるな。こいつらにプライバシーっていう概念は…。概念だけはありそうだな。
しかも盗聴していたっていうことは、俺が何をしでかしたか最初からわかっていたってことじゃねえか。
「つまり、ハルヒの機嫌を取るのと長門のバグを消去するのを俺に両方やれと言っているのか、おまえらは。」
「話が早くて助かります。」
「勝手に話を終わらせるんじゃねえ! なんでもかんでも俺にやらせやがって。かたっぽだけでもおまえらがやれ!」
「無理です。あなたができないようなことが我々に…。」
「あのな、最後の砦っていう意味がわかるか? そこを抜かれたらオシマイってことだぞ!」
「いつもそこまで楽々と侵入されるんだから仕方ないでしょう。」
「わかったよ……。とりあえずハルヒをどうにかして長門は見殺しにする」
「わかってないじゃないですか!」
店にいた全員がギロリと俺をにらんだ。
「……わけではない。」
「なんでそんな言い方をするんですか!」
いつもはおまえがこんな感じだぞ。
「二正面作戦は避ける。各個撃破だ。」
「つまり、シュリーフェン作戦…。」
「を修正しない。」
シュリーフェン・プラン。
ウィルヘルム二世の外交下手によってドイツ第二帝国はロシアとフランス、すなわち東西の大国二つを同時に敵にすることとなった。
ならばロシア軍の動員速度が遅いのを利用してドイツ全軍が一斉にフランスに襲い掛かり、一気にフランス軍を撃破したのち反転して東に駆け、ロシア軍を撃滅する。
ドイツ参謀本部、シュリーフェン元帥の芸術的なまでの名作戦だ。
しかし第一次世界大戦はこの通りには運ばなかった。
ロシア軍の動員速度はドイツ側が予想していたより速く、東部戦線にほとんど兵力を置いていなかったドイツはその領土をロシア軍に侵食されることになり、パリ陥落とベルリン陥落のどちらが先かという状況になった。
ここでドイツはベルリンを一時明け渡してでもフランス軍を撃滅させるべきだった。
しかし本土を侵攻されることに耐えられなくなったドイツ軍はフランスにとどめを刺さずに反転し、長躯ドイツ領にもどり、ロシア軍を追い払った。
しかしそれによってフランスは息を吹き返し、ベルギー領を通ってフランス領に侵攻したことなどからイギリス、アメリカ、日本などを敵にしたドイツは四年間の敢闘ののちついに敗れた。
この作戦を修正せず、目先のリスクを気にせずやりとげる。
「要するに…。」
「博打だ。」
博打は嫌いなんだが。俺はどちらかといえば石橋を叩いて渡るタイプだ。
「石橋を叩いて渡らない、の間違いなんじゃないですか。」
うるせえ。
「石橋を叩きすぎて橋もなにもかもぶちこわしてしまう、の間違いでしょ」
息が合っているな、おまえら。
「まあ、俺はそういう性格だからはっきり言って苦手なんだが…、今度はこっちから仕掛ける。」
俺はかわすのは得意だがもらうのは苦手だ。自分の方から仕掛けるのはもっと苦手だ。
「少なくとも今日はあいつが俺に仕掛けてくることはないだろうし。」
「当たり前でしょ。まだあの子の方からなんか言わせるつもり?」
「とにかく作戦目的が分裂するのはまずい。」
同時に二人に働きかけても二兎を追うことにしかならない。つまり…、
「意思の集中。」
「力の集中。」
今度は俺と古泉の息が合った。おまえと以心伝心になれてもうれしくないぞ。
「しかし何でこんなことをいちいち宣言するんですか? だまってどんどん行動すればいいでしょう。」
「これは、保険だ。」
「どういう意味ですか?」
「俺がここまで手の内をさらけ出したんだから盗聴はカットしろ。全て俺にまかせるんだ。
だけどそれだけが理由じゃない。
俺のことだから他人に宣言しないと、迷ったり途中で引き返したりするかもしれない。
だからそんなことはしないと一応ひとに言っておくわけだ。おれなりに自分を追い詰めてるんだ。」
「君はそういうところがへタレなのよ…。」
何もしないよりはいいと思いますよ。
「とりあえず、ハルヒに向かう。あいつをこれ以上ほったらかしにしておくのは危険だ。」
「それがわかってるんだったら携帯で長電話してないでさっさとやりなさい!」
覚悟というか、心の準備というものが必要なんですよ。
「こちらがどうにかなったら反転して長門に向かう。攻略の順序は重要性の序列ではない。現時刻の必要性の違いにすぎない。」
「言い訳してないでさっさとやれ!」
「俺の意思と力の全てをハルヒに集中させる。今はそのことだけを考える。それによってどっちか一人、もしかしたら二人を決定的に傷つけてしまったとしても…、」
俺は携帯を耳から離して待ち受けに向かって叫んだ。
「俺を責めるな!」
ブツッと切った。
店長さんが言った。
「大丈夫よ……。」
ああ、あなたが大丈夫だと言ってくれれば成功するような気がしてきました。
「わたしたちが責めるから!」
そっちかよ!
それどころじゃないな。
俺は再び固定電話に向かった。
それでも電話はつながっている。
こっちから切らない限り、今の状況では向こうから切ることはない。
「おい、ハルヒ…。」
「さよならって何よ!」
まだ根にもってたのか。
どんなことになっても自分の性格を見失わないな。執念深さは基本設定なのか。
だからこそ電話を切らないだろうと思ったんだが。
「ハルヒ、俺が本当にほしいと思っているのは、105円の鏡とかじゃなくてだな…」
「あんたには21円のチロルチョコでも勿体ないわよ!」
おまえもMOTTAINAI精神なのか?
「ハルヒ、十五分でいいから時間を巻き戻せ!」
本当に巻き戻すなよ。そのつもりになればいいんだ。
「いや。」
「俺がこう言っているんだからそう思え!」
「絶対いや!」
さっきもこんなやりとりをしたな。
「おまえにとっても悪い話じゃないはずだ!」
「いやよ! どうせあんたのことだからね…、何回巻き戻しても同じことをするんでしょ!」
一万五千回以上も同じことを繰り返してたおまえに言われたくないぞ…。
「すまん。俺はおまえを怒らせた。そのことは認めよう。だけどなあ、そこまで怒ることはねえだろ…。」
所詮おまえは俺にとって高嶺の花なんだし。
「た…、高嶺の花って…。あんたよくこのあたしに!」
怒ってるのか? 褒めたんだぞ!
「そんなこと言われて喜ぶ女がいると思う? 高嶺の花ってのは男が女をフる時の常套句だわ。」
この店長はわかってないな。それがもし普通だとしたら、こいつがそんな普通の受け取り方をする訳がない。普通が大嫌いな奴だからな。
「……そんな残酷なことが言えるわね…。」
なんだ? 俺の方がわかってなかったのか!?
「怒るな! 泣くな! すねるな! 殴るな!」
ここまで手が届くわけはないが、こいつが望めば頭の上になんか落ちてくるかもしれない。
なんてな。「あんたに何か言われたぐらいであたしが泣いたりすねたりするわけが…」とか言ってくるはず…
「……殺す。」
「ころすなぁぁぁぁっ! 俺を殺したくないと、心の底からそう思え!」
神様が「殺す」だなんて、シャレにならん。
おまえ、秋の文化祭のころだったか十二月の末のころからだったかよくわからないが、「死刑」とか「殺す」だとか物騒なことを言わなくなったと思ってたが。
おまえにそのころ何があったのかは知らんが。
聞いても教えてくれないだろうし。
俺は必死に「高嶺の花」の辞書的な意味を思い出した。
ただ見ているばかりで、手に取ることのできないもののたとえ。
完璧に褒めてるな。
どういうことだ? わかった。こいつは俺に褒められてもうれしくないっていうことをアピールしたいわけだ。
あるいは俺の言うことを言葉通りに受け取るほど素直じゃないっていうこと…
「この意気地なし…、臆病者…、怯懦きわまりない…、へタレ野郎…、根性なし…、軟弱男…、惰弱野郎…、」
ただのアピールではなさそうだな。一言一言がぐさぐさ突き刺さる。朝倉のナイフなみの破壊力だ。
本当に刺されるよりはましだが。こいつは俺を本気で殺す気はないようだ。
それにしても語彙が豊富だな…。
 
