下駄箱に入っていたメモ用紙…。

『放課後誰もいなくなったら、一年五組の教室に来て』

誰だろうな。こんないじらしい真似をする女の子は。

最初見たときはまた長門の仕業かと思った。だがその推測はすぐに却下された。あいつなら有無も言わせず俺の手の中に栞なりメモ用紙をねじ込むか、直接用を伝えてハイ、サヨナラだろう。そもそも字が以前の栞の時と違う(俺流筆跡鑑定結果)。

じゃあ…、もしかして…まさか、…いや、ホントに…愛しの朝比奈さんなのか!?

そんな訳はない。朝比奈さんにしてはあまりにアバウトな内容だ。それにメモの切れ端というのがらしくないだろう。

じゃあハルヒか?無い。即答だこれは。こんな遠回しなことはアイツが嫌いそうだからな。

「キョンくん」

我に返った。

「ごめんなさい。何度も声をかけたんだけど、お茶、入りましたよ」

天使が俺の顔をのぞき込んでいる。

俺としたことが、朝比奈さんの差し出すお茶にきづかないほど熟考していたらしい。朝比奈さんの呼びかけなら昏睡状態でもモーションを起こそうと心決めていたのに。

「ありがとうございます」

お茶を受け取りながら頭の中で繰り広げられていた討論会場を撤去する。

きっとクラスの女子の誰かだろう。放課後行ってみりゃ分かることだ。

放課後。

五時半か。

朝比奈さんに夢中で、時計を見るまで気づかなかった。

いるだろうか…。もう帰っちまったかもわからんな。

思いながら歩いている廊下に人影はない。

「さて…」

さほど期待せずに教室のドアを開けると、そこには朝倉がいた。

「遅いよ」

笑いながら言う。

意表をつかれた。まさか朝倉とはな…。

「入ったら?」

言われて自分がドアの前で呆然と突っ立ってることに気づき、教卓付近へと歩を進めた。

「お前か…」

「意外?」

「まあな、何の用だ?」

朝倉は興味深そうに俺を眺めながら微笑んでいる。不気味だな…。

「聞きたいことがあるの。あと…試してみたいこと…かな?」

試す?

「あなた『情報統合思念体』って知ってる?…よね」

驚いたな。

「なんだ、お前も長門と交流を持っているのか?」

「やっぱり。長門さんから聞いたんだ」

まあな。お前長門とどういう関係だ?友達か?

「同じマンションなの。う~ん…友達…保護者…そんなかんじかな」

窓の夕焼けに目を向けながら苦笑いしている。そうか、朝倉は世話好き・御節介に見える。無口な長門を気にかけ話しかける朝倉の情景は容易に想像できるな。

「で、お前もその電波話を信じたのか?」

あきれながら溜息まじりに聞くと、ちょっとムッとした表情になった。

「電波とは失礼ね。私と長門さんで考えた論説なのに」

これまた驚いたね。朝倉にも宇宙人マニア的な趣味があったのか。普通な優等生だと思っていたが。

「幼少期にカナダにいたの。そのころあっちでそういう宇宙のことについて研究する人と交流をもってね。それ以来、そういうことに興味をもってるのよ」

で、こっちに越して来て、共通の趣味を持つ長門と知り合ったのか。

「そう。でも長門さんの宇宙人にかける情熱に比べれば、わたしのなんて」

情熱…。長門には似合わん単語だ。

「今は長門さんがSF小説読んだり、そういう番組を見ている姿を見守ってるかんじね。そっちのほうが楽しいし、和むっていうのかな?長門さんはほっておくと自分が好きなことしかやらないから、心配でもあるのね」

まるっきり保護者だな。

「ほんと」

笑いながらうなずく。

で、俺に何の用だ?長門に関する何かか?

「それもあるんだけど…」

そう言うと、何かを決心したかのように俺に近づいてきた。

なんだ?

「あなたは宇宙人なの?」

…また…それか。

「あのな朝倉。長門に何を吹き込まれたか知らんが、俺は人間だ。宇宙人でも、まして情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースでもない。普通の。まったくあきれるほど普通の高校生だ」

力強く言い切って、これで朝倉も納得するだろうと思ったが、朝倉は引き下がらなかった。

「宇宙人に『あなたは宇宙人ですか』って聞いて『はい』って答えてもらえるとは思ってないわ」

いや、そうじゃなくて。

「だから、あなたがインターフェースかそうじゃないか。試したいの」

そう言うと朝倉は懐からサバイバルナイフを取り出した。

ナイフ!?

