放課後の部室。

あのあり得ないハイテンションはすっかり冷め、小泉と俺は向き合っていた。

「何気なくスルーしていたが…。そもそもお前がハルヒにクッキー生地を大量に与えたのが原因の一つじゃないか?」

俺が言い放つと、小泉は両手を挙げニヤつく。

「いやあ。気づいちゃいました?」

…お前な。余計なことしやがって。

「先日、部活で涼宮さんがどうしても生地が足りないと唸っていましたので。世界平和のためにも手配したわけです」

「そのかわりに俺たちの舌の平和が脅かされたじゃねえか」

「でも今はこうして無事でいるわけですから。結果オーライじゃないですか」

微笑みながらオセロ盤に駒を置く。

終わり良ければ全て良しか?古人の負け惜しみみたいなもんだ。終わりは多少微妙でも、平穏な日々を俺は望むよ。

小泉の白を黒で挟み込みながら、団長席を見る。ハルヒは今日も掃除当番で、まだ来ていない。

「そもそも、なんでハルヒはクッキーなんざつくろうと思ったんだ?」

「つくった理由…ですか?」

俺の疑問に、小泉は人差し指を立て答えた。

「簡単ですよ。料理をつくる理由・動機は、老若男女多岐に渡りますが、殆どの場合はある一つの結論に辿りつきます」

「…なんだ?」

「『食べてくれる人がいるから』ですよ」

…。

俺が訝しげな顔を向けると、小泉は笑いながら肩を竦めた。

「少し臭かったですね。でも、本当にそれに尽きると思います。涼宮さんは、あなたにおいしいクッキーを食べさせてあげたい一心だったと思いますよ」

ハルヒが俺に……。

「結果もの凄いクッキーを食わされたわけだが」

「僕の推測ですが、あのプログラムは涼宮さんの不安の現れだったのかもしれません」

不安?

「ええ。丹精込めてつくったクッキーだったからこそ、『本当においしくなっているだろうか』と考えてしまうわけです」

「あいつ、見るからに楽観論で動いていたぞ。それに長門は偶然だって言ってただろ」

俺が反論すると、小泉は苦笑した。

「ですから、あくまで推測です」

そう言って、駒を弄ぶ。

…食べてくれる人のために、か。

今日のハルヒの嬉しそうな顔を思い出す。俺が「うまい」と言ったことに対して、喜んでくれていたのだろうか。

昨日今日で何度も何度も味の感想を聞かれた。ぶっきらぼうに振る舞いながらも、味に自信が無かったのかもしれない。

素直じゃないからな、アイツは。

…まあ、俺も人のこと言えないが。

「お茶入りましたァ」

俺がオセロ盤を眺めなていると、朝比奈さんがお茶を差し出してきた。

「ああ。どうも」

受け取って一口飲むと、朝比奈さんが不安そうに覗き込んでくる。

昨日の今日だからな。

「おいしいですよ。ほんとに」

俺が微笑むと、朝比奈さんは安心したように胸をなで下ろした。

「良かったァ。ほんとにもとに戻れて。昨日からおなかが鳴って、恥ずかしかったの」

そう言って顔を赤らめる。

年頃だもんな。実年齢知らんけど。

俺と朝比奈さんが微笑み合っていると、バンッ、と扉が開かれた。

「おまたせ!」

ハルヒが声を張り上げる。いつも以上に元気だ。

「なんだ。いいことでもあったのか?」

俺が聞くと、ハルヒは「ふふん」と笑う。

不吉だ…。

「明日!SOS団でお菓子づくりするわよ!」

「なっ…」

「ふえ」

「ハハ」

「…」

皆が一斉に顔をあげる。

「場所は…有希のマンションでいい?」

ハルヒの問いかけに、長門は無言で頷いた。

おい、長門!気安く了承するなって!

「それぞれ一種類ずつお菓子つくって、みんなで食べましょ!」

ハルヒは嬉しそうに笑いながら、腰に手をあてる。

「わたしはみんなにクッキーつくってあげるから」

「クッ!?」

「ふええ…」

「ハ…ハハ」

「…」

俺が必死になってキャンセルの予定を考えていると、ハルヒはさらに続けた。

「キョン用と小泉くん用とみくるちゃん用、それから有希のぶんも!それぞれ柄とか味とか変えるから楽しみにしてなさい!」

それが一番やばい。タチの悪い宝くじだ。俺が一番ハズレを引く確立高いし。

「お、おい。ハルヒ」

「なに?異論なら聞き入れないわよ。明日の朝、9時に駅前集合。そのまま買い出しってことで、じゃ、今日は解散!」

「あ、ちょ」

俺が異論を唱えるよりも先に、ハルヒは部室から去っていった…。

「…」

「…」

「…」

「…」

残された4人は立ち尽くすのみである。

「ど、どうしましょう」

朝比奈さんが力なく笑う。

「はは。どうしましょうね」

俺もつられて笑う。

こうなったら最後、誰もハルヒを止められない。

去り際のハルヒの満面の笑みを思い浮かべて溜息をつく。

「運試しですね」

小泉がのんきに言う。

「涼宮さんは4種類つくるそうですから、確立は4分の1。この中の誰かにプログラムの施されたクッキーが…」

不吉なこと言うな。

「そうですね。前向きにいきましょう。もしかしたら全て普通のクッキーかもしれません。そう願いましょう」

願うさ。もうあんな思いはまっぴらだ。

横を見ると、朝比奈さんは顔を真っ青にしている。

「だ、だいじょうぶですよ!朝比奈さん!きっと普通のクッキーです!」

そう言いながらも、一番不安なのは俺だ。

「そうですよね…。ウフフ」

「ハハハ」

「そうそう。ハッハッハ」

「…」

…………。

まさしく神のみぞ知るだな。

「ハァ…」

同じことを考えていたのだろう。長門を残し、全員が深い溜息をはいた。

 

END

 

 

 

 

 

 

 

 


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