「……………いじわる。」
 
「おいっ、最後のがいちばん効いたぞ!」
「………自業自得。」
長門、いたのか。すっかり忘れてたぞ。
だけど各個撃破っていうことはそれでいいのか?
もっとも撃破するどころか速攻で返り討ちになりそうなんだが。
「ハルヒ、俺がおまえを大切に思っていることは嘘じゃない。
おまえが必要だっていうことも嘘じゃない。
おまえは強い女だが、それでもおまえを守りたい。」
「なんであたしがあんたみたいなへタレコシヌケビビリ野郎に守られなきゃならないのよ!
あんた、あたしのためなら死ねるとか言い出すつもり?」
「死ぬのは怖いな。
だけどおまえのためになるとわかっているならできるかもしれない。」
できないと思うが。
「あたしはあんたのために絶対に死んだりしないからね!」
「当たり前だ。」
あの三日間を思い出した。
 
「おまえが死ぬこと自体がおれのためにならない。」
 
「不意打ちは卑怯だって言ってるでしょ!
本気にするじゃないの!」
不意打ちじゃない。サプライズだ。
「だから、なんであんたみたいな卑劣な男にあたしが守られなきゃならないのよ!」
「それはさっき説明したはずだからここでは繰り返さない。
おまえが大事だからだ。」
「おあいにく様。あたしはあんたなんかちっとも大事じゃないわよ!」
「あたりまえだ。
だからおまえは俺を守らなくてもいい。
おまえは俺のために何もしなくていい。
そんな図々しいことは一切期待していない。
おまえが俺のために何かしてくれるとは思わない。
おまえは俺のために指一本動かさない。
それが当然なんだ。」
日米安保と同じ片務条約だ。
こんなことを考えている場合じゃないな。
意思の集中、力の集中だ。
「だけど俺はおまえのために何かがしたい。
俺はおまえよりはるかに弱いが、それでもおまえを支えてやりたい。
要するに、俺はおまえの…、」
 
「魂の護衛なんだよ。」
 
言葉は決まったな。
「何カッコつけてんのよ! それであたしが納得するとでも思ってんの! あんたいったいあたしの何のつもり!」
やっぱり駄目か。
「あんたがあたしの何なのかしっかりと教えてあげるわ。」
やっぱり女王様と下僕か。
「あんたはねえ、モノに過ぎないの。
あたしの所有物に過ぎないのよ!」
予想通りひどい答えが返ってきた。
利用されているだけだっていうのは本当のようだな。
ここの店長さんにそう言ってみたのは自意識過剰からくる自嘲にすぎなかったが、おまえが本気でそう思っているとはさすがにショックだ。
「だからあんたのモノはあたしのモノ。あたしのモノはあたしだけのモノ。あんたの全てがあたしのモノ。」
それは前にも聞いたぞ…。
「だからあんたの時間はあたしの時間。あんたの携帯はあたしの携帯。あんたの財布はあたしの財布。あんたのごはんはあたしのごはん…。」
ああ、夜中に携帯に電話かけてきて用件だけ言って切っちまうとか、俺に飯を奢らせておいて、さらに俺の皿からおかずをどんどん持っていって食っちまうあれな。
そのうちこいつは俺の鞄から弁当を勝手に持ち出すようになるんじゃなかろうか。
 
「だからあんたの敵は……、あたしの敵!」
 
……俺の当面の敵はここのブティックの店長と店員と客どもなんだけどな。
こいつらはどう考えてもおまえの敵じゃなくて味方だぞ…。
それに俺の人生最大の敵って言ったら…。
この店に入ってすぐに考えたことを思い出しそうになった。
思い出すのはやめよう。また口から漏れたらまずい。
まあ、ケーキ的な意味での敵なんだが。
 
「だから誰であれ、あんたの心にかすり傷でもつけるようなマネは…、」
 
続きがあったのか。
 
「「あたしがさせない。」」
 
ハモるな。
「ちょっと有希、なんであんたもそれを言うのよ!」
「それはもともとわたしのセリフ…。」
「ふーん。セリフはあんたのものかもしれないけど、キョンはあたしの所有物なんだからね!」
この分なら閉鎖空間は大丈夫かもしれないな。
長門とじゃれているうちに気がまぎれるだろうし。
「しかしあなたは彼のものではない。彼のものになれなかった。」
「思い出させるんじゃないわよ!」
長門、思い出させるな。
五月のことをまだ覚えていたおまえならわかるはずだ。
こいつはおまえと同じくらい執念深いんだぞ…。
「あなたは彼を守ってなどいない。ただ守られているだけ。」
「あんた、うらやましいんでしょ。」
「わたしは彼を守っている。そして守られている。私と彼の間には強い信頼関係がある。うらやましい?」
「ただの信頼関係でしょ。そんなもの親子でも兄弟でも友達どうしでも女どうしでも普通にあるわ!」
「…やる気?」
「何を?」
電話切ってもいいか?
っていうより、俺帰ってもいいか?
「もちろん駄目よ。なんとかしなさい。」
なんとかねえ……。
ああ、めんどくせえ…。
「おまえらこれ以上話をややこしくするんじゃねえ! モメるんだったら切るぞ!」
思わずスピーカーに向かって思い切り怒鳴っていた。
「……………。」
「……………。」
いや、ぴたりとやめられても困るんだが…。
「まあ、あんたがそこまで言うんならやめてあげるわよ。有希、キョンに感謝しなさい。」
「あなたこそ彼に感謝すべき。」
長門はともかくおまえは俺の言うことをすぐに聞くような素直さだったか?
だけど今がチャンスかもしれない。
「おいハルヒ、俺はおまえの質問に答えた。だからさっきの約束どおり受話器を持ってスピーカーモードをオフにしろ。」
「土下座は?」
やっぱりすぐに言うことを聞くような奴じゃなかったか。
というより、さっきのヘタレを根に持ってるのか?
「電話に向かって土下座しても意味ないだろ。そこから見えるわけじゃないんだから俺が本当にしてるかどうかわからんぞ。」
もっとも何人にも見張られているから嘘をついてごまかすということはできないんだが。
「明日、部室でおまえの前で土下座するから。」
「わたしは、あなたがなぜ受話器に対してではなく直接涼宮ハルヒの前で土下座したがるのかを知っている。」
えーと、おまえは何が言いたいんだ? 
「涼宮ハルヒはあなたに土下座をさせるとき、かならず机を脇にどけてパイプ椅子に浅く腰かけ、顔を紅潮させて腕組みをして、最後に足を組む。」
「ゆゆゆ有希ぃ…、あんた何を言おうとしてるの?」
おまえまさか…。いや、ここで黙れと言うのはまずい。認めているようなものだ。
こっちの電話がスピーカーになっていることを言うか? いや、ハルヒがキレるだろう。だいいちこの情報はハルヒにダメージがあるだけで長門にはなんのリスクもない。
ここはもう祈るしかできなのか…。
「そしてあなたが頭を上げるタイミングに合わせて…、」
ながとぉ…、言うなよ…。
 