な、なんだ!?何を試すんだ!?怖いって!

「最近の長門さん、なんかうかない顔して元気がないの。大好きなケロ○軍○も見ようとしないし…」

それがなんでナイフ!?

「きっと長門さんは何も変化しない観察対象に飽き飽きしてるんだと思うのね。だから…」

ナイフを顔の前で構える。

「わたしがあなたを刺してみようと思うの」

はあ!?

「もし刺されて事切れればあなたは『普通の高校生』。死なずに存続し続ければあなたは『対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース』」

言ってる意味が分からん。俺を刺す?刺されるのか?

「ごめんね。でもあなたの正体を知るにはこうするしかないの。あなたが宇宙人なのかそうじゃないのか…。長門さんの気持ちが晴れれば、それでわたしは満足」

言いながら近づいてくる。

やばい。逃げろ。逃げろ!

「っ!?」

ドンッ

後ずさりし教卓の足にひっかかった。無様にも尻餅をつく。

「待て!待てって!」

「ごめんね」

朝倉がナイフを振りかざした。

逃げられない。やばい。死ぬ。そう思ったとたん全てがスローモーションになった。

くそ、死ぬのか…。まだ高校生になって半年も過ぎてない、これからってときに。

やり残した願望野望が山ほどある。

人生16年って、短いな俺の歴史。笑える。いや笑えない。

嗚呼こんなことなら朝比奈さんともっと…。

「待って」

静かに、だが語気の強い、聞き覚えのある声が教室に響いた。

ナイフは俺の胸の寸前で止まった。

「長門さん…!」

朝倉が驚きの声をあげる。

長門?

尻餅をついた状態で左に首を動かすと、教室のドアに長門の姿があった。

無表情に、だがその目は驚きで見開かれている(ように感じる)。

「…いつからそこに?」

朝倉が震える声で聞く。

「最初から」

長門は淡々と答えた。

最初から?まさか俺をつけていたのか?

「そう」

無表情で答える。

「長門さん!」

「殺してはだめ」

「でも、…でもこれでこの人が宇宙人なのかそうじゃないのか分かるんですよ!?長門さんも知りたかったんじゃないんですか!?」

「だめ」

「…」

「…」

「……ふぅ」

朝倉はナイフを降ろした。

はあ…。力が抜ける。

「長門さんは…それでいいんですね?この人の正体が曖昧なままで…。いいんですね?」

「いい」

「本当に?」

「いい」

無表情だが、朝倉には長門の真意が解ったらしい。

「そうですか。うん……ならいいです。ごめんねキョンくん」

…ごめんですむのだろうか?

気づけば汗だくだ。生まれてきて初めてリアルに死を感じたよ。その仕掛け人がクラスメイトとはなあ…。

「帰りましょうか」

朝倉の呼びかけに長門がコクッとうなずいた。

俺ももう帰っていいか?

「うん」

朝倉がクスッと笑った。…怖いよ。

「そうだ。一緒に長門さん家にこない?長門さんとはよく一緒に晩ご飯食べるの。昨日大根と鶏肉煮たんだけど…どう?」

どう?と言われてもな。

俺を殺そうとした奴と食卓を囲めるか。遠慮しとく。

「あら残念」

そう言って何事もなかったかのように振る舞えるから凄いな。

呆然としている俺に長門が近づいてきた。

「…」

「…」

「来て」

…ん?

「来て」

…どうやらお誘いをうけたらしい。

朝倉が微笑みながら長門と俺を眺めている。 

「どうするの?長門さんのおさそい」

どうするって…

見上げると相変わらずの無表情がある。

長門の何かを訴えるような目だ。

助けてもらったし、長門の頼みを断る理由は見あたらないな。

「今俺は極度の腹減り状態だ。誰かさんに凶器と狂気をつきつけられたからかな」

長門は朝倉に目を向ける。それに答えるように朝倉が笑った。

「行くよ」

「そう」

長門はコクリとうなずく。

「決まりね」

外に出ると、夕焼けから暗闇へ移行するなんともいえないもの悲しい空である。

前を歩く長門と朝倉はまるで姉妹だ。

ひたすら無表情無口で歩き続ける長門に楽しそうに話しかける朝倉の姿は見ていてホッとする。

なんなんだろうなこの気持ち。

長門があのマンションの一室に一人だと思っていたからだろうか。

長門にも家族がいる。そう思うとなんだか安心する自分に疑問を抱きながら、二人の後ろ姿を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 


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