緊急脱出プログラム設置の真相

 朝比奈みくると長門有希は、顔をつきあわせながら、ある計画の検討作業にあたっていた。
 過去の長門有希のあの12月18日の暴走から端を発する一連の世界改変を正常化するために、朝比奈みくるが立案した時間工作計画であった。
 
「大枠はこれでよいと思う。ただし、一点だけ問題がある」
「何でしょうか?」
「あのときの私が実行しようとしていた世界改変内容と、実際に行なわれたそれとの間には差異がある」
 情報通信デバイスを通じて、長門有希から朝比奈みくるに情報が送信された。
「これは……」
 朝比奈みくるは、絶句した。
 
 涼宮ハルヒ、朝比奈みくる、鶴屋、佐々木の存在そのものの消去。キョンの記憶改変。そして、規定事項に反して、緊急脱出プログラムは設置しない。
 あのとき長門有希がやろうとしていた世界改変は、そういうものだった。
 
「あのときの私は、エラーに見舞われていたとはいえ、目的を遂行するための手段を判断する能力には支障はなかった。そして、目的は、彼の恋人、そして将来的には配偶者としての立場の確保。そのために支障となりうる要素を徹底的に排除しようとしていた」
「でも、実際にはそうはなりませんでしたよね?」
「何者かの介入で、世界改変の内容が修正されたと考えるのが妥当」
「長門さんに対抗できる存在は限られてます。喜緑さんのようなTFEIか、あるいは情報統合思念体か」
「そのどちらでもない。あのときの私は、その両者を真っ先に消去している」
「じゃあ、あれからちょっと未来の長門さんですか? お宮参りのあとで、いっしょに12月18日に遡行しましたよね?」
「それも違う。お宮参りのあとの私が、12月18日に遡行したときには、所定の修正は既に終わっていた。それは、あのときに、STCデータを全量走査して確認している」
「では、いったい誰ですか?」
「修正作業にかけられる時間は、0.153秒。自分自身をも改変するために最後のその時間だけ自動実行プログラムにしていたから。介入の機会はそこしかない」
「それだけで既に人間技ではないですね」
「そして、あのときの私が行おうとしていた改変内容と、それに対して修正すべき内容を完璧に把握し、かつ、あのときの私と同等以上に涼宮ハルヒの力を借用する能力をもつ者でなくてはならない」
「ならば、私が思い当たる存在はただ一人です。私の目の前にいる長門さん以外にはありえません」
「正解。今回は、私が直接介入を行なう」
「でも大丈夫ですか? 長門さんが動けば、それだけで目立ちますよ」
「あのときの三年前の7月7日からあなたと彼が時間移動してくる、それと同時に私も当該時間平面に遡行する。あなたがたの時間移動による時間平面破砕震動にまぎれて、私の時間移動は気づかれないはず。少なくても、あのときの私と、あそこで待機中の朝倉涼子には」
「でも、時間移動やTFEIとしての情報操作能力の行使は、どうしてもSTCデータ上にその痕跡が残ります。それが組織にばれるのはまずいのではありませんか?」
 組織内で、長門有希の正体を知る者は朝比奈みくるしかいない。それは二人だけの秘密なのだ。
「その痕跡を観測しても、認識さえしなければ、それは観測しなかったことと同じ。組織の人間の認識能力にそのような制限をかけることは容易。私がこの組織内で情報操作能力を用いるときは、常にそうしている」
「なるほど。それなら問題ありませんね」
「そう」
 
「でも、いいんですか? あれはあのときの長門さんが心の底から望んでいたことなのに。それを阻止してしまうなんて」
「あれは、いわゆる若気の至りというもの。そのために生じた被害を最小限に食い止めるのが、大人の役目であろう」
「達観していらっしゃるのですね」
「二百年も生きていれば自然とそうなる」
「二百年ですか……。想像もつきませんね」
 
終わり


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