時間というものに連続性はなく、その時間ごとに区切られた一つの平面を積み重ねたものである。

時間と時間との間には限りなくゼロに近い断絶が存在する。

積み重なった時間平面を三次元に移動する、それが時間移動。

未来人はこの時間平面上にとって、パラパラマンガの途中に描かれた余計な絵のようなもの。

仮に未来人がこの時代に干渉し、歴史を改変しようとしても、それが未来に反映されることはない。

時間はアナログではない。デジタルな現象。

朝比奈さんは語った。

「わたしがこの時代に来た理由…」

膝の上でギュッと手を握り、覚悟を決めたように息を吐く。

「三年前。あ、今、この時から数えて三年前ね。大きな時間振動が検出されたの。キョンくんや涼宮さんが中学生の頃」

三年前…。俺が中学一年の頃か。

「その時間振動のために我々…未来人です、我々は調査するために過去に飛んだ。でも、予想し得ない事態が発生した」

予想し得ない事態?

「どうやってもそれ以上の過去に遡ることができなくなったの。大きな時間の断層があるんだろうってのが結論。でも原因、理由が解らなかった。どうやら原因らしいってことは解ったのはつい最近。……あ、わたしたちの時代でいう『最近』だから、未来のことなんだけど」

「……何だったんですか?」

さっぱり解らなかった。でも朝比奈さんが冗談を言ってるわけではない、これはマジなんだ、と解っている自分がいる。

朝比奈さんから思いもよらぬ人物の名があがった。

「涼宮さん」

…ハルヒ?

「そう。時間の歪みの真ん中に彼女がいたの。どうしてそれが解ったのかは…ごめんなさい、禁則にひっかかるから言えない」

ハルヒが…?

「…なにかの間違いじゃ、偶然…とか…」

朝比奈さんは首を振る。

「全て確かなこと。過去への道を閉ざしたのは涼宮さん」

「ハルヒに…そんなことできるとは思えませんが…」

「わたしたちも思わなかったし、実は、一人の人間が時間平面に干渉するなんて…解明できてないの。謎なんです。涼宮さんも自分がそんなことをしているなんて自覚していない。自分が時間を歪曲させている時間振動の源なんて考えてもいない。わたしは涼宮さんの近くで新しい時間の変異が起きないかどうかを監視するために送りこまれた……うーん、監視役…みたいなもの。ごめんなさい、あまり適切じゃないかもしれないけど」

「……………」

「信じて…もらえないよね…。こんなこと」

朝比奈さんは困ったように苦笑いをうかべた。

普通なら信じられる話ではない。だが、不思議と俺は自然とその話を受け入れてしまっている。身体全体がわかっていたかのように、落ち着きを払っている。頭が疑おうとしない。

不意に昨日の小泉との会話を思い出した。

「ハルヒの様子」。小泉はハルヒのことを気にしていた。あの時のアイツの顔は同級生を気にかける顔とは違う、まるで………。ハルヒを監察していた…?

「実は…それだけじゃないの…」

朝比奈さんの声で我に返った。

「涼宮さんの……能力…力って呼べばいいのかな…」

チカラ?

「あの…、ほんとは言うつもり…、予定はなかったんだけど……今、こっちの時代で少し混乱があって。禁則が解けたから言っていいんだと思う」

急に自信なさげに声が小さくなる。

「涼宮さんは……自分の望んだ事を実現させることができる」

「…え?」

「え…と、涼宮さんが望む現象が実際に起きる……、て言えばいいのかな…」

悩みながら慎重に話している。

「…ハルヒは何者なんですか…?」

あまりに突飛な話だ。だが俺の気持ちはさっきから変わらない。疑わない。

俺の問いかけに朝比奈さんは首を振った。

「禁則です。…というよりわたしたちにも解らない。謎なの」

「………」

謎…か。ハルヒ。お前は…いったいなんなんだ?普通の人間じゃないのか?

「ごめんなさい。勝手にこんな話…」

「いや…でも、なんで俺に話すんですか?」

「あなたが涼宮さんに選ばれたから」

選ばれた…?

朝比奈さんは上半身を俺に向け、顔をあげた。

「詳しくは言えない…。禁則にかかるから。これはあくまで推測だけど、あなたは涼宮さんにとって重要な人。彼女の一挙手一投足にはすべて理由がある」

…俺が選ばれた?

不意にハルヒの声明発表を思い出した。

「宇宙人や未来人や超能力者を探し出して一緒に遊ぶことよ!」

昨日、小泉が聞いてきた。「長門有希、朝比奈みくるから『話』はなかったか」と。

「ハルヒは望んだことを実現化させる」というようなことを朝比奈さんは言った。

朝比奈さんが未来人なら…本当に未来人だったとしたら……。

「長門や小泉は…」

「あの人たちはわたしと極めてちかい存在です。まさか涼宮さんがこれだけ的確に我々を集めてしまうとは思わなかったけど、涼宮さんが特別な存在であることがよくわかった…。一種の証明です」

「朝比奈さんはあいつらが…、何者か知ってるんですか?」

小泉は知らん。だが長門は……、長門が「宇宙人」やら「超能力者」だとは信じられなかった。

あいつは俺に「あなたは宇宙人?」と聞いてきた。

あの時の不安げな表情は覚えている。

朝倉は。朝倉と長門はお互いを知っているし、知ろうとしている。

長門は朝倉といると安心したような表情を見せるじゃないか。

朝倉と共用した思い出もたくさん有るはずだ。

その朝倉が長門の『正体』を知らないはずがない。

それとも…、朝倉さえも「宇宙人」や「超能力者」だというのか…?