「足を、組みかえる。」
 
「わーっ、わーっ、わーっ。」
「わーっ、わーっ、わーっ。」
俺とスピーカーが全く同じようにわめいている。
「阿吽の呼吸…。」
「デキレース…。」
「暗黙の了解…。」
「バカップル…。」
久しぶりに外野の出番がきたらしい。良かったな。
「馬鹿であることは肯定するが、この二人はカップルではない。」
長門…、後半は肯定するが、前半は否定したいぞ…。って、それどころじゃない!
「偶然よ!」
「偶然だ、偶然。予定調和とかじゃねえ!」
「予定調和って何なの?」
この店長はキリスト教神学について議論…、したいわけじゃなさそうだな。
「簡単に言えば、最初からそう決まっている、程度の意味です。」
「そのものじゃないの。」
まあ、こっちはどうでもいいか。
「長門、俺は手段と目的を混同したりはしねえ! 何であろうが衣服は衣服にすぎない。中に何が入っているかが重要なんだ!」
「君さあ、ここが何の店だかわかってる?」
「お洋服屋さんですね。」
「わかってるんだったら営業妨害しないでね!」
「偶然とはとても思えない。この間などタイミングがずれたため三回仕切りなおしをしていた。」
「あれは、ハルヒがもう一回頭を下げろっていうから…。」
「あれは、キョンがもう一回頭を下げたいっていうから…。」
「もう二回やっていた。」
「八百長相撲の立ち合いが合わずに何回も待ったをかけたって感じね。」
誰だ上手いことを言った奴は…。
「あなたが頭を上げた後涼宮ハルヒは必ずあなたに好きな色を聞く。」
「色を聞いてるだけじゃない!」
「そうだ、誰だって好きな色ぐらいあるだろ。」
「白、ピンク、グリーン、淡いブルー、オレンジ、レモンイエロー、珍しい例ではバイオレット。その他十パターン以上ある。なぜかあなたの好きな色は毎回違う。」
「ぐ……。」
「ぐ……。」
「涼宮ハルヒは男に土下座をさせるからには自分も何らかのコストを覚悟しなければならないと考えている…」
「そうよ、ただのコストなんだから、できれば無い方がいいの。キョン、もしあんた…その…、覗いてたりしたら死刑…」
「だけではない。あなたに土下座をさせる前にわざわざトイレに行って清潔な下着にはき替えるのはなんらかの準備としか思えない。」
「あんた、それじゃその、覗かれてるんじゃなくて、わざとあたしが覗かせてるみたいに…」
「事実。あなたは彼に見られたくて見られたくて仕方がない……、変態。」
「あ、あんたねえ…。そういうのは言っちゃだめなの! あんたも女の子でしょ! なんで女のあたしに恥をかかせるようなことを言うのよ!」
「人間を染色体の形によって区別する意味がわたしには理解できない。あなたは本来そんな風に人間を区別したりはしない。あなたにとって人間とは『彼』と『それ以外』でしかない。」
さすがに弁護してやるぜ、ハルヒのためにな。
「それは八ヶ月も前の話だ。こいつはもう世界を『自分と俺』と『それ以外』で分別したりはしねえ。」
分別を細かくするようになった。リサイクル精神だな。こいつもMOTTAINAIなんだ。簡単に切り捨てたりしなくなっている。
「ハルヒがおまえとの間に女同士の連帯を感じているんだったらそれは成長しているってことだ。こいつはおまえらSOS団女子に対してはなんらかの絆を感じている。いいことじゃないか。一つだけ言えることは、こいつはもう二度とあんなことはしねえってことだ。長門、おまえちょっと黙ってろ!」
急にハルヒと俺に連帯感が生まれたような気がする。長門を仲間はずれにしたような気がするが、各個撃破なんだ。しかたがない。
「………。」
「何よ急に黙りこくっちゃって…。あんた、キョンがあたしの味方をしたもんだから拗ねてるわけ?」
「………。」
「みんなあたしのことばっかり言うけどね…、あんたもけっこうなやきもち焼きじゃないの!」
まったく、どいつもこいつも…。
「だれのせいかしら?」
無視しよう。
「涙目であたしをにらむのはよしなさいよ! あたしのせいじゃないわよ。キョンのせい…、ていうより自分のせいでしょ! あたしはね、キョンがいつもいつもあんたやみくるちゃんの味方をするのを我慢して見てるのよ!」
「………。」
「じっとこちらを見据えながら唇をかむなぁ!」
「………。」
「キョン、なんとかしなさい! あたしじゃどうにもならないわ!」
「いま長門にしゃべらせるのはまずい…。」
「わかってるけどね。あんたと違ってあたしは目の前に有希がいるのよ! この無言のプレッシャーには耐えられないわ。あっ、ポロポロ涙をこぼしはじめた…。それでもあたしをにらむのをやめないわ。ああっ、噛んだ唇から血を流してぶるぶる震えだしたわ!」
困ったな。血を出してるのはわざとだろうが。
「君、なんとか言ってあげたら?」
「今は長門より、ハルヒのことを…。」
「どうせ君のことだから長門さんに冷たい態度を取り続けることなんかできないんでしょ。」
さっきそのことを責められたような気がするんだが…。
しょうがねえな。ハルヒがそう言うからだ。決して作戦を修正したわけではないぞ。
「長門、命令解除だ。しゃべっていいぞ。」
「共犯者どうしの連帯感ほどいやらしいものはない。」
しゃべっていいって言ったらいきなりそれかい!
「あなたたちはわたしの部室でいやらしいことをしている。このままでは部室がチーズイカ臭くなる。無視できないレベル。」
「あんたねえ、いくらなんでもまだそんなことはしてないわよ!」
ハルヒ…、長門が最高速で突っ込んでくるぞ…。
「まだ…?」
「ぐ…。」
やはりそこをツッコンできたか…。
「あなたは罰として椅子になったと言っていたが、実は背中に当たる涼宮ハルヒの臀部の感触を楽しんでいた。」
「キョン~、あんた罰を受けているくせにそんなこと考えていたの? 団長に対してよこしまな思いを抱いた罰として…」
「ハルヒ、仲間割れはやめだ。次はおまえに来るぞ…。」
「仲間割れって、あたしはあんたと仲間になったおぼえは…」
「この流れだといやでもそうなる…。」
「そして涼宮ハルヒは、あなたに臀部を意識させることを楽しんでいた。」
やっぱり…。
「一時間の間、同じ場所に座っていることは少なく、頻繁に臀部の位置を背中から腰、腰から肩に変え…、」
「そ、それは、さすがにいくらこいつでも、同じ所に座ってられたら痛いだろうし、かわいそうだと思ったから…。」
「さらに首にまで臀部を乗せ、頭に乗せようとしてさすがに失敗した。」
なんだか女どもの目がギラギラしてきた。あんたら大人の女だろうが…。女子高生じゃあるまいし、こんな話が好きなのか?
「涼宮ハルヒは『全自動式移動椅子』などと称してあなたを床の上で這い歩かせ、わざとバランスを崩したフリをして上半身をふらつかせ、あなたはそれを見て右手を床から外して背中の上に手を伸ばし、彼女の体を支えるフリをしながら、そうっと腰と臀部の上の場所をさわった。」
