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 僕は一つだけ、嘘を付いた。たくさんある、隠された事実の内の一つだが、絶対に悟られたくなかった、悟られてはならないものの一つ。

 とは言っても、機関の目的を理性的に見抜いていた彼なら、おそらく想像が付いていたはずだ。殊に、僕自身が朝比奈みくるについてその可能性を彼に示唆したこともあったことを考えれば尚更だ。
 彼が口に出し、僕が肯定、或いは暗に肯定とも取れる反応をしてしまった瞬間に、全てが壊れてしまう可能性のあった事実・・・
 口に出さなかったことは彼の優しさなのだろうか。それとも、僕に対しての信頼だろうか。おそらく両方だろう・・・


――現在、機関より僕に与えられている至上命令

『いずれは涼宮ハルヒを籠絡し、鍵の立場に取って代わることで、彼女の能力を機関のものとすること』

それが適わない場合の第二案として、

『鍵を排除し、鍵に取って代わることで涼宮ハルヒの能力を機関のものとすること』
『鍵を懐柔し、或いは洗脳し、間接的にでも涼宮ハルヒの能力を機関のものとすること』

 の二つが掲げられている。第一案が達成されるなら一番穏便に事が進む。第二案は達成されるまでにどんなリスクが存在するかも予想できず、強攻策に近い意味で重要度が下がる。また、一、二案のいづれも、特に第二案の2つについては未来と宇宙からの干渉がある限り達成は難しいだろう。

 だが、そんなことは関係なく、第一案の遂行が、僕には、そして誰にも不可能であることは誰よりも僕がよく知っている。


 他の能力者には無い、僕にだけ与えられた能力故に・・・


 その能力が僕が彼女の傍らに居ることで得たものなのか、僕が彼女に持つ感情によって得られたものなのかはわからない。ひょっとしたらそういう能力があるものと錯覚しているだけなのかもしれない・・・
 彼女の傍らに居る時は勿論、閉鎖空間にいるときにも感じてしまう彼女の情動・・・彼女との片道切符の共感能力とでも言うべきだろうか。その能力は僕に嫌と言うほど教えてくれる。


 ――彼女にとって、彼の存在がいかに強大なもので、他のいかなるものの介入を許すものではないということを・・・


 そして、これは能力によるものではなく、ただの勘・・・或いはただの願望なのかもしれないが、彼もまた、例え世界中の誰が敵になろうとも、無条件に、そして無償で彼女の傍らに居るであろう。

  それらは、まともな環境に育つことができなかった僕にとっては、例え自分以外の他者へ向けられたものであるとしても、実感することができるのは幸福なことだった。
 聊か複雑な気持ちを兼ね備えることも否定できないとしても、それは紛れも無い本心であり、その本心は僕を機関の至上命令から解放してくれたばかりではなく、僕が上を目指す理由を与えてくれた。


「やっと戻ってきたわね!」

「やっぱりもういやがる・・・」

「キョン!おっそいわよ!罰金!!」

「おいおいまじかよ・・・勘弁してくれ。ちゃんと時間には間に合ってるだろ」

 今、僕の団員としての生活は二年を経過している。この二年は僕の生涯のほんの何十分の一でしかない。敦盛でいう人間五十年としても、たったの二十五分の一だ。
「それに遅刻って言うなら古泉だって一緒だろ」

「あ、あの・・・遅刻したわけじゃないですし、いつも奢らせるのは可哀想ですよ~」

「甘いわよみくるちゃん!ちゃんと厳罰を持って処置をしないとつけあがるだけよ!それに古泉君は悪くないでしょ!どうせあんたがのろのろしてるから遅れたに決まってるじゃないの!そうでしょ?古泉君。」

 自分の今の判断がただの子供っぽさによるものなのかもしれないと時々思うこともある。しかし、そうでは無いものもあるはずだ。僕は人生の助走程度の年齢で、人生のほんの数十分の一の期間で得た、生涯通すべく容易ならざる決意を手に入れている。

「古泉君?」

 確かに虚構かもしれない。しかしその芯は、少なくとも今はしっかりと自分を支えている。
 それは、機関の一員にして、SOS団の副団長である自分にしかできないこと。

「古泉君?もしかして体調でも悪いの? ちょっと顔色も良くないかも・・・大丈夫・・・?」

「彼の体調は正常、問題ない」

「・・・あ、済みません。何でもありませんよ。ちょっと空腹でぼーっとしていただけです。早く食べに行きましょう」


 ―― 僕は・・・貴女が時々見せるその優しさが、好きなんです。


「そっ、ならいいわっ。古泉君はうちの副団長なんだから、あんまり団員を不安にさせるような顔をしてはだめよ!」


 ―― 貴女が笑顔で居てくれたら、僕も絶えず笑顔でいることができるんです。


「ええ。任せて下さい」

 僕は全力の笑顔で返す。

「それでこそ副団長よ!それじゃあお昼ご飯行くわよ!」


 ―― 貴女が彼の傍らにいるときに見せる満面の笑顔が、僕は一番好きなんです。


 彼女は彼の腕を掴み、他の二人を連れ立っていつもの喫茶店へと向かう。
 これは一見すると当たり前と勘違いしてしまう奇跡的な日常の光景・・・
 いくつもの強力な勢力が主導権争いをしている中、極めて不安定なバランスの中で成り立っている今の平穏の中でだけ見られる日常・・・

 彼女と彼の後ろ姿を見て、僕は容易ならざる決意を改めて口にする。

 それは、彼には言えなかった、機関内で僕が上を目指す理由、野心の所在。他勢力を含めた様々な思惑の中を歩く隘路・・・


「・・・貴女の笑顔を、優しさを、僕は必ず守ってみせます。」


「超能力者として、いずれ機関を動かす者として、そして・・・」


「副団長として・・・」



~fin~



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