第四章

α‐7

 坂を下りながら、ハルヒと朝比奈さんを先頭に、そのすぐ後ろに本を読みながら歩いている長門、さらに離れて歩く俺とその横には、ニコニコ顔の古泉の五人がいるいつもの下校時間だ。新入部員が入った日には、部室からぞろぞろと引き連れて下校するのだろう。カバン持ちなんぞさせるなよ。
 もっとも、いかなる理由であれ、校内に名を轟かせているこのSOS団に新入生が入部するなんてことあるのか?ましてあんな追い返し方をして。そんなことにもめげずにやってくる新入生に対して、明日は筆記入団試験をやるつもりなんだろう。

 「そういえば古泉、気になる新入生はいたか?」
 「おや、そんな言い方は何かご存知なのでしょうね。さすがあなたと言えます」
 古泉が気になった新入生の容姿を言うと、俺と同じ意見であった。
 「他の人と比べて熱心に涼宮さんの弁論を聞いていましたしね」
 「なかなか変わった子だったな。ハルヒの話をまともに聞くやつなんぞ。それより・・・」
 次に俺が話すことは、なんともあやふやなことなのだが、
 「どこかで見た気がするんだよ。でもなぜか誰か思い出せない。というより分からないといった感じだ」
 「僕は見覚えがありませんね。あなたは我々の気づかないうちに女性との接点を設けているようですし」
 「そんなものは無い。はっきり言っておく」
 全く誰に毒されているんだろう。そろそろ国木田を釘刺しておかないと。俺は社交的ではない。かといって近づいてきた人には老若男女問わず接しているだけの性格だ。
 「それよりなあ、椅子の数一つ足りなかっただろ。数え間違えるなんてどうかしてるよな」
 「やはりそうでしたか。僕も実はあの時の人数を数えましたが、最初数えたときは十一人でした」
 二年にもなって、引き続き特進クラスにいる古泉が言うならやはり間違えでは無かったのか。
 「何か不可解なことが起きていなければよいのですが・・・念には念を入れて、機関のほうでもう一度新入生の身辺調査をするようにしてみます。何も無いならないで一番よいのですが。先日望まずして出会った方たちにも十分警戒したほうがよろしいですね」
 あいつらが攻撃を仕掛けてくるなら来いってもんだ。あの天蓋なんたらという九曜が襲ってきて、誰かを攻撃しようとする日には、今度こそが黙っているわけにはいかない。吹雪の中、館に綴じこめられた件で俺たちは一度解決しているんだ。それに古泉の機関と対立している橘ってやつもだ。今度襲ってきたならば、朝比奈みちる誘拐事件で味わった森さんの威嚇攻撃をもう一度喰らわしてやる。

 そうこう話しているうちに、前を歩く長門が本を閉じて振り向き、近づいてきた。
 「私がさせない」
 これ以上頼りになる言葉がこの世に存在するのだろうか。
 「気になることがある。あなたたちが椅子を取りに行く間、あの空間において有機生命体の増加を確認した。しかしその固体認識は解析されなかった。現在も解析を続けているが未だ不確定。なんらかの情報因子が入り込み解析を困難な状態にしている」
 長門よ、相変わらず言うことが難しいぞ。すると古泉は、
 「僕たちが話した内容と同じと捉えてよろしいですね。その情報因子ってのは何なのでしょうか?」
 長門は10秒ほど考え込む素振りを見せ、
 「現在解析できないため不明瞭。ただ私が持つ既存の情報をもとにすると、我々情報統合思念体には存在しない力が作用していると推測できる」
 「それは、すなわち、九曜という宇宙人の可能性が高いですね。分かりました、機関の方でもできる限り警戒態勢を敷く必要があります。涼宮さんやあなただけではありません。長門さんや朝比奈さんにもできる限り機関が警備するようにしてみます」
 古泉、いつのまにかそんな発言をするようになったんだな。
 「私は不要。私は地球上に滞在している他のインターフェースとの情報強化を共にし、可能な限りあなたたちを観察する。それより他の三名に警備を回した方が良い、もちろん古泉一樹、あなたも含まれている」
 長門の言葉には今までに無い意思が見えた。古泉が了解しましたと、いつもの5倍増しでニヤケているではないか。
 「それと、もう気になることがある」
 なんだ長門、かまわず言ってくれ。

 「あなたの行動と発言に齟齬を感じた」
 何を言っているんだ?
 「あなたは一昨夜電話をかけてきた。内容は九曜周防と呼称される個体とその周囲の人物と接しに行くことと、その危険性について私に意見を求めてきた。しかし私が観測している限り、あなたの指定していた昨日にそのような事象は見られなかった。しかも再び、今日の昼休み中にあなたは九曜周防と呼称される個体の危険性についての意見を求めに来た。初めの説明では不足と判断し、より詳細に説明した。あなたの行動と発言に齟齬を感じた」
 は?俺はその日長門に電話してないよな。九曜の周りってのは佐々木を含めたやつらのことか?昨日俺は家でゆっくりと休日を満喫していただけだし。聞いたのは今日の昼休みだけだ。