ハルヒが俺に罵声を浴びせてくるだろうな。言葉で俺がやったことを明らかにされた以上はそうするほかは…。
「ゆ、有希ぃ、言っちゃだめぇ。その後あたしが何をしたかは言っちゃだめぇ…。」
違った。
「涼宮ハルヒは『あぶないじゃないのバカ』などと言いながらふとももであなたの胴をはさみつけ、」
長門よ…「あぶないじゃないのバカ」が嫌味なくらい棒読みだな…。
「ふくらはぎで腹部をはさみつけ、腹の下で両足首を交錯させた。腰を折って上半身をあなたの背中にもたれかからせ、胸部を背中にぴったりととはりつかせた。腕をあなたの胸にからみつけて顔をあなたの顔に近づけ、わざと吐息を耳に吹きかけた。もはやドサクサにまぎれてなどとは言えないレベル。」
「あああ、あんた…、うらやましいわけ?」
「うらやましい。わたしもあなたのように彼の体にイタズラをしてみたい。許可を。」
「ハルヒ! トラップだ。答えるな!」
「駄目に決まってるでしょ! 部室で言ったはずよ! キョンに変なことをしたら承知しないって…。」
「あなたは今認めた。あなたは変なことをしている。彼の体に性的なイタズラをしている。」
「う……。」
ひっかかりやがった。脊髄反射しやがって…。
「君…、君たちって言った方がいいかしら。なんでここまでしてるのに告白の一つもできないわけ?」
「きっと、それとは別のスイッチなんですよ。」
「二人とも、言葉に出すのは怖いのね…。」
それは後のことだ。スピーカーに集中しよう。
「あれは、たまたま部室が狭かったからいろいろぶつかったりしてバランスを崩しただけよ。」
「広いところでもやっていた。あなたは孤島でビキニの水着を着ていたが、そのまま彼に肩車をしてもらい…。」
女どもがギラギラした目をこっちに向けた。
「うわ…。」
「水着で肩車…。」
「この子が水着にこだわってたわけって…。」
「いや、だから俺はフェチズムに陥っているわけじゃなくて…。」
「中になにが入ってるかか重要なんだ…。」
「北高ってショートパンツじゃなくてブルマーなのよ。」
「水着も体操着も、入ってるものの形と量がはっきりと確認できるからいいんだ…。」
あ、あんたたちもけっこうえげつないこと言ってますよ…。
「あ、あんた…、これ以上言ったらさっきのあんたみたいに泣くわよ…。」
「なぜ女であるわたしが女の涙に動揺しなければならない? 彼も言っていた通り、わたしたちは女どうし。」
「あんた…、さっきのことまだ拗ねてるんだ…。」
「認めることにする。わたしはあなた以上のやきもち焼き。」
「そういうことは自分で認めちゃだめなの!」
「……肩車をしてもらっていたあなたは片手に水鉄砲を持ちわざとバランスを取りにくい状況を作り出し、落ちないためという弁明を誰にともなく行い、彼の顔をそのふとももではさみつけ…」
「ハルヒ、反論するな! トラップだ!」
「………。」
長門が次に何を言い出すかはわからないが、あえて事実と違うことを言い出すということは、ハルヒに何か反論させようとしているとしか思えない。
「あなたは彼の両頬をふとももで強くはさみつけていた。その目的は、彼に自分の脚を意識させることを楽しむのが第一。」
「………。」
「しゃべるなよ、ハルヒ。何か言ったらドツボにはまるぞ。」
「主目的は彼の唇を両脚で奪うこと。」
「………。」
長門、しつこいぞ…。
人を殺しそうな目で長門を見ているハルヒの姿がはっきりと見える。我慢しろよ…。
「あなたはその脚の付け根で彼の顔をおおい、唇にふとももをぴったりつけることによってまるで彼に足にキスしてもらったようなつもりに…。」
「ハルヒ、我慢しろ!」
「キョン、うるさいわよ! 有希! あたしはあの時足ではさみつけたりしてないわよ!」
やっぱり…、こらえ性のない奴だ…。
「あの時あなたの姿勢は大変不安定だった。なぜ恐怖を感じなかったのか?」
「キョンに両手で支えさせたからよ!」
「そう、あなたは両足のももに彼の手のひらを感じていた。」
「う………。」
これで終わりか? いや、もう一段階あるような…。
「あなたは彼の本気の忠告に従って後悔したことなど一度もない。彼の言うことを聞かずに本気で後悔したことが一度だけある。今日が二度目になる。」
「あんた何が言いたいわけ?!」
墓穴を掘りに行きやがって…。
「彼を脚ではさみつけていないからには、重心を前に持ってくるしかない。あなたはあの時黒い水着を着ていた。アンダーウェアは必要なかったと推測される。あなたは前傾姿勢を取って下半身を彼の首にこすりつけた。これではまるでオ……」
「おいっ!」
「ばかぁ、有希のばかぁ! なんてこと言うのよ! これであたしがキョンに軽蔑されたら絶対あんたを許さないからね! 一生許さないからね!」
「ハルヒ、長門を殴るなよ!」
「彼の忠告には従った方がいい。そうしなければ後悔することになる。今のあなたのように。」
「あんたよくそんなことを…。」
店長さんがこちらを心配そうに見ていた。こんな表情をされるのは初めてだ。
「ねぇ君、さっきみたいに長門さんを黙らせたら? いくらなんでもひどすぎるわ。君の言うことなら聞くでしょう?」
「いや、今あいつを黙らせるのはまずい。俺とハルヒが気まずくなるだけです。あいつはかならず次に俺を攻撃してきます。うまくいけば空気を変えられるはずです。」
「まあ…、任せるしかないようね。大いに不安だけど。」
そういうこと言わないで下さい。俺まで不安になります。
「だいたい土下座にしても椅子にしても肩車にしてもあなたたちは言わなくても十分わかっていることのはず。あえて言葉に出されただけで憤慨する意味がわからない。」
長門…、おまえには「公然の秘密」っていう概念がわからないようだな…。
「その言葉は矛盾している。公然であったら秘密ではないし、秘密であったら公然ではない。説明を。」
おまえ本当はわかってるだろ…。
「キョン! あんたもバカね! 公然の秘密って言っちゃったら公然の秘密じゃなくなるでしょ!」
「…いまさら遅い。」
「涼宮ハルヒ。泣きながらわたしの襟をつかまなくても良い。彼があなたを軽蔑するなどありえない。」
「そうだ。俺は絶対おまえのことを軽蔑したりは…」
「なぜなら、彼も同じようなことをしているから。」
俺をフォローするかのようなことを一度言ったが、やっぱり俺に矛先を向けるか。まあいい。望んだ通りだ。
「孤島に行った時、彼は水着姿のあなたをひそかに携帯で隠し撮りをしていた。」
していたな、確かに。ハルヒ、早くののしれ。
「データを携帯から取り出してパソコンに移し…。」
だからハルヒ、早くののしれ。この段階でそうしてくれれば空気が変わる。
「拡大してプリントアウトした。」
そろそろののしってくれないと困るんだが…。
「彼の部屋にはポルノグラフィーと呼ばれる雑誌がある。DVD以上に厳重に保管している。いわゆるエロ本。」
ハルヒ、なんで黙ってるんだ?
まさか、これを最後まで聞きたいのか?
 
