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 大勢の人がのんびりと歩を進め、どこからか聞こえる祭囃子の響く夜の祭り会場には、いっ
たい普段は何処に隠れているのかと思うほどの香具師の出店が軒を連ねている。
 昼間の酷暑も一休みなのか、夜の祭り会場には過ごしやすい風と夏の匂いが流れていた。
 さて、今俺は市内で開催されていた夜祭に来ている。
 夏休みの残り時間に気づいてしまったハルヒによる提案、というか強制によって渋々足を運
んだ訳なのだが……数年振りに来てみれば、これはこれで悪くないと思えてくるから不思議だ。
 最後にここへ来たのがいつだったっけな。
 確か、誰かと一緒に来た様な気がするんだが。
「ちょっと、何をしんみりした顔してんのよ」
 ん、そんな顔してたか。
「してた。そんな感傷に浸るような顔、あんたに似合わないわよ」
 へいへい、そうかい。
 普段は勘に触るハルヒの口調も、浴衣姿と夏祭りの雰囲気のおかげで幾分和らいで感じる気
がするな。
 それにしても、
「みんなはいったいどこまで買い物に行ったんだ?」
 俺はハルヒと一緒に座っているベンチに腰かけたまま、道行く人の中にいつものメンバーの
顔を探してみたが……遠くの出店まで足を伸ばしているのか姿が見えない。
 それぞれ買いたい物があるからと、集合場所を決めてから一人、また一人と人混みの中へと
消えていき、結局その場に残ったのは俺とハルヒだった。
「ところで、ハルヒ」
「え?」
 お前は何も買いに行かなくていいのか?
「なに、あたしと一緒にここで待ってるのがそんなに不満なわけ?」
 いきなり不機嫌になるな、驚くだろ。
 それに、誰も不満だなんて言ってない。
「……そんなにみんなが心配なら、一人で探しに行けばいいじゃない」
 だから、誰もそんな話はしてないだろ? ったく、まるで子供みたいな……あ。
「何よ。急に口を開けて固まって」
 いや、前にここへ来た時の事を思い出したんだ。
「え、あんた前にもここに来た事あるの」
 何故か気が紛れたらしく、急にハルヒの顔から不機嫌さが消えたのだが、
「ああ」
「誰とよ」
 その額に皺が戻るまで――その間、実に六秒。
 いや、だから何でお前の機嫌はそんなにころころ変わるのか誰か教えてくれ。
「妹とだよ、親に世話するように押し付けられて来た事があるんだ」
 思い出してみれば、あの太鼓の櫓にも出店の列にもどこか見覚えがある。まあ全部が全部
同じ物って事は流石に無いんだろうが。
 あの頃はもっと大きく見えてた気がするが、これも俺が大きくなったって事なのかね。
「ふ~ん……妹ちゃんとか」
 ああ。
 思い出すだけで右手が下に引っ張られる気がするぜ。
「会場に居る間中、延々と綿あめが欲しいだの子供騙しの光るおもちゃが欲しいだのとごね
て回られて大変だったよ」
「へ~いいお兄ちゃんじゃない」
 いや、結局一つも買ってやれなかった。
「はぁ?! 何で?」
 小遣いが残って無かったんだよ。
 今も昔も、俺の悩みは変わらないって事だ。
「ふ~ん。ねえ、その時の出店って今日も出てた?」
 ん、ちゃんと見てないから自信は無いが……でもそれって四年くらい前の話だぞ?
「せっかくだから探してみましょうよ! ここでみんなを待ってるだけじゃ退屈なんでしょ?」
 いや、退屈とかそんな事は問題じゃなく、はぐれてしまわないように集合場所を決めてそ
こから動かない事こそが、混雑した場所での団体行動における基本であってだな。
「行ーくーの! ほらっ! さっさと案内しなさい!」
 やれやれ……どうやら、俺は無意識にハルヒのやる気に触れてしまったらしい。
 ――ま、すぐに戻ってくればみんなとはぐれる事も無いだろうし、このままここでハルヒ
の愚痴を聞かされるよりはいいかもな。
 