 考えても仕方が無い、古泉も指を額にそえて何か悩ませている。聞きなおすしかない、そう長門に目を向けると、こちらもいつもとは違う表情をしている。長門のそのような顔はできれば見たくなかったな。しかも俺がそうさせているみたいだ。そこへ前を進んでいたハルヒが、
 「ちょっと、キョン。何してるの!?有希になにかしようとしているんじゃないでしょうね」
 とあたりを見ると、いつもの解散場所へ辿り着いていた様だ。
 「あんたにも入団試験受けさせる必要がありそうね」
 「おいおい、待てよ。俺はいつの間にか退団させられてるのか?」
 「有希にそんな顔をさせて、あんたまたやましいことでもしようとしてるんじゃないの?我がSOS団にそんないやらしいやつはいらないわ。SOS団にふさわしいかどうか、今一度吟味したほうがいいわね」
 確かに長門を困らせてるのは俺だが。それを聞いて朝比奈さんはあたふたしている。お前のせいで朝比奈さんも困ってるじゃねーか。古泉、こんな時にその笑顔はよせ。
 「それじゃ、解散!また明日!」
 毎度ハルヒの号令の後、朝比奈さんは、
 「キョンくん、さようなら。また明日ね」
 ええ朝比奈さん、言わずともまた会いましょう。いや会ってくれますよね?
 皆それぞれ帰路に足を向けた。

 俺は本当に入団試験を受けなきゃいけないのか。やれやれ。
 しかしなんだ、長門の最後の意味不明な言葉は。身に覚えが無さすぎるぞ。



β‐7

 自分の身体能力の無さを嘆きたい。我先と長門の住むマンションへ走るSOS団長涼宮ハルヒのあとを、俺と古泉は従っていくことしかできないのか。ハルヒ、ちょっとは後ろのやつらにも気を使ってくれ。朝比奈さんは何を話しかけてもヒィヒィ、としか言ってないぞ。などと、こんな時にハルヒに向かって言うことはできん。現状が現状だ。普段は窓辺で本を読み続けるSOS団随一の頭脳、運動能力を誇る文学少女の心配を、気にかけるななどというやつがいるのなら出てきやがれ。そんなやつはプロレスラーであっても力士であっても、一般人である俺がブン殴ってやる。異種格闘技戦には高校に入学してから慣れているんだ。

 SOS団員の身が危ない、そんな事態にはやはり団長であるハルヒが頼りになる。
「ちょっと、キョン!もっと早く走れないの?お見舞いの品なんて後で良いから、まず有希のもとに言ってあげないと!」
 分かっているさ。俺だって全速力で走っているさ。
「さすがは涼宮さん、速いですね。ほら、皆さん、長門さんのマンションはもうすぐですよ」
 息を継ぎながらして、まあまあのフォローだ、古泉。
麗しき朝比奈さんのせいになぞしやがったら、まずお前を殴ってやるところだった。すると、今度は小声で話しかけてきた。
「長門さんの容態も気になりますが、できるだけ単独では行動しないほうが良いかと。この隙を狙って、周防九曜や橘京子たちが攻撃を仕掛けてきてもおかしくないはずですよ。まして向こうに未来人がいて、涼宮さんとともに時間移動などしてしまうなど、もっとも危険です。向こうが一番ほしがっているのは涼宮さんなのですから。そして彼女に我々の事情を教えるべきではありません、少なくとも今は。さあ、あなたは先に行って追いついてください。」
 何で俺がハルヒで、お前は朝比奈さんと行動しなくちゃいけないんだ。交代する手立てはないのか?ちくしょう、こうなりゃ自棄だ。我が体に回転ムチを加えながら走ってやる。安心して待ってろよ、長門。お前の団長様が先頭を走って見舞いに向かっているんだ。

 ハルヒに追いつくがまたすぐ突き放されてしまう。そんなことを繰り返しているうちに、やっと長門のマンション辿り着くことができた。俺がぜいぜい言いながらインターホンを押すと、眉毛を八の字にしてハルヒは、
「なんであんたが有希の部屋番号を知っているのよ!」
 おいおい、なんでって、去年のクリスマスイヴに皆で来ただろ。こんなやりとり、何回やれば気が済むんだ。そうこうしてる間オートロックが開いた。ハルヒは俺もの腕を掴み、また走ってエレベーターに乗り込み、708号室の前へとやってきた。インターホンを一度押すと、
「きっと無事よね。早く開いてくれないかしら」
 熱ならともかく、あの天蓋なんたらという九曜にまた何かやられているのだろうから、すぐに玄関まで来てドアを開ける余裕なぞないだろう。少し前は電話することもできたんだ。物騒なところに閉じ込められているとは思えないな。などと思っていると、割とすぐドアが開き、最近良く見かける人物に出会った。この方ではなく、橘や九曜、まして藤原がドアの向こうにいたら、絶体絶命もいいところだ。