「彼はあなたの水着姿の写真を、エロ本と同じ引き出しに隠している。」
 
気まずい。
まわりの女どもの目が、今日一日の中でいちばん痛い。
しょうがねえだろ。男子高校生のやることなんだから…。
 
「最低…。」
 
おいっ!
「ハルヒ、その、おまえを汚したことは謝る。しかしそれはあまりにもおまえが魅力的だからであって…。」
「あたしを汚したあ?」
この言い方はまずかったか。
 
「あんたが汚したのはあたしの写真でしょ! あんたにあたしを汚す度胸があるの?!」
 
ぐ…痛い…。左胸を押さえて撫でた。て、てめえ……、傷ついたぞ…。
「うわあ…。」
「いくらなんでも…。」
「ひどい…。」
「事実とはいえ…。」
だからまわりの女どもめ、かわいそうなものを見る目で俺を見るな…。ここに来て初めて同情されたが、それがかえってつらい。さっきの軽蔑しきった目の方がなんぼかマシだ…。
「あんたはいいわよねっ! あたしの写真見ながらせんずりかいてればそれでいいんだ…。あんたはそれで満足かもしれないけど、あたしはどうなるのよ!」
「せんずり」とか言うんじゃねえ。惨めな気持ちになるだろうが…。
「ハ、ハルヒ…。てめえ、俺にも男の尊厳というものが…。」
「さっきあたしの女の尊厳をコナゴナにブチ砕いてくれたのはどこの誰だあ!」
「お、おまえの女の尊厳は眼鏡の構成部品で出来てるのかよう…。」
「………。」
なぜ黙りこむ。
「あたし、何がそうさせたかは言ってないわよね。あんた、有希の眼鏡を外させることがあたしを傷つけるってわかっててやったんだ…。」
「いや、おまえが聞いてるとは思わなかったから…。後で、もしかしたらそうかなーって…。」
「あたしは有希みたいに自分がやきもち焼きだなんて認めたりはしないわよ。」
「あなたも認めればいい。認めれば楽になる。下手なプライドに邪魔されることなく、思い切りやきもちが焼ける。」
「認めたら負けた気になるでしょ!」
店長さんがぼそりと言った。
「そんなこと考えてる時点で負けなのに…。」
勝ち負けの問題なのか、これは?
「ハルヒ、俺は毎日の生活の中で思い知らされていることがある。
俺はどんなことであれ絶対におまえに勝てないってことだ。
だからおまえが俺にやきもちを焼くことなどありえない。」
「あたりまえじゃないの。」
「だからおまえは、おまえの前で俺が長門に何をしても許してくれ…」
「調子に乗るな。せんずり野郎。」
てっ、てめえ…。
「お、俺は、目的と手段を逆転させたりはしねえ!」
「ふーん。そうなんだ…。あんたの目的っていうのはあたしの写真なんだ。」
だから、俺はフェチズムに陥ったりしないって言ってるだろうが!
「返しなさい!」
「返せって…。」
「あたしの恥ずかしい写真!」
「恥ずかしいって…、普通に海に行った時の写真だろうが…。」
「あんたにそういう使い方をされてると思うと無性に恥ずかしいのよ!」
「い、いやだぁ…。おまえはしょせん俺のものにはならないけれど、あの写真は俺のものだ…。」
「あんたねえ…。」
店の中からあきれ果てたような声がした。
「また余計なことを…。」
いや、今はこっちの方はどうでもいい。
「そうなんだ。あんたが大切なのはあたしの姿がうつったモノなんだ。
写真はあたしと違って、泣いたり拗ねたり怒ったりしないもんね!」
殴らないしな。……いやいやそうじゃないだろ。
「あんたはあたしより、あたしの写真のほうが大事なんだ…。」
大事だなんて言ってねえだろ…。ただ手に入れやすいだけで…。
「あんた、どうせあたしの外見しか見てないんだ…。あたしのことをちゃんと見てくれてるわけじゃないんだ!」
「おいっ、なんでそういう話になる!」
飛躍のしすぎだろうが!
「さっき『俺はおまえの表情を見ているんだ』とか言ってたけどね。
あたし知ってるのよ! あんたほんとはものすごい面食いなんでしょ!」
店の中の女どもが全員首肯して俺を睨み付けた。さっきは俺に同情してなかったか?
「みくるちゃん、有希、それにあ・た・し! あんたが声をかける女の子ってみんな…」
しっかり(最後とはいえ)自分を入れてくるあたりおまえらしいが、その言い方には事実との重大な乖離があるぞ。
「待て。ちょっと待て。それは明らかに間違いだろうが。長門はおまえに連れられて行った部屋に最初からいたし、朝比奈さんはおまえが連れてきたんだろう。声をかけたのはおまえであって俺じゃない。」
「だけど二人ともあたしよりあんたの方になついてるじゃないの!」
どんどん話がズレてくな。
「それはまた別の問題だろ! だいいちそれは向こうの都合であって俺のせいじゃない!」
「じゃああんた、あたしがあんたに対してどんな気持ちになったとしても、それはあたしの都合で自分には責任がないって言いたいわけ?!」
そうじゃあないんだが。今日はそうとうおまえを怒らせたからな。それに責任がないとは思ってない。というより、話がズレすきだ。
「違うんだ、とにかく。だいたい最初に俺の方から声をかけた女子っていうのは、おまえと佐々……。いや、なんでもない。」
「あたしと、さ?」
「………。」
まずい。
「あたしと、さ?」
「俺の方から声をかけたのはおまえだけだ!」
「白状しろ…。誰なんだその女は…。吐かないとずっとこう呼び続けるぞ、せんずり野郎。」
「て、てめえ…。」
完全に俺の弱みを握ってやがる。惨めだ。店の中を見回した。こんなにかわいそうなのに、誰も俺に同情しやがらねえ。
「早く吐け、せんずり野郎。」
おまえだって似たようなことをしてたじゃねえか…。と、これだけは言うわけにはいかないな。
やっぱり女はずるい。
「これを言っておまえの機嫌が良くなるとは思えないんだが。」
「あたしがどんな気持ちになっても、それはあたしの都合であって、あんたに責任はないんでしょ!」
「だから、今日おまえを怒らせたのは反省してるんだ!」
「話をズラすな。」
おまえが言うか?
「質問に答えろ、せんずり野郎。」
「てめえ、これ以上その呼称を続けると…。」
「呼び名が気に入らないの? だったらこういうのはどう? へタレキョン、略してヘタキョン。」
「男にヘタとか言うんじゃねえ!」
なんにもしてないうちから、へたくそ呼ばわりするなあっ!
店長さんが周りには聞こえないくらいの声で言った。
「キスはしたわね。」
お、おまえにあの時のことをヘタって言われたら、俺はもう立ち直れないぞ…。
「下手じゃなかったんじゃないの? それでこの子の人生が変わったわけだし。」
まあ、ヘタとかなんとかにこだわるのはよそう。人と付き合うのに技巧とかテクニックは必要ない。
ただ正直な気持ちがあればいい。かけひきなんかはいらない。
「その通りだけどね。君が言うんじゃないわよ。」
俺が言うとおかしいのか? そうだ、技巧とテクニックは同じ意味だな。重複表現だ。
やはり難しい言葉を使おうとするのは、俺には合わないということか。
そういうのは長門の方が似合っている。
「へえ、気に入らないの? だったらこっちの方がいいわけね、このせんずり野郎。」
「て、てめえ、涼宮って呼ぶぞ。二度と髪をなでてやらんぞ…。」
「あたしねえ、脅迫されるのって嫌いなの。」
まあ好きな奴はいねえな。
「ましてあたしが世界でいちばん大切にしているものを取り上げようとする奴なんか、大っ嫌い!」
うわあ、また大っ嫌いって言われた…。
誰か同情…してねえな、この空気は。
しかしおまえにとって一番大切なものっていうのは名前なのか?
とにかくこれは使えるな。あの呼称だけは撤回させるぞ。
「おい、涼宮。」
「なによ、せんずり野郎。」
「涼宮。」
「せんずり野郎。」
ここはガマンだ。妥協したら負けだ。多分負けるだろうが。
「涼宮。」
「せん………。」
「涼宮。」
「せ………。」
「涼宮。」
「………。」
「す・ず・み・や。」
「うぐっ。」
変な声を出すな。不安になるだろうが。
「バカァ、泣くなあ!」
泣かれたらまずい。非常にまずい。
「いま泣いたらおまえのことを…。」
 
「一生、涼宮って呼ぶぞ!」
 
「いっしょ………。」
それだけ聞こえた。
何だ? 
沈黙が続く。
こいつ今なんて言った?
いっしょ?
一緒?
俺と一緒にいたい?
だとしたらこんなに苦しそうなわけがないな。
俺と一緒にいるのがいやだとかそういうことか?
へコむぞ、くそ。
それにしても沈黙が長いな。
まるっきりハルヒの様子がわからないというのは今日初めてだ。
スピーカー以上に店内の沈黙が怖い。
ものすごく怖い。
「長門。」
「なに。」
「何をやってるんだこいつは。」
「いきなり顔をあげて上を見ている。」
「うえぇ?」
変な声が出てしまった。
自分も上を見てみた。
天井だ。
天井だな、あれは。
ブティックの天井っていうのは……、何の変哲もないな。
白い柄つきの壁紙がはってあるだけだ。
おしゃれな雰囲気を出すっていうのは天井はあまり関係ないのか。
「なぁ、長門…。」
「なに。」
「おまえの部屋の天井には何か面白いものでもあるのか?」
ハルヒが何か面白いものでも見つけたのか?
「同じものを見て面白いと思うかどうかは人それぞれ。」
そりゃまあそうだろう。ハルヒが見て面白いと思うかどうかなんだが。
不思議なものとか。
「おまえは自分の部屋の天井を見てどう思う?」
「ユニーク」
「そうなのか?」
「…とは思えない。」
だよな。
「あなたはどう思うの?」
「おれは人の家の天井なんかじっくり見る趣味はねえ。」
「目が覚めた時に視界に入ったはず。ユニークだと思った?」
「コタツでうたた寝をして悪かったな。みんなで鍋をしに行った時か。つっぷして寝ていたから天井は見ていない。」
誘導尋問するんじゃねえ。油断のならない奴だ。
「涼宮ハルヒは今、ティッシュペーパーを所望している。」
花粉症なのか? そんな季節ではないはずだが。
「取りに行けばいいだろうが。いくら俺が雑用係でもそこまでティッシュを持って行くのはやだぞ。」
「彼女は今一歩も動けない状態。」
一歩も動けないっていったい…。
「おまえが取ってきてやれ。」
「なんでわたしが…。」
「命令に理由を尋ねるな。」
今はハルヒの機嫌を取らなきゃならない(ちっとも上手くいっていないが)。
だから少しぐらい長門の機嫌をそこねても仕方がない。
各個撃破だからな。
もうちょっと傲慢なことを言ってみるか。
なんだか長門に冷たくした方が、今はハルヒの機嫌がよくなるみたいだし。
「と、言いたいところだが、特別に理由を教えてやろう。おまえがティッシュを取りにいかなければならないのは、俺がやれと言ったからだ。おまえにはそれ以外の理由が必要なのか?」
「………不要。」
「だったらやれ。」
「了解した。」
「君、今はハルヒちゃんの機嫌を取らなきゃならないわけよね。」
「そうです。」
そうしてるでしょうが。
「八方美人になってどうするのよ!」
意味がわからんことばかり言う人だ。
スピーカーからガサゴソ音がしている。
「で、なんでこいつはさっきから黙ってるんだ?」
「あなたが今涼宮ハルヒに声を出すように要求することは、さっきの命令と矛盾する。もう少し待つべき。」
おまえまで意味がわからないことを言うな。
とにかく俺は今のこの沈黙が痛いんだぞ。
さんざんひどいことを言われ、男の尊厳さえも傷つけられたあげく、
この空気の中でいつしゃべり出すかわからん奴を待てというのか?
なんてえ悲惨な立場だ。
「涼宮ハルヒに同情する…。」
おれに同情しろ。
ずっと考えていたことだが、誰も俺をかわいそうには思わんのか?
さっきはつらかったが、今はそんな同情でもほしい。
「誰も君に同情なんかできないわよ…。」
本当に今日はひどいことばかり言われる日だな…。
さっきは同情されてたような気がしたけど、あれでさえ軽蔑かなんかだったのか?
「君さあ、かわいそうっていうのは強者が弱者に与える感情だって言ってたわよね。」
「その通りですね。同情も軽蔑も下に見られていることに変わりはないです。」
「君のどこが弱者なのよ! 絶対君主じゃないの!」
絶対君主はブティックの一室に監禁されたりしないと思うぞ。
ヨーロッパの王様とか中国の皇帝で臣下に監禁された人はいくらでもいるけど、監禁された時点で絶対君主じゃないはずだ。チャールズ1世とか、宣統帝溥儀とか。
「キョン…。」
やっとしゃべり出したか。
「もう一度ハルヒって呼んでよ…。あたしの名前を呼んでよう…。」
おまえがおれの「名前」を呼んだことが一度でもあったか?
「ハルヒ。」
「なに…。」
「泣くなって言ったはずだぜ。」
どこが絶対君主だ。誰も俺の言うことなんか聞かねえじゃねえか。
まあ、こいつのことだ。「なんであたしがあんたの言うことを聞かなきゃならないの!」とか言い出すに決まってるが。
「ほんと…なの? いま泣いたら一生涼宮って…。」
違った。
っていうより、そんなところにこだわってたのか?
いまハルヒって呼んだだろうが…。
「君、この子を一生『涼宮』にしておくつもり?!」
「姓を変えるっていうことですか?」
「もちろん。」
「そういう制度があるって聞いたことがあります。自分がいやな名前だったら役所にいろいろ書類を提出すれば変えることができるそうですね。それとも養女にでも行きたいんでしょうか。」
俺以外にあいつを受け入れられる人間がたくさんいるとは思えないが。
「もっと簡単に苗字を変える方法があるでしょう!」
ということは、あれか?
「えーと、結婚したらば氏姓が変わるっていう話ですか?」
「他に何があるっていうのよ!」
さっき俺は「一生涼宮と呼ぶ」って言ったな。これは「おまえは一生結婚できない」って言っちまったわけか。
さすがにまずいな。
「しかしこいつが結婚なんかにあこがれるとは思えませんが。」
「そんなことないわよ。君がウェディングドレスを指さした時、明らかに動揺してたじゃない。」
まあ、無難にフォローしておくか。
「ハルヒ。おまえだったら幸せな結婚生活を送れると思うぞ。」
「ほんとに?」
いやに普通のことに関心があるんだな。
「本当だ。俺を信じろ。」
「あんたやけに自信たっぷりじゃないの。」
ちょっと待てよ。
いくらなんでも脈絡がなさすぎるだろう…。
なんでこいつの結婚生活と俺の自信が関係あるんだ?
「君、困惑してないで、『俺には自信がある』って言いなさい!」
「は?」
「この子の機嫌を取るんでしょ! さっきの失言をフォローするにはそれしかないわ!」
「ええと、具体的にはわからないんですが、そんなことを言ったら何らかの責任が発生するような気がするんですけど…。」
「『俺を信じろ』って言った時点で発生してるのよ。言いなさい!」
「俺を信じろ」っていうのは、「きっと幸せな結婚生活を送れる」と俺が言ったことについて信じろという意味で別に俺が何かしようというわけではなく、「俺には自信がある」というのも「おまえが幸せになるということについて客観的な立場から自信がある」という意味しかないが、このままそう言ってしまうと、言語による情報伝達に齟齬が生じるおそれがある…。
「早く!」
「はい!」
と言ってしまった。
やっぱり女どもの言いなりになってるな。
いつもと同じだ。
本当に弱い立場だ。
「おまえは幸せになれる。俺には自信があるんだ。」
「フン、期待しないで待ってるわよ…。」
期待してないか…。やっぱりひどいことを言われたな。
それはともかく、待っているって、こいつが何かを待つなんておよそ似合いそうにないが。
「何言ってるのよ。これほど辛抱強く待っている女の子なんてそうはいないわ。」
その意見には賛同しがたいが仮にそうだとして、こいつが辛抱強く待ってるものって何だろう…。
「君、本当はわかってるんでしょう? そこの試着室に入ってじっくり確認してみたら?」
そんな暇はない。
鏡の前で無為に時間をつぶす趣味など俺にはない。
ハルヒが洋服を買う時に何回も着替えるのは結局何を着ても似合うからだろう。
そうではない俺は早めに妥協することができる。
人間は時に開きなおることが必要なのだ。
「期待しない」とあいつは言った。期待されてないってことは、責任も無いってことだ。
無い以上は、それが何の責任かを考えるのはやめておこう。
「やっぱり男ってずるいわね…。」
「キョン、思い出したわ! 最初にあんたの方から声をかけた女ってのはあたしと誰よ!」