 
 移動開始直後、
「あ! 綿あめ屋さん発見!」
 そうだな。
 でも、俺が妹と来たのはこの店じゃ無かったと思うぞ。
「そんなのいいから奢りなさい!」
 いや、意味がわからないから。それ。
 等と普段と変わらぬやり取りを交わしながら、適当に財布の重量を軽くしつつ俺とハルヒ
はのんびりと祭りの出店をひやかしたり買い食いしながら回っていた。
 それはそれで、まあ悪くない時間だったとも言える。
「ほら、一口ならあげるわよ」
 お前は本当にそれが好きだな。
 っていうか、綿あめの一口って結構難しいと思うんだが。
 押しつけられた綿の壁を前に、さてどこから口をつければ顔が汚れないで済むかと考えて
いると
「要らないならあげないわよ~だ」
 あっさりと綿あめは俺の前から去って行くのだった。
 ――そう言いながら綿あめを美味しそうに舐めるハルヒの顔は、夜祭補正もあってか普段
より可愛く見えなくもなかったかもしれない。
 そんなこんなで十分程歩かされ、そろそろ集合場所に戻ろうと思っていた時の事だ。
 食べ物関係と違って、それ程客が寄り付いていない一つの出店をふと見てみると
「あ」
 まさか……でも多分間違いない。
「どうかしたの?」
 俺はたまたま見つけたその出店を指差し、
「この店だ」
「この店って、もしかして何年か前に妹ちゃんと来たってお店?」
 ああ。
 蛍光色の半透明プラスチックで出来たおもちゃや、謎の光るリング。貴金属を模したアク
セサリーが並んでいたその店は、記憶の中で俺が妹と一緒にやってきた店その物だった。
「いらっしゃい、ゆっくり見ていってね」
 よく見れば、店の奥に座って店番をするおばあちゃんの顔もまるで変わっていないように
すら見える。まるで、ここだけ時間が止まってるみたいだな。
 でもまあ、明らかに高校生が買うとは思えない子供向けの商品を前に見ていってくれと言
われても困るだ
「へ~可愛いじゃない、どれどれ~」
 お前は食いつくのか、そうか。
 何とかとカラスは光り物が好きと聞くが、強ち的を得ている気がするな。
「あんた今、何か失礼な事考えなかった?」
「別に」
 お前の趣向について、電線の上に居る鳥類との類似性を考えてただけだ。
 ともあれハルヒの隣にしゃがんでみると、店先に並ぶ子供の頃には興味を惹かれたおもち
ゃのどれもが、いかにもちゃちな作りである事が見え
「ん~結構可愛いかもっ! ねえ、これとか欲しくない?」
 見えないみたいだな、お前には。
 原価はいくらなんだ? と思わず俺が突っ込みたくなるようなアクセサリーを手に、
「ねえねえ! これも可愛いでしょ! ほらっ」
 何故かハルヒは無邪気に微笑んでいる。
 なるほど、こいつの精神年齢はあいつと――ほらっ可愛いでしょ? お兄ちゃん!
 ……そっか、あの頃はまだ俺の事をそう呼んでくれてたんだっけ。
 脳内で響いた懐かしい声に、何となく俺の口からは溜息が出ていた。
「ん~これとかみくるちゃんに似合うかも! ねえ、あんたもそう思うでしょ?」
 そう言いながらハルヒが差し出してきたのは、小さな星の飾りがついた金色の簪だった。
 どうみたってその金色は塗装で、よくよく見れば端の方のバリ取りも甘い。
 だが、
「これ、ください」
 ハルヒの持った簪を指差し、財布を取りだした。
「はいありがとうね」
 おもちゃの簪、購入決定。
 白いシールに印字された値段は450円……値段設定まで謎だな、これ。
「えっキョン? 本当に買っちゃうの?」
 まあな。
「ちょっとあんた、みくるちゃんに似合うって言ったらすぐに買うなんていい度胸してるじ
ゃない」
 そうかもな。
「まいどありがとうね」
 店番のおばあちゃんに小銭を手渡し、さっそく簪から値札のシールを外した俺は、
「……あ」
 その簪をそのまま、ハルヒの髪に挿してやった。
 ちょうどハルヒは浴衣を着ていたのもあり、夜の暗さも手伝ってぱっと見にはその簪も安
物のおもちゃには見えない。
 ふむ、思ったより似合うじゃないか。
「え、あ……もらってもいいの? これ」
 要らないなら返せ。
 朝比奈さんか長門にやるから。
「だっダメ! ……あたしがもらった物なんだから」
「そうかい。……さて、そろそろ戻るぞ」
 いい加減、古泉達も戻ってきてるだろうし。
 店番のおばあちゃんの笑顔に送られながら、俺はゆっくりと腰を上げた。
 ったく、無駄な買い物をしてしまった気がする。
 でもまあ、それが祭りって物だと誤魔化しておく事にしようか。
 のんびりと集合場所へと歩きだした俺の腕に……不思議な事に、ハルヒの腕が自然に絡ん
で来たのはその時の事だった。
 ――これは何の真似だ?
 そう、聞いてもよかったんだが。
「へへ……」
 嬉しそうに簪のささった自分の髪を撫でるハルヒを前に、一度は開きかけた俺の口は自然
と閉じていた。
 周りは薄暗かったってのもあるし、何よりハルヒが楽しそうにしてるんだから別にいいだ
ろう。
「ねえねえ、似合ってる?」
 ん~、まあまあ。
「そこは嘘でも似合ってるって言いなさいよ」
 いやそうじゃなくて、微妙に挿す位置が悪かったっぽい。
 しゃがんだ姿勢で適当に刺したからなぁ。
「えっそうなの?」
 ああ。
 そもそもハルヒの髪は結っている訳ではなかったので、俺は適当に髪のボリュームのあり
そうな所に挿しこんだだけなんだ。
「そこの綿あめの屋台の壁で直したらどうだ?」
 俺はハルヒと繋いだ手で、透明のプラ板で囲われた屋台を指さしてやった。
 そのまま綿あめ屋の横に移動した後、ハルヒはさっそく簪の位置を直し始めたのだが……
「なあ」
「えっ何、もうちょっとだから待ちなさいよ」
 いや、別に待つのはいいんだが。
 ――何で俺達は手を繋いだままなんだ?
 俺はそう言えないまま、写りの悪いプラ版に悪戦苦闘しながら、片手でかんざしを直すハ
ルヒの事を見守っていた。
 ……ま、たまにはこんな日があってもいいだろ。なんせ今日は祭りなんだからな。
 
 
 そんな適当な理由で自分を納得させる俺の後ろに、古泉、朝比奈さん、長門の3人がすで
に来ていた事を、手を繋いだままでいた俺とハルヒは気づいてもいなかった。
 
 
 かんざし おしまい
 
 
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