「あら、見舞いに来てくださったんですね。どうぞ、私の家ではないですが、お入りください」
 つい昨日、喫茶店で会った喜緑江美里である。この人は無事だったんだな。
「長門さんは文芸部の部長ですし、何かとご縁がありましたから、連絡先を交換していたのです。同じマンションに住んでいるのを知ったときは驚きましたわ。体調が悪いと連絡がありまして。お互い一人暮らしをしていますから、こういうときは不安になりますでしょうしね」
 喜緑さんはそう話しながら、長門の寝ている部屋へ案内してくれた。襖を開けると、雪山山荘事件で突然倒れだした時のように、長門は眠っていた。
「ちょうどお休みになられているようです。先程まで起きていましたよ」
周りには濡れタオルやら、水の入った桶やらの用具が置いてあった。今の長門にはそんなものは効果など無いだろう。俺たちが来ることを知って、準備したのだろうか。

 いつから長門が熱を出したとか、ご飯を食べることはできたのかなど、三人で話していると、呼び鈴が鳴った。喜緑さんがインターホンを取り、どうぞお入りくださいとだけ伝え、玄関のドアが開く音がした。
 「おやおや、これはお世話になっております。看病して下さる人がいてよかったです」
 いつもの笑顔を少し取り戻している古泉と、
 「長門さん、大丈夫ですか?元気出してくださーい」
 反対に今にも泣き出しそうな朝比奈さんが、長門の寝ている部屋へ入ってきた。喜緑さんから話の続きを聞いた後、ハルヒと朝比奈さんはそのまま長門のことを診て、俺と古泉は買出しに行くことになった。近くのコンビに行く途中、古泉は、
 「喜緑さんがいてくれてよかったです。彼女と長門さんと派閥は違えど、協力関係にあるようですね。依然として長門さんが倒れているとはいえ、我々だけでなくもう一人TFEI端末である彼女が味方になってくれそうですし、ひとまず安心といえるでしょう。長門さんのことは彼女にお願いするとして、私たちは無事を祈るほかないですね。早く用事を済ませて戻りましょう。こうしている間に誰か襲ってくるかもしれないですよ。」
 こんな時にも、こいつは用心しているんだな。まあ古泉の言うことも一理あるだろう。コンビニに着き、オデコに張るシートや栄養ドリンク、食料品などを買って、再び長門のマンションへ走り出した。

 「遅い、罰金!」
 「それはないだろ。」
その後、女性陣は台所で玉子酒をつくったり、何度もタオルを取り替えながらオデコのシートの上に置いたりなど、看病を続けていた。残る男性陣はというと、ただただその様子を寝ている長門の隣で見ているだけだった。目覚めることの無い長門を見ると、ハルヒは
 「あまり長居しても有希に悪いし、私たちは帰りましょ。それと起きたら、ちゃんと治るまで学校に来ちゃダメと伝えてください。有希の事、よろしくお願いします」
 いつもより丁寧な口調で話すハルヒに、喜緑さんは、
 「はい。かしこまりました」
 やはり丁寧口調においては、こちらに軍配が上がるな。その後お互い知っていたほうがいいでしょというハルヒの提案で、俺たちと喜緑さんは連絡先を交換する事にした。

 四人はマンションを出ると、ハルヒは、
 「早く元気になってほしいわ。有希ったら、あんな生活してて大丈夫なのかしら。冷蔵庫の中を見たけど、何も入ってないじゃない」
 おいおい、勝手に冷蔵庫をあさったのか。
 「明日もまたここに来ましょ。入団試験は中止よ。多分あんな様子じゃ早く治るとは思えないんだから」
 「そうだな」
 俺が答えると、古泉も朝比奈さんもうなずいていた。
 「しかもなんであたしより先にあの人に連絡したのかしら。いくら同じマンションとはいえ、私にも連絡の一つや二つほしかったわ」
 ハルヒはいつもの元気を忘れかけてそうつぶやいた。そりゃそうだ。長門にとっては俺たちに心配かけさせたくなかったからなのか。そんなことではない。俺たちが気づけなかった事のだけだ、ちくしょう。長門の異変に最も早く察知して喜緑さんはかけつけてくれたに違いない。

 今日は解散ね、の合図を付け加えて、四人はそれぞれの帰路へ足を向けた。それよりハルヒ、お前はその通り長門の無事を祈っててくれ。そうすることがお前のできる何よりの事なんだから。
 解散際に、古泉は非常事態発生時にするいつものウィンクをしてきた。ええい、気持ちが悪い。ここに再集合なんて分かっているさ、ね、朝比奈さんも。


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