本日の議事録作成のため、カタカタと備品であるパソコンのキーボードに指を走らせていたわたしは、ふと気が付きました。会長席で両肘をついて指先を組み合わせた会長が、首だけを90度曲げて、一直線な眼差しを窓の方へと向けているのに。

 生徒会室の窓の向こうには、既に一面、セロファンを貼り付けたかのような茜色の景色が広がっています。いつの間にか日の暮れる時刻も早まったものですね。まばたきもせず、沈み行く太陽をただじっと見つめ続ける会長の、そんな様子に。


「きれいな夕焼けですね」


 しばし手を休めて、わたしはそう声を掛けました。昼間のそれに比べて、赤く濃く熟したような、たそがれ時の太陽。その光は空を埋める雲にも反射して、本当に鮮やかに映えて見えます。束の間、まるで別世界に紛れ込んでしまったかと錯覚してしまうほどに。会長が見入ってしまわれるのも、無理からぬことです。
 ところが。


「違う。夕焼けなんぞに見とれていた訳ではない」
「えっ?」
「逆だ。太陽というのは実に愚かだ、と考えていた」


 横目でじろりとわたしを見据えると、会長は首を90度向こうに向けたまま再びあちらに目線を戻し、吐き捨てるようにそう答えたのでした。

 

「毎日毎日同じように東から上って、西に沈む。進歩というものがまるで無い」
「…………」
「膨大なエネルギーを抱えながら、自身はそれを活用する事も出来ん。ひたすら熱量を垂れ流しているだけだ。
 この世にあれほど無為無策な存在も、他にあるまい」


 いかにも憎々しげな口調で、そう毒づいてみせる。会長の静かな怒りにわたしは一瞬、何かこの人を憤らせるような事を口にしてしまったのかしらと考察します。ですがなんとなく彼の憤懣は、むしろ眼鏡越しに凝視している太陽を通り越して、誰か別の存在に向けられているのでは、という気がしました。ええ、なんとなく。別に大した理由はないのですが。

 ともかく、既に会議の終わったこの生徒会室に、まだ居残っているのは会長と、わたしこと喜緑江美里の二人だけです。わたしが対象でないとするならば、では彼が不満を抱いているのは――。


「確かに、太陽は自分自身では何も為していないかもしれません」


 再びキーボードに指を走らせながら、気が付けばわたしはそんな言葉を発していました。


「でも事実、わたしはこの夕焼けをきれいだと思いましたよ。それだけでも太陽が存在する意義はあるのではありませんか」
「…………」
「夕焼けだけじゃありません。夜空に月が煌々と輝くのもきれいだと思います。
 太陽自身が無為な存在だとしても、その光に照らされて存在を確立しているものもいるのではないでしょうか」

 

 顔は画面の方に向けたまま、淡々と議事録作成の作業をこなしつつ、わたしは自分の意見を伝えます。
 と、ぎしっと音がしてパソコン一式の乗っている長机が軋みました。ディスプレイのすぐ横に、会長が腰を下ろしたのです。


「そうかな」
「そうですよ」
「そうか」


 呟きながら会長はすっと片手を伸ばし、わたしの緩やかなウェーブの掛かった髪をひとすくい手に取りました。重力に引かれて、髪の毛は砂のようにこぼれ落ちていきます。すると会長はまたひとすくい、わたしの髪を手に取るのです。
 わたしは、彼のするままに任せていました。別に編集作業の邪魔にはなりませんから。


 カタカタと、リズミカルにキーボードが鳴る音。さらさらと、耳の後ろで起こる彼の指の間を髪の毛がすり抜けていく音。静まり返った生徒会室に、ささやかなふたつの音の合奏は、下校のチャイムが鳴るまでの時間をゆったりと流れていったのでした。

 
 
 

空に太陽が赤いから   おわり


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