やっぱり来たか。やっぱり執念深いな。
「ええと、だからそれは…。」
「あたしと、さ?」
「さ」がついてしかもこいつに聞かせても無難な名前を必死に探した。
佐伯? 阪中?
無難かどうかわからん。
榊?
さすがに男はムリがあるな。
さ、さ、さ…。
「あたしと、ささ?」
「ささ」まで聞いてやがったか…。
危うく誘導にひっかかるところだった。
性格悪いぞ、おまえも長門も…。
「やはりあなたはやきもち焼き……。」
長門、話をそらしてくれてありがとう。ナイスフォローだ。
「キョン、あたしがあんたにやきもちを焼くなんてことは万が一にも、温暖化が原因で恐竜が復活するとか、地球に隕石が衝突して押し出された地底人がトコロテンみたいに飛び出してくるとかくらいの確率でもありえないけどね…。
だけど、仮定として聞きなさい。
もしあたしがやきもちを焼いたら、あんたうれしい?」
そういう風に食いついてきやがったか。長門、やっぱりフォローになってないぞ。
「もしあんたが『うれしくない』って言ったら、あたしのことなんかどうでもいいってことになるわよ。」
わからん。どっちが正解なんだ?
女性の立場から言えば、どっちを答えてもらいたいんだろうか。
俺はそっと店内を見回してみた。
「あたしは、『うれしい』って言うべきだと思うわよ。相手に好意を持ってるんだったら、当たり前だもの。」
「この子の場合はわざとそうさせている節があるから、そう言っちゃったらまずいんじゃない? わざわざ他の女の名前を言いかけてやめるなんて、うっかりでやることじゃないわ。」
悪かったな、うっかりさんで。さっきのは天然だ。
「だけど『うれしくない』って明言しちゃうのもまずいわよ。『おまえの結婚式には呼べ』とか、『一生涼宮って呼ぶぞ
』とか、『おまえは女じゃない』とかと同じになっちゃうわ。」
「だけどさあ、うれしいって言われて喜ぶ人もいないと思うわよ…。」
「だけど、全くうれしくない、って言われてもちょっとね…。」
バラバラだ。何の参考にもならん。
店長さんをちらりと見てみた。
ため息をつくな…。
「君の場合はね…、何でも深読みするからいけないのよ。君の正直な気持ちさえ伝えられれば、あの子を傷つけることなんてないはずなのに…。」
正直な気持ちねえ…。
言ってみるか。
「キョン~、さっさと答えなさい!
あたしがやきもちを焼いたらうれしいの?!」
俺は電話のマイクに口を寄せて長門ばりの小さな声を出した。
「……………………………………少しだけ。」
しばらく返事がなかった。
「最っ低! 最っ低! 最っ低!」
いきなりスピーカーが叫びだした。音が割れてるぞ。
「あんた楽しんでたんだ! あたしがこんなに苦しいのに!」
「おいっ、うれしいのと楽しんでるのとではニュアンスが違うだろ!」
「似たようなもんよ!」
もしかしたらこの質問は、どっちを答えても地雷だったんじゃなかろうか。
「あたし知ってるのよ!」
さっきもそんなこと言ってたな。いろんなことを知ってるな、おまえは。
「あんたもそうだってことをね!
あたしが古泉君に副団長の腕章を渡した時、あんた泣きながらあたしをにらんでたじゃない!」
「な、泣いてない!」
「涙目だったわ。」
「てめえ、楽しんでやがるな!」
「あたしはね、あんたと違って、自分の好きな人が苦しんでいるのを見て喜んだりはしないのよ! 
あの時のあんたがあんまりかわいそうだったから、二度と古泉君に物をあげるようなことはしてないわ!」
「おまえが俺になんかくれたことがあったか!?」
「バレンタインのおねだりでもしてるの!? あんただってあたしになにかくれたことなんかないじゃないの!」
「少なくともお茶代は全員分出してるぞ!」
「あんた、意地でも遅く来てるんじゃないの?! あたしが一時間前に集合してるのを知ってるくせに、何のいやがらせよ!」
「おまえこそ、俺がいる前でわさわざ古泉のことばかり褒めるのは何のいやがらせだ!」
「古泉君はね、たくさん団に貢献してるのよ! あんたとは違うの!」
「あいつから聞いたぞ。おまえ、俺がいない時はほとんど古泉を無視してるそうじゃねえか!」
「あんたこそ、あたしが見ている時にわざわざみくるちゃんばっかり見ているのはあたしをイライラさせるためだけでしょ! あの娘を本気にさせちゃったらどうするつもりよ!」
「その時はおまえが間に…。」
「いやよ!」
「連帯責任だ。もともとおまえが…。」
「あたしが、何?」
「俺をへんな気持ちにさせるためだけの理由で、5センチくらいまで顔を近づけてじっと見つめるからだろうが! 心臓がもたん! ていうか、あきらかに楽しんでるだろ!」
「あれは、あんただって悪い気分じゃないはずよ! さっきも言ったけどね、あたしは自分の好きな人を苦しめてまで、その人に対して自分が影響力を持っていることを確かめるようなマネをしないの!」
「おまえみたいな性格の悪い女の言うことなんか信じられるか! おまえこそ古泉を本気にさせたらどうするつもりだ!」
「その時はあんたが間に…。」
「断る!」
「あんたに拒否権はないの! 団長の信用にかかわることなんだから、あんたが嘘でもいいから『こいつは俺の女だ』とでも言えばいいのよ!」
「嘘でもいいのか? 信用されないかもしれんぞ!」
「だったら嘘じゃなきゃいいじゃないの!」
「まだおまえにも何も言ってないのに、なんであいつに言わなきゃならん!」
「だったらさっさとあたしに言いなさいよ! あんた女の子を焦らして喜んでるんでしょう? 変態!」、
「さっきからなんだ、何回も! 俺は変態でもスケコマシでもねえ!」
「……あたしまだ、スケコマシとは言ってないんだけど、誰かに言われたの? どこの女よ!」
なんでそこに食いつくんだ…。
店長を睨んでみた。
店長さんは軽く腕組みをしながら視線を上げた。
全く動じてないな、この人。
「あのさあ、根本的な所を聞きたいんだけど。」
「何です?」
「いつもこんなこと言い合ってるの?」
「いつもではないですがね。」
「なんでこんな状態なのに片思いだと思うわけ?」
「相思相愛に見えますか?」
「ちょっと違うわね…。あえて言えば、お互いに片思い?」
両方が片思いか…。
不思議、かどうかはわからんが珍しいのは確かだ。
ハルヒが喜ぶかもしれん。
「喜ぶわけないでしょ、こんなヘンテコな関係。さっさと決着つけなさいよ。」
「心の準備というか、覚悟が必要なんですよ。」
「あの子を何年待たせるつもりよ…。」
「何年も待たせてません。心の準備を始めてからまだ十か月しか…。」
「今日じゅうに決着つけなさい!」
「それで、どこの女にスケコマシって呼ばれたの?!」
おお、ハルヒ。ちょっとの間忘れてたぞ。
いや、おまえを忘れてたんじゃなくてスケコマシ疑惑についてだ。
「……何で女だって決まってるんだ?」
「確かにあんたがやってることを見たら男でも女でもそう言いたくなるわね…。」
店内全員が首肯した。
そういうのはもうやめてほしいんだが…。
「だいたいおまえは告白を断るのは得意だろうが。『好きな人がいる』と嘘でも言えばそれですむ。」
「…………。」
また黙り込みやがった。
地雷か…。もう慣れたような気がする。
「あのな、『嘘でも言えば』っていうのは、それが嘘だっていうことじゃなくてな、たとえそれが嘘であってもっていうことで、つまり…」
「……なんでそんなことを言うの…。」
「俺の話聞いてたか? つまりおまえがさっき言ったのとおんなじ意味で…。」
「そっちじゃないわよ! あたしが告白を断るのが得意だっていう方!」
「おまえだってしょっちゅう妬いてるじゃねえか! 俺が昔のおまえに妬いたらいけないのかよ!」
なんていう言い方をしたら「あたしは団長であんたは雑用。なんで同じ権利が…」とか言い出すんだろうな。
「あたし…、変われたのに!」
また違ったか。
とにかく聞こう。
「あんたと出会えて変われたのに!
あんたのために変われたのに!
なんであんたに出会う前のことなんか言うのよ!」
あの伝説の、告白をOKして五分でフッたというあれか?
「他人を傷つければ自分が痛い。
あんたを傷つければあたしが痛い!
心が痛い。
ぎりぎり痛い!
それを教えてくれたあんたが、なんでそんなこと言うのよ!」
「おい…、おまえはそこまで俺を傷つけたことなんかないぞ。」
 