「長門さんから……聞いてませんか?」

朝比奈さんが驚いた顔を見せる。

「聞いたって……何をですか?」

長門が…なんだっていうんだ?

「え…、やっぱりおかしい…」

どう見ても戸惑っているようだ。

朝比奈さんはしばらく考え込んだ表情をし、

「あの…ちょっと後ろ向いててもらえますか?」

はい?

「すいません。禁則事項を禁則事項したいんです…って言ってもわかりませんよね…」

なんか放送禁止用語みたいだ。

「まあ…はい。後ろ向いてればいいんですね?」

「はい」

後ろを向く。

何を……しているのだろうか。

時々衣擦れの音や、息を吐く音、息をのむ気配を感じる。

「もういいですよ」

何分かして、朝比奈さんが溜息混じりに言う。

「どうでした?」

なにがどうなのか知らないが、とにかく聞いてみる。

「その……聞いちゃいますね」

逆に聞かれた。

…はい。

「その…、小泉くんが初めてSOS団部室に来た日、長門さん家に行きましたよね…?」

どうしてそれを!?

「禁則です」

また禁則ですか…。まあ未来人だから解る…てことでいい…のか?

「そこで長門さんからどんな話をされましたか?」

え…と…。

「特に…世間話みたいなもんです」

「ほんとですか?」

ギク。

「…」

いつになく真剣な顔で朝比奈さんがつめよってくる。

「正体…とか、聞いてませんか?」

これまたダイレクトに…

「いや、ほんとに聞いてません」

事実、俺は長門から「あなたは宇宙人?」と聞かれたが、「わたしは宇宙人」とは言われてない。

それに長門が宇宙人なら「あなたは宇宙人?」なんて聞かないだろう。

「…」

「…」

「そうですか…」

落胆したようにうつむく。

何が何なのだろうか。

「どうしたんですか?」

聞いてみる。

「禁則…なんでうまく言えないけど、予定が狂っちゃって…。あ、過去のことだから予定って言わないのかな。とにかく、とてもイレギュラーなこと」

「予定…ですか?」

「うん。ごめんね…うまく言えなくて」

謝ることないですよ。

それより…まだ聞きたいことがあるんですが。

「はい。答えられる範囲なら」

「ハルヒのすることを放っておいたらどうなるんですか」

「禁則事項です」

「未来から来たなら多少は解るんじゃないかと…」

「禁則事項です」

「ハルヒに直接言ったりとかできないんですか」

「禁則事項です」

「で、結局小泉と…長門の正体は…?」

「禁則事項です」

「…………………」

つまり答えられる範囲内のことはまるでなかったということだ。

「ごめんなさい。言えないんです。特に今のわたしにはそんな権限がないの」

申し訳なさそうに顔を曇らせる。

「信じてくれなくてもいいの。ただ知っておいて欲しかった…というより、知ってもらわなきゃならなかった…」

そう言うと顔をあげた。

「ごめんね」

「…」

黙る俺を不安に思ったか、目を潤ませてまたうつむいてしまう。

「急にこんなこと言って…」

「いや、ほんと、いいんですって」

慌ててフォローする。朝比奈さんが気に病むことないんだ。マジで。

はぁ…。凄い話聞いたな…。

普通なら信じないだろう。

いろいろな衝撃事実(と決まったわけではないが)ばかりが出てきて、証拠らしきものが見あたらない。

だが俺は不思議と信じていた。

というより、疑う考えが浮かばない。

「朝比奈さん…」

「はい…?」

「その、とりあえず保留でいいですか?信じる、信じないは脇に置いて。今日の話、俺は忘れませんから」

「はい」

朝比奈さんが微笑む。

はあ…。力が抜ける。

やっぱ朝比奈スマイルだ。たまらん。

「それでいいです。今は。今後もよろしくお願いします」

そう言うと頭を下げる

いえいえ、こちらこそ。

と、そうだ。

「一個だけ訊いてもいいですか?」

「何でしょう?」

朝比奈さんは未来人らしい。ということは年齢も改竄されているのではなかろうか。

高校二年生にしては幼すぎる顔…。

高校二年生にしては発達しすぎた身体…。

「あなたの本当の歳を教えて下さい」

女性に対して、もの凄く失礼な質問だ。

だが、朝比奈さんはイタズラっぽく微笑むと、くちびるに指をあて、

「禁則事項です」

とだけ囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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