「違う。」
 
日本刀で麻のロープを切断するかのような切れ味のある声で断言した。
「あたしは、あんたみたいな超絶ウルトラバカ級のお人好しに手をあげさせた。
あんたみたいなやさしい男に、女を殴らせそうになった!
そんな自分がいやでいやで…。
古泉君には感謝している。
もしあの時、あんたにあたしを殴らせてしまったら…、
あんたという男に、とりかえしのつかない傷をつけるところだった!
そこまであんたを傷つけたら…、
きっと立ち直れなかった。
恥ずかしくて、二度とあんたの前になんか立てなかった!
それで気がついた。
あんたに会う前のあたしが、どんなにバカだったか。
どんなに簡単に、ひとを傷つけていたか!
恥ずかしくて恥ずかしくてたまらない…。
だけどそれは仕方のないことだ。
誰かに恨まれても仕方がないことだ。
誰かに軽蔑されても仕方がないことだ。
どんなに悔やんでも過去は変えられない。
過去は変えられなくても、自分が変わればいい。
だけどそんな恥ずかしい過去を、あんたに指摘されるのだけはいや!
バカバカしいことかもしれないけれど、あたしはあんたの前でだけはカッコつけたい!
そんな姿をさらすくらいだったら、あんたの見ている前で裸になった方がましだわ!」
「え、えーと…。」
「ホントにやらないわよ、バカ。
今のはものの例えよ、例え。
どうせあんたのことだからね、
あたしが裸になって立ってたら、
一切あたしの体には触らないで、
それでいてじっくり見るだけは見といて、
『自分を大切にしろ、ハルヒ』
とか、わけのわからないことを言いながら外に出て、
自分の部屋にとびこんでせんずりかきはじめるんでしょ!」
「うわあ…。」
「やりそう…。」
「最低…。」
いや、やってもいないことを最低とか言われても…。
「どうせあたしはね、あんたのおかずなんでしょ。主食じゃないわ!」
「俺は人肉を食ったりしねえよ。」
変な言い方かな。まあもとはと言えば、比喩だかなんだかわからないような言い方をしたこいつが悪い。
「………………………………。」
「………………………………。」
「………………………………。」
「………………………………。」
「………………………………。」
「………………………………。」
          :
          :
          :
          :
だから女どもめ、白けきった顔をして俺を見るなあ!
「主食云々はともかく、涼宮ハルヒがあなたの心にかすり傷さえつけさせないというのは、ただのレトリックではない。
言葉通りの意味。」
こいつの言葉をそのまま受け取ってたら身がもたんぞ。今日なんか相当ひどいことを言われたし。いつもだって、しょっちゅう怒鳴りやがるし。
「彼女があなたを怒鳴る時の言葉は87パーセントの確率で『遅い』というもの。
自分に会いたくてたまらない女に『遅い』と怒鳴られてなぜ傷つく必要があるのかわたしにはわからない。
説明を。」
おまえな…。
「説明を。」
説明しろって言われてもな…。
「わたしたちも説明してほしいわね…。」
店長さんが身を乗り出してきた。
「説明を。」
「長門、いい加減にしろ、くどいぞ。」
「まだ聞き続けたらあなたはわたしを嫌いになるのか。」
「………………ならねえよ。」
なんて聞き方しやがる。だから女はずるいんだ。
「君が言うんじゃないわよ!」
「別におまえを嫌いになったりはしねえが、その質問はやめろ。」
「命令?」
わざと追いつめるような言い方をするんじゃねえ。
「………そうだ。」
「了解した。あなたには逆らえない…。」
「フン、権力でねじふせたわね。」
長門てめえ…、今の俺の状況をわかっててこういう言い方をしやがったな。
女どもの目がさらにさらに冷たくなったぞ…。
「キョン、そうよ。あんた遅いのよ!」
探索の集合時間の話か?
「なんであんたに出会うのに十五年も待たなきゃならなかったのよ!
あんたがもっと早くあたしの前に来てくれたら、あんなバカな真似をしなかったのに!
ひとりぼっちじゃなかったのに!
今みたいに笑っていられたのに!
毎日笑っていられたのに!
あたし、さびしかったのよ!
ずっと、待ってたのよ!
あんたみたいな人に会うことを!
あんたに会えることを!
責任取りなさい!
あたしの十五年間を返しなさいよ!」
「これはいくらなんでもこの子のわがままね。この若さで最愛の人にめぐり会えるなんて、幸運としか言いようがないわ。」
「おい、ハルヒ…。」
一瞬の沈黙の後になんだかおかしな空気が流れた。
今度は何が起きたんだ?
「ぷっ、くくくっ…。」
おまえ……、笑ってるのか?
「本気にした?」
なんだこれは…。
「今のはあんたをからかっただけ。」
やれやれ、そういうことか。
「あたしがあんたに会えたことをうれしいとか思うわけないでしょう?
あんたこそあたしに会えたことを感謝しなさい。
もっと早くあたしにあたしに会えなくて残念だったわね!
あたしがあんたを傷つけることなんか気にすると思う?
あんたはね、あたしにからかわれてストレス解消されるためだけにこの世にいるんだから!」
こいつはそういう奴だ。
俺が恥をかけば嬉しい奴だ。
俺に恥をかかせるためだけに演技していたわけか。
しかし迫真の演技だったな。
まあ、ほっとしたが。
俺はゆっくりと店の中を見渡した。
これが普段の俺に対する扱いなんですよ。
「へへーんだ。なに必死になってんのよ。
あーおかしい。」
ゲラゲラ笑う声が聞こえた。
「あたしがあんたに『遅い』って怒鳴るのはね、
別にあんたに会いたいからじゃないの。
あんた程度の人間が、あたしの時間を無駄にさせたのが許せないのよ。
だからあんたはいつまで経っても雑用、ペーペー、平団員なのよ。
だいたいあたしがあんたにやきもちなんか焼くと思う?
あたしがあんたなんかに泣かされると思う?
あたしがあんたの名字なんかほしがると思う?
あんたがあたしを自分のものにするなんて、そんなことが許されると思う?
全部ウソよ、大ウソ。
あんたをからかうためのウソ。
それなのにあんた、いちいちあわてちゃって…。
身の程を知ることね!
あたしは神聖不可侵なSOS団の団長。
あんたはお情けで雑用係にしてあげているだけなのよ。
変な勘違いをしないでね。
あたしはあんたがどんなに傷ついても平気なのよ。
そんなことよりあんたこそあたしにもっと気を配りなさい!
だってあたしはあんたなんかよりずっと価値のある人間なんだから!」
いつもの俺を見下した目を思い出した。
こいつ、今そんな目をしてるんだろうな。
あの「大好き」の寸止めと同じだ。
いつものハルヒじゃねえか。
お帰り、ハルヒ。もどってきたか。
はっきり言ってかなりむかつくが。
それもいつものことだ。
まあ、よかったと思うことにしよう。
これでだいじょうぶだろう。
完全にもとにもどったはずだ。
後は長門のハグをどうにかすればすむ。
長い一日だったな。
メールの着信音がした。
古泉からだろうな。
 
本文 「閉鎖空間、発生の予兆あり。」
 
………おかしい。
どういうことだ?
俺をからかってストレス解消ができたんじゃないのか?
「この子はね…、さっき君に過大な要求をしすぎたと気がついて焦ったのよ。
それであわててひっこめたわけ。
君に負担をかけすぎないために、こんなことを言い出したのよ…。
この子が気がついたんだから、これはそのままスルーすればいいわ。
君がいなかった時間をとりもどさせるだなんて、いくら君でもできないわよ。」
実はそれよりも、さっきから気にかかっていることがあった。
「ハルヒ。おまえに聞きたいことがあるんだが。」
「なあに? あたしの時間を無駄にさせるのはたいがいにしてよね。」
「わかった。手短に話す。おまえは映画撮影の時のことを覚えているのか。」
「ああ、あたしの名作映画ね。視聴覚教室が超満員になって…。」
「そのことじゃない。朝比奈さんを鶴屋さんの家に連れて行った時のことだ。」
「あんた、よく団長のあたしに暴力を振るおうとしたわね。
本来なら厳罰の上、団から追放して当たり前だったけど、特別の温情によって許してあげたわ。
感謝しなさい!」
「感謝してやるから追放は勘弁してくれ。とにかくその時のことを覚えてるんだな。」
「なによ、感謝してやるってえらそうに。あんたなんか団にとって全然必要のない人材なんだけどね。
それでも追い出さないのは団長の広い心によるものなのよ。」
なんだかいつもよりパワーアップしてるな。
さっきとは逆のスイッチが入ったのか?
そういう流れになっちまったのか?
あんまり流れに身を任せるもんじゃないぞ。
俺も人のことはいえないが。
「ならばその次の日のことを覚えているか?」
「……あんたは覚えてるの?」
「俺が部室に入っていったらおまえがパソコンの前でカ」
「髪型変えてなんかいないわよ!
あたしはあのときあんたのことなんか全然考えてなかったわ!
なんであたしがあんたに媚を売るようなことしなくちゃならないのよ!
自意識過剰もたいがいにしなさい!
自惚れもたいがいにすることね!」
「おまえがカレーパンを食っていたことまで覚えている。」
「ぐ…、ひっかけたわね。」
「何の話だ。」
覚えているようだな。
「まだ聞きたいことがある。」
「だから、あたしの時間を無駄にさせるなって言ったでしょ! ちっとも手短じゃないわよ!」
質問は手短だったぞ。時間を食ったのはおまえのしつこい返答のせいだ。
「おまえは俺に初めて声をかけられた時のことを覚えているか。」
「『なあ。しょっぱなの自己紹介のアレ、どのへんまで本気だったんだ?』ってあんたが…。」
食いつくかな。
「思い出したわ! あんたから最初に声をかけた女ってあたしと誰なのよ!
あたしはね、あんたが誰に声をかけようがどうでもいいけどね、
団員の素行は知っておく必要があるのよ!
まあ、あんたが有希やみくるちゃんに相手にされないことくらいわかってるけど、
あんたがあたし以外の女の子におかしなことをしたら、団長のあたしの責任問題になるのよ!」
食いついてきたか。
おまえの執念深さを利用させてもらった。
「あなたが責任を取る必要はない。彼にとってもらう。」
「キョン、あんたまさか有希にも変なことを…。」
「してねえよ。」
また話がそれたな。
「おまえが今聞きたいのはそのことか?」
「そうだったわね。あとで糾弾するわ。それはともかく、あんたが声をかけた女ってのは、あたしとささ?」
「だから、俺の方から声をかけたのは、おまえとささ…。」
「ささ?」
「ささ…。」
「ささ?」
さすがに勇気がいるな。
 
「笹の葉が全国でたなびいている日に出会った少女だけだ…